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1周年記念番外編。その3

注意事項は前回と同じです。

「残念王、風邪を引く」


 アーサーこと赤城悟(あかぎさとる)は、「う”ぅーう”ぅー」と布団の中で呻きながら、昨日の自分を叱りたい気持ちでいっぱいであった。


 何があったかと言えば、昨日会社から家に帰って来たアーサーは、汗だくだったので直ぐにお風呂に入り、1日の疲れと汚れを洗い流してサッパリしたかったのだ。

 そして、パンイチで風呂から出て肩にタオルをかけた状態で直ぐにクーラーを付けてベットに座り、火照った身体を急速に冷やして行く。


「ふぃー、あっちー」


 この時期特有なのだが、お風呂から出た後はなかなか汗が引かないので、いつも風呂上がりにはクーラーを付けている。

 この状態にしなければ、汗が溢れ出して服を着る時にベタッとするのだ。その感覚がアーサーは嫌いなのである。

 なので汗が引くまでは、いつもこのスタイルで晩飯を食べながら涼んでいるはずなのだが、今日はもう食べてしまっていたので、ベッドに寝っ転がってうだうだしていると、ウトウトとしてしまい、ちょっとだけならと仮眠のつもりだったのだが、うっかりすっかりグースカと寝てしまったのだった。




「ブゥエックション!!……う”ぅー、がぜひいだ」


 その結果がこれである。


 勢い良く、くしゃみをして鼻から出ようとしている鼻水を、ティッシュを1回×1枚の3枚を使って全て空っぽにするのだが、暫くするとまたズルズルと鼻水が出てくる。


 ピピピピ!と普段は聞かない電子音がして、その発信源を脇下から取り出し、表示されている数値を確認してみると、そこには38.7℃と表示されていた。

 完全に風邪を引いている。


「うぅ、取り敢えず長谷部さんに連絡しなきゃ」


 学生であれば夏休み中であっても、社会人であれば8月であっても仕事に出なければならない。

 残念ながら今年の夏休みはすでに取ってしまっていたアーサーは、会社に休む連絡をするべく、目覚ましがわりにも使用しているスマフォを枕元から取って、会社の上司である長谷部の携帯に電話を掛ける。


 現在7時50分。

 会社に連絡しても誰も受け取ってくれないので、直属の上司へと直接連絡したのである。


『はい、もしもし? 赤城、どうした?』


 1コールで出た長谷部に、自身の状況を簡潔に説明する。


「ずいまぜん。風邪引きまじだ。」


『……お前、仕事は出来るけど馬鹿だよな? まぁ、分かった。取り敢えず今日は有給にしておいてやる。溜まっていたからな、消化させてやろう! 有り難く思えよ。だから病院行け。それで、明日も熱が下がらなかったら連絡しろ』


 この長谷部とアーサーは仲が良く、プライベートで出掛けたりする間柄であったりする。

 なので、この程度の悪口は日常茶飯事である。


「ふぁい、ずいまぜん。ありがとうございます。」


 一瞬の空白の時間があったのだが、呆れた声と共に長谷部からの了承を得る事が出来たので、 アーサーは目の前に上司がいるかの様に、お辞儀をしつつ電話を続ける。

 日本人特有の、電話でのやり取りである。

 似た様なので、ちょっと人が混雑して居る所をチョップしながら渡るという物もある。


『まぁ、良いって事よ。それより、早く治せよ。お前が居ないと女子社員のヤル気がガタ落ちだからな!』


「そんな事無いですよ」


『(いや、ガチなんだが……)じゃあ、連絡はちゃんと受け取ったからな。お大事に』


「はい。本当、すいまぜん」


 ブツッ、ツーツーツー。

 切れた事を確認した後に、今度はアドレス欄から幼馴染を探し電話を掛ける。


『何? どしたん?』


 数コールで出たのは、自身がリーダーをしているクラン「Adult 's party」のサブリーダーの1人である和葉であった。


「風邪引いだから、今日休むね」


 電話の理由は今日の夜に、awoの追加要素である、天界の新天地に挑む為の攻略をする予定であったのだ。

 awoでは、東京はeasyそれ以外の県ではnormalそして、天界と魔界はhardではあるのだが、体感しているプレイヤー達には、さらに上の鬼畜仕様になっていると言われている。

 鬼畜仕様の原因の理由としては様々な事が言えるのだが、今回は割愛する。

 そんな、攻略戦に必要で大事な司令塔のアーサーが休むと言うのであれば、その代わりを探さなければならない訳で、しかも朝いきなりそんな事を言われた和葉は、一気に捲し立てた。


『はぁぁぁぁ? えっ、バカなの? 何で?

