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接触不良

 クーラが捕獲網投擲弾を投げつけた巨像兵士は,その戒めを逃れようとしていた。

 そもそも蟹などとは大きさが違う。質量が違う。強度も違う。手傷を負わせれば動きが鈍るという代物でもなければ,そもそもエリティア兵の装備ではろくに傷もつけられない。

 ほとんど完全に時間稼ぎ,しかも焼け石に水程度のそれに過ぎなかったのだ。

(厄介な…)

 こんなものが隊伍を組んで攻めてきたら,勝てる気がしない。数を揃えたという往年のアリシアはかなり凶悪だったというべきだし,それを相手取って絶大な戦果を挙げたという竜騎兵団も大概だ。

 だがやるしかない。骨は折れるがそれでも解呪が有効な手段なのは間違いなく,エリティア兵にそれを望むことはできないのだ。

 攻めあぐねて遠巻きに囲んでいた兵の脇を駆け抜け,クーラは巨像兵士へと駆け寄る。

 まずは小手調べとばかりに足甲に解呪の魔力を乗せ,巨像兵士のくるぶしのあたりへ下段蹴りを放つクーラ。

 ガインッ!とユーリエが剣を弾いた時のそれと同じ音が響く。

(く…っ)

 しかしそれとは逆に,クーラの顔が苦痛に歪む。ハーディの剣と同じ原理で衝撃を倍加する魔法がかけてあるクーラの足甲だが,圧倒的な質量の前には微々たる効果に過ぎないようだ。解呪も全く効いていない。

 その足で蹴り飛ばそうとする巨像兵士の攻撃をかわし,前転しながらその背後側へと潜り抜けるクーラ。

 

(やはり…これに頼るしかないか…)

 剣を握る手に力がこもる。先行していった二人の龍戦士との戦いで亀裂の入ってしまったそれは,もしかしたら魔力に耐えられる強度を失ってしまっているかも知れない。しかし魔力を蓄積して威力を増すことのできるそれは,この難敵には不可欠の存在だ。

(もってくれよ…!)

 せめて一太刀。武器を持つ腕を,肩口から破壊できれば戦力はかなり漸減できるはずだ。

<紅の章第六五六頁(アドム・カトバⅩLⅣ)>

 クーラは空へと駆け上がるべく一歩目を踏み出す。

 巨像兵士は巨像に似合わぬ軽快な足運びでくるりと体躯を回転させると,撃ち下ろし気味に裏拳バックブローを放つ。しかしその場には既にクーラはいない。

 いや,いない,はずだった。

「!?」

 見えない足場を踏みしめるはずのクーラの一歩目が空を切る。

 あり得ない現実。足場はクーラの足の下に形成されるのだ。踏み外すことなど起こり得ない。起こるとすればそれは,足場が発生しなかったことを意味する。

 完全に不意を衝かれてバランスを崩すクーラ。そこへ裏拳が襲い掛かる。

「ちぃ…っ!」

 とっさに剣を合わせに行くクーラ。しかしそれは明らかに無謀だった。対象が魔力でも帯びていれば,あるいはいくらか結果は良い方向へと修正されたかも知れない。だが襲い掛かってきたのは暴力的なただの質量だ。

 バキンッ,という乾いた音とともに剣は根元から折れる。

「…っ!」

 拳の直撃を食らうクーラ。

 いや,厳密にはそれは違った。はじめからそうすれば良かったという点は措いて,クーラは力の向きと同じ方向へ跳んで衝撃を軽減したのだ。そうしていなければ,彼は即死していただろう。

 だが,ただ即死でなかったというだけでもあった。圧倒的な力を受けたクーラの肋骨はバキバキという嫌な感触を脳へと送ってことごとく粉砕する。そしてその破片が内臓へと突き刺さる。心臓がかろうじて難を逃れていなければ,彼はやはり即死していただろう。

「ぐふ!」

 派手に飛ばされたクーラは街道わきの民家の石壁を砕いてその内部へと飛び込み,衝撃に耐えきれなかった逆側の骨が折れる。

(く…まだだ,まだ終わらんよ)

 しかし即死さえ免れれば彼には逆転が可能だった。即座に治癒させる魔法を常駐させてあるし,そちらには十分な魔力が蓄積されているのだ。

(…なにっ…!?)

 だがクーラはそこで己の身に起こっていた絶望的な変化に気が付いた。いつもなら即座に発動するはずのそれがまったく起動しない。

 どうやら紅の章(アドム・カトバ)への接続リンクが途絶えているらしい。こうなるとクーラはただの肉体労働派に過ぎない。だから足場も形成されなかったし,足甲の効果も解呪も発動しなかったのだろう。次第に遠くなり始めた意識のなかで彼はぼんやりとそんなことを考える。

(代われっ!)

 流星シャルルの叫びがそんなクーラの意識を繋ぎとめる。

(…っ!)

