60 小鳥の騎士
この日の午後。
南支部に所属する各隊の隊長及び副長と、それから主だった班のリーダーに緊急招集が掛けられた。
ヒクイドリの対策会議を行う為だ。
普段無人の小会議室が今日はやたらと狭く感じる。
さして広くはない室内に大の大人が20人近く集まっているんだから仕方無いけど。
「やっぱり来たか……」
やれやれといった感じで口火を切ったのは13番隊のガレ隊長だ。
先日14番隊隊長と共に手合わせをして貰った際にも、この件に関して不安を示唆していた。
「だが今まで都市部にまで飛んでくる事は滅多に無かった。狙われるのは大概放牧されている家畜か何かだ」
「人間に被害が及ぶ可能性もあると言うことか!?」
「いや、だがしかし…」
『忘れた頃にやって来る』とは、なんて厄介な。
年嵩の隊員は過去の記憶を引っくり返すのに忙しく、具体的な対策が何一つ上がらない。
実際のところあの図体で空を飛ばれては手も足も出ない、というのが正解だろう。
飛天よりやや小型なだけで狂暴さはどっこいどっこい、しかも本来は群れで行動するとか。
手に負えない。
おまけに夜目が利いて人間が寝静まっている時間帯に襲撃されるため、毎回農村部では家畜の被害が半端ないらしい。
「普通に迎え撃てば良いだろうが」
戦闘狂が戯言を言い出した!!
切って切って切りまくれと!?
「南支部でそれが可能なのは君とスォードくらいなものだよ」
「クリムヒルト隊長…勘弁して下さいよ……。死にますって…」
アッサリ捕食されるのがオチだ。
先程間近で見たヒクイドリは、何かもう『魔物』と表現しても差し支えのない生き物だった。(死んでたけど)
極彩色の模様が毒々しい赤い羽根。鋭い嘴と巨大な鉤爪は人間程度の獲物なら容易く引き裂いてしまえるだろう。
ファンタジーに定番の『炎を吐く』とか『毒を撒き散らす』といった技が無くても充分脅威だ。
「…たまたま今回は飛天が撃退したような形になったが、毎回そうはいくまい。無駄な被害を増やさぬ為にも余計な手出しは控えるのが良かろう―――――ヒクイドリに人間の味を覚えさせてはならん」
最年長のボガード隊長が厳しい声音で締めくくった。
結局のところ大した対策は立てられずに会議は終了。
『住民に日没後の外出を控えさせる事と、日中でもヒクイドリの姿を見かけた場合速やかに屋内に退避する事』の二点を徹底告知させるとの決定に留まった。
「ほう!こりゃ珍しいのぅ。長生きはしてみるもんじゃい」
ヒョヒョヒョ、と聞き覚えのある笑い声がしてそちらを向けば、中庭の隅で更に見覚えのある白髪頭がしゃがみこんでヒクイドリの死骸を観察している。
「――――老医師?何やってんですか」
「いや、なに。ちぃとばかり記録をな!儂の趣味のようなもんだ」
そういや何にでも興味を示す人だったっけ。
豆知識の源を今知ったような気がする…。
老医師の手元を覗けば詳細なスケッチに加え、事細かな数字や文字がビッシリと書き留められている。
「こいつらは昔から何度となくやって来ちゃあ、そこいらを荒らしてったもんだが、こんなに間近で観察出来たのは初めてだわい!」
間近……というかむしろ0距離?
「滅多にない機会だ、後学の為にも処分する前に他所の隊の連中にも見せてやれとボガードに言うてやるか!」
死んでいるので遠慮なくあちこちまさぐりその都度何かを書き込む、という作業を何度となく繰り返しては悦に入った表現でナルホドと頷く老医師。
暫く熱中した後でようやくヨッコイセと腰を上げた。
「ついでに嬢ちゃんの様子でも見て帰るかのー」
スタスタと年齢を感じさせない足取りで歩きだした老医師が、ある地点まで来て不意に歩みを止めて僕を振り返った。
「ありゃなんじゃい」
「あ」
屍(改)。
本日の中庭デートを充分満喫する前に邪魔が入り、煩い小蠅片づけてをイソイソ戻れば愛しの天翅の姿は既にそこに無く。
自ら撃ち落とした獲物と変わらぬ体ででろりと横たわる真っ黒い獣の姿がそこにあった。
「えーと…、本日の功労者というか。あの子の騎士みたいなものかな。ちょっと気難しくて短気で凶暴だけど近付かなければ害はない……と思うよ」
「………ほほう。嬢ちゃんはまた厄介なのに好かれとるのぅ」
え?それだけ?
もっとあれこれ根掘り葉掘り訊かれるかと思ったのに。意外にあっさりスルー。
「……何だか知らんがそいつぁ以前にも何度か雷背負って飛んで来てただろうが。昼間のアレもそいつか。―――――言っとくが儂は何も知らんぞ!知らん知らん」
流石の年の功。危機回避能力Max。
ははぁ……。長いものには巻かれるタイプか老医師。
あんた絶対、長生きするよ。




