花火が打ちあがるまで
花火が打ちあがるまで
ガタンゴトンと電車は揺れる。
縦に横に電車が揺れるたびに、それに合わせるようにして、目の前に座っている女性の髪も揺れていた。
電車の窓から降り注ぐ太陽の光を受けて、女性の髪の毛は綺麗な甘栗色に輝いて見えた。
窓の外に広がる景色は変わらない。
高層ビルとまばらに見える人の影。町を歩く人々は、みんなどこか忙しそうに見える。そのせわしなさには、見ているこっちが疲れてしまいそうだ。
そんな見慣れた都心の景色に辟易して、視線を再び電車の中に下ろしてみる。
気が付けば、前の女性はスマートフォンを取り出して、流行りのゲームに勤しんでいた。
ぐるぐると人差し指を動かして、液晶の画面をなぞっている。
ぐるぐるぐるぐる、リトライ、ぐるぐる。
真面目な顔をして必死に指先を動かすものだから、まるで指先だけ別の生き物みたいだ。
それなりにやりこんでいるのか、彼女の動作はなかなかに洗練されている。最後に表示される特典は、なかなかのものだった。
しばらくして、女性は飽きたのかゲームを閉じて別のアプリを起動した。
誰もが知っている、とあるソーシャルコミュニケーションアプリ。
“Twitter”
別に覗き見るつもりもないが、目の前で堂々と開かれるものだから一文字一文字丸見えだ。
なにやら女性は新規の画面を開いて、“つぶやいた”。
『昨日は結局そのまま夏帆の家でオール(笑)家に帰らず再び大学へ( ;∀;)』
アイコンの画像は、ご丁寧に彼女のピンショットが使われている。すまし顔の彼女の後ろに写っているのは、どこかの観光地のように見える。
そして、再び現実の彼女の方へと顔を向けると、一つのことに気づく。
オール明けだと言うのに、ずいぶんと整えられた綺麗な髪だ。
化粧も丁寧にされているし、顔の血色だっていい。本当にオール明けなのかと、心の中で突っ込んだ。
女性は自分の“つぶやき”がきちんと投稿されたことを確認すると、満足したのかスマホを閉まって目を閉じた。どうやら眠いのは本当らしい。
『次は上野~』と車掌によるアナウンスが入る。毎度同じ人ではないはずなのに、どうして電車の車内アナウンスと言うのは、こう画一的なのだろう。もう少し一人一人個性を出していってもいいだろうに。
アナウンスから程なくして、電車はブレーキがかけられ無理やりにスピードを殺されていく。
女性の身体は髪の毛と一緒に慣性に負けて横へ傾き、電車が止まると同時に一気に元の位置へ戻っていった。
『上野~、上野~。ご乗車になる方は、お降りになる方を先にお通しください』
車掌の声と共に電車のドアが開くと、降車する乗客の前に暑い空気が一気に電車の中に乗り込んでくる。
エアコンの冷気で満たされていたはずの車内は、一瞬にして蒸し暑い空間へと変わる。
いったい、あと何駅乗ればいいだろう。
今乗っている電車を調べようと、ポケットからスマホを取り出した。
画面のロックを解除しようとボタンを押したところで、通知が来ていることに気が付く。メッセージがあったことを告げる通知に示されている時刻はちょうど3分前。どうやらポケットの中で振動するのに気付かなかったようだ。
差出人は、愛実からだ。
『ごめん。着付けに思った以上に時間かかっちゃって、10分くらい遅れちゃいそう…
でも、その分バッチリ準備できたから期待しててね笑』
いつもは時間よりも早く着いている愛実にしては珍しい。焦って準備をしている愛実の姿を想像して、思わず口元が緩んだ。
『りょーかい!とびっきり期待して待っとくw』
その後にスタンプを一つ加えておくのを忘れない。
無料でダウンロードした、どこかの企業の変なキャラクターのスタンプだ。でぶったクマがウインクをして親指を立てている。
返事を済ませると、またやることがない。目の前の女性は膝の上に置いたカバンを抱えたまま、目を閉じて動かない。
