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花火  作者: 琴羽
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花火が打ちあがる

花火が打ちあがる


「お、はじまった!」

ぴゅるる、という気の抜けたような音と共に、一筋の光線が乾いた空気を切り裂いて空へと打ちあがる。

それが合図。雑談に花を咲かせていた人々は一斉に口をつぐんで、にぎやかだった空間は途端に静寂に包まれた。

ふっと、光の線が頂上にまで達すると、その光を弱めた。これから起こる出来事に備えて、思わず薄目を閉じる。

――そして、華が開いた。

花火の音を言葉で表現するのなんてバカバカしい。きっとこの音を聞いているのは耳なんかじゃない。心臓だ。

全身でこの衝撃を受け取ると、血管を通して心臓まで伝えているんだ。きっとそうに違いない。

去年も同じ場所で見上げたこの花火。この高鳴りも、去年とまるで変わらない。

「すげえ……」

思わず口から感嘆が漏れる。

花火を構成する色は、いったい何色あるのだろう。赤、黄、緑、赤。きっと俺の知っている色だけじゃあ、とても表現しきれない。この世界中にあふれる色の概念すべてを持ち合わせても、それでもきっと足りないだろう。

「ホント、すごくきれい」

すぐ隣では愛実が、花火を見つめたままにつぶやいた。愛実の頬が花火の光で紅に染まって、かわいく見えた。

最初の一発が消滅すると、間髪を入れずに2つ目3つ目と、次々に花火が打ち上げられていく。

どんどんと鳴り続ける地鳴りのような花火の音、それを楽しむ人々の喧騒、そしてもう一つ、この空間を支配する無機質な音がある。

カシャカシャと鳴り続けるシャッター音。

前後左右、もはや聞こえてこない方角はないほどに。誰もが必死に手元のスマホを花火へとかざしている。

いつの間にか、こんな光景も花火の風物詩の一つになっていた。

後ろのやつなんてさっきからずっと連写してるし、容量大丈夫かよ。

愛実はと言えば、そんな周りの様子は気にすることもなく、次から次へと繰り出される花火に釘づけになっている。

「綺麗……」

まるで空に捕えられてしまったかのように、大きな二つの黒目は微動だにすることもない。

なんとなくその姿を見ていると、得も言えぬ不安が襲ってきて、思わず少しだけ愛実との距離を詰めてしまった。

愛実は今そのまっすぐな瞳の奥で、いったい何を考えているのだろう。

やがて、オープニングとなった一連の花火は終わると、今度は単発の花火が淡々と打ち上げられ始めた。

一つ一つ丁寧に打ち上げられる花火は、格好のシャッターチャンスだ。俺の意識は再び空に浮かぶ花火へと向けられた。

慌ててポケットからスマホを取り出して、カメラのレンズを打ちあがる花火へと向ける。

一面の花火も綺麗だが、こういうシンプルなのも悪くない。

ひときわ大きな花火が咲く瞬間に、ボタンへ触れてシャッターを切る。手元から鳴ったカシャリと言う音が、一瞬にして辺りを包むシャッター音に呑み込まれた。

なんとく、それだけで不思議な一体感がある。

より良い写真を撮ろうとカメラを構えた瞬間、ぽつりと愛実のつぶやきが聞こえた。

「やっぱり、花火ってすごく綺麗だよね」

「ああ、そうだな」

これは問いかけなんかではなく、ただのつぶやきだと言うことは分かっていたが、なんとなく言葉を返してしまっていた。

「私、花火ってすごく好きなんだ。すごく綺麗で……でも、一瞬しか光らないから、一生懸命目に焼き付けようって思えるの。シュンは花火、好き?」

「もちろん、だって夏の風物詩だぜ?こんなの見なきゃぜってー損だろ」

こんなこと、考えるまでもない。花火はいつだって夏の象徴で、俺たちはこんなにも心を揺さぶられるのだ。

そうだ、花火はきっと、夏そのものなんだ。

なんて、ガラにもないことを考えた。

「そうだね。今この時期にしか見られないんだもんね」

愛実の視線は、相変わらず空につながれたままで、一向にこちらへ向けられる気配はない。こうして話している間も、わずかさえ視線が向けられることもなかった。

目の前の花火のことに熱中しすぎて、俺の方へ目を向けている余裕なんてないとでも言いたげな態度だ。

花火に見とれているのは分かるが、もう少し恋人らしい空気があってもいいのではないかと思わずにはいられない。

寄りかかるくらいは、したっていいよな。

そう思った矢先、目の前を陣取る女子大生グループが目に入った。彼女たちが一様に見つめる先は、花火ではなく仲間の一人が持っているスマホの画面。

「あ、そうだ」

すっかり忘れてしまっていた大切な行事。俺たち二人も、こうのん気にしてはいられない。

「写真、取ろうぜ。今年は俺たち二人で来られた記念にさ」

「え、うん。そうだね」