 今日遠征しに行く予定だったじゃん!』


「えっと……」


『もういい。今からそっち行くから!』


「えっ!…ちょっ、まっ「ツーツーツー」


「えー……」


 その、あまりにもな勢いに、何と答えたら良いのか戸惑っていれば、痺れを切らした和葉がこちらに来ると言って速攻で電話を切ってしまい、残されたアーサーはツーツーツーと鳴るスマフォをただ呆然と眺めて居た。


 ピンポーン。


「悟ー!開けてー!」


 しかも言うが早いか電話を切った後、20分もしない内に和葉がやって来た。


「い”らっしゃい」


「うわっ、スゲー風邪声。……どうせ、あんたん家にろくなもん無いだろうから、色々持って来たよ」


 呼び鈴と共に、いつもの様にドンドンと玄関を叩きながら開けるよう催促する和葉に、「頭がガンガンするから止めて欲しいな」と思いながら玄関を開けると、買い物袋にどっさりと入った物を目の前に持ち上げた和葉が立っていた。


「う”ぅ、ありがとう」


「いいから、いいから。あんたはベットで寝てなさい。これ、適当に広げちゃうからね」


「おとととと」


 出迎えたアーサーをガシッと掴み、グルンと反転してベッドまで背中を押しつつ強引に部屋の中に入って行き、アーサーを寝かしつけると玄関に放って置いた買い物袋をテーブルの上に広げたり、冷蔵庫にどんどん詰め込んで行った。


「何か色々買って来てくれて、和葉、ありがとう」


「ケッ!早く風邪治せバーカ!」


 和葉の家はアーサーの家から徒歩数分の所なのだが、ここに来るまでにコンビニで色々買って来ていたのである。

 買って来た商品は、卵、鮭、梅がそれぞれ入ったお粥にみかんゼリーとミックスゼリー。

 さらにスポーツドリンク1リットルを3本と冷えピタであり、およそ1日分の食料品などを買って来ていて、その女性が持つにはやや重たい荷物を見たアーサーは、和葉に感謝の言葉を言うのだが、照れた和葉に素っ気なく返されてしまうのだった。


「それで、何がどうなってこうなったの?」


 スポーツドリンクをコップに移して持って来てくれた和葉にそう言われて、コップを受け取りつつ目を逸らしながら事の顛末を話すと、段々と和葉の顔が曇って行く。


「ーーーで、朝、寒さに目が冷めたら風邪を引いていたと」


「ふぁい」


 全てを聞き終えた和葉のドスの効いた声に、シュンとなりながらチビチビスポーツドリンクを飲みつつ肯定するアーサーを見て、和葉は爆発した。


「あんたって、本当にバカ! 唯の時だけじゃなくて、こんな時もバカだったなんて!」


「むぅ。僕、そこまで馬鹿ではないよ! それと、頭ガンガンするから大きな声出さないでよ」


「………」


「……ごめん」


 あまりにもな言い方に、そこまで自分は酷くは無いと否定をしたのだが、無言でこちらを罵る様な眼差しを向ける和葉を前に、さらに小さくなってしまうアーサー。

 一応、社会人としてバカな事をしたという自覚はあったのである。


「まぁ、いいわ。それで? 病院には行くの?」


「一応そのつもり」


「はぁ、分かったわ。取り敢えずあんたは、先にお粥食べて歯磨きして。その間に私が予約取るから。それで行く前に汗拭いて、着替えておいて。一応タクシーも予約しておくか」


