カミクイ②
それは、無惨な光景だった。
道を埋め尽くす人のなれの果て。
誰が、この後景を見てここが神の国『ラ・ピウタ』と呼ばれていた場所だと思うだろうか。
皆が笑顔を忘れず飢えも苦しみもない、神に認められた者が幸福に暮らす国。――のはずなのに。
国の一角に人が殺到し切り刻まれる。
手に手に武器を持って男も女も老人も子供も正気には程遠い顔をしてその場所に殺到していく。
《殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、コロせ、こロセ、ころせ、…………》
人々の頭の中にはそれだけが自意識が飛ぶほど詰め込まれている。
その中心に旅装束を着た男がいた。
手足が異常な程細く、服の下は骨と皮ばかり。
頬の痩けた顔の中に目玉だけが光を放っている。
――飢餓。狂おしい程の飢えを。たたえていた。
人が。
――人が。
――――人が。
その男に殺到する。
しかし、それを気にしたふうもなく、引きずっていた物を無造作に振り抜く。
3mほどある巨大な剣を。
振り抜かれた剣は、暴風を巻き起こし人を巻き込んで吹き飛ばす。
吹き飛ばされた人は壁に叩きつけられ、全身の穴から血を流し絶命した。
刃がふれた者は無惨にも、引きちぎられ、……もはや、人の形をなしていない。
それでも人々はその男に殺到する。頭の中に詰め込まれた命令が他の行動を許さない。
《殺せ、コロセ、殺せ、ころせコロセころ……》
小さな子供が足にしがみつき、生え揃った歯で噛みつく。
それを無造作に打ち払らい、落ちた頭を踏み潰す。
そうして、男は『ラ・ピウタ』の中心にある神殿にたどり着いた。
背後に死体の山を築きながら。
神殿の中には、神の御子を抱えた女性が何をするでもなく立っている。
「なんで、まだ生きている!神に逆らう悪魔が!」
口汚く喚いているのは、腕の中にいる御子。神に選ばれ神の力を分け与えられた数年に一度代替わりする御子だ。それを見て、ダラダラとよだれをたらす。
空腹の末に一握りのおにぎりを見つけ出した浮浪者のように。
一歩一歩、ゆっくりとした足取りで御子へ続く階段を上っていく。
未だ男を殺そうとする人々をなぎ倒しながら。
「なぜ死なん!なぜ神の力が通じん!」
御子は神から『神意』を借りて人々の能力を限界以上に引き上げて男を攻撃していたのだ。
槍を突き刺し、剣で切り裂き、斧で断ち割り、ナイフで抉り、腕を叩きつけ、爪で引っかき、噛み付きさえもした。
その全てが無意味に終わっている。
御子は焦っていた。神の力が通じないことと、自分の命が死にさらされている事実から。
そして、ぎらついた眼をして男が目の前に立つ。
御子はその目が自分ではない者に向けられているのを見た。
――自分を抱えている女に。
いつの間にか持ち替えていた剣を横なぎに払う。
「ヒイィィィッ」
悲鳴を上げて目をつぶった御子の頭の上を風が通り過ぎ、体が落下する。
女の首が飛び、御子は投げ出されていた。
男は御子を一別しただけで、無視すると奥へ歩き出した。
……………助かった。
安堵のため息をついた御子は、意識が体から引き出される感覚と共に――死んだ。
神殿の秘密裏に造られた逃げ道。薄明りの中を走り抜ける人影があった。
御子を抱えていた女だ。だが、女は首を絶たれ死んだのではなかったのか?
もう少しで外に出られるという時に、人影が現れた。
「寄生した体を捨ててまで逃げるとはよっぽどの事があったんですか?ドッヘ・ゲルさん」
現れたのはシルクハットをかぶった男。ロキ。
「ロキか?なぜキサマがいる?」
シルクハットの前で、女の体から先ほどの女よりも整った顔が生えてきた。
女の口から出た声は、男とも女ともつかないそれぞれが混ぜ合わされたような声だった。
「前に伝えていたでしょう?神が死ぬときには現れますって」
「あれを呼んだのはキサマか!」
激高する女の腕が剣に変わるとロキに襲いかかる。
「いやいや、違いますよ。あれは『たどり着いた』んです」
デタラメに振り回される剣を風に舞う木の葉の様によける。
剣はそれを追うように長さや形態を変える。
ドッヘ・ゲルは『神意』によって、自分の体を変化させる事に長けていた。
御子を抱えていた女も、中に入り支配していたのだ。
すでに、刃の数が10本。それを危なげなくかわしていくロキ。その口元にいやらしい笑みを浮かべた。
――ペタリ。
背後に響いた足音に背筋を凍らせる。
ドッヘ・ゲルの背中に一本の腕が生え、足音の方へ延びる。
その手が半ばから切り落とされ、地面に落ちる音を聞いた。
「ムシャ……クチャクチャッ……」
ロキに向けていた腕を後方へ回そうとした時にその音が耳に入った。
(まさか!)
振り返った目に映ったものは切り落とされた腕にかぶりついている、男の姿だった。
(食われている!)
それを見て、理解してしまったドッヘ・ゲルにはもう、ロキの事を忘れ男にのみ意識が向いてしまった。
心の奥から湧き出した恐怖ゆえに。
ロキの方へ向いていた全ての剣が男に殺到する。
≪トンッ!≫
男の位置に殺到する剣をすり抜けて、男の投擲した大剣が胸に突き刺さる。
大剣に縫い止められる形で倒れこんだドッヘ・ゲルに男は近づき、頭を鷲掴みにして持ち上げる。
「なんで、私が!神であるはずの私が!」
食われる恐怖に叫び声をあげる。
(なんで、……おねえちゃんが死んだの?)
鷲掴みにする腕から心の断片が一欠けら、頭の中に落ちてきた。
――――自分達が神を殺している映像とともに。
(そうか。私は――――)
男に貪り食われながら、ドッヘ・ゲルは初めて後悔した。
あの時、ロキの口車に乗らなければよかった……と。
「さてさて、久しぶりの食事は、いかがでしたか?久しぶりの神の味は?これまでの道中、どんなに飢えても貴方は決して死ななかった。刺されようが、すり潰されようが、どんな毒でも苦しむだけで死ぬことはなかった!」
男の背後で舞台俳優のように腕を広げ、
「なぜなら、神を食ってしまったからだ!私の神意を受けたとはいえ、神を食った!そして、神の力を呪いを受け、死ぬことが出来なくなった!」
そう叫んだ後、悲しそうな顔をして、
「そして、どんな物を食べても飢えは治まる事はない。ああ!なんて事だ――――」
ロキのいた場所に剣が振りかぶられた。
その場からロキの姿は消え声だけが残された。
「その飢えを満たすには神を食い尽くすしかない」




