29 決定打
明け方一人で目を覚ましてから、かなり長い時間悶々と思考のループに嵌まっていたらしい。
窓の外がすっかり明るくなって野鳥のさえずりでふと我に返れば、隣で静かな寝息を立てていたはずの少女がいつの間にかパチパチと瞬きをしながら此方を見詰めている。
「……お早う、シュシュ」
「―――――……――」
何か言いた気に口許が微かに動くもやはり言葉は紡がれず、シュシュはもどかしそうに唇をきゅっと噛みしめて涙を堪えるような表情になった。
「――――駄目だよ、傷になるから」
指でそっと唇をなぞれば困惑したように瞳が揺れる。
何かを伝えたいなら言葉を惜しむべきじゃないだろうけど、生憎その言葉が通じないときてる。
泣かせたくないとか、守りたいとか、陳腐な台詞は幾らでも思い付くけど……言葉は伝わらなければ意味のない音の羅列だ。
もう二度とあんな泣き声は聞きたくない。
そんな考えばかりが頭を占めていたせいか、つい出来心と言うか。
――――――ちゅ。
気が付いたら思わず口を塞いでたりして。
驚いて目がまんまるの様子が可愛くて、調子に乗って額から目蓋、目尻、鼻先と啄むようなキスを落としていくうちに、だんだんシュシュの表情がぽわんと潤んだものになり――――頬が熟れた苺みたいに真っ赤になって。
うわっ!やり過ぎた!?
「ご………………ゴメン」
シュシュはそのままコテンと僕の胸の中に倒れ込むようにして収まり、小さな手がきゅっとガウンの裾を掴むのを感じた。
その顔は熱に浮かされ混乱してはいるようだったけど、もう涙は浮かべていなかった。
やんわりと真珠色の翅を撫でて、その細く小さな身体を腕の内側に囲い込めば、安心したようにふわりとした笑みを見せる。
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どうしてくれよう、この可愛さ。
僕が騎士のままだったら迷わず剣を捧げたいくらいだよ!
十重二十重に真綿でくるみ、風にも当てないようにして隠しておきたい。
流石にそれをやったら犯罪だけど。
しかも相手は(推定)十代前半の少女。
『…………シュシュは何処にもやらないし、置いてったりもしない。だから……もう泣くんじゃないよ?』
敢えて日本語で語りかけてみる。
腕の中でシュシュがピクリと身を震わせるのが分かった。
目には抑えきれない驚きの色。
ああ、やっぱり。
「―――――通じてるんだね…」
この瞬間、ただの妄想の延長だとばかり思っていた『私』の記憶が俄に現実味を帯びたものとなった。




