77 真実はいつもひとつ
「―――――先ずは、陛下のお召しに遅参致しました事、心よりお詫び申し上げます」
黒衣の青年が騎士の手本のような所作で優雅に跪くと、周囲の視線が一斉にそれに集中した。
まだ年若い新人達の顔には感嘆の色さえ滲んでいる。
この文字通り『降って現れた』闖入者の素性を誰何する声が上がってもおかしくはない状況にも拘わらず、何故か誰もそれをしようとする者はいない。
古参の騎士にしてみれば、当代きっての問題児と城の“腫れ物”である飛天の組合せが意味するものはあまりに一目瞭然過ぎて口出しする気も起きないというのが本音で、いまひとつ状況が呑み込めていない様子の新人達も、ただならぬ威圧感を発する獣に本能的な力の上下関係を感じて口をつぐむ方を選んだ。
「スォード・リンツ・ディアマント。御命を以て本日只今より騎士の務めに復します―――――」
居並ぶ列席者が密かに息を詰める中、壇上の国王は厳かに詞を紡いだ。
「ヒクイドリ討伐の件は聞き及んでいる。報告にはそなたらの働きにより被害が最小限に抑えられたとある。ご苦労であった。これまでの功績も鑑み―――――騎士スォード、そなたにはこれより『飛天の騎士』の名乗りを許す。その翼で国土を巡り、国の守護に尽力して貰いたい」
「御意に…」
「そして今この場に居る全ての者に申し置く――――如何なる者も『飛天の騎士』を従える事は罷りならぬ。それなる半身は人の理の内にあらざる獣、傲り侮る人間に唯々として仕える由なきものなり。自ら飛天の怒りに触れなんとする者は国を滅ぼす大罪を負うものと覚悟せよ!」
異例尽くしの式典は聴衆(騎士その他)が呆気にとられている間に終了となった。
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「陛下のあの口上は何だったんですか……聞いてませんよ色々と」
「ナニって、パフォーマンス?」
式典終了後、城の庭園で落ち合ったロードを速攻で問い質したのは言うまでもない。
そもそも前月手元に届いた勅令状に詳しい事は一切何も記されてなくて、『来月の入団式にこの衣装で来ること。登場は少し遅れて派手に!あとはノリで!』とか訳の分からない指示だけ。
「まあまあ、これからちゃんと説明するからー。兄貴が」
「兄……、陛下っ!?」
ニヤニヤと悪戯が成功した子供の顔で笑う殿下の後ろに、ゾロゾロと歩いてくる一団が目に入り、僕は腰を抜かしかけた。
ロイヤルファミリー御一行様、お出座し。
ゾロゾロゾロゾロ。
こんなに一度に大勢の王族に囲まれたのは生まれて初めてだ。
国王と四人の王弟、それと三人の王子で総勢8名。
面倒臭いから全員の名前は覚えてない。
ジロジロ見るのは流石に不敬だから跪こうとしたら、そのままでと止められた。
「茶番に付き合わせてすまなかったなスォード」
「……いえ、陛下には何かお考えがあっての事かと」
さて自分はいったいこれから何を聞かされるのか。
主要王族フルメンバーに取り囲まれて。
思いっきり構えたところで、つい今しがたまで威厳たっぷりだった国王の様子がガラリと変わり、何やらウキウキした声で辺りを見回し始めたのにはちょっと驚いた。
「――――ところで、居るんだろう?連れてきてるんだろう?さぁ、出せ!今出せ!直ぐ見せろ!」
「……………………はぁ?」
手近に机があったらバンバン叩いてそうな勢いだ。
子供か。
「兄上……それでは何を言いたいのか分かりませんよ」
何番目だかの王弟殿下がヤレヤレといった風に眼鏡を押し上げる仕草で溜め息を落とした。
「あのライディーンが『可愛がってる』子供がいるなんぞと!この目で見ん事には信じられん!」
………………はぁ。そりゃまあ、確かに。
ロードめ。いらん事まであれこれ報告したな。
チラリと視線を送れば当の本人はヒョイと肩を竦めて笑ってるし。
「長年の付き合いがある王家の人間でさえミソクソの扱いする奴が!デレッデレになって鼻の下を伸ばす相手が出来たと聞けば、黙っちゃおれん!」
要するに、何だか面白そうな事になってるみたいだから見物してやろうと。
そういうことですか、陛下。
呼んだら獣は直ぐにやって来た。
何の用だと言わんばかりの偉そうな態度ではあったけど、機嫌はそう悪くなさそうだ。
なにしろ背中に愛しの君を乗せている。
実は式典の間もシュシュはずっと黒い外套を身に着けて、ライディーンの翼に隠れるようにしてその背中に張り付いてたんだけど、保護色な上にあんまり小さくて誰も気付く者はいなかった。
ある意味世界で一番安全な場所だと思う。
おいでと差し伸べた僕の腕にシュシュは迷いなくポスリと収まる。いつもの指定席だ。
外套の頭巾が外れてサラリと月色の髪が溢れ、繊細で儚げな面が露になるとギャラリーからは、ほう、と溜め息のような声が 漏れた。
「これはまた……」
「…いかにも飛天の好みそうな美しい娘だな」
「ええ、本当に」
「………………」
ロード以外の大人四人が実に微妙な顔をしているのは何故だろう。
「…顔か」
「顔だな」
「顔だろう」
「………」
更には皆が僕の顔までじっくりと眺め。
国王は何だか気の毒そうに口を開いた。
「先代は身贔屓で無しにお若い頃は当代随一の美女と名高い方であったし、ディアマント伯爵夫人も余の知る限り最も美しい女性のひとりだ。飛天が度々城を空けて南領に出向いているとは聞いていたが……。そなたも災難よのう」
確かに自分は母親似だとも。
この女顔のお陰でろくな目に遭ってませんが。
面倒臭い奴に気に入られたものだ、という王族方のしみじみとした同情の視線に、ちょっとだけ泣きたくなった。