することもなくなった俺の指は、プログラミングされた機械のように、写真の投稿アプリを起動した。画面いっぱいに色鮮やかな画像が表示をされる。
自分ではあまり投稿をしないが、付き合いみたいなものだ。適用に画面をスクロールすると、有香の投稿が目に入る。
おしゃれな喫茶店の風景と、これまたおしゃれな軽食の写真、そして一匹の猫を抱えた有香本人の画像だ。写真から察するに、猫カフェにでも行ってきたのだろう。
俺はそれに、なんとなく“いいね”をした。
なんとなく、そうしなくちゃいけない気がした。
ガタンゴトンと電車は揺れる。
『次は東京~。東京~』
上野を越してしまうと、いまいち駅の並びが分からない。分かっていることは、この電車に乗っていれば時間内に待ち合わせの駅までたどり着けると言うことだけだ。
東京駅を出ると、電車は日陰を抜けて日向へと突入した。次第に傾き始めた太陽の光が差し込んで、スマホの画面を見にくく変える。恨めしげに太陽を睨みつけてみても、状況は一向に変わらない。
スマホの画面を消してポケットにしまってから、吊革にぶら下がる腕に体重をかけてもたれかかる。
焦っていてもしょうがない。あと一時間も待てば、楽しいことが待っているのだ。
愛実と二人で行く、初めての花火デート。
二人並んで花火を見上げる光景を想像すると、電車を乗っている時間の退屈すら忘れられるような気がしてきた。
大学2年の夏休み、8月の終わりのとある一日、俺にとっての夏の一大イベントが始まろうとしていた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「別にいいって。俺も時間ギリギリに着いたから。それより、浴衣すごく似合ってるよ」
駅の入り口はすでに、俺たちと同じような花火目当てと思われる、浮かれた人々でいっぱいだった。普段の駅の様子は知らないが、こんなに混雑する日は、今日をおいて他にないだろう。その中で、愛実の姿は他の人々の中に埋もれず、ひときわ存在感を放っている。
「……ありがと」
愛美は照れ臭そうに微笑んだ。花の模様の入った水色の浴衣が、控えめな愛美の雰囲気によく似合っている。
ほんのり茶髪に染められた髪が頭の後ろで結ばれて、柔らかい印象を受ける愛実の顔がいつもよりくっきりと見える。今こうして目の前に立っている女性は、紛れもなく俺の彼女で、ほんの少し鼻が高くなる。
「でも、結局シュンは浴衣着てくれなかったんだね。ちょっと楽しみにしてたのに」
「別に見たって楽しいもんじゃないだろ。それより、さっさと場所取り行こうぜ。っと、の前に買い出しか」
「浴衣、見たかったのになぁ……」
愛美はまだぶつぶつと言いながらも、大人しくついてくる。
まず目指すは駅近のコンビニだ。花火を楽しむにも、きちんと楽しむための準備が必要だ。つまり、酒とつまみである。
駅を出て少し歩いたところに、目当てのコンビニはある。駅前のコンビニにしては珍しく、品ぞろえも豊富な大型の店舗だ。
店内は同じような客でごった返しているが、それがまた普段とは違う雰囲気を演出して、楽しみを助長する。
「ねえ、今年はあんまり買いすぎないでよ?せっかくの花火なのに、いつもみたいに酔っ払っちゃったらもったいないからね?」
「分かってるって。お、スミノフはっけーん」
「もう、言ってるそばから……」
コンビニはここぞとばかりにお酒や揚げ物を前面に押し出して、俺たち客の購買意欲をこれでもかと煽ってくる。特に店頭に売られている唐揚げやポテトの香りは、あまりにも刺激が強すぎた。
鼻を通して揚げ物たちが、「酒と一緒に食うとうまいぜ」と、俺の脳に語り掛けてくるようだ。
「最低限のお酒とお菓子だけだからね。ご飯は屋台があるんだから」
「……はい」
そんな俺の欲望を見抜いたのか、愛実はすかさずくぎを刺す。
