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30 散歩

商都エムローザの南に位置するナイアードは大小会わせて二十以上の沼や湖が点在する湖沼地帯で、夏場には水辺に涼を求めて避暑に訪れる観光客やそこに別荘を構える富裕層の者達で賑わう、人気の観光地だ。

中でもルネス湖とその周辺の景観は一望の価値があると言われていて、宿ホテル別荘ロッジの数も特に多いらしい。


現在泊まっている宿はこの辺りでも格式が高めで、一般的に見て富裕層向け。庶民にはやや敷居が高めだけど頑張ればなんとかなるクラス

僕は身内の特権で予約も無しに押し掛けたけど、警備隊の給料だとそうそう何度も気軽に泊まれない。

宿に此処を選んだ理由は“離れ”が利用出来る事に加え、従業員の教育が徹底していて完全なプライバシーが保てること。

女主人であるバーサの営業方針で雇用する際に口の堅い者ばかりを選ぶのだとか。




「今の時期だとまだ避暑には少し早いからそんなに人は多くないし、のんびり散歩にでも行こうか?」


朝食を済ませ身支度を整えて、僕らは離れから直接湖に繋がる小道を二人でゆっくりと歩き始めた。


今日のシュシュの装いは淡い空色のワンピースにアクセントで濃い青色のリボンをあしらった涼しげなもの。

勿論背中を開けて翅を締め付けないようにした上で、仕上げに薄物の素材をふんわりと重ねたボレロを羽織る。


何処から見ても普通の可愛い女の子だ。

最初の頃に比べれば大分元気にもなったし。


ただやっぱり無理はきかないようで、幾らも進まないうちにその足取りに乱れが見え始めたため、僕は有無を言わさずシュシュをいつもの指定席に収める事にした。


「この方が僕も落ち着くからね」


僕の左腕にちょこんと座った少女は微かに頬を赤らめながら、肩に回した腕にきゅっと力を込める。

今朝のやり取りの後、なんだか急にシュシュが女の子っぽい反応をするようになって、妙にこそばゆい……と言うか照れる。

僕がいきなり襲ったようなものだから尚のこと。





僕らはゆったりとした歩調で緑の小道を進んだ。

時折茂みの奥に見え隠れする小さな動物や足下の草花にも目を向け、風の運ぶ香り、雲間に色彩いろを変える景色を楽しみながら。


「――――ルネス湖だよ、シュシュ。綺麗だろう?」


「……!」


抜群の透明度を誇る湖が陽光を受けてキラキラと輝き、鏡のように凪いだ湖面に周囲の景色がそっくり逆さまに写し取られた光景は、とても幻想的でまるで完成された一枚の絵画を見るように美しい。


腕の中のシュシュが息を呑む気配がして顔を覗き込めば、ポカンと口を開けたまま瞬きもせずに景色に魅入っている。


―――…気に入って貰えたかな?


「ああ、ほら。向こう岸に天馬の群れがいる――――珍しいな…」


それは実際物凄く珍しい光景だった。

野生の天馬は臆病で警戒心が強く滅多に人前に姿を現さない上に、捕らえてもけして飼い慣らす事が出来ない生き物と言われていて、間近に見る機会などまず有り得ないからだ。


「もっとよく見たいけど、人間が近付いたら飛んで逃げて行ってしまうね…」


残念だけどこの距離が精一杯か。と、思っていたら。

その群れの中の一頭が何を思ったか此方に向かって飛び立つのが見えた。


「……………えぇ?」


“それ”は僕らからある程度の距離を置いた場所に降り立つと、此方にジッと観察するような目を向けてきた。

シュシュが驚いて肩にすがり付くのを宥めながら僕自信もかなり動揺してたりして。


「よしよし、大丈夫。天馬はとても大人しい……はずだから」


頭を撫でて背中をポンポンと軽く叩く。いつもならこれで大抵落ち着くんだけど。

やだー!恐いもん!と言わんばかりに更にぎゅうぎゅう抱き付かれてしまう。


「落ち着いてシュシュ……」


軽く抱き返して目尻やこめかみに軽いキスを何度も落とす。

プチパニック状態?


天馬は相変わらずジッと視線を此方に向けたまま。僕とシュシュの間を何度も往復するように見て。


なんだかものっ凄い人間臭いカンジで「ぶふんっ」と溜め息、もとい鼻息を漏らしてアッサリ去って行った。


『テメーらイチャついてんじゃねーよ!』


とでも言いたげに。


「…………………何しに来たのかな…?」







































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