 病院へ行くと分かった途端に、サクッと指示を出されたアーサーは、3つあるお粥の中では1番好きな鮭味を取り、お皿に移してレンジに放り込む。

 その間に和葉は病院に予約を入れており、それを眺めながらいるアーサーは、頼り甲斐のある友人が居て本当に良かったと思った。




「はーい。病院へ着きましたよー」


 その後、和葉が呼んだタクシーで、そこそこ大きい病院まで向かい、病院の敷地内には入らずに道路沿いまで向かう様に、タクシーの運転手にお願いしていた。


「ありがとうございます。悟、先に受付に行ってて」


「ん。……ふぅ、マスク暑いな」


 支払いを和葉に任せたアーサーは、高熱の為に普段よりもややゆっくりとした足取りで病院へと入り、受付の方へと向かう途中で、1人の女性が困っている所に遭遇した。


「ググっ……あと、ちょっと……」


 車椅子に乗っていて、眼鏡とマスクを装着しているその女性は、床に落ちているブランケットを拾おうと、一生懸命に腕を伸ばしている所であった。

 ただ、あまり体重を掛けると倒れてしまう為か、中々床に落ちているブランケットまで手が届かず、指先を動かしたりしているのだがその全てが宙を切ってばかりいた。


「失礼しますね」


「えっ?」


 そんな彼女を見ていられなかったアーサーは、困っているその女性に近づき、床に落ちているブランケットを拾うと、軽くパンパンと叩いて半分に折りたたんでから、彼女の膝の上にブランケット掛ける。


「はい、どうぞ」


「あっ、ありがとうございます」


「いえいえ、では」


 ブランケットを受け取った女性は、軽くお辞儀をしてお礼を言い、アーサーも軽くお辞儀をしながら受け流しすと、受付の方へと向かう。




「あぁ、いたいた。はい。どう?結構かかりそう?」


 受付で保険証などを渡して、ベンチで順番待ちをしていると、和葉がやって来て売店で買ったと思われる袋タイプの龍角散のど飴をアーサーに手渡しながら、進行状態を聞いて来た。


「10分位だって」


「そっか。それじゃあ、このまま待っていようかな」


 そう言ってアーサーの隣に腰掛けると、鞄の中から本を取り出して読み出す和葉。


「ん。……ごめん肩借りる」


「はいはい。頑張れ頑張れ」


 久しぶりの高熱に、座っているのも辛いアーサーは和葉の肩に身体を預けてしまうのだが、和葉はポンポンと軽く頭を叩くだけで、そのままアーサーが呼ばれるまで、しっかりと支え続けた。



 次の日。


「完全復ー活!」


「おぉー、良かったな!」


 熱や咳が治り全快したアーサーは、すでに出社していた長谷部の元にいの一番に向かって報告する。


「はい! 昨日はご迷惑を掛けて申し訳ありませんでした!」


「いや、大丈夫だぞ。……どっこいしょ。じゃあ、これ、休んでいた分な」


 元気良く長谷部に謝罪をしたのだが、その長谷部がテーブルの上にドシンッ! と、書類のタワーを置きポンポンと叩きつつ意地悪い笑みを浮かべた。


「おっふ……」


 せっかく風邪が治ったのに、目の前に積まれた書類のタワーを見て、軽く目眩を起こすアーサーなのであった。








「神の悪戯」


 awoにいるプレイヤーに、「最も強い又は上手いと思うプレイヤーは誰か?」と聞けば、100人中100人が……いや、awoにいる日本人プレイヤーの全員が「プレイヤー名 唯」と答えるだろう。


「なぜ彼女はあんなにも強いのか?」と、一時は話題になり、チートなどのズルをしているのでないかと思ったプレイヤーが、何人も運営に問い合わせを行なったのだが、運営からの返答は「プレイヤー名 唯は、awoの規約に反する行動は一切して居ない」と言う返答しか返ってこなかったのである。


 また、ちょうどその時に、他のプレイヤーが自身のゲームキャラを改ざんして、有利にゲームを進めていた事が発覚し、該当プレイヤーが複数人が垢BANになると言う事件が勃発した。