愛美の返事も待たずに、さっそくカメラのアプリを起動する。こんな小さな鉄の塊が一瞬にしてカメラになるのだから、本当に便利な時代になったものだ。

「ほら、寄って寄って」

右腕を精一杯に伸ばす。カメラの画面には愛実と俺の顔と、その横には画面の半分ほどの隙間を空けておく。その隙間に花火が移った瞬間にシャッターを切れば完璧だ。

それを愛実も理解してくれたのか、笑顔を作って時が来るのを待っている。

そして光線が打ちあがる。

3、2、1。

画面に刻まれるのは二つの顔と、大輪の花。花火の輝きは霞むことなく、確かに画面の中に閉じ込められていた。

技術革新なんていうけれど、ここ10年の間に本当に進化したものだ。花火の光なんて、昔はほとんど映らないのが常だった。

ふと、小学生の時に使った使い捨てのフィルムカメラを思い出す。

どんなに照準を合わせって必死に撮っても、現像されてくるのは、ぼやけた光の泡だけだ。

打ち上げられた花火の色も、形も、今となってはもう思い出せない。

それではきっと、なかったことも同じことだ。

「ん、完璧」

今日と言う日の思い出が、こうしてまた一つ完成した。

帰ったらLINEのトップ画にしよう。

そんなことを思いながら、スマホをポケットにしまい直す。気づけば、花火は一回目の盛り上がりを迎えていた。

そんな盛り上がりを肌で感じたのか、周囲ではさらにカメラを構える人の数が増していく。

誰も彼もが、とっておきの一枚を撮ろうと必死になっている。一秒にも満たない、一瞬の輝きを切り抜こうと躍起になっているのだろう。俺もこっそりとその一つに混ざった。

綺麗に撮れた、たった一枚の写真。

それだけで俺たちは幸せになれる。

「いったん休憩かな?今のラッシュすごかったね」

前半最後の盛り上がりを終えると、一度上空の花火はすべて消え去った。空には無数の星と、かすかな煙だけが残っている。

今のラッシュの余韻を楽しむようなため息が、辺りからは聞こえてくる。

愛実もまだ上の空と言った様子で、花火が浮かんでいた空を見上げている。

打ちあがる花火はもう無いというのに、愛美の視線はまだ空を向いたままだ。

「ああ、今年もやっぱりすごかったな。去年はここで5分くらい休憩に入ったんだっけ?」

「うん、たしかそうだったと思う。やっぱり打ち上げる人も休憩を取らないと、大変なのかもね」

「だな。それより、さっきの写真見てみろよ。よく撮れてるだろ?」

綺麗に撮れた喜びを共有したいのと、どうにかして愛美の気を引きたい一心で、慌てたような声をかけた。

空に釘付けられていた愛美の視線が、俺の手の中に収まるスマホの画面へと寄せられる。

「うん、本当だ。よく撮れてる」

隣では愛実が笑う。肩と肩が触れ合って、少しだけ暖かい。

愛美は今ここにいる、そう確かめられた気がして、少しホッとした。

「だろ?」

隣では愛実が笑う。そんなのは当たり前のこと。

ふと、愛実がこちらへ振り向いた。鼻と鼻がぶつかり合いそうな近い距離。愛実の顔はいつになく真剣で、どこか寂しげだった。

ようやく顔を合わせてくれた喜びを感じつつも、明らかにいつもとは違う表情に不安を覚えた。

「ねえ。今年の春にさ、二人で桜を見に行ったこと覚えてる?」

「なんだって、こんな突然」

「覚えてる?」

努めて静かに抑えられた声、それが逆に有無を言わせぬ強さを持っていた。

「そりゃあ当然、覚えてるに決まってるさ。二人で行く初めてのお花見で、計画もあんなに練ったんだから」

突然こんな昔の話を切り出してきた意図が理解できずに、返答が少しまごついた。

だけどきっと、ここは適当にはぐらかしていい場面なんかじゃない。それだけは、分かる。

胸の中にある不安は、少しずつ確かな形を持って心を掻き立てていく。

「なんとなくね。なんとなく、その時のことを思い出したの。あの時もこうして、二人で一緒に上を見上げていたなあって。私は今でもずっと覚えてる。花びら一枚一枚のわずかな色の違いだって覚えているよ」

「そんなの、俺だって」

口にして、そこで言葉に詰まる。どんなに記憶を思い返そうとしても、一つの強烈なイメージしか頭に浮かんでこないことに気づいてしまった。

そこには一面の桜があって、愛実がいて、そして俺がいた。

それは、二人で撮った一枚の写真の記憶だった。背景の桜と俺たち二人の顔が綺麗に撮れていて、フェイスブックに投稿までした、お気に入りの一枚だった。

思い出せるのは、そんな切り取られた思い出だけ。

愛実が求めているのは、きっとそんな記憶じゃない。

「なあ、愛実はいったい」

そう口にした瞬間、再び夜空が七色で彩られた。一瞬の間を置いてやってくる轟音に、俺の言葉はかき消される。

愛実の視線は再び空へと戻り、話もここで打ち止めになる。

無理やりに話を打ち切られた二人の間に流れるのは、もはや目を背けることもできなくなってしまった違和感の塊。

なあ、愛実はいったい俺に何を求めてるんだ?

