61 迫りくる
ライディーンがヒクイドリを瞬殺したことで、あれが穏便な付き合いかたの出来る相手じゃないって事はよく分かった。
凶悪無比な生き物のように語られる飛天だけど、別に手当たり次第のべつまくなし片っ端から殺りまくってるわけじゃない。
それこそ箸にも棒にも引っ掛からないような相手をいちいち全部殺して回ってたら切りがないし。
ただし売られた喧嘩は最大漏らさず買い取る性分だって事は、短い付き合いでもすぐ解る。
つまりヒクイドリがあの子に興味を示した時点で、ライディーンにとっては果たし状を叩き付けられたも同然だったということだ。
単に心が狭いだけな気もするけど、実際問題あんなもんに団体さんで求愛に来られたらシュシュは迷惑どころの騒ぎじゃない。
昼間の一件でさえ臆病なシュシュが怯えるには充分過ぎた。
あの場でいち早くロードと屋内に退避させたものの、その後はなかなか様子を見に行く事が出来ず、日が暮れる頃になって老医師と一緒に女子寮を訪ねた時には、泣きすぎで目が溶けそうな有り様になったシュシュに突撃で出迎えられた。
「わっ…!」
ボロボロ泣きながら鳩尾の辺りに頭をグリグリ擦り付けられる。
「あぁ、もう……可愛い顔が台無しじゃないか」
「~~~~~~」
頬に手を添えれば涙でヒンヤリと冷たくなった肌の上を更に熱い雫が濡らして落ちてゆく。
不安げに揺れる瞳が何かを訴えるように瞬き、唇は懸命に言葉を紡ごうとして小さくわなないた。
この際残念がる老医師は放っといて僕はシュシュを抱き上げると部屋に直行する事にした。
「もう大丈夫だから落ち着いて…。怖い奴はライディーンが追い払ったから」
シュシュの私室に戻るといつものように膝の上に乗せ、ふるふる震える小さな身体を懐深く抱き込んだ。
うっかり抱き潰してしまわないように細心の注意を払いながら、髪を梳き背中を擦り、時折目許に小さなキスを落として。
この子が怖がりなのは解ってるけど、何だか少し様子がおかしい。
そもそも今回は直接的な接触は何も無かったはず…。
ヒクイドリは接近する前にライディーンが片づけたし、死骸も間近で目にしてはいない。
何がこの子をこんな風に怯えさせているのか。
「――――――シュシュ…」
両手で顔を包み込むようにしてそっと口づけてから薄紅の唇を舌で割り、奥の方に隠れて縮こまっている薄い舌を探り当てて、ちゅくりと吸い上げる。
驚いて逃げれば無理には追わず、軽く触れるだけのキスを何度も繰り返した。
そのうち徐々に落ち着きを取り戻したシュシュが、胸元ではふりと溜め息を落としたのを切っ掛けに、僕はもう一度腕の中の少女と向き合った。
『教えて―――――何がそんなに怖いの』
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―――――――声が聞こえた。
空のずっと上の方から。幾つも、幾つも。
『 ミツケタ 』
伝わるのは押し殺した狂暴な歓喜。
それはあたしを捕らえて容赦なく服を剥ぎ取り、鎖で縛めた人間と同じ声。
―――――― 獲物だ ――――――
そう 告げる 声。
きっと『あれ』は、一瞬も躊躇わずにあたしを引き裂く。
いつか、『あたし』を殺した男達みたいに。




