第2章
だいぶ時間がかかってしまいました、すいません
お仕事小説コン用の小説を書いていてしばらく時間が空いてしまいました。
浮きを水辺に浮かべている間、僕は目を瞑る。
何も考えず、じっとそうするだけ。ただ魚が食らいつくまで待つのみ。
釣りは本当に素晴らしい。
僕はこの間が一番好きだ。どんな魚が釣れてもこの瞬間の喜びに勝るものはなかった。
この季節ではよくアジやメバルが釣れる。調子のいい時はチヌも釣れる。ごく稀にスズキも釣れるそうだが、未だお目にかかったことはない。
浮きを浮かべて一時間くらい経っただろうか。僕は少し寝ていたようだ。
今日は釣れないかもなど思っていると、背後から
「よう、兄ちゃん。」
という声が聞こえた。
僕はその声の主に聞こえない程度に溜息を漏らした。
安田、その男は安田といった。
安田は45歳のフリーターで毎日毎日パチンコに通ってるらしい。結婚はしていたそうだが、10年前に妻が家を出て行ったそうだ。
安田はしょっちゅうナイトフィッシングにやってくる。
僕は正直この人が苦手だ。悪く言えば嫌いだ。
なぜ嫌いなのかと聞かれると上手くは言えないが、彼の下品でガサツな部分がどうも苦手だ。
彼の人間性がどことなく僕の父親に似ているせいもあるかもしれない。
「兄ちゃん、釣れたか?」
「……いえ…。」
「だろうな、兄ちゃんが釣り上げるなんて滅多にないからな。ははは…。」
腹が立つ。この男はいつも不快になるようなことを言ってくる。困ったことにそれが人の機嫌を損ねているということに気づいてないのだ。
いつも僕はわざとオーバーに無愛想に接しても彼は気にしない。迷惑な存在だった。
なんということだ。僕の一番好きな時間を奪われただけでなく、不快な思いもしないといけないなんて…。
だから今日はいつも以上に安田に腹を立てていた。
「兄ちゃん、食うか?」
彼は近くのコンビニで買ったぽいお菓子の袋を差し出した。今日は柿ピーのようだが、袋の中にはピーナッツしか残っていなかった。
「…いいです。」
「いいって、遠慮すんなよ。」
「僕…ピーナッツ苦手で。」
「そーかい、それじゃ仕方ないな。」
そう言うと彼は袋に残っているピーナッツを食べ始めた。
ボリボリ、クチャクチャ…。咀嚼している音が実に不愉快だ。
「兄ちゃん、結構ここに来てるよな。」
「ええ…まあ。」
「どのくらいの頻度で来てるんだ?」
「…月、水、金、土曜日ですね。特に用事がなけりゃいつも来てます。」
「週に四回もかい?兄ちゃん、何でそんなに来てるんだ?」
「…まあ、釣りが好きですから…」
「…兄ちゃん、仕事何してるんだ?」
「普通の会社員です。」
「同僚とか上司に飲みに誘われたりしないのか?」
「…ありますね。でもいつも断ってます。あの空気がどうも苦手で…。」
「ふっ…そうかい。」
安田が一瞬笑いかけたのを僕は見逃さなかった。
安田は続けていった。
「普通誘われたら行くでしょ。」
「……。」
何も言えなかった。
そもそも普通とは何だろう。なぜ飲みに誘われたら行かないといけないのだろうか。
そんなことを考えてると、安田の釣り竿がピクピクと動き始めた。
「おっ…かかったな。」
安田はニヤリと笑うと一気に糸を巻いた。
釣り針には活きのいいアジがついていた。
正直羨ましいと思ってしまった。そんな僕に安田は
「やっぱり兄ちゃん俺より下手だね。」
と馬鹿にしてきた。
「そ、そうですね。」
少し凹んだ様子になる。すると
「冗談だって、冗談。兄ちゃんのにもいつか食らいついてくれるよ。」
と、釣り針にかかっているアジを取り外しながら励ましてくれた。
ナイトフィッシングではいくつかのルールがあり、その中で大事なルールの一つが捕まえた魚は必ず海に返さないといけないというルールだ。いわゆるキャッチアンドリリースってやつ。
「このアジ食べたら美味そうなのにな。」
安田は名残惜しそうにアジを海に放った。
「そうですね…。」
「リリースした後の魚ってどんな感じだろうね?」
「へ?」
「やっぱり元気とか無くなるだろうね。」
「…そうですね。」
「だったら一度釣り上げた時に美味しくいただいたほうが魚も幸せだと思うけどな。」
「…魚にとっての幸せって美味しく食べられることなんですかね?」
「そりゃそうでしょ。俺が魚ならそれを望むし。」
「はあ」
こんなどうでもよい話をしていたら時刻はすでに深夜を過ぎていた。
「もうこんな時間ですね…」
「そうだな、今日はどうやら俺たちだけのようだな。」
このままでは安田とずっと二人だ。あまり望ましくない状況である。
誰か来ないものか、そう思っていると後ろから誰かの足音がしてきた。