52・5 ナイショの裏話
ロード視点です。
スォードと別行動になった後、夜の食事時が近いからと、先程の食堂に再び戻って来る事になった。
同行しているのは俺の補佐に指名されたノッティと今日は非番だという赤毛の女性隊員のニキータ。
どちらもスォードと同年代らしい。
「でもまさかライディーンがあんな状態だとは思わなかった……。と言うか報告しても誰も信じないよなー。あの凶悪魔獣がデレッデレになって尻尾を振るとか!しかもスォードまで骨抜きだし…―――あの子、物凄い大物…?」
確かに可愛いかったけど、今のところ怯えた表情しか印象に残っていない天翅の少女。
城の古い資料を漁ればいくらか記述が見つかるかもしれないけど『古代種』自体が幻の存在だと思われてるから、学者なんかの目に留まったりしたら面倒な事になるだろう。
「南支部の癒し担当は優秀だろ~?」
「なんで貴方が自慢気なのよ、ノッティ」
……この男も割合順能力が高いというか。
こっちの身分を知ってて、ごく普通のこの態度。
大抵の人間(とくに平民)は身分差に敏感なものだけど、なんか全然気にしてないっぽいし。
普通に飲んで食べて他愛もない会話を交わしているうちに周りの席はすっかり人で埋まり、その中で一人だけ騎士の制服を着た自分は物珍しさからかあちこちから声が掛けられた。
「―――スォードの後輩?」
「俺が騎士に叙勲されたのはつい最近で、とっくにスォードが王都を出た後だから同時期に騎士団に所属してた訳じゃないですけどね」
「ああ…例の騒動か」
……なんか王家の恥がこうも浸透してるとヘコむ。
色ボケジジィ赦すまじ!!
ライディーンに再起不能にされたと聞いた時は思わず「ざまぁ!!」と叫んだくらいだ。
「―――けど、あの面だろ?此処に来たばっかの頃は見た目で侮ってチョッカイ出す奴もいたよなぁ」
「ははは、皆返り討ちにされたぜ!」
なんというか、スォードはすっかり都市警備隊に馴染んでいるらしい。
一応あいつも貴族の端くれというか、かなりの家柄だったはずなんだけど。
お人好しの当主が友人の商売の失敗を肩代わりして財産を失い、あっさり爵位を返上するまでは何不自由の無い身分の持ち主だった。
あの思いきりの良さは血筋か?
スォードも「なるべく穏便に済ませるから早まるな!」という周囲の説得を蹴り飛ばして、さっさと騎士を辞職してしまった。
――――よっぽど腹に据えかねたんだろうな…。
「あいつ昔っからそんなに同性にモテモテだったのか?」
本人がいる前では絶対に聞けない質問をここぞとばかりに聞いてくるノッティ。
「え、どちらかと言えば玄人の姐さんにえらく人気があったような…」
「「「 何ぃ!! 」」」
「あの顔だから貴族のお嬢さん方の受けもバッチリだし、本人も隙のない騎士ぶりを発揮してたんだけど……なんでかあんまり乗り気じゃなさそうだったんだよなぁ」
「それで玄人美人を相手にだと!?―――けしからん!!」
いや、美人とは誰も言ってませんが。
「実際のとこは不明だけど高級娼館のNo.1とか巷で人気の歌姫とかからもよくお誘いの手紙を貰ってたみたいだよ。《黒椿》のアウローラと言えば客を選ぶので有名な娼妓だけど、スォードは顔パスで部屋に入れたとか」
「「「 うおおおおおおおぉ!! 」」」
「男の敵め!!」
「非モテの呪いを受けろ!」
あれ?なんかおかしな雰囲気に……。
「背が高くて顔が良くて稼ぎもある、性格の良い男か――――改めて考えるとスンゴイお買得な感じよねぇ、彼」
あまり口を挟まず食事に徹していたニキータがストレートな意見を述べると、近くの席の女性隊員達もウンウンと頷く。
娼館の話の辺りで女性は嫌悪感を示すかと思ったんだけど。
意外だと驚く感情が顔に出ていたのか、彼女達はクスリと笑って続けた。
「騎士様はこの街に何軒花宿が有るかご存じ?そこで働く女達の事情は様々だけど、皆生きるためにやむ無くその職業を選ばざるを得なかった女が殆どね」
「男達は何かというとそういう女を蔑視するけどね、女にだって言い分はあるさ。特にあたしらみたいな仕事をしてると裏側で色々見聞きするから…」
「スォードは女を容姿や身分で差別しないから、娼妓達に好かれるっていうのは納得~」
目から鱗の意見だ。
「でもねぇ、女の自分より美人の旦那ってのはちょっとヘコむわ!」
「アハハ!あたしら絶対負けてるし~」
―――とまあこんな感じで、色んな話が聞けたりした。
思った以上にスォードが此処での生活に馴染んでいて、ライディーンとは別件の“野暮用”は俺の無駄足に終わるかもしれない。
「騎士の兄ちゃん、それで話の続きはどうなったんだ」
「――――あ、例の一件?それでさ……」
なんかアルコールが入ったら皆随分砕けた感じになって、今まで聞くに聞けずにいた話題を事細かに知りたがった。
もうこっちもヤケクソな気分でアレコレ裏話を披露しはじめてたら。
「……………随分楽しそうな話をしているな」
周囲の気温が確実に5度は下がった。
恐る恐る振り向けば、傾城張りの美人が青筋立てながら微笑んでいる。
お仲間の隊員達は原因不明の金縛りで席から一歩も動けぬまま、脂汗をダラタラ垂らして硬直。
「や…やぁ、スォード」
「―――――馬鹿と見せかけてその実もただの馬鹿って、どんだけ残念な坊っちゃんだ!」
よくもテメエん騎士団の上層部の恥をペラペラと喋ってくれて、どういう教育されてやがる―――――――!!!
いつもは涼しげな目許をクワッと見開いたスォードが説教モードに突入。
………俺は知っている。
この状態になったスォードは何時間でも立て板に水の勢いで説教が続く事を。
因みに直前までしていた裏話の内容は、「スォードを押し倒したのは禿げ頭のデブ」という件だった。