 その後、話題やネタになり教訓となったこの事件が発端となり、皆から【強くて上手い】と言われていた唯は、皆から認められて【最強】の二つ名を付けられたのであった。


 では、何故彼女は、awo内でここまで強いのかと言えば……






「就職おめでとう、唯。これから社会人として大変だとは思うが、精一杯頑張るんだぞ!」


「うん。お父さんありがとう」


「唯。困った事があったら、いつでも連絡していいのよ」


「もう〜お母さんってば、心配性なんだから!」


 今日は唯の就職祝いとして、家族3人でちょっと遠出をして美味しいものを食べに行こうと、和気藹々と目的地まで車で移動をしていた。


 車内での話題は、もっぱら唯の話題についてであり、彼女は今日、保育士として内定を貰ったのである。





 そんな彼女達の幸せは、ものの数分で崩れ去った。


 原因は居眠り運転をしていた大型トラックに

 正面衝突をされた事が原因で車は大破。

 両親は衝突により見るも無残に潰れてしまい、救急隊員が駆け付けた時には既に息を引き取っていた。

 現場を見た隊員からは、「これは即死だった」と言っている。


 唯は無事に生還は出来たのだが、かなりの重症で事故後1週間は目を覚まさず、目が覚めた後も事故の衝撃が原因なのか意識ははっきりとはせず、一日中呆然としており意識が回復したと思ったら、両親の死亡。事故から1ヶ月以上経っている事や、下半身麻痺の重症を負ってしまい、更に保育士の内定も取り消されてしまった現実が受け入れられず、何もかもを絶望して……生きる気力を失った。


 そんな彼女を救ったのは、母の妹であり、唯からお姉ちゃんと慕われている神崎麗(かんざきうらら)であった。


 両親の葬儀や事故の後始末などを全て1人でこなし、死人の様に生きる唯の為に、仕事の合間を縫って毎日見舞いに来ていたのだが、出された食事も食べず、事故前とは打って変わり骨と皮の様に痩せ細った唯に、とうとう我慢の限界に来た麗は、唯に抱きつき「あなたまで居なくならないで! 2人の様に私を残してあなたまで居なくなったら、私はどうしたらいいのよ!」と泣き叫んだ。


 普段は凛々しい麗の見た事も無い姿に、現実に戻った唯は、カラカラに乾いた声で「ごめんね。お姉ちゃん」と3ヶ月ぶりに言葉を発したのだった。

 その後、2人は思う存分に泣きあい、騒ぎを聞きつけた看護師に怒られたりはしたももの、唯は生きる活力を取り戻したのだった。


 ところが、退院をした後が大変であった。


 下半身麻痺になった唯には、就職出来る場所が無かったのである。

 そんな唯を救ったのも、また麗なのであった。


「ねぇ、唯。あなた仕事探していたりする?」


 麗の家に居候をさせて貰っていたある日、仕事探しが難航していた時に、ふと思い出したかの様に麗に言われた唯は、自身の現状の事を自虐的に明るげに答えた。


「うーん。探しては居るんだけど、私がこんなんだから、中々見つからないんだよね」


「ふーん。だったらさ、私の仕事手伝ってくれない?」


 そう言われて紹介されたのが、まだ発売前のawoなのであった。


「ゲーム?」


 実は神崎麗、若い時にゲーム会社を企業した社長なので、偉い人なのであった。


「そう。しかも今話題のVRMMOよ!」


 そう言われて、麗はPVを見せながら唯に説明

 をしていたのだが、唯には麗の言葉が入ってこなかった。

 初期段階のPVだったのだが、その美しい世界観に、唯の心は奪われてしまったのである。




 その後、正式に発売が決まり、awoの配信日当日。


(凄い! 私、また自分の足で立ててる……)


