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新たな幕開け

 歴史という舞台は,そこに上がった者を軸に物語を紡いでゆく。下りる者が居れば残った者だけで,あるいは本人の意思に関わりなく新たな者を上げて,ゆっくりとだが決して止まることなく繋いでゆく。

 ”紅き流星”シャルル=ナズルが姿を消してから,すでにそれなりの時間が過ぎていた。

 当初の大方の予想は絶望的だった。アリシア領までを完全に制圧されて事実上エリティア一国のみとなり,加えて戦局をひっくり返せるほどの絶対的エースを失ってしまった連合には,もはや勢いにのる帝国をはね返すことは不可能であろうと囁かれていた。それはまったく,自然な予想であった。

 しかし緒戦に於いてその予想は裏切られる。事実関係はともかく”紅き流星”の失踪を看過したと見なされ陰で批判されていた”悠久の風”のエリィが,鬼神とも言えるほどの奮戦を見せて帝国軍の再三にわたる襲撃を悉く撃滅し,劇的とも言える大勝利を呼び込んだのだ。「舞神流の神髄を見た」「開祖の再来(性別違うけど)」と人々は彼女を称賛した。

 そうこうしているうちに,帝国側にとって不都合な状況の変化が起こった。ルトリア領の外,俗に”絶望と死の砂海”と呼ばれるカイニ砂漠を越えて,第三勢力とも呼べる者たちがやってきたのだ。完全に不意を突かれた格好になった帝国は橋頭保として要塞を築かれてしまい,そこを足掛かりに複数の都市群を落とされた。状況は一進一退を繰り返し,帝国はその戦力の大部分をそちらへ振り向けなければならなくなった。

 三つ目の封印,それさえ解いてしまえば帝国にとって現状の打破は比較的容易だったかも知れない。しかしこれまで完璧とも言える成果を出し続けてきた漆黒将軍ヴァニティがまったくその鳴りを潜めてしまい,なんの成果も上がらないという大きな誤算が生じた。またそれによって将軍そのものの立場も微妙なものとなり,鉄の結束を誇っていた体制にもほころびが生じはじめた。ここへきて帝国は,完全にその攻め手を失ったのだ。

 しかし,連合がこれを好機と反攻するには残念ながら時が経ち過ぎていた。一部の者しか知らない約束の刻限が近づくにつれて,唯一絶対のエースと頼むエリィの精神力も限界に近づき,最近の彼女はもはや,緒戦で現れた鬼神と同一人物とはとても思えない,まともに戦場に出られるとすら思えない程にまでその心身を疲弊させていた。

 代わりの務まる者などそうそういる筈もなく,ここへきて連合側も切り札を失った格好となってしまい,戦局は泥沼の膠着状態の様相を呈していた。

 元アリシア領,マイシャ砦。旧ルトリア領ともエリティア領ともほど近いこの砦は,幾度かの攻防戦を経て今は帝国軍が支配しており,レヤーネン麾下の青軍が駐屯している。

「…大尉,来ました。いつも通りの遅れっぷりです」

 青軍は下級妖魔を中核とする部隊であるが,将軍のレヤーネンはもともとはサナリアの下級貴族である。帝国建国に当たって真っ先に寝返り保身したが,部下ともども外様として扱われ,現在の編成となっている。

 今哨戒任務の当番も元サナリア騎士であるが,すでに連合には筒抜けの哨戒時間がきっちり守られていたことなど一度もなく,緊張感も微塵も感じられない。

「しかし…連中には規律などというものがまったく無いのですな」

松明の灯りが遊んでいるかのようにふらふら動くのを監視し続けながら,ため息交じりにその声は続ける。

「そう言うな」

 大尉,と呼ばれた人物が苦笑交じりにたしなめる。といってもそれを表情からうかがい知ることはできない。夜にもかかわらず装着している幅広のゴーグルが,それを妨げている。

「そのおかげで毎回楽に作戦遂行させてもらっているのだ。それに,決め手を欠いた我々がどうにか持ちこたえていられるのにも無視できない影響力がある。皮肉を言うなら,彼らに緊張感を持たせられない我々も大概なのだ」

「ハッ」

「…よし,ではビル中尉,ローダー中尉。いつも通りに,彼らには少し眠っていてもらおう」

「了解」

 短く返答すると,二人は闇に紛れて見張りの方へと向かう。隠密行動向きに処理された鎧と慣れた行動が,かなりの素早い動きにも関わらずほとんど音を出さない。

「うっ…」

「むっ…」

 ほどなく短いうめき声を上げて,当番は二人が二人とも当身をくらって失神した。拝借した松明を,念のため砦側からは見えない様に隠して一定の規則通りに動かす。

 すると,川の両岸に動き。エリティア側からは幾つかの筏が川へ滑り出し,岸からするすると延びた板がそれらを土台として簡単な橋を形作る。すると対岸に待ち構えていた人々が,その上を静かに静かに渡って,一人,また一人と渡河する。

