28 困惑
―――――――トクトクトク…。
腕の内側から温かい音がする。
慕わしい血潮の温もり。
生命の時を刻む振り子の音色。
もっと近くで感じてみたくてそっと手繰り寄せたら、温もりは自ら寄り添ってきた。
掌で触れて。
唇で確かめて。
それでも物足りなくて両の腕に閉じ込めて。
『――――…すぉー…ちゃ……』
『ん………ここにいる…………』
唐突に目が覚めた。
「―――――――――シュ……っ」
そりゃもう一瞬にして、ガバリと。
跳ね起きた直後に目眩に襲われて、暫し呼吸を整え。
寝起きだというのに軽い酩酊感がまとわりついて、頭の芯がぼうっとする。
ヤバイ。相当混乱してる。
寝台の上に半分身体を起こした状態で隣を見れば、背中に真珠色の小さな翅を生やした少女が丸まって眠っている。
つい今しがたまで感じていた温もりはこれだ。
夕べ泣きながらしがみつかれて離す気にもならず、そのまま一緒に休んだのは理解している。
なんと言うか今朝方の夢はもろに現状に被って、ダメージが大きい。
おまけにかなり記憶が入り交じって頭の中が混沌。
「……………今、呼んだ…?」
しかも、何語で会話してた……?
――――――まさかね。
あり得ない。
ただの聞き間違いだ。
ほとんど同じ響きの名前だから…………………って!
寝言………に…しても。今、出てなかったか!?言葉!!
あんまり吃驚し過ぎてシュシュを揺り起こしてしまいそうになりながらも、際どいところで踏み留まった。
先ず落ち着け、自分。
保養地には気分転換に来たんだから、あれこれ考え過ぎてちゃ台無しだろう。
老医師もシュシュの言葉に関しては焦るなと言ってたし。
でも、聞き違いでなければあれは。
「日本語………だったような」
何故自分の夢――――もとい、妄想の産物でしかないはずの世界の言葉を、余人が知り得ているのか。
それとも本当に『私』の生きていた世界がこの世の何処かにあって、この子はそこからやって来たとでも?
もしそうならば自分は真実『私』が生まれ変わった人間だとでもいうのだろうか。
「ワケわからん………」
というか、そこは寧ろどうでもいい。
生まれ変わったというならそれは最早別人だ。
どれだけ過去の記憶があったとしても、僕の人生は僕のもの。
ただ………。
「――――――君は何処から来たのかな…」
そして何故僕を、真珠と同じ呼び方で呼ぶんだろう…。
普通、夢見たくらいですぐに『自分は異世界人の生まれ変わり!』とか思わないよね……?という話なんですが。




