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10 君の名は

――――――――『私』は走る。


朝の日差しの下、風を切りながら。

早く、早くと急き立てられるようにして。





ああ、これはいつもの夢だ。

結末の変わらない同じ夢。


この後周囲から『私』に向けられる驚愕の視線と、その視線が向かう方角から、大体何が起こったのかおおよその見当は付けられる。


落下物による事故。


そして自分はこれ以降の続きの夢を見たことがない。

――――――――と言うことは。


『私』はここで人生の終焉を迎えたのだ。








********************


このところ毎回続けて同じ場面の夢ばかり見る。


この奇妙な既視感を伴う生々しさは何だろう。

まるでこれがただの夢ではなく、もう一人の自分が真実生きた記憶でもあるかのような。


あんな風変わりな世界がこの世の何処かに在るとでもいうのか。

服装にしろ文化にしろ一般常識がまるで違いすぎる。



「………てゆーか、『私』ってば結構な早死に?」


どう考えても17、18の娘盛りの年頃に死亡とか、悲惨過ぎる。







例の健康診断の日から数日が経過。


あの少女の件は早々に『上司』に報告を済ませ、一応“話を着けた”形となった。


――――――が、何のこたない副長は我関せずで好き勝手しやがるし、爺っつぁまは相変わらず腰をいわせて欠勤してるしで、結局のところ一言断りを入れただけで自分が全ての手続きを済ませ、あの子は晴れて15番隊の預かりの身となった。




「あらぁ、ダーリンいらっしゃ~い。待ってたのよぅ」


「うわっ!!」


女子寮の扉を開けた途端、矢のような勢いで小さな生き物に突撃をかまされ、思わずバランスを崩しそうになった。

何しろ受け止めるのにも細心の注意が必要な壊れ物だ。


「……だいぶ歩けるようになったんだね」


どこもかしこも華奢な造りの少女の身体は、細身とはいえ成人男子の平均身長を頭半分飛び抜けている自分から見ると、本当に、ほんっとーに小柄でふわふわと頼りない。


「――――――…――………」


相変わらず言葉は通じないけど、このところ何か言いたそうに視線を合わせてくる事も多い。

それにもしかしたら、話せないだけで言葉の聞き分け自体はいくらか出来ているのかも。


「――――今寮に残ってるのはハナだけ?」


「ええ、あたしは今日非番なの。他の子供たちも昨日施設に移って静かになっちゃったわー」


現在少女は女子寮に小さな個室を宛がわれ、リハビリ(対人)を受けながらひっそり暮らしている。


始めこそ子供同士なら打ち解けるのも早いのでは?とか考えて一緒にしてみたら、むしろ子供ならではの残酷さにぶち当たる結果となった。


どの子供も自分の感情で手一杯のところに、突然現れた見たこともない『異質なもの』を、平常心で受け入れることは難しかったようだ。


あるものは戸惑いあるものは怖れ、幼さ故の素直さでそれを隠すことなく態度に表し、少女を遠ざけた。


言葉は通じていなくても、態度や表情で拒絶されていることは容易く解るもの。


再び毛布にくるまって周りを拒絶しそうになった少女を根気強く励まして世話を焼いたのが、ハナやニキータをはじめとする姉御肌の女性隊員達だった。


少女を隊の預かりにすると言い出したのは自分でも、仕事を抱える身である以上常に傍において見守ることは不可能で、こうして毎日空き時間に様子を見に来る程度が精一杯なのが悔しい。


「スォードったら朝の訓練抜けて来たのね?」


「―――全員快く送り出してくれたけど?」


「そりゃあ……ねぇ」


男まみれの職場で不機嫌面ふきげんヅラを隠そうともしないボス猿が三白眼で睨みを効かせていれば、嫌々やっている訓練も手を抜く事が出来ず、さぞ鬱陶しかろう。

今頃は万歳三唱で咽び泣いているに違いない。





「―――――それはそうと、そろそろこの子に名前を付けてあげたらどう?」


「僕が?」


「貴方が。そもそも貴方に一番なついてるんだから、それが自然でしょ」


それもそうか。

でも名前かー。うーん……。

ほんとの名前が分かれば一番いいんだけどね。



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