勇者様が脳筋なんですがどうしたらいいでしょうか?
この度は英知ある皆様にお集まり頂き、誠にありがとうございます。
私は勇者様にお仕えしているしがない神官です。さて、皆様にお集まり頂いた理由はこの勇者様に関することです。皆様の知恵をお借りできればと、無理を言って国王陛下にお願い致しました。
それでは、現在私が抱えている勇者様に関する悩みを聞いてください。
議題:勇者様が脳筋なんですがどうしたらいいでしょうか?
あ、質問は挙手でお願い致します。円滑に進めるためどうかご理解、ご協力をお願い致します。
はい、質問ですね?では将軍閣下、質問をどうぞ。
それの何が問題なのか?
そうですね…口で説明するよりも、まずはこちらのやり取りをご覧下さい。これは幻影結晶に記録された映像と音声です。
「…というわけでして、どうにか精霊様のお怒りを鎮めるために原因を探ってもらいたいのです」
これは今から五ヶ月前、首都南西にある村の付近で起こった精霊の暴走事件での映像です。村長とのやり取りでの問題となります。あ、問題は次のシーンです。
「わかった、その精霊とやらを倒せばいいのだな、任せてくれ」
ご覧下さい、この満面の笑みを。一体先ほどの会話のどこを聞けばこのセリフがでてくるのでしょうか?当然この後、私は必死に冗談であると村長に言って誤魔化しました。勿論勇者様にも説明を致しました。ですが理解してくれません。それどころか「死なないように殴り倒せばわかってくれる」というお言葉を頂きました。
一体どのようにして肉体を持たない精霊を殴り倒すのかはさて置き…万事がこの調子です。何故にこうも肉体言語や物理的手段による解決法ばかりを取ろうとするのかは、未だに皆目見当もつきません。こちらの提案を聞き入れてくれることもあるにはあるのですが…このままでは致命的な事態を引き起こしかねない、という結論に至り皆様のお知恵を拝借したいのであります。
矯正はできないのか?
大司教様、正直に申し上げます。できる気が致しません。何せこの勇者様は難しい言葉を聞くのも嫌がるほどです。何度か試みたのですが、効果がなく…現在に至っては話をしようとしただけで勘づいて逃げだします。説教や説法も無駄でした。無理矢理聞かせようとすると逃げます。ええ…もう、全力で逃げます。
こちらとしは難しい話をしてるつもりはないのですが、どうやら勇者様には難しく感じるようで…その、何と言いますか…子供でもわかるようなことがわからない、ということも何度か…いや、何度もありました。
それならば簡単に騙されるのではないか?
はい、殿下。私もそう思い心苦しく思いながらも騙してでも…と思ったのです。ですが、あんちくしょう…失礼、勇者様は大変勘がよく、すぐに自分が騙されていることに気付くのです。何故かはわかりませんが、悪意や害意には恐ろしく鋭敏です。おかげで魔族に騙されることは一度もありませんでした。
勇者の強さはどれくらいなのか?
そうですね…閣下は物語に出てくる勇者の強さが如何に現実離れしているかご存知ですね?では、仮にその勇者が実際に現れたとします…ああ、勘違いしないでください。話は最後まで…はい、お願い致します。
それでは物語に出てくる伝説上の勇者が現れたとします。そう…ドラゴンを単騎で倒し、魔王と呼ばれる魔族の王をその軍勢を無視して倒してのける伝説の勇者です。その勇者を拳一つ、一撃で為すすべもなく粉砕するのがこの度問題とされている勇者様です。
あ、はい。何を言っているのかわからないと思います。私自身何を言ってるのか少しわかっておりません。ですのでこちらの映像をご覧下さい。
これは三ヶ月前に公爵様主催のパーティで公爵令嬢が魔族に人質に取られた件です。その際、たまたま居合わせた勇者様の活躍で事なきを得たのは、皆様はすでにご存知のはずです。さて、この魔族なのですが…妖王です。はい、その妖王です。魔王直属の四天王の一角です。あ、ここですね。公爵令嬢が人質に取られ、パーティ衣装で丸腰の勇者様が手を出せないことをいいことに魔法で一方的に攻撃を加えています。見ての通り全く効いていません。私の記憶が確かなら、妖王は魔王の配下の中で最も魔法に優れていたと思うのですが…まあ、ご覧の通りです。
ははは、人間なんでしょうかね?
魔法が効いていないことに気付いていなかったのでしょう。妖王が公爵令嬢を捨てて近づいて止めを刺そうとして…やられました。見事なカウンターですね。首を落とそうと放った刃を頭突きで粉砕しつつ腹に一撃。大穴が空いて向こうが見えております。
聖剣って何なんでしょうね。
もう魔王をさっさと倒してしまえばいい
姫様、私もそう考えて勇者様に魔王討伐を急がせております。ですが、現在魔王の行方をくらませており、勇者様は「困っている人たちを見過ごしては勇者の名が廃る」と頻繁に寄り道を行い、困っている人を探しております。
ああ…魔王が行方不明の原因ですが、恐らくは勇者様から逃げているからだと思われます。魔王城と思しき城に侵入しましたが、そこはすでにもぬけの殻でした。
魔王が逃げるとはどういうことか?
