第六話 終焉の序曲
しばらく人の通行を眺めていると、街の外から一際目をひく容姿の少女が現れた。
この陽射しが強い中、漆黒のドレスに身を包んでいる。
ドレスには、血のように赤いリボンを散りばめられており、毒々しさすら感じる格好だ。
見てるだけで暑苦しい服装だが、陽射しを気にしているのかどうか日傘をさして歩いてくる。レセル達の方に向かって真っすぐと。
「なんだ、アイツ……」
さすがにジタンも気になったのだろう。怪訝な顔で注視している。
距離が近づき、更に異様さが目に入る。
差していた傘は、日傘ではなく雨傘のようだ。雨など降っていない。
それも、どう見ても児童向けにデザインされた動物の柄があしらわれた小ぶりな傘だ。
少女自身は、レセルたちより年上だろうが二十歳にはとどいてないと思う。
すらりと背が高く。長い金髪をなびかせた大人っぽい美少女だ。
妖艶な大人っぽさに、無理に子供っぽさをたしたような彼女は、ジタンの前で歩みをとめた。
「こんにちは」
あろうことか、少女の方から声をかけてきた。
「お久しぶりですね。ジタンさん。いえ、初めましてのほうが正しいでしょうか」
両隣に座るレセルとクロムなど眼中にないとばかりに、彼女はジタンにむかって微笑む。
「え?なんで俺の名前を……」
ジタンが困惑の表情をするが、少女は笑顔を崩さない。
「旧知の仲なんですから、いくら久しくとも名前ぐらいは覚えてますわ」
レセルは隣の親友に「知りあいか?」と尋ねようかと思ったが、なんとなく割って入りにくい空気だったので黙っておく。
ジタンは、難しい顔で考えこんだ後、声をあげた。
「……誰だよお前」
「ひどいですわ。かつての同胞なのに」
「何?」
少女の言葉に、ジタンは弾かれたように立ち上がる。
その反応に少女はクスリと笑う。
「まぁ、随分とお会いしてませんでしたし……無理もありませんか」
「その口調……まさか、ヘルか」
「えぇ、そのまさかですわ」
いよいよわけがわからなくなり、レセルの頭の中に疑問府が渦巻く。
ジタンの昔の友達、もしくは彼女かと思ったが、どうにもジタンの様子がおかしい。
再会を喜ぶというより、戸惑っている印象をうける。
「名前を思いだしてくれたのは嬉しいですが、もう少し嬉しそうにしてくれてもいいんじゃありません?」
「……それより」
ヘルと呼ばれた少女を、ジタンは強い意志を持った瞳で見据える。
「俺に会いに来たんだよな?つまり……」
「えぇ――ですが」
ヘルはジタンの両脇に居るレセルとクロムを一瞥し、
「今はお戯れの最中のようなので、また後程」
含みを持った笑みでそう告げた。
「……そうだな」
「では、わたくしはこの辺で」
そう言って、ヘルは広場の方へと去っていった。
奇抜な少女が去ったのを見とどけ、レセルは様子のおかしい友人に声をかけるが、
返ってくるのは、なんでもない。お前には関係ない、といったそっけない言葉だけだった。
†■††■††■†
宵闇に閉ざされたブランクの街を、クロムは静かに歩いていた。
時刻は十時過ぎ。この時間にもなると、どの店も閉まっているので出歩いている者はまずいない。多くの住民は寝ているだろう。
そんな中、クロムは足音を殺して歩いている。
目的は一つ、ファレス魔術学院の魔術演習場に向かうためだ。
実技試験は三日後と、そう日が無い。
常にトップを維持している彼だが、なんでもできる天才というわけではない。
魔術には相性があるし、相性の悪い魔術では失敗だってする。
当然、新しく習う魔術が相性が悪い可能性だってある。
どの魔術もそつなくこなすには、それなりの努力が必要だ。
……もっとも、類まれなる魔術の才をもつ彼の場合、努力をしなくとも平均以上に扱えるわけだが。
しかし、それは優等生のプライドが許さなかった。
常に一番でいたい。他の低能共に誰一人として負けたくない。
だからこうして、クロムは人目をはばかって演習場へ向かうのだ。
魔術の練習は、やはり学院の魔術演習場を利用するのが最適だ。
そのために造られた施設なのだから広さ、強度、どこをとっても申し分ない。
もちろん、店などと同様に夜遅くは閉鎖されている。
しかし、クロムはどうしても夜がよかった。
昼間は当然の如く人が多い。
クロムとしては一人で静かに練習してる方が集中できるし、何より努力とは影ながらするのが彼の信条だ。