本当は今すぐそう問いかけたくたたまらなかった。

今年の春のことを、もう一度思い出す。

舞い落ちる桜の花びら、二人で突いたお弁当箱の中身、疲れて座ったベンチ、大木を二人で見上げながら手をつないだこと、そんな断片的な記憶ばかりが浮かんでくる。

どのイメージもぼんやりと浮かぶだけで、輪郭がはっきりと思い出せない。

そう言えばと、ふと思う。

二人で撮ったあの時の写真、愛実はどんな顔をしていたっけ。

どんなに想い返そうと記憶を探っても、愛実の顔にはもやがかかっていた。



一筋の光の線が、高々と夜空に向かって打ちあがっていく。花火大会の開始を告げる、アナウンス代わりの一発だった。

ざわめき立っていた観客たちは慌てたように静まり返り、そして花火が開くと同時に、一気に沸き立つように歓声が上がった。

今年もまた、始まったのだ。

「すげえ……」

「ホント、すごくきれい」

隣ではシュンが感嘆の声を漏らしている。シュンはいつだって、そうやって素直に感情を言葉にする。

そんな些細なことも、この一年間、一緒に過ごす間に知っていった。

最初はただ、英語のクラスが一緒だっただけの男の子。知り合いになって、友達になって、そして恋人になった。

大学の中で、きっと誰よりも彼を知っている。

そんな強い自負が私の中にはあった。

次々と空に打ち上げられる花火を見ていると、どうしてかいつも感傷的な気分になる。胸の奥がざわつくような、それでいて空虚なような、よく分からない気分だ。

決して嫌な気分ではないのだが、なんとなくどうしていいのか分からなくなってしまう。できることといえば、ただ食い入るように花火を見つめ続けることだけで。何かがつかめそうな気がしながらも、結局何もつかめない。

それが私にとっての花火だった。

今年もまた、花火を見上げる。

何かがつかめるような、そんな気がして……

「綺麗……」

夜空一面を彩る大輪の花を見ても、出てくる感想は月並みだった。ふと“綺麗”に変わる言葉を考えてみたが、ふさわしい言葉は思いつかない。自分のボキャブラリーの少なさにため息が出る。

