第三話 友達
ファレス魔術学院では、十二歳から十四歳までの生徒が通う中等部、十五歳から十九歳までが通う高等部にわかれている。
レセルたちは高等部の二年生だ。
主に中等部では基礎的な座学で、実際に魔術を行使した授業は高等部からだ。
端的に言えば、魔術を使う職業につきたい学生が通っている。
別に魔術自体は学院に通わなくとも、人間なら誰もがあたりまえに使えるのだが、専門的な知識は学院に通わないと身につかない。
卒業時に得られる資格が、魔術関連の職業につくのに有利なのも大きな理由だ。
今では灯りの主流である、電気魔法を凝縮した球体を発明したのはファレス魔術学院の卒業生だというのは有名な話だ。
そういった魔術を利用し、日々の生活を便利にする道具をつくるため、多くの学生が熱意を注いでいる。
東大陸随一の生徒数を誇るファレス魔術学院は、学食もかなりの大きさがある。
特に生徒数が多い高等部の学生が大勢利用しているのに、定員オーバーとならない。
白を基調とした清潔感のある内装で、料理も評判がいいため学生たちに大人気だ。
「そういやさ、去年までは祭事ってどんな事してたんだ?」
昼食時、レセルは向かいあって座る友人に問いかける。
「……ただの飲めや歌えやの馬鹿騒ぎ祭だし、特別変わったことはねぇよ。食べ物を調達したり、飾り付けの手伝いぐらいだな」
ぶすっとしながらも、ちゃんと答えてくれるジタンを微笑ましい気持ちで見る。
「ふーん。俺的にはそっちの祭の方が楽しそうだな」
ネオンも言っていたが、今年の祝勇祭は例年と比べ、規模だけでなく内容も大きく異なる。
もちろん各種出店などもあるのだが、奉納演武や聖歌の合唱など祭というよりは、何らかの儀式めいたもののように感じられる。
実際、封印の儀式というよくわからないものまで予定にある。
そのため、祭の話だというのに多くの生徒がため息をもらしていた。
今年は祭事期間の休みなしか……去年までのがよかったなぁ、と耳をすまさなくとも不満の声がきこえてくる。
「俺はどっちにしろ祝勇祭など興味ない」
サンドイッチをかじり、さもどうでもよさげにジタンは言った。
そういえば、ジタンは最初から祝勇祭に気乗りしていないようだった。
「ジタンってさ、騒がしいのは苦手?」
考えるも、それぐらいしか思い当たらない。
「まぁ、どっちかといえばな」
やはりそうかとレセルは納得する。
たしかにジタンは快活な性格のリセアとは違い、どこか周りのみんなと距離を置いている一匹狼気質の少年だ。祭大好きと言われればそっちの方が驚く。
最初はレセルともそう話さなかった。
主にレセルがしつこくつきまとい、ジタンが渋々了承といった形だったのは言うまでもない。それが今は一緒に昼食をとる仲だ。
魔法が使えない者同士、通じ合うものがあったのだろうとレセルは勝手に思っている。
「ま、今はそれよりも目先の試験だな」
「う……」
そう、ジタンの言う通り祭がどうのより試験である。
しかも三日後だ。
「そうだな……がんばらないと!」
「珍しく気合い入ってんじゃん。いつもはやる気ねーって言ってんのに」
「なんだよ。ジタンだって今回の試験はがんばるんじゃないのか?」
「なんで?」
「いや、聖剣って言葉に反応してたじゃん」
レセルが指摘すると、ジタンはハッとし目をそらしながらこたえた。
「……別に、ちょっと気になっただけだ。深い意味はない」
「聖剣って言葉の響きがなんかカッコイイもんな!ジタンも気になるよな」
「え?あ、あぁ……そうだな」
ジタンは再び、何かを考えこむ仕草をする。
ネオンから“聖剣イセベルグ”の話をきかされて以来、ずっとこんな調子だ。
何に悩んでいるのか、友人として気になる。
おもいきって、レセルは踏みこんでみることにする。
「……ジタンって嘘へただよな」
「……」
「あ、いいよ。言いたくないこと誰にだってあるよな」
「……もしかしたら、その聖剣……俺が探してたやつかもしれないんだ」
「え?」
「悪ぃ。自分でも気持ちの整理がついてないんだ……これ以上は話せない」
「……そっか。わかった。ジタン、なんか苦しそうな顔してたから気になってさ」
「俺、そんな顔してたか?」
ジタンが、呆然と見つめてくる。
信じられない、と表情から見てとれた。
「うん……」
(ジタンどうしたんだろ……)
正直、こんなにも顔に表すジタンは初めてみた。
様子がおかしいのは明らかだったが、これ以上踏みこんではいけない気がした。
「つーか、お前こそどうしたんだよ」
「え?」
ジタンの声に、レセルの思考は中断された。
見たところ、ジタンはいつも通りだ。先刻までの憂いや戸惑いは見てとれなかった。
「なんで珍しくやる気出してんだよ。あんないけ好かない野郎にペアの話もちかけるなんてどうかしてるぞ」
どうやら、ジタンもクロムのことが嫌いらしい。
たしかに彼は自分の才能を鼻にかけ、他者を見下している節がある。
レセルも、彼のそういった部分はどうかと思うが、そこまで嫌いな相手ではなかった。
明確な悪意をもって接してくる連中に比べれば、だいぶマシといえる。
「あー、ちょっとな。なんか記憶にひっかかるんだよね。聖剣や森って」
レセルは困ったように頬をかく。
すると、ジタンは気遣わしげな視線をレセルに向けた。
「……お前、記憶がないんだったな。なんか思いだせるといいな」
レセルには記憶がない。
正確には、ここ一年より以前の記憶がまるごと無いのだ。
目覚めたのは森の中で、何故自分がそんな場所で眠っていたのかわからない。
それだけではない。自分がどこで生まれ育ったのか、家族のことすらまるで思い出せないのだ。
レセルがおぼつかない足で辿りついたのが、この街ブランクだった。
理由などわからない。ただ、呆然と足を前に動かしていたら気がついた時にはブランクの街に居たのだ。
レセルは、最初の頃のことを思いだし、目をふせる。
「ありがと。……でもいいよ。俺、そんなに気にしてないし」
自分が何者なのかわからない。
それは本当に恐ろしいし、気にならないわけがない。
でも、気になって気になってしかたがない、というほどではない。
それは、今の自分に――今の自分を形成した環境に満足しているからだろう。
そりゃ、いつまでも劣等生扱いは嫌だ。
いつか魔法を自在に操れたら、と夢想することもある。
(……でも)
そのおかげでジタンと仲良くなれたと考えると、存外悪いものでもないと思えてくる。
誰もがあたりまえに使える魔法を、レセルとジタンは使えない。
だから、お互いに興味をもったのは間違いない。
どうしようもない孤独感を共有できるのは、彼しかいないと思った。
ジタンは、誰とも関わろうとせず我が道をいく、そんな一匹狼な少年だった。
話しかけても、最初はうっとうしがられた。
だが、彼も自分と同じく魔法が使えないレセルを気にはしていたのだろう。
レセルがめげずに何度も話しかけるうちに、次第に心を開いてくれた。
そうしてできた目の前の友人を見ていると、レセルは思わず顔がにやけてしまう。
「何ニヤついてんだよ気持ち悪ぃ」
「気持ち悪い言うな!」
今が楽しい。
そう思えるのは、間違いなくジタンという存在があったからだ。
こうして友達と他愛もない会話しバカをやる、そんな時間がいつまでも続けばいいのに。
そう、願った。