63 始動
殿下には感謝しないといけないかな。
僕は今更騎士に戻るつもりもないし、飛天が人間に勝手に押し付けられた決まり事を守る気がないのも承知してるけど、万が一頭の堅い連中に難癖つけられて職場に迷惑をかけても困るし。
騎士証の使い時って、今でしょ。
夜勤のメンバーが詰め所に常駐する班を残して夜の街へ出動して行くと、警備隊の敷地内は驚くほど静かになる。
事務職が全員退勤して完全に灯りが消える棟もいくつかある分、周囲の繁華街と比べてひっそりとした感じ。
勿論通りへ一歩足を踏み出せば、店の前を飾る華やかな灯籠の光があふれ、客引きや酔客が交わす喧騒で賑やかなものだ。
だけど僕が今用があるのはそこじゃない。
「ライディーンちょっといいかな。物は相談なんだけど……」
いつも通り女子寮に近い中庭の隅で、漆黒の巨体が身動ぎもせずに立っているところに声を掛けた。
周囲の建物の灯りが落ちたそこはすっかり暗闇に包まれて、真っ黒なライディーンは完全に闇に同化して金色の眼だけが爛々と光を放っている。
なかなかホラーな眺めだ。
「例のあの目障りな巨鳥。襲いに来たのを撃退するだけじゃ手緩いと思うんだよ。手っ取り早く片付けてあの子が自由に外を出歩けるようにしてあげたいだろ?」
ふしゅう、と小さな鼻息が同意を示すように鳴らされる。
「君なら皆殺しも造作ないだろうけど、その雷を容赦なく振るわれて都市が壊れるのはあんまり有り難くないんだよ。あの子にはまだ見せてない場所も見せたい場所もたくさんあるんだからさ――――――だから協力しないか?この際男同士なのはお互い目を瞑って、僕を乗せて飛んでほしいんだ」
ライディーンはたっぷり数分間微動だにせず考え込んだ後、物凄く嫌そうに「げっふん」と応えた。
―――――――そしてその直後、僅か数度の羽ばたきだけで一瞬にして空へ駆け上がった一人と一頭の存在に気付く者は誰もいなかった。
黒鉄の翼が月明かりを受けて鈍く耀き、独特の風切り音が絶えず耳に届く、空の上。
ライディーンは相手の気配を探るようにしながら都市の上空を大きく旋回した。
手綱も鞍も着けない飛天の背の上で姿勢を固定するのは結構大変で、膝頭に力を入れて根性で上体を支えなければ即落下しかねない状況だ。落ちれば確実に死ねると思う。
「ライディーン、君が興奮して我を忘れると下に尋常じゃない被害が出て後の処理が面倒になるから、例の奴を見付けても手を出さないで。一度雷を僕の剣に流し込んでくれれば此方で調整してから放つよ」
背中の上からそう声を掛けると、ライディーンはやや不満気にぐるると喉を鳴らした。
だけどそこを譲れば都市が瓦礫の山と化すのが解っていて好き勝手にはさせられない。
「シュシュの為だよ」
普通の人間だったら即死ものの電撃も、特異体質のお陰で僕は痛くも痒くも無い。
今日ほどこの体質が有り難いと思った事は無いかもしれない。