 面白くはないが,しかし今はそれ以外に手が無い。魔法の使えないただの人ではこの現状は打開できないのだ。代わったところでどうにもならないかも知れないが,しかしこのままでは間違いなく終わる。

「…ぐっ!」

 クーラはすぐさま主導権を手放し,交代したシャルルは自分のものとなった痛みにうめく。

「っぷ…っ!」

 それで肺の中に溜まっていた血を吐きそうになるが,それをぐっとこらえて飲み込むシャルル。

(〈アドム・カトバⅩLⅡ(紅の章第六九九章)展開,【略式起動】〉)

 ガキン!という音がシャルルの脳裏に響く。

 もちろんこれは感覚的なものだ。確実に発動したかどうかを知らせる機能に過ぎない。だが自動オートの機能が停止しているだけで,手動マニュアルで起動させられると判ればこちらのものだ。

(〈紅の章二五・二六・二七・二四!〉)

 立て続けに呪文スペルを起動するシャルル。

 前振りとなった六九九章は,呪文名スペルネームを省略して番号だけで起動するためのものだ。

(ふぅ…)

 そこでシャルルの眉間のしわが消える。

 これは二五頁【内感覚遮断】によるものだ。【内感覚遮断】は文字通り,身体の破損による痛覚と,復旧によって生じる種々の不都合な感覚を遮断する。だから今の彼は全く痛みも不快も感じない。

 二六頁【形状記憶身体】は身体を保存情報バックアップの状態へ復旧する呪文,二七頁【体内資源再利用】はたとえば流出した血液を血管へと戻す呪文だ。さらには吸い込んだ空気や飲んだ水,果ては敵に撃ち込まれた毒物などからさえも有効な資源を抽出し,逆に有害なそれを排出してしまう。先ほど吐いてしまわずに血を飲み込んだのはそのためである。

 これに二四頁【治癒力促進】を上乗せして超回復を実現するわけだが,これらは日頃常駐させてあり,それはクーラの時にも切れることはなかったのだ。

 しかし確かに,変調は深刻らしかった。

(効きが悪い…)

 いつもなら,常駐している【形状記憶身体】は現状が損なわれるが早いか元に戻してしまう。つまり一瞬のうちにこちらの魔力を上回る攻撃を受けない限りは,事実上全くダメージとならないはずなのだ。

 それが,復旧にこれだけ時間がかかっている。

「…ぅ」

 ようやくズタズタになった伝達系が繋がり,身体が言う事を聞き始めたシャルルはよろよろと起き上がる。しかし無意識に口から漏れ出た呻きは,いまだ体内が尋常ならざる状態であることの証左だ。

「!?」

 届いていた光が遮られた感覚に,目だけでそちらを見た彼は,今まさに振り下ろされようとしていた巨像兵士の剣に気づく。

「シャルル!?」

 交代はすでに気配で察したらしいエリィの,しかし本来ならあり得ないはずの状況についていけていない驚愕の叫びが耳に飛び込んでくる。

 そちらは片付いたのか,油断は,この期に及んでまだそんな事を考えるシャルル。

 その一瞬がまさに命取りとなった。

(…!?)

 いつものアレまでもが発動しない。まったく速度を緩めることなく,剣はシャルルへと迫る。

 詰んだ。どこか他人事のように危機感のない結論をはじき出す彼のまさに眼前で,しかし剣はノーブルの撃った【神閃の狙撃手】によって崩壊する。続く連弾が兵士の四肢を,頭を正確に崩壊させ,支えを失った胴体も地面に落ちる前に十発以上の直撃を受けて崩れる。

「ノー…ブル…」

 声に出したつもりが,唇が動いただけのシャルル。

「危ないところでしたね流星殿。残弾を留保ストックしておいて正解でした」

 銃口から出る煙を口で吹く銃士ガンマンよろしく,立てた杖にふっと息を吹きかけるノーブル。

 しかしノーブルから見ればそれは当然起こり得る悪い予測の一つに過ぎなかった。残弾を留保というよりは,初めからそこへつぎ込む予定で確保キープしていたに過ぎない。全弾撃ち尽くしたが何とか対応できる範囲で収められたと,ほっと息を吐いたに過ぎない。

「たす…かった,ノーブル」

 今度はわずかに声が出た。まだ戦闘不能の状態には違いないが,さしあたり喫緊の脅威は回避できたのだ。何とか回復する時間は稼げる。

(情けない龍戦士だな,俺は…)

 自虐の笑みがシャルルの口元に浮かぶ。本来なら後背を姉姫に丸投げするのも道義に悖るし,苦戦しているはずの前線へ応援に行かねばならないのだ。

「シャルル…」

 それを余裕の現れと,最悪を免れたと見てとったエリィが,ほぅ,と安堵の息を漏らして緊張を解く。

「エリ…っ!?」

 決まり悪い表情でそちらへと視線を移したシャルルは,またしても己の認識の不足を見せつけられる。

 当初もっとも警戒していた,赤心将軍の像がそこで動き,あり得ない速度で背後からエリィの胴を薙ぎにいったのだ。

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