76 晴れわたる空に
なんだかんだでヒクイドリ襲撃事件の後始末には結構な手間が掛かった。
実質大した被害が無かったとはいえ、過去に無い事例なだけに国から詳細な報告を求められ、ありのままを正直に白状する破目になったせいで、色々と追求されるのが避けられない事態になったからだ。
……本当に飛天が絡むとろくな事がない。
殿下には色々と便宜を図って貰った恩もあって、お礼も含めてより詳しい事情を報告したら、なんでか騎士の正装一式と勅令状が折り返し送られてきた。
曰く。
『面倒な事は一度で済ませるに限る!某月某日にその格好で派手に登場してねー』
との事。
ナニ勝手にお膳立てしてくれちゃってんのさ。
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秋の第一の月、某日。
毎年この時期に王都プラティスの王城ではある式典が行われる。
騎士の養成機関である王立騎士学院を卒業し、見習い期間を経て晴れて一人前の騎士となった者達が、国と王家に忠誠の誓いを立て騎士団の一員となる為の儀式だ。
それには王もしくは王の代理人たる王族の一員が必ずその場に赴き、誓いを聞き届けるのが習わしになっている。
今回は王自らがお出座しになられるとあって、城の前庭に整列した若者達の顔はどれもやや緊張気味だ。
王族の身辺警護を担う近衛騎士が式典用の白の礼装で身を固め、美々しい装飾を施された槍を掲げて侍る壇上にゆったりとした歩みで王が姿を現すと、広場に居並ぶ新人達が一斉に片膝を付き貴人に対する礼の姿勢を取る。
面を上げよ、との声が掛けられ騎士達が垂れていた頭を戻せば、なんとその場に姿を現した王族が国王一人では無かった事に静かな驚きが広がった。
12歳の王太子を筆頭に二人の弟殿下と四人の王弟が全て揃っている。
これは一体何事か。
通常新人騎士の入団式など王族は形ばかり姿を見せて、宣誓を聞き届ければ直ぐに退出して行くものだ。
それが、何故。
新人達の戸惑いをよそに式典は例年通り滞りなく進められる。
代表者の宣誓も終わり、後は王族が退出がするのみとなったその時、――――雲ひとつない晴天に突如として稲妻が走った。
轟きにも似た獣の咆哮に居並ぶ新人騎士達は騒然となり、皆自らの剣の柄に手を掛けた。
いざとなればいつでもそれを抜き放つ覚悟で。
だが動揺しているのが自分達だけであると気付くに至ってよくよく周囲を窺えば、近衛騎士は何故かこの異常事態に露程も動じていない。
いったい何が起きているというのか。
訝しむ新人達の目の前を―――――一瞬、黒い風が横切った。
ブワリ、と風を孕む翼を二三度羽ばたかせて、漆黒の巨体が広場に降り立った。
威風堂々という言葉がこれ以上似つかわしい存在も無いと思わせる程の偉容に『飛天だ』と、どこからともなく声が上がる。
ただ残念ながら新人達の殆どが飛天についての知識を持ち合わせてはおらず、突然現れた異形の獣を恐れと驚きを持って見守るだけが精一杯という状態。
多くの視線が集まるその先で、黒金の翼の間から今まで全く気配を感じさせずにいた騎手とおぼしき人物が流れるような動作でふわりと地面に降り立つと、周囲から思わずといった感じのどよめきが上がった。
まるで飛天と一体化するかのような漆黒の礼装を身に纏い、端然とした佇まいを見せた青年は――――恐ろしく整った容貌の持ち主であった。
濃紺の髪に藍色の双眸。
明るい色彩ではないが匂い立つような『華』がある。
かなりの上背がありながら一切の無駄が削ぎ落とされた身体は、細身とはいえ間違っても女性的と表現される類いのものではなく、しなやかに鍛えられた細剣を連想させる。
華はあれど甘さは無し。
ただ、妙齢の異性とは無縁の暮らしを送る騎士にはいっそ目の毒と思われる程の美貌なのだが、何故だか多くの騎士が遠い目をして天を仰いだ事に気付く新人は一人もいなかった……。
騙されんな新人―――!!というかつての同僚の心の叫びがそこらにエコーしてます。