「ほら、そろそろ行かないと場所なくなっちゃう」
愛実に急かされるようにして、俺は長く続いた列に並ぶ。結局カゴに入ったのはビール二缶とスミノフ一瓶、そして愛実のカクテル一缶とサキイカだけだった。
もう一本ハイボールでも欲しい気分だったが、贅沢も言っていられない。俺を誘惑してくる揚げ物君たちの声を無視しながら、無心になって行列に身を任せる。結局レジにまで進めたのは5分後のことだった。
「うわあ。どうしよう、結構もう人いるね。場所あるかな?」
花火の会場は、最寄りの駅から歩くと20分ほどの距離に位置し、毎年駅前には有料の送迎バスが用意されている。歩けない距離ではないのだが、時間的に余裕のない俺たちに残されたのは、バスという選択肢だけだった。
花火会場へと向かうバスに乗って会場の方までくると、もうそこはすでに人で埋め尽くされている。
出遅れた、と思った。
細かく見れば隙間がないわけではないが、遠目に見てしまうと一面の人々しか目に入ってこない。
実際にシートを敷ける場所はもう少し先にあるのだが、今からこの人混みをかき分けていかなければならないのかと思うと、思わず息が漏れる。
「ま、とられる前にさっさと行きますか」
「うん、そだね」
どちらからと言うこともなく、俺たちは自然に手をつなぐ。はぐれないように、ため息が出るほどの人混みの中を、ただひたすら泳いで行った。
5分ほど歩くと開けた場所に出て、そこがシートを敷いて観覧できる場所だった。ここまで来れば屋台もなく、人混みは少し軽減される。辺りを見回して、少しでも空いているスペースがないか探し回る。
少し出遅れたのが響いている。シート一つを広げられるスペースは見当たらない。どでかくシートを広げて、楽しそうにくつろいでいる若い集団がやけに目についた。
いい気なもんだ。あんなに無駄にスペースを取りやがって。
一度気になってしまうと止まらない。そこの団体の騒ぐ声が、ひときわ大きく聞こえてくる。
高校生くらいの男女6人。頭の悪そうな女が4人と、ガラの悪い男が2人。シートを広々と使って、げらげらと騒いでいる。
「ねえねえ、写真とろ~。こっち寄って~」
一人の女子の掛け声によって、5人はカメラ(といっても、スマホの自撮りだが)へ顔を向ける。カメラへと向けられる顔は、みな一様に笑顔だ。
誰もふてくされた顔でカメラに移ろうとする奴なんていない、そんなのは当たり前だ。
「ねえ、シュン。あそこなんてどう?あそこの隙間、ちょっと狭いけど二人座るには十分じゃない?」
「あ、ああ。そうだな」
愛実の指さす先をとっさに探すと、確かに小さなスペースがぽつんと空いていた。ゆったりと鑑賞とはいかないが、この時間に来て座って見られるのなら贅沢は言わない。他の団体にとられないうちに、さっそくシートを敷きにかかった。
愛実が家から用意した小さな水色のシートを敷く。風で飛ばないように荷物を置いてから、いよいよ靴を脱いでシートへ足を乗せる。ゴツゴツとしたコンクリートが足裏に痛いが、これも花火ならではの醍醐味だ。
「何とかなってよかったな。さすがにこの人混みの中、一時間も立ち見じゃ体力が持たないよな」
「だね。今年もまた来られて良かったな。去年よりはちょっと狭いけど」
「ああ。でも、今年は二人だ」
「うん、だね」
二人きり、と言うのをほんの少しだけ強調して、意識づけをした。
そっと、愛実の方へ肩を寄せる。
だが、そんなこともお構いなしに愛実は、去年はここにいたはずのメンバーの名を口にした。
「有香も悟も、最近全然会ってないけど元気にしてるかな?」
有香も悟も俺たちの共通の友達だ。英語のクラスが一緒で、たまたま近くの席に座った俺たち4人は、それ以来何度か遊びに出掛ける仲になった。そして、一年前のこの花火大会には、4人で参加したのを今でも覚えている。だが、仲が良かったのもそのころまでで、今ではもう二人とも疎遠になってしまっている。