ほら、私って別に文学部じゃないし。なんて言い訳をついてみても、余計に苦しくなるばかりだった。

でもいいじゃない、綺麗なものには綺麗の一言で十分だ。余計な言葉を並び立てても、それはたぶん野暮と言うものだ。

うん、きっとそうだ。そういうことにしておこう。

ちょうど自分の中で一つの議論が決着した瞬間、すぐ隣からカシャリという機械音が聞こえてきた。

シュンだ。

隣を振り向かなくたって分かる。夜空に向かってカメラを構えているシュンの姿が、容易に頭の中に想像できる。

満足そうな笑顔を浮かべながら、景色を切り取ったスマホの画面を見つめているのだろう。

あえて隣は振り向かず、その正解は確かめない。

なんとなく、確かめるのが怖かった。

視線をそのままに私はつぶやく。

「やっぱり、花火ってすごく綺麗だよね」

「ああ、そうだな」

いったいシュンがどんな表情をしてそう答えたのか、確かめるだけの勇気を今の私は持っていない。

私はいったい何をそんなに怖がっているのか、その答えは分からない。だけどきっと、それは花火を見上げた時からで、その不安は広がりを増していく。

花火は私を少しだけ臆病にする。

だから私は振り向く代わりに問いかけた。

「私、花火ってすごく好きなんだ。すごく綺麗で……でも、一瞬しか光らないから、一生懸命目に焼き付けようって思えるの。シュンは花火、好き?」

返事はすぐに反ってきた。

「もちろん、だって夏の風物詩だぜ?こんなの見なきゃぜってー損だろ」

その声はいつもと変わらない明るさで、きっとシュンの顔には、いつもの屈託のない笑顔が浮かべられていることだろう。

何も変わらない、いつも通りのことのはずなのに、どうしてか胸の奥がきゅっとした。

「そうだね。今この時期にしか見られないんだもんね」

本当はさっきから上の空で、花火の景色なんて頭の中に入ってこない。

せっかくの花火だって言うのに、私はいったい何をしているんだろう。

シュンの声が、視線が、行動が、さっきから気になってしまって仕方ない。シュンは今、何を考えてこの花火を見上げているのだろう。

「あ、そうだ」と、突然シュンが声を上げた。あれだけ頑なに隣を見るのを我慢していたと言うのに、思わずあっさりと顔を見てしまった。

いつもと変わらないシュンがそこにいる。拍子抜けするほどいつも通りで、意地を張っていた自分がバカみたいだ。

「写真、取ろうぜ。今年は俺たち二人で来られた記念にさ」

「え、うん。そうだね」

シュンはそう言うや否や、すっと顔を近づけて、私たちの顔へ向けてカメラを起動した。

「ほら、寄って寄って」

言われたとおりに顔をさらに近づけてみるが、シュンはなかなかシャッターを切ろうとしない。ピントでもあっていないのだろうかと思ったが、すぐに事情を理解した。

ああ、なるほど。

光の筋が打ちあがり、迷うことなくまっすぐに進んでいく。

そして、ぱっと花が開くその瞬間、カシャリと言う、花火の音の中にひどく不釣り合いな人口音が鳴った。

こうしてシュンの提案で写真を撮るのも、もはや恒例行事みたいになったものだ。どこに行っても、何をしてもこれだけは絶対に欠かさない。

「ん、完璧」

シュンは今撮れた画像を確認して、満足そうに微笑んだ。いつだってシュンは嬉しそうに、大事そうに、撮れた写真を眺めている。

そう言えば、そんな目を少しでも私に向けてくれたことがあっただろうか。

再び視線を空の方に戻すと、いつの間にか花火は一度目のクライマックスを迎えていた。夜空をいくつもの花火が埋め尽くし、否応なしに観客たちも盛り上がっている。

ざわめきと、ため息と、シャッター音が会場に広がっていく。他のイベントでは絶対に味わえないような、独特の空気がここにはあった。

一つの花火が上がったかと思えば、その脇からまた別に花火が2つも3つも打ちあがる。巨大なものや小さなもの、七色のものや単色のもの、一つ一つ特徴の違う花火が次から次へと打ちあがっては、ほんの数秒の間に役割を果たして消えていく。

3秒前の世界と現在の世界はすべてが違っていて、一度見た景色はもう二度と現れない。

だから私は、ただひたすらに夜空を見上げ続ける。

でもきっとシュンは違う。

また隣から聞こえてくるシャッター音、今この一瞬を閉じ込めようと奮闘しているのだろう。必死にカメラを構えるシュンを横目に見て、ふと有香のことを思い出した。

彼女もまた写真を撮るのが大好きだった。どこに行っても、何を見ても、目の前にあるものを必死になってカメラの中に収めていた。

有香の写真好きを初めて知ったのは、いつのことだっただろう。記憶を探ってみる。

そう、クラスの女子で集まった時のことだ。

入学してまだ間もないころ、クラスの女子みんなで、少しだけおしゃれな居酒屋に行ったことがあった。

女子会コースで予約をしたこともあって、出てくる料理は綺麗に盛り付けられたお洒落なメニューだった。その料理が一品一品運び出されるたびに、有香はお皿に向かってカメラを向けたのだ。

料理だけじゃない。その時一緒にいたメンバー一人一人とツーショットを撮って、満足そうに笑っていた。当時の私は、そんな有香のことが不思議で堪らなかった。

有香は本当に写真を撮るのが好きだね。写真愛好会とか入るの?

単純な疑問として、そう聞いてみた。

まさか、そんなサークル入るわけないじゃん。

え、どうして?

だって、思い出に残したいから写真を撮ってるだけなのに、写真を撮ることが目的になったら意味ないじゃん。

そういうものなんだ。

そんなもんだよ。だってせっかく楽しいことがあったのに、それを残せないなんて、なんか嫌じゃん。だから私は撮ってるだけだよ。

その時の有香の顔は今でも覚えている。

やっぱり有香とシュンはおんなじだ。思い出が欲しくてたまらなくて、それだけに夢中になってしまう。

でもたぶん、それは悪いことではないんだと思う。それがきっと、大学生としての正解なのだから。

そんなことを考えている間に、最初のクライマックスは終わり、空には何の色もなくなっていた。

「いったん休憩かな?今のラッシュすごかったね」

空を見上げたままにつぶやいてみる。

「ああ、今年もやっぱりすごかったな。去年はここで5分くらい休憩に入ったんだっけ?」

「うん、たしかそうだったと思う。やっぱり打ち上げる人も休憩を取らないと、大変なのかもね」

ふいにシュンが身体を近づけてきたのを肩で感じた。視線を向けてみると、嬉しそうな顔をして自分のスマートフォンの画面を見せてきた。

「だな。それより、さっきの写真見てみろよ。よく撮れてるだろ?」

「うん、本当だ。よく撮れてる」

「だろ?」

私がそう言うと、シュンは満足そうにさらに嬉しそうに笑みを作った。

画面の中には私たち二人の顔と、一輪の巨大な花火が写っている。いつの間にこれほど性能が上がったのか知らないが、画面の中の花火はとても綺麗にくっきりと写っていた。

画面の中に写る花火は、花火の偽物なんかじゃない。

そう錯覚してしまうほどに、画面の中のそれは本物だった。

だからこそ、有香もシュンもこれほどにのめり込むのだろう。一瞬の景色を四角に切り取るとこによって、まるで今を手に入れたような錯覚に陥る。

写真なんて結局その程度の自己満足でしかないと言うのに、どうしてこれほどに人を魅了するのだろうか。

それが、私には分からなかった。

一年半もの間女子大生をやってみたものの、シュンや有香の感覚は理解できなかった。

思い出作りに必死になって、それを得意げにひけらかして自慢をする。二人がやっているのは、そんな行為に他ならない。

ずっと心の奥にくすぶっていた感情が、今になって溢れ出してきた。

嬉しそうに画面を見つめるシュンの顔を見ていると、感情が抑えられなくなってくる。

思い出が欲しくてたまらなくて、そればかりが気になって今に目を向けられない。今と言う現実を、画面越しに見つめてしまう。そんな人生でシュンは楽しいのだろうか。

ずっと気づいていた。シュンが見ているのは今なんかじゃなくて、もう少し先に未来。今だってきっと私のことなんて見ないで、少し先の未来で思い出となった私のことを見ているのだろう。