そのために鍵を盗み出して複製したり、教師から封印系の魔術の解除方法をそれとなくきいてまわった。
もう何度も進入しているので、今日も問題はないだろう。
無論、通常ならその程度で侵入できる程ザルな警備ではないのだが、クロムには左程労をすることなく成功した。
これは優秀な自分故だとクロムは自身に満ちた表情で、優等生なら本来しない不法行為を繰りかえす。
悪いこと、という意識はない。
手段はともかく、目的はいたって正当なのだから。
「夜間は危ないので、外出はひかえましょう」と大人は言うが、そもそも平和の代名詞といってもいい東大陸において、危ないことなんてまずありえない。
しかし、こうして出歩いているのはよしとされていない。
それもこれから学院に侵入しようというのだから、誰かに見つかれば優等生としての評価に傷がつくだろう。
(でも、やめられないんだよな……)
クロムにとっては、この小さな背徳感も人生を楽しむスパイスだ。
物音をたてないよう、周囲に気をくばりながら歩く。
こうも静かだと、ちょっとの物音でも大きく感じられる。
だからだろうか。
「……なるほど」
少し距離のある場所から声がきこえた。
声がきこえたのは、昼間ですら人が通らない細い路地からだった。
クロムは反射的に、建物の影に身を隠す。
(あれ、この声……)
耳をそばだてると、非常にきき覚えがある声だった。
同じクラスの、劣等生の一人。ジタンだ。
(何やってるんだろ……ジタン)
自分のことを棚にあげ、クロムは物陰から不良生徒を覗きこむ。
「とりあえず、俺が……のは……」
「……そうですか」
どうやら誰かと会話しているようだ。
声からして、相手は女だろう。
距離があるうえ、声の音量をおとして喋っているのか、よくききとれない。
気になったが、これ以上近づいては見つかってしまう。
ジタンが会話をしている相手に目を凝らす。
夜の闇でも映える、赤いリボンを無数に散らした漆黒のドレスの女だった。
顔までは視認できないが、独特な服装から察するに、夕刻に会った少女とみて間違いないだろう。
(こんな時間に何してるんだ……?)
夕刻のときの話をきくに、二人が知りあいなのは確実だ。
密会現場なのだろうが、どうにも二人から恋仲のような甘い雰囲気は感じとれない。
それどころか、張り詰めた緊張感を感じる。
興味を惹かれ、クロムは二人の会話に意識を集中させる。
「……情報では、聖剣は……にあるらしい」
「聖剣……たしかに……」
「まぁ、……可能性の……」
「いえ……さえわかれば……」
(聖剣……?)
とぎれとぎれだが、きこえてきた内容にクロムは目を見開く。
聖剣というのは、今日の四刻目にネオンが話していた“聖剣イセベルグ”のことだろう。
それ以外に思いあたるものもない。
「それで、……いつなんですか?」
「三日後だ」
少女の質問にジタンがこたえる。
三日後。奇しくも、試験と同じ日だ。
(まさか、試験の日程を教えているのか?)
なんでそんなことを教えるのか、見当もつかなかった。
恐らく、あの奇抜なファッションの彼女はこの街の人間ではない。
ずっと、ブランクに暮らしてきたクロムだが、会ったのは今日の夕刻が初めてだ。
外部の人間に、試験の日程を教える意味はなんだろうか。
場所、状況を考えるに世間話の類ではないことは明らかだ。
何か、別の目的が――
(明日、それとなくきいてみようかな……)
と、思ったがすぐに思いなおず。
問うたところで、夕刻の時のように関係ないと突っぱねられるだけだろう。
なにより、会話をきいたということは、自分もこの時間に外を出歩いていたということがばれる。
仮にジタンが不正をはたらこうと、最低辺の彼がトップである自分にかなうわけもない。
自分にとってどうでもいいことだ。無駄にトラブルをおこすこともない。
(……今日は帰るか)
学院に向かうには、この通りをぬけなければならない。
こそこそと、いつ終わるかとわからない話がきれるのを待つのもばからしい。
見つかって後ろめたい気持ちがあるのは此方も同じだ。
このことは、自分の胸にしまっておこう。
そう判断し、クロムは帰路についた。
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