2 日々是日常
商都エムローザ。
王族と四公が治める五大都市のうち最も南に位置し、南方諸国との交易における玄関口の要であり、人や物の流れが特に激しい不夜城の如き繁栄を誇る享楽の都。
―――――それだけに、違法取り引きや暴力沙汰なんかの犯罪が飛び抜けて多いのがこの都市の特徴で、都市警備隊の詰所には毎日ひっきりなしに厄介事が持ち込まれる。
「隊長ー!商人同士の喧嘩が刃傷沙汰に!」
「ボガードの爺っつぁまはギックリ腰で療養中だ!」
「副長ー!水路に酔っ払いが飛び込んで商船が転覆しました!!」
「あの色ボケ中年は現在花街にシケ込んでやがる!誰か綱持って簀巻きにして引き摺って来い!!」
「――――――おーい、スォード」
「まだナニかあんのかっ!ジジィも中年も不在だっつってるだろーが!!」
名指しで呼ばれた事に気が付けば、ここ数年仕事で組む回数が一番の見慣れた顔が立っている。
「……ノッティ」
ひょろりとした痩せぎすの男はそばかすの浮いた顔に人懐こい笑いをのせて眉を寄せる。
笑うと糸目だ。
「元貴族で騎士さまが、すっかり柄が悪くなっちゃったねぇ」
「野郎相手に振り撒く愛想は無い!」
「もったいないよー。そんだけ外側が器量良しさんなんだからさぁ」
中身について言及しないあたりの“慣れた”感がムカつく。
「そんで妙な具合に発情した雄に押し倒されろと?」
ノッティがあー、と乾いた声を漏らす。
目の前の男が騎士職を投げ捨てるに至った経緯を思い出したらしい。
元々上っ面だけ華やかな貴族社会にも、身分重視の堅苦しい騎士の縦割り組織にも未練は無いから、『不名誉な事故』を切っ掛けに脱け出す事が出来たのはむしろ結果オーライだ。
たとえ同性から『女顔』と評される容姿だとしても、成人男子の平均身長を軽く超えるガタイの男に欲情出来る奴の気が知れない。
「どうせ騎士団に居た頃はでっかい猫を被ってたんだろ。お前さん黙ってりゃお行儀の良い坊っちゃんに見えるしなー」
「………ちっ。腐ってもげろ」
思いきり呪いを込めた呟きに、なにそれコワイ、みたいな視線が返された。
「まぁ、でも都市警備隊に拾ってもらえたのは『僕』としてもありがたかったかな。実家はとっくに爵位返上してるし、親の七光りでは食べていけないからね」
「ハハハ、そんで元騎士のお買い得物件をどの隊に入れるかでくじ引きして、うちの隊長が当てて来たんだよな」
騎士が国と王家に仕えその権限が国内で広く通用するのに対して、都市警備隊の権限は守護する都市内に限定される。
一般的な見方でなら大幅な降格、都落ち的な感覚なんだろうけど、自分としては都市警備隊の方がよほど水が合っている。
エムローザ都市警備隊第15番隊。
本部と支部合わせて5ヶ所の詰所に3隊ずつが置かれ、各々担当区域を受け持つ。
必要に応じて連携も有りだけど、割と競争意識が強いから手柄の取り合いで揉めることも多々あり。
その辺は騎士も都市警備隊もたいして変わりが無いってことかな。
「ところで何か用事があって来たんじゃないのか?ノッティ」
無駄話しに来たわけじやないだろうと目で問えば、糸目のままポンと手を打った。
「そーだよ!例の件についてタレ込みがあったんだ。一気に進展するかもしれないからさ」
「――――――詳しく話せ。……っとその前に副長を呼び戻すか。あの中年、隊長代理のくせに平隊員に全部仕事押し付けてトンズラしやがって」
「なまじ仕事の出来る部下が入って来ちゃったからなぁ」
入隊したての頃、どこでも恒例の新人イビリに遭遇した際に、媚びて下手に出るのも面倒臭かったから100人間切り、もとい15番隊50人切りを実行したらうっかり猿山のボス猿認定されてしまい、以来隊長副長揃って人の事を便利にこき使ってくれるようになった。
今現在隊長の執務室で面倒な書類仕事をまるっと押し付けられてるし。
あの後他の隊員に捕獲されて戻ったヤル気の無さMaxの副長を加えて話は進められた。
“この都市で買えぬものはない”と言われるエムローザでも取り引きが禁止されている品目は幾つかある。
その代表的なものが人身売買、つまり奴隷だ。