二人のことを話す愛実の声は、まるで本当に二人のことを心配しているみたいだ。別にケンカ別れをしたわけでもなく、ただただ空気が合わなくなっていっただけのことのはずなのに。
「有香はたぶん、元気でやってる。悟は、分かんない」
今日の電車の中で見た、有香の写真を思い出す。ネットに上げられた、カフェの写真と楽しそうに笑う有香の顔。あいつは入学してから何も変わっていない。
だから俺は、今でも時々有香とは連絡を取る。
きっと俺も、変わっていないから。
「昔はあんなに4人で遊びに行ったのにね。クラス単位の授業がもうなくなっちゃったから、しょうがないのかもしれないけど」
「だな。もうほとんどキャンパスで見かけることもないし」
「でも、やっぱりなんだか寂しいな」
愛実の顔は本当に寂しそうにゆがめられて、寂しいと言った言葉に嘘偽りがないことが十分なほどに伝わってくる。
大学は高校とはまるで違う。好きなサークルに入り、好きな授業を選び、そして好きな人たちと交流していく。だから、最初は親しかったはずの友人と疎遠になることは、別に珍しいことじゃない。
会うために理由が必要な関係になってしまっとき、わざわざ会おうとしない限り、疎遠になってしまうのは自然な流れだ。
特にSNSをやっていない悟とは、直接会って話すこともなければ、お互いに今何をしているかを知る手立てもない。
思えば、去年のこの花火大会が悟と話した最後の時だったかもしれない。
別にケンカ別れをしたわけじゃなく、何があったわけでもない。ただ少しずつ、いろいろと噛み合わなくなっていった。
ただ、それだけのことだった。
♦
「いやー、サイッコウ!まさか横浜にこんな花火大会があるなんてな」
「まあ、厳密には横浜じゃなくてただの神奈川なんだけどね……でも、みんな楽しんでくれてよかった」
愛実が笑う。
大学1年生の時の夏。今からちょうど一年前。このころはまだ、俺と愛実は付き合う前だった。
そして、横に長く敷かれたレジャーシート上で、愛実の左隣には有香が、俺の右隣には悟が座っていた。
「皆川、今日は誘ってくれてありがとな」
皆川は愛実の姓だ。こっちで呼ぶのは、俺たちの中では基本、悟しかいない。
「ホントありがとね!せっかく大学生になったんだから、やっぱり花火は外せないよねー」
そう能天気な声で話すのは有香だ。「愛実~」と呼びかけて、今度はなにやら二人で自撮りをしている。本当に有香はこういうのが好きだ。どうせまた、後でTwitterにでも投稿するのだろう。
俺はそんな様子を横目に見ながら、スマホを取り出してTwitterを起動した。
『今日はいつもの4人で花火大会!実は花火大会に行くのは、大学に入ってから初めてだったり(笑)いろんな種類があって、めちゃくちゃ綺麗だった!』
当然、今日撮った花火の写真も忘れない。何十枚と撮った中で、最高の2枚を添付した。そのあとに残るのは、ほんのわずかな達成感。
「相変わらずマメだな、シュンは」
隣では、悟が俺のスマホの画面を覗き込んでいた。
「別に、マメとかじゃないよ。ただの日課っていうか、癖みたいなもんだ。でもやっぱり、楽しいことや良いことがあったら、形に残しておきたいじゃん。悟はTwitterとかやってないよな?」
「うん、特にやり始めるきっかけもないし、いいかなって。それに、Twitterをやってなくて、今まで特に困ったことないし」
「ふうん」
悟の返事は、およそ予想通りだった。悟がこういうSNSをやっていないと言うのは分かりきっていたし、興味を持っていないのも知っていた。
それなのに、こんな分かりきった質問をしてしまったのはなぜだろう。その理由はたぶん、考えるまでもない。
ふと、隣に立つ悟の顔を見た。