一度走り出してしまった思考は止まらない。シュンのこと、私たち二人のこと、ずっと目を背けてきたことが、次々と頭に浮かんでは私を悩ませる。

花火はまだ夜空に開かない。

今なら、言えると思った。

「ねえ、今年の春にさ、二人で桜を見に行ったこと覚えてる?」

努めて強い声を作って、私は問いかけた。

「なんだって、こんな突然」

「覚えてる?」

こんなところまで来て、はぐらかすなんて許されない。私はさらに強い口調で、シュンへと追い打ちをかけた。

「そりゃあ当然、覚えてるに決まってるさ。二人で行く初めてのお花見で、計画もあんなに練ったんだから」

「なんとなくね。なんとなく、その時のことを思い出したの。あの時もこうして、二人で一緒に上を見上げていたなあって。私は今でもずっと覚えてる。花びら一枚一枚のわずかな色の違いだって覚えているよ」

本当にシュンは覚えてる?あの時も今日みたいに嬉しそうに写真を撮っていたよね?お気に入りの一枚を見つけては、誇らしげに何かのアカウント画像にしていたっけ。

あの時だって、本当は私のことなんて見ていなかったんじゃないの?

本当はそこまで言葉にしたかったけど、それを口にするのは卑怯だと分かっていたから、どうにか喉元で押しとどめた。

「そんなの、俺だって」

シュンはそう口にして、そして言葉に詰まった。きっと自分自身の記憶が薄っぺらであることに気づいたのだろう。

シュンがたった今思い起こした記憶の中にいる私は、きちんと笑っているだろうか。それとも、どんな顔をしていたのかさえ思い出せないのだろうか。

目の前で真面目な顔をしているシュンが、その顔の向こうで頭をフル回転させて記憶を掘り起こしているのだと考えると、なんだか可笑しく感じてしまう。

「なあ、愛実はいったい」

その瞬間、後半の花火が打ちあがった。シュンは必死になって、私が何を言おうとしているのかを探りだそうとしているのだろう。

でも、ふと思った。

私自身はどうなんだ?

私はシュンにどうして欲しいんだろう?

花火の爆発音によって無慈悲にも会話はそこで打ち切られ、私たちは再び花火と向き合うことになった。



後半の花火は遠慮するという言葉を知らないかのように、騒音をまき散らしながら暴れまわり、夜空を散らかしていく。

うるさい、うるさい。

ドンドンと直接に身体を叩く音が鬱陶しい。愛実のあの冷たい声を聞いてから、どうにも心臓が早鐘を打っている。花火の音だと思っていた音は、どうやら俺の心臓の鼓動音だったみたいだ。

愛実は何を言いたいのだろう。俺にどうしてほしいのだろう。

花火を見上げるふりをしながら、そんなことばかりをずっと考えていた。愛実の見せた表情が、声が、言葉が、俺を悩ませる。だが、どれほど考えても答えは出ない。

思えば、俺はずっと愛実のことを理解していなかったみたいだ。

俺のわがままで付き合い始めて、何も考えないままにここまで来たのだから当たり前だ。離れ離れになりたくない、ただそれだけの想いで俺は愛実のことをつなぎとめてしまった。

けどたぶん、それが間違いだった。俺たち二人は居るべき場所も違って、向いている方向も違って、見ている景色も違う。本当なら俺たちは違う方向へ歩いていくべきだったはずなのに、それを俺のわがままで引き留めてしまった。

つなぎとめただけで満足して、彼女のことをロクに理解しようともせずに。

そんなことを考えていると、愛実と話をすることが途端に怖くなった。なんと声をかければいいのだろう。さっきの話はまだ続いているのだろうか。考えれば考えるほど、思考は深みへとはまっていく。

この花火がこのままずっと続いてくれればいいとさえ願う。

それでも残酷にも花火は次々と打ちあがり、残りの弾数を減らしていく。

いったい、どうしてこんなことになったのだろう。

確かに俺たちは向かっている方向もバラバラで、歪な恋人同士だった。だが歪ななりにも、こうして一年近くもの間上手くやってきたのだ。それなのに、ここに来て小さなひずみが大きな亀裂へと変わっていった。

どうしてだろう、そんな答えはもう分かりきっていた。

それはたぶん、この花火のせいだ。



後半の花火が始まると、私たちは再び口を閉ざすことを強いられた。夜空に浮かぶ幾輪もの花を見上げながら、隣に座る男の子のことを考える。おかしな話だが、こんなにも彼のことを考えたのは、今回が初めてのことかもしれない。

