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5 僕と私

―――――――澄んだ朝の空気を胸一杯に吸い込んで、『私』は走る。


見慣れた町並み、足下の水溜まりを避けながら。


そろそろと色づき始めた街路樹は昨日の嵐でだいぶ葉を落とされてしまっている。

通り過ぎた民家や店の表先でも、倒れた看板や割れた植木鉢なんかの片付けをする人の姿が多かった。


今年一番の大型台風だったと今朝の天気予報で言ってたような気もする。


ああ、急がないと。


バスに乗り遅れるのなんかは別に構いやしない。


ただ“あの子”が心配だなだけだ。


すぐそこの角を曲がれば、待ち合わせのバス停。


古い雑居ビルの正面に通勤通学でバスの時間待ちをするサラリーマンや高校生が一列に並んで立っている。


猛ダッシュで走る183センチの女子高生は半端無く目立つだろうけど、可愛らしく小走りしていたら間に合わない。盗塁を狙うランナーの如くスライディングで列の最後尾についてやるとも!


般若の形相で駆けてくる巨女を見て殆どの連中が目の玉ひん剥く中、一際小柄な人影が此方に向けてラヒラと手を振っている。


よっしゃ!セーフ!!

私の癒しは今日も可愛い。妙なナンパ野郎が近付く前に間に合ったぞ。


――――――――――とか、思って、たら。


あの子が急に表情を強張らせた。


あの子だけじゃなくて、その場にいる全員が、何か驚愕したように、此方を見て叫びの表情を張り付けてる。


どうして?






だって、前しか見えてなかった。


昨日の嵐でガタガタに弛んだ大きな看板ボードが、ビルの天辺から落ちて来るのなんて。


ちっとも   気が付かなかった。










**********************







見慣れた夢の顛末だ。


最初に見たのがいつ頃かは覚えてもいないけど、この奇妙な夢との付き合いは長い。


夢の中で僕は『私』になって、まったく見知らぬ人生を生きている。


順序も何もバラバラで意味不明な場合が殆どだけど、間違いなく“あれ”が自分だということだけは解る。


何しろ全くと言っていいほど、同じ顔だ。


身仕度の為に寝台を降りて洗面所の鏡を覗き込むと、夢の中の『私』とは色違いなだけの『僕』の姿が映っている。


濃紺の髪と藍色の眼を黒くして、身体の造りを幾らか細くすれば『私』になる。


それにしたって。

ここまで差がないのって、なんでだろう!

あっちの『私』は女性のはずなんだけど!


夢に文句言ってもしょうがないのは解ってるけどね!


男に生まれて“女顔”に悩まされ、女であれば「男じゃね?」と疑われ。


「…………………腑に落ちないっ」


夢の中でくらい正しい“性”を謳歌出来たっていいのにっ!!









すっきりしない目覚めの後、適当に身繕いをしていつもの隊服に袖を通して部屋を出る。

貸部屋アパートから15番隊の詰所は目と鼻の先。

真っ直ぐ出勤するつもりで歩き出してから、ふと昨日の子供たちが気にかかって、行き先を変更した。


夕べ子供たちを泊めた宿舎は支部の敷地内にある。


大通りに面した場所に棟続きになった各隊の詰所が置かれ、その奥に諸々の施設や厩舎、剣や棒術の鍛練の際に使用する広めの運動スペースなんかがあって、隊員の宿舎は最も裏手の静かな場所にある。




「スォード!丁度良いところに来たわ。今誰か呼びにやろうかと思ってたとこなのよ~」


宿舎の入り口を跨ぐなり顔見知りの女性隊員が困り顔で駆け寄って来た。


「どうかした?ハナ」


子供の相手をするなら厳つい男よりも物腰柔らかな女性の方が良かろう、という分かりやすい理由から、夕べ保護された子供たちは女性隊員の寮に預けられた。


女性隊員の数が男性隊員に比べて圧倒的に少なく、常に寮に空き部屋がある点でも都合がつけやすかったからだ。




「今日はこれから子供たちからの聞き取り調査とか医師の診察があるでしょ?まず食事をさせてから軽く身体を拭いたりしようと思ってたんだけど……」


「―――――何か困った事でも?人手が足りないとか」


女性隊員はこの支部全体で10人に満たなくて、男が立ち入れない場面での捜査やアフターケアに重宝されるから、常に忙しい。


「…そうじゃなくて………一人物凄く怯えてる子がいて、誰も近寄らせてくれないの。服の下の怪我とか顔色から体調診るぐらいの事はしたいと思って、根気強く呼び掛けてみたんだけど…」


何となく、心当たりが。


「貴方夕べあの子のこと抱っこしてきたでしょ?だから…」


やっぱりか。

気になってはいたんだよね。あそこまで弱ってる子は他にいなかったから。






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