薄目を開けて、まるでどこか遠くを見ているかのように笑っている。最近、悟はよくこういう顔をする。
悟の視線の先には、いったい何が写っているんだろう。きっとそこに、俺はもういないのだろう。
悟と出会ってから数か月が経って、いつの間にか溝ができている。きっとそれを感じているのは、俺だけじゃない。
「そう言えば、まだあのサークル行ってんの?」
あのサークルと言うのは、大学に入ってすぐの頃、悟に連れられて行った合唱サークルだ。始めのころは他にサークルも入っていなくて暇だったから顔を出していたが、次第に足が遠のいて、今では他のメンバーに会うこともなくなった。
理由なんてない。ただなんとなく、合わなかっただけだ。
「ああ、毎週欠かさず行ってるよ。シュンは、もう来ないんだろ……?」
悟は少しだけ残念そうな顔をして問いかけた。本当は俺の返答なんて分かっていて、この質問もこの表情もパフォーマンスだって言うのは見え透いていた。
「そうだな。やっぱり俺には合唱なんて合わなかったみたいだ」
「そっか。まあ合う合わないがあるかなあ、しょうがない」
「ちょっと、男二人~。こそこそ話してないでこっち手伝ってよ!」
気づけば、愛実と有香の二人がせっせと片づけを始めている。いつまでも俺たち二人がレジャーシートの上に座っているものだから、片付けられずに困っているのが目に見える。
「悪い悪い、今どくよ」
「ったく、男二人でさっさと畳む~」
「はいはい、今やりますよっと」
悟は立ち上がると、せっせと片づけに取り掛かる。レジャーシートの汚れを落として、てきぱきと畳んでいく。
手伝うこともなかった俺は、ただじっとその様子を眺めた。
この4人で集まれるのも、これが最後かもなあ……
この花火が終わってしまえば、俺たちはきっと散り散りになる。これはもう、直感なんかじゃなくて確信だ。
たまたまクラスが同じだっただけの4人。趣味も、サークルも、目指している方向すらバラバラな俺たちを、つなぎとめるものは何もない。前期が終わってしまえば、クラス単位の授業はなくなって、集まるための口実は完全になくなってしまう。
そんなことは、もう目に見えていた。
「うわあ、最悪。すっごい人の量。やっぱり帰りは一斉だから相当混むなあ……」
有香は背伸びをして辺りの状況を見渡そうとするが、そんなことをするまでもなく人混みが大変なことになっているのは見え透いている。
駅までのバスは出ているはずだが、この様子ではバスが何台あっても足りはしないだろう。
「しょうがない、歩いて帰るしかないか。どうせ20分くらいだろ?」
「うん、だいたい20分から25分くらいあれば着くと思うけど、みんなは歩きでも大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶ」「ああ、俺も大丈夫だ」と、有香と悟が答える。
満場一致。バス乗り場へと向かう人の流れに逆行し、俺たちは徒歩で駅へと向かい始めた。同じことを考えた人が他にもいないわけではなく、帰り道もお祭りの延長のような空気に包まれている。
そんな中を、どうしてか俺たちは、無言で歩き続けていた。
話題が見つからないとか、そんな理由じゃなくて、なんとなく何か口を開いてはいけないような、そんな気がした。
大学に入りたての頃は居場所を作るのに必死で、とにかく目の前の人と仲良くしておけばそれでよかった。
分かってきてしまっていた。俺たちはもう一緒にいる理由なんてない。
もうみんなそれぞれのいるべき場所を見つけてしまっている。
だから、理由が必要だった。
一緒にいることが許されるだけの理由が。
俺が愛実に告白し、オーケーをもらったのは、この一週間後のことだった。
恋だとか愛だとか、そんな小難しいことは分からない。
愛実を引き留める、ただそれだけを考えていた。
♦