私は本当にひどい女だ。こんな状況になるまで、自分の彼氏のことを考えようともしなかったなんて。シュンのことなら、この大学にいる誰よりも知っているつもりでいたのに。

知っていることと理解していると言うことはイコールではないと、そんな当たり前の事実に、今になって気づかされてしまった。

いや、正確には少しだけ違うかもしれない。私はシュンのことを理解していなかったわけじゃない。本当は心の奥底では理解していながらも、それに目を背けて気づかないふりをしていただけだ。

気づいてしまえば、もう一緒にはいられないから。

花火を見上げながら、思わずため息をついてしまいそうになるのを、必死になって抑え込んだ。せめて、いつも通りのフリだけでもしようと言い聞かせる。

けど、一度気づいてしまったら、もうそこから目を背けることはできない。シュンの顔が頭にこびりついて離れない。睨みつけるように花火を見つめ続けてみても、状況は一向に変わらない。

空を見上げ続けたせいか、だんだんと頭を支える首が辛くなってきた。それでも今の私は視線を下げることを許されない。

このままずっと、永遠に空を見つめ続けなければいけないような、そんな錯覚さえ覚える。もしもこのまま花火が永遠に続くのなら、私たちはずっと今のままいられるのだろうか。案外それも、悪くない気がした。

だけど、いつか必ずこの花火は終わって、そしてそれと同時に私たちの関係も終わってしまう。

でも、と思う。どうして私たちはこんな風になってしまったのだろう。あんな質問をぶつけておいて、私はいったいシュンにどうしてほしいのだろうか。

『ねえ、今年の春にさ、二人で桜を見に行ったこと覚えてる?』

その問いに対する答えは、はたして何が正解だったのだろう。私自身、よく分かっていなかった。

彼氏と彼女の関係だったら、変えてほしい点の一つや二つ、思いつくのが当たり前のはずだ。そのはずなのに、私はそんな不満も覚えないままにこの一年を過ごしてきた。

この癖をやめてほしいとか、もう少し大胆に来てほしいとか、そんなありきたりな不満さえ覚えずに。

この感情はそう、諦めだ。

相手に対して何かを望もうとするには、私たちの向いている方向はあまりにも違い過ぎていた。

その時、わあっと歓声が沸いて意識が現実に引き戻された。夜空に浮かぶのは、今までのものよりも遥か大きい一輪の花火。その一つが消えたかと思えば、入れ替わるようにまた同じ大きさの花火が打ちあがる。

またどっと歓声が上がる。

同時に鳴り響くは大量のシャッター音。360度から聞こえてくるその音は、すぐ隣からは聞こえてこない。

鳴り響く歓声、爆音、そしてシャッター音。単発の花火は終わり、今度は視界を埋め尽くす勢いで、数えきれないほどの花火が打ち上げられ始めていた。

夜空を覆うパノラマの景色。

クライマックスが、近づいていた。


ちらりと時計を見る。プログラムにあった終了時間まではあと10分。間違いなく終わりが近づいているのを、俺は肌から感じていた。

花火が一つはじけるたびに、一歩また一歩と終わりが近づいてくる。今日この場に来る前に、花火が終わった後はどうしようかなんて、あれこれと計画を立てていた自分がバカみたいに思えてくる。

この花火が終わった時、俺たちは今まで通りではいられないことなんて、もう目に見えていると言うのに。この状況を打破するためにはどうすればいいのか、今までの俺の行いのいったいどこが間違っていたのか、どれほど考えても答えは出ない。

もっとちゃんと愛実のことを見ていればよかったのだろうか。答えはきっと、そんな単純な話じゃない。

俺たち二人は、根本からしてずれていた。

それがすべての答え。たったそれだけのこと。それだけのことに、一年経ってようやく気付けた。

ちらりと時計を見ると、花火の時間は残り7分まで縮まっていた。ぼうっと眺める先にある夜空では、いよいよクライマックスに向けて盛り上がりを増していた。

赤、黄、みどり、いくつものカラフルな色と、線状のものや綺麗な丸から楕円まで、たくさんの形状の花火が夜空を埋め尽くす。

俺が今こうして見上げている花火を、すぐ隣で愛実も見ている。当たり前のことなのに、なぜかすごく不思議に思えた。

愛実は今、この花火を見上げながら、いったい何を思っているのだろうか。

半年前に二人でお花見をしに行った時、桜の木を見上げながらいったい何を思っていたのだろうか。

こうして同じものを二人で見上げて、同じものを一緒に食べて、同じ場所を歩いてきたはずなのに。俺たちが見て、感じて来たものはまるで別々のものだった。

次から次へと打ちあがる花火の音がやけにうるさい。辺りの喧騒をかき消すほどの轟音で、小さなつぶやき程度ならかき消されてしまいそうなほどだ。

「ずるいんだよ、愛実は」

だからきっとこの声は届かない。

別に届かなくたって構わないし、届かない方がいい。このつぶやきは、愛実に対する俺なりの小さな反抗だ。

俺ばっかりが悪いみたいな言い方をしやがって。みんながみんな、お前みたいに強いわけじゃないのだと、どうして分かってくれないんだ。そんな文句が次々に頭の中へと浮かんでくる。