それに関しては推測の域を出ないのですが、恐らくは勇者様の強さが伝わった結果だと思われます。ああ、先の公爵令嬢の一件ではございません。知られたのは今から一月前の出来事だと思います。
報告ですか?
まだそちらに届いていなかったのでしょうか…では、この場でご報告をさせて頂きます。
これは一月前に北西の村が魔王の軍勢に襲われ壊滅した時の出来事です。この侵攻に対し、王国は直ちに派兵を決定し、勇者様がそれに先んじて情報を集め、兵と共に魔王軍と戦う予定でした。ですが、勇者様はあっけなく見つかってしまいます。情報を集めるので隠密行動を進言したのですが…「意味がわからない」と言って街道を突っ走った結果です。
ここから先は幻影結晶でご覧になることができるので、映像に合わせてご報告させて頂きます。
まず初めに接敵した相手は豚王でした。ああ、オークの王ですね。四天王の一角です。手にはまだ生きている村人がおり、人質にされております。その後方から獣王、蟲王が近づいてきました。これで残った四天王が揃ったわけです。そして豚王が人質の命が惜しくば―ああ、ここですね。人質の命が惜しくば武器を捨てろ、と勇者様を脅します。はい、捨てました。迷いがないですね。勇者として正しいのかそうでないのか論ずるのはまたの機会として、豚王が近づき人質が解放されました。ここからが問題のシーンとなります。
ご覧頂けましたか?グレートソードの一撃を拳で迎え撃ち破壊。体勢が崩れたところに手刀の一撃で腕ごと首が飛んでおります。映像を止めておりますのでよくご覧下さい。どう見ても手刀は首に届いておりません。どうやら何かを飛ばしている模様ですが…何かははっきりとはわかりませんでした。
それで勇者様ですが、豚王を首を飛ばすと同時に獣王に向かって駆け出します。何なんでしょうね、この速さは?
一時停止をしておりますのでよくご覧下さい。一瞬で距離を詰め、真正面からの無手による一撃です。四天王の一角である獣王の両腕のガードを突き破って首から上が消し飛んでおります。即死ですね。どうやってストレートのパンチで粉々に消し飛ぶのかさっぱりわかりません。
続きです。次に蟲王ですが、勇者様の蹴りを四本の腕でガードしていますね?その甲殻で覆われた頑丈な体を破壊こそできなかったものの…足元を見てください。足首まで完全に地面にめり込んでいますね?行動が阻害されたところで止めの踵落としですが、角の生えてる頭部に綺麗に決まっております。身長が半分くらいに縮んでおり、ひしゃげた甲殻の隙間から体液が吹き出してます。
聖剣を手放し、なぶり殺しにしようと近づいた豚王の首を飛ばしてから約十秒でこの有様です。ええ、勿論魔物たちは我先にと逃げ出しました。ですが、勇者様は聖剣も持たずに追撃に移りまして…文字通りちぎっては投げ、ちぎっては投げ…私は初めて魔物がちぎられて…ああ、文字通りの意味で、です。ちぎられた魔物やちぎった塊を投げては魔物が死んでいくのです。残念ながらあまりの光景に幻影結晶での記録を怠りました。申し訳ありません。
もう好きなようにやらせていいのではないか?
皆様、言いたいことはわかります。ですが先日、この馬鹿野郎はあろう事かこの国の国教である神との対話の折、「難しい言葉を並べ立てるな!わかりやすく説明しろ!」と一喝し、その頬に拳を一発ぶちかましております。幸い神様ということもあり、その慈悲深さから問題とされることはなかったのですが…正直、神に仕える身としてはいくらなんでもこれは…ええ、放置することはできない問題です。
もう手遅れかもしれませんが、これ以上の事件が起こる前に何としてでもこの阿呆…失礼しました。勇者様が問題を起こさなくなるような案を出して頂きたいのです。従者という立場でものを言うにも限界があります。
つまり今はまだ勇者の手綱はその手にあると?
あ、はい。現状手綱を握っている状態かと言われれば、疑問は残りますが「はい」と言えるかもしれません。あらぬ方向に行くことは多いですが、修正できているケースもございます。
え?現状維持ですが?それはつまり、私が犠牲になれば良い、ということですね?
ええ、まあ…こうなることも予想はしておりました。ですが皆様なら良い案がでるのでは?と縋ったわけです。ああ、お気になさらずに…皆様にも立場や都合というものがございます。その辺はきちんと理解しているつもりです。
はあ…本当にもう、従者になんてなるんじゃなかったよ、畜生め。
では、これにて閉会とさせて頂きます。皆様、お忙しいところ御足労頂き本当にありがとうございました。
王国議事録―勇者に関する緊急議案―より