 第三勢力の介入によって余力を無くした帝国は,旧ルトリア領への締め付けを強化するようになっていた。それにともなって帝国領からの逃亡者は増加の一途をたどっていたが,しかしその行く手にはこのマイシャ砦の立地が大きく立ちはだかっていた。ここで帝国に捕まった者は,処刑されるか強制労働の為に送り返されてしまう。

 国力的な意味でジリ貧とも言える連合は,少しでもそれを迎え入れようとして度々このような作戦を行っていたのだ。

 青軍の当番は毎度誰かが眠らされているわけだが,メンツ的に公表したくもなければレヤーネンの粛正も怖い。目覚めた時に特に被害も変わった様子もなければ,異常なしと報告してそれで済ませるのが暗黙の了解となっていた。そこまで折り込み済みのこの作戦なのだ。

「大尉!」

 しかし今夜は違っていた。砦からたくさんの松明が出現したことを見て取り,ビルが鋭く叫ぶ。

「第二配備に移行,合図送れ!」

 大尉はちっ,と舌打ちしてすぐに指示を出し,自身は松明を振る二人へ向けて走る。合図を受けて渡河支援部隊は橋と渡河作戦の継続を放棄。渡河の終わった者を安全圏まで離脱させともに撤退する。その時間を稼ぐために,ビル,ローダーと三人で敵軍をかく乱し,混乱に乗じてこちらも離脱する作戦だった。

「松明放棄!消火領域展開!」

 松明を棄ててその火を消し,巻物スクロールの魔法を詠唱。そこに入ると火が消えてしまう領域を展開してその後ろまで下がる。こちらの姿を見つける直前で灯りを失った敵兵を,追撃不可能な程度にだけ攻撃するのだ。

「手数をかけるなよ」

 二人と合流し,身を潜めてじっと敵を待ちながら大尉は小声で指示を出す。もとより正面からやり合える戦力差ではない。混乱させることにのみ注力して無事に離脱することを最優先とするのだ。

「…かかれっ!」

 鋭く叫び,三人が三方へと散る。両手には短剣。最優先の狙いは膝上の腱で,余裕があれば利き手の手首の腱も切る。移動と攻撃の両方の能力を奪えば,それが足手まといとなり障害物となって追撃を難しくするのだ。

 もともと暗闇で,だいたいの距離の目算しか立っていなかったこと,突然松明が消えわずかとはいえ光に慣れていた目が利かなくなってしまったことから,青軍はほぼなすすべもなく次々と足を斬られて地面に転がっていく。

「…よし,退くぞ!」

 号令し,別の魔法を詠唱して移動力を上げると,素早く後退を開始する。要は向こうが追撃を断念する程度にさえ障害物を増やせば良い。引き際を誤ってこちらに被害が出てしまっては本末転倒なのだ。

「…大丈夫です,大尉。追撃,ありません」

 適当な距離を離して速度を緩めると,二人が合流してくる。混乱した青軍は追撃よりも味方の立て直しに奔走しているようだ。難を逃れたいくつかの松明が慌ただしく動いているが,こちらへ向かってくる様子はない。

「二人とも,無事か?」

「ローダーが軽傷ですが,作戦行動には支障ありません」

「やみくもに振り回された剣の切っ先が頬をかすめただけです。連中,臆病もいいところですよ」

 やれやれ,と肩をすくめながらビルが言い,やや憮然としたようにローダーが弁明する。

「そうか。まあ深手にならずに何よりだ。そんなことで貴重な戦力を失うわけにはいかないからな」

「…しかし大尉…ついに発覚してしまいましたな」

「そうだな…」

 さすがに青軍も,これで守りを固めてくる事だろう。この作戦はもう不可能になったということだ。そして上層部は,それを次の作戦の一つの契機としてとらえている。つまりは,一大反攻作戦だ。時期尚早として反対はしてきたものの,もはや状況はそれを許してはくれまい。

「”純白の舞姫”が往時の輝きさえ取り戻してくれれば…」

「そんな他力本願ではますます成算は見込めんな」

 そう言って大尉はぼやくビルを制する。

 ”純白の舞姫”とは”悠久の風”が誇るトップエース,エリィの事だ。儀礼用とさえ言って差し支えないほどのきらびやかな装飾を施した白い鎧に身を包み,直撃どころか返り血すら浴びた事が無いことからついた,いくつかある二つ名のうちのひとつだ。

 しかし,確かにそれに縋りたくなる気持ちは分かる。エース一人だけで戦局が左右できれば苦労は無い。しかし敵方にもエースがいる以上,それを止められる者がこちらに居なければ被害はけた違いになるのだ。

 鳴りを潜めたとはいえ,ここからほど近いアリシアの王城には帝国のトップエース,漆黒将軍のヴァニティがいる。一大反攻作戦ともなれば当然それを阻止すべく出て来るだろうし,一時期はエリィと轡を並べて戦果を挙げたエース,”紅き流星”に何もさせずに完封した実力は明らかな脅威だ。

「いよいよ,後へは退けなくなる,か…」

 多難な前途を思って,大尉は小さく溜息をついた。

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