その時、二つの花火が同時に打ち上げられた。一つの花火はすぐに低い位置で小さな花を咲かせ、もう一つの花火は高々と打ちあがり大きな花を咲かせた。

俺はまた置いてけぼりにされようとしている、その事実にふいに気づかされる。同じ場所にいたはずなのに、気が付けばその背中は遠く離れている。

悟の顔が、嫌にリアルに浮かび上がった。あいつの時もそうだった。俺の隣を歩いて、同じ景色を見ていると信じて疑わなかったのに。

いつだってそうだ。今なんてものは、砂で作ったお城のように、いとも簡単に崩れ去っていく。どんなに大事に丁寧に扱っても、簡単に指の隙間から零れ落ちる。

だから俺たちは必死になって今を切り取ろうとする。こんなにも楽しい一瞬があったのだと、胸を張るために。切り抜いた思い出をひけらかしては、誰かからのお墨付きをもらい、過去になった今を誇りに生きていく。

そんなことを繰り返して、そしてまた俺たちは取り残される。


ドンドンと隙間なくなり響く轟音が、私の身体を叩き続ける。始めは一発一発の衝撃に肩を震わせていたが、今ではこの衝撃にも身体の方が慣れてしまった。

花火の打ちあがる量は目に見えて増えていき、いよいよクライマックスなのだと、言われなくても理解できる。プログラムには終わりの時間が記載されていたはずだが、なんとなく時計を見る気分にはなれなかった。きっともう後10分もない。それだけは直感でわかる。

そして、この花火が終わった時、私たちはもう一緒にはいられない。それは、今こうして隣で空を見上げているシュンだって分かっているはずだ。シュンはそんなに鈍い人間じゃない。

けれど、もしもあそこで私が不用意な一言を口にさえしなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。この花火ももっと素直な気持ちで見られて、何事もなく二人で笑えたのだろうか。

こっそり一人で笑って、そんな考えはすぐに打ち消した。私たち二人がいつかこうなってしまうことは、とっくの昔から目に見えていたのだ。単にその事実から目を背け続けていただけで。その証拠になるかは分からないが、後悔の感情は見当たらない。

「シュン、ごめんね」

思わず零してしまったそのつぶやきは、花火の音でかき消されて、シュンの耳には届かない。

でも、と頭の中で続ける。

あの日シュンの告白を受けたことは後悔してないよ。

シュンに出会ったこと、友達になったこと、そして告白を受けてそれを承諾したこと。全部、後悔なんてあるわけがない。

例え、こうなる運命が最初から決まっていたのだとしても。

思えば、私たちはずっと隣を歩いていたはずなのに、お互い別々の世界にいるみたいで、何か見えない壁が二人の間にあるみたいだった。

見上げる空に咲く花火が、すごく綺麗だ。今まで見上げてきた、どの花火よりもずっと綺麗だ。

その美しさはなぜか少しだけ切なく見えた。

次々と夜空に打ちあがる花火の迫力は圧巻で、クライマックスの訪れを告げている。

夜空の全てを使うかのように、視界いっぱいに色とりどりの火花が散っていく。

シュンは今、この花火を見ながらいったい何を考えているのだろう。この花火の向こうに、いったい何を見るのだろう。

きっとそこにはシュンが見つめる未来がある。

最後まで私は、シュンの見つめるその景色を一緒に眺めることができなかった。

せめて一度くらいは、その景色を覗いてみたい。

私はこっそりと自分のカバンに手を忍ばせる。小さな、硬い金属に手が触れた。

『だってせっかく楽しいことがあったのに、それを残せないなんて、なんか嫌じゃん』

有香の言葉が頭の中に蘇る。

私でも、見えるかな?

スマートフォンを取り出して、それを空に構えた。

私のスマートフォンの画面には、目の前の景色が変わらぬ色をして写っていた。


乾いた夏の空に浮かぶ花火は美しく、いつの時代だって見上げる人の心を揺れ動かす。綺麗できらびやかで艶やかで、どうしてか少し切なくなる。

これが愛実と見上げる最後の花火になるだろう。それを思うだけで、また胸の奥が締め付けられる。

そんな辛い気持ちを抑えるために、これは仕方のないことなのだと、ひたすら自分に言い聞かせる。

こうなることは、最初から決まっていたことで、心がけ一つでどうこうできる問題ではないのだ。俺たちは一緒にいる資格なんてなくて、本来ならクラス単位の授業の終わりと同時に、疎遠になるのが自然の流れだった。それを妨げたのは他でもない、俺の小さなわがままのせいだ。

まだもう少しそばにいたい、そんな俺のわがままを愛美は恨んでいるだろうか。あの日、俺の告白を受け取ったのが間違いで、こんな男と付き合うべきではなかったと。

けど、それでも構わない。俺の中にはこの一年間への後悔なんて微塵もないのだから。

だけどもし、愛美も俺と同じ風に思っていてくれているのなら、この別れにも意味があったと思える。

ほんの一時間前まで、俺たちの関係はこのままずっと続いていくのだと、信じて疑っていなかったはずなのに、ずいぶんとおかしな話だ。俺はこんなにも素直に、この別れを受け入れている。