 ゲーム内には唯の姿があった。


「うわっ……すごい人。……頑張らなきゃ。この人達に負けられない!」


 辺りを見渡して見ると、至る所に人人人。

 現実を知った唯は、固く決意した。


 麗が唯に頼んだ内容は、ゲーム内での広告塔に成るべく、awo内にいる全プレイヤーの中で最強になって欲しいと言う、難しく曖昧なものであった。

 配信日当日のゲーム人口はおよそ5万人。

 さらに日が過ぎる毎に、ゲーム人口は増え続けていく。


「お姉ちゃんに恩返ししなきゃ」


 今までお世話になり、返さないほどの恩恵を貰ったと思っている唯は、麗から言われた仕事内容をキッチリやり遂げようと決めていた。


 麗から最強を願われたその理由は、ゲーム内最強であればawoの宣伝でTVCMなどのPVの時に、モデルとして採用されるからであるが、その道のりは厳しいものであった。


 awoでは、12時間以上ログインをし続けると、緊急アラームが鳴り大体10分後には強制ログアウトされる仕組みなのである。

 さらに、次にログインするには6時間以上のインターバルが必要となるのだが、唯の場合は、その6時間の間に食事や睡眠を挟み、残りの時間をVR機の本体機能である空白地帯で、戦闘のイメージトレーニングに当てていた。

 そんな見えない努力と自身の障害を利用して、6時間のインターバルが終わると、またawoへと向かうのであった。

 そんな廃人の様に、ハイスピードで4年間awoをプレイし続けて行った現在。

 皆から賞賛される最強が出来上がったと言う訳である。





 そして、現在。


「それじゃあ私、先に先生の所に挨拶しに行っているから、そこで待っていてちょうだい」


「ん。分かった」


 唯は障害者検診の為に、病院へと来ていた。

 主な内容としては、動かない下半身のストレッチと、それを支える腕の筋トレがメインであり、あの事故以来顔馴染みとなった先生に、いつも指導して貰っていたのである。


「決して、VRを使って訓練なんかしたらダメなんだからね!」


「わっ、分かっているよー」


 唯の性格を理解している麗に釘を刺されてしまい、ついつい目を逸らしてしまう。

 今現在発売日されているVRは、携帯やパソコンなどと同じ様に、ネットワークの接続が出来る場所ならば、どこでも使用出来るのである。


 ただし、法律で使用方法が定められているので、使用許可の無いお店で使用したり、歩きVRや運転中にVRなんかをすると、かなり重たい罰金になる。


「もう! お願いしたのは私だけど、ここまでハマるとは思わなかったわよ!」


「うん! お姉ちゃんが作って、私にお願いして来たゲームだもん。生半可な気持ちでやってないからね」


「うふふ。それは、ありがとうね。……でも、これとそれとは話は別だから! ちゃんと大人しく待っているのよ! 頭の中でもね!」


 と、そう言い捨てて先生の所へ向かう麗に、「やれやれ、お姉ちゃんは心配性なんだから」と思いつつ、人通りの少ない場所に移動をしようとした時に、膝の上に掛けていたブランケットが床に落ちてしまった。


「あらららら」


 どうやら、気が付かないうちにブランケットの端っこの部分が車輪の下敷きになっていたらしく、唯が両手を離して車輪を動かした際に引き摺られてしまった様だった。


「もう」


 車椅子を器用に動かし移動をして、床に落ちたブランケットを取ろうとするが、車輪が邪魔をして上手く届かない。


「ググっ……あと、ちょっと……」


 平く床に落ちてしまったが為に、いくら腕を伸ばしたり指先を動かしたりしてもかすりともせず、また、朝早く来ていた為に人通りは皆無で、どうしようかと思っていた時に、スッと目の前に男性がやって来てしゃがみ込んだ。


「失礼しますね」


「えっ?」


 いきなりの事に、顔を上げて相手の顔をまじまじと見る。

 病院だからマスクをしているから、相手の顔は目元しか見えないのだが、熱があるのか若干苦しそうにしている。


 そんな事を思っていたら、その男性はブランケットを拾い上げると、軽くパンパンと叩いて半分に折りたたむと、唯の膝の上にブランケットを掛けた。


「はい、どうぞ」


「あっ、ありがとうございます」


「いえいえ、では」


 大変な状況なのに、笑顔で対応してくれたこの男性にお礼を言うのだが、彼はすぐに去って行ってしまった。


「……良い人だったな。……あいつに似てたけど、気のせいだよね?」




 はたして運命の悪戯か?

 2人は現実世界で会った事に気付けるのか?

 それは、神のみぞ知る。


次で番外編も最終回!

本編はもう少しお待ち下さい。



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