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ダークイリュージョンー最期の宴ー  作者: 彼方
第一章 第一部 東大陸編 
3/34

第二話 祝勇祭について

聖剣の名前についてはオリジナルです。

四刻目、教室。


教壇に、二十代半ばの女性が立って話し始める。

彼女こそ、レセルたちのクラスの担任教師ネオンだ。

 ネオンは、学院長からも一目置かれる魔法の実力者で、彼女の美麗な容姿もあいまって学院内に留まらずファンが多い。

 いつも真面目で、理知的という言葉を体現したかのような大人の女性だ。

今日は、いつにもまして真剣に感じる。

 レセルは彼女の言葉に耳を傾けながらも、はやる気持ちを抑えきれずにいた。

 結局、気になる衝動を抑えきれず教室に向かうまでの間、リセアに色々質問してしまった。ジタンも不機嫌になりながらも会話に付き合ってくれた。


 祝勇祭


今より千年前、この世界アズレイスは魔族の襲来を受け、未曽有の被害を受けた。

しかし、一人の英雄と称するにふさわしい男・ゼラノスの活躍により魔族は封印されて世界は平和になった。

 この辺はごく基礎的な歴史なので、レセルも知っている。

 祝勇祭というのは、平和の祝い、英雄ゼラノスへの感謝の表しとして開催されたものらしい。

 いつ頃からかは具体的に不明だが、この東の地においては各街が毎年開催していた。

 しかし、長きにわたる平和に慣れ、次第に人々の信仰は薄れていった。

魔族の恐怖、英雄への感謝など今どき年寄りにきいても反応はうすいだろう。

 いつしか祝勇祭を開催する街もなくなっていき、今となってはファレス魔術学院のあるブランクの街ただ一つだけだ。

ブランクの街は、特に魔族による被害が強かったとされる。

 それゆえ、根強い信仰心がブランクの人々にはあるのかと思いきや、リセアいわく単にお祭り騒ぎが好きな人が多いだけらしい。

 感謝の念を表す、との言葉から祈祷でもするのかとレセルは思ったが、実際のところは違う。

 祝勇祭の名にかこつけて、単に飲み食いしたり騒いだりと何の変哲もない祭らしい。

 祝勇祭のなりたちをきいて、不思議な高揚感をおぼえたレセルだが、ちょっと拍子抜けだった。

 もっとも、ブランクは結構な広さなので街をあげての祭となっては、大きなものになるんだとか。

 そしてその、広大なブランクの名所の一つとして名を連ねる、ファレス魔術学院の生徒は祭事に積極的に駆り出されるらしい。

 と、この辺りはレセルは例外として、当然誰もが知っている。

担任教師のネオンも重ねて説明はしなかった。

リセア達に聞いていてよかった、とレセルは胸を撫で下ろす。

 祭事に強制参加とゆうのは煩わしそうだが、その間は祝勇祭期間として学院も休校になるらしい。

 学業より祭事の方が優先されるという事実にレセルは驚いたが、それほどまでに力の入った祝勇祭はどんなものかとますます気になった。


「先程もお伝えした通り、今年の祝勇祭は例年までと大きく催しが異なります」


 ネオンが冷徹さすら感じる事務的な口調で告げる。

 どうやら今年は、魔族の脅威が去りちょうど千年になる節目の年らしい。


「そのため、ブランクの街だけでなく、東大陸全土をあげてのかつてない程の大規模な祭となります」


 ネオンの言葉をうけ、レセルだけでなく教室中の誰もが驚きの声をあげた。

 真面目な女性教師は、眼鏡をくいっともちあげ無言の圧力で静寂へとかえる。


「まず、開催される場所は首都・レファードです。準備も専門の人がするので、祭事期間は長いですが、貴方がたが受け持つ役割も例年にくらべ大きく減ります」


 それを意味することはつまり……生徒たちの表情がわずかに曇る。

教室から口ぐちに、学院の休校はどうなるのかと声があがった。

ネオンから休校は祭の当日のみとなる事を告げられると、ブーイングへと変わる。

しかしまた、ネオンが眼鏡の奥から覗く眼光を鋭くさせると、一瞬のうちに静まり返った。

彼女を怒らせるとどうなるのかを、誰もが知っているからだろう。

レセルも、いつ終わるともしれない課題を延々とやらされたことを思い出し、青い顔になった。

 男子生徒がつくった鞭でしばかれたいランキングに、ネオンが一位になるのは必然のように思える。


「……今年は、あなた方にはある重大な事をやってもらいます」


 重大な事。その言葉が持つ緊張感にレセルは固唾を呑む。

 やがて耐えきれなくなったのか、どこからか何ですか?と質問があがった。

 ネオンがこたえる。


「それは――聖剣イセベルグの入手です」

「何!」

 がたっと大きな音と共に、ききなれた男子生徒の驚愕の声が響いた。


「ジタン?どうしたんだよ」


 レセルは授業中だということも忘れ、椅子をたおして立ちあがった男子に声をかける。

 他のクラスメイトも、ジタンの過剰な反応に何事かと視線を集中させていた。

 視線を一身に受けたジタンは、ハッとした後、何も言わず席に座った。


(どうしたんだろ……授業が終わったら聞いてみるか)

 そう決め、レセルは視線を戻した。




 昼休憩になり、教室は活気につつまれる。各々が友人と、先ほどの祝勇祭の話をしているのだろう。

レセルは、まっすぐにジタンの席へと向かった。


「ジタン、さっきはどうしたよ?」


 重い空気にならないよう、軽い口調で問いかけるも、ジタンは何かを考えこんでいるようだ。

 彼のあまりにも真剣な面持ちに動揺するも、レセルは再度問いかける。


「おーい、ジタンくーん?」

「!……レセル」


 今気づいたとばかりの反応に、いよいよどうしたものかと本気で心配になりかけた時、


「にしても、祭に使う剣の入手を試験にするって、どういうことかしらね」

 

腕組みをしながらリセアがやってきた。


 ネオンの説明によると、聖剣イセベルグは、祝勇祭で重要なウエイトを占めているらしい。

 そしてその聖剣の入手を、実技試験と兼ねて行うというのだ。

 祭の話のあとに試験の話題だったのでテンションが一気にさがった。

 二か月に一度ある実技試験。

 魔法の使えないレセル、ジタンの両名には毎度苦行でしかない。

 生徒それぞれの魔術レベルをはかる試験で、電気を操り電灯に灯りをともしたり、と内容は多岐に渡る。

 しかしまさか、今回の実技試験がそんな大掛かりなものとなるとは、誰も思ってもみなかっただろう。


「そろそろ試験の頃合いだとわかってたけど、まさかね……」


 リセアもレセルと同じ心境らしく、プレッシャーを感じているようだ。

 なにせ話を聞く限り、その剣が無ければ祭が進行できなくなるのでは?と思えるほど重要なのだ。

 そのうえ、試験開始日時は三日後だ。あまり日がない。

場所はトレントの森というところらしい。聞いたこともない。


(いや、聞いたことはあるか?)


 確か、ブランクの街からあまり離れてない場所にあって……とレセルは自身の僅かな記憶を辿る。

 なにかひっかかりを感じる。

 あ、もう少しで思い出せそうというところまで出かかっていたのだが、


「トレントの森……か」

 ジタンの低い呟きによって吹き飛ばされた。

「初めてよね。街の外に出ての実技試験なんて……」


 リセアの声はかぼそい。

 普段、強気な発言の目立つ彼女だが、不安を隠せないようだ。


「なぁ、トレントの森ってどんなところなんだ