ああ、これも全部花火のせいだ。

夜空に浮かぶ花火たちは、そんな俺の恨み言も気にせずに燦然と夜空に輝いている。

愛美はいったい何を思いながらこの花火を見ているのだろうか。愛美の見ている景色は、俺にも見えるのだろうか。

花火の行程はいよいよ最後のフィナーレを迎えているようで、視界をいっぱいに埋め尽くすほどの花火が打ち上げられている。

その景色があまりに美しくて、思わずポケットにあるスマホへと手を伸ばす。だが、指先が冷たい金属に触れた時点で思い留まる。

最後くらい、愛美の見てきた世界を見てみるのも悪くない。

じっと目を凝らし、目の前に広がる景色を目に焼き付ける。今見える景色の、その先のことなんて考えず、ただ無心になって空を見た。

これが正解かどうかなんて分からないが、そんなことはどうでも良かった。

その時のことだった。

すぐ隣の耳元から、よく聴きなれたシャッター音が聞こえてきた。

いったい誰が鳴らした音か、なんて考えるまでもない。

驚いて隣を振り向くと、スマホのカメラを夜空に向けて構えた愛美の姿がそこにはあった。

「あ」

目が合うと愛美は少しだけ驚いた顔をした後、照れたように小さく笑った。

「ちょっと、らしくないことをしちゃったかな?なんとなく、つい撮りたくなっちゃった」

「いや、いいと思う。うん」

あまりにも意外な愛実の行動に、口を出たのはそんな間抜けな言葉だけだった。どうして愛実はそんなことをしたのかそればかりが気になって、自然な対応を考える余裕なんて、俺のつるつるの脳みそにはありはしなかった。

「ねえ、シュンも見てくれてたんだよね?ファインダー越しの景色じゃなくて、確かな自分の目で」

その時、愛実の行動の意味をすべて理解した。愛実はきっと俺の見ている景色を見ようとしてくれたのだ。

俺が愛実の見てきた景色を見ている間に、愛実は俺の見てきた景色を見ていたなんて、すれ違いでなんだか笑えた。

「ああ。愛実もカメラから見た景色はどうだった?」

「うん。悪くはない、かな」

「そっか、なら良かった」

それだけを伝えると、ふと会話が途切れた。聞こえてくるのは花火の音と、耳につくようなシャッター音。なんとなく居心地が悪くなって、何とか口を開こうとしてみるが、この場にふさわしい言葉なんて思いつかない。

いよいよ激しさを増す花火の音はうるさいはずなのに、どうしてかやけに静かに感じた。

何か言わなくちゃ。話す内容なんて少しも思いつかなかったが、それでも勢い任せで口を開こうとした。

形にならない言葉が口を出ようとしたその瞬間、いくつもの光の筋が勢いよく伸びていくのが目に入った。

ほんの数秒の間、時間が止まったみたいだった。

一つの巨大な花火が中央に咲くと、それを引き立てるような中小様々な花火が無数に咲いていく。

そして、ほんの少し遅れて今日一番の轟音が耳に届いた。

そして、ほんの数秒の間、辺りが静寂に包まれた。だがそれもつかのまで、一瞬にして辺りは拍手と歓声に包まれる。

それがすべての終わりの合図だった。圧巻のフィナーレに、観客たちはいまだに惜しみのない拍手を送り続けている。会場が一体となっているこの瞬間に、俺たち二人だけが取り残されているような、そんな不思議な気分に襲われた。

空には硝煙が浮かび、かすかな光を放つ星たちの姿を隠している。すべての終わりに訪れる、静かな時間。

今なら、言えると思った。

「なあ、愛実」

「なあに、シュン」

この花火を見て、ずっと伝えなくちゃと思っていた。たとえ俺たちがこれからバラバラの道を歩いていくことになったとしても。

ほんの少しだけ真剣な顔を作って、愛実の顔をじっと見つめる。それでいて、なんてことのないように、いつもの調子でつぶやいた。

少しでも俺の想いが届けばいいと、そう願いを込めて。

「俺も花火好きだよ。もちろん今までも好きだったけどさ、もっと好きになれたような、そんな気がするよ」

「うん、よかった」

短くそれだけ返した愛実の顔は、今まで見たどの顔よりも嘘のない笑顔に見えた。

それだけで俺はもう十分だ。

「じゃあ、帰ろうか」

「ああ、そうだな」

周りの人々に混ざって、俺たちも立ち上がる。レジャーシートを畳み、余った酒を一息で飲み干した。いつだって帰り道と言うのは混むもので、わずか先も見えないほどに道路は人で溢れかえっている。

それをどうにかかいくぐって、俺たちは歩いていく。言葉を交わすこともせず、ただひたすら歩き続ける。

駅までの道のりは遠く、夜道はどこまでも続いていく。

まるで永遠に続くかのように思えるほど、穏やかに時間は流れていく。

すべての終わりと言うのは、いつだって穏やかだ。

俺たちは歩き続ける。

それぞれの想いを胸の奥に抱えたまま。

胸の中では、花火の音がまだ鳴り響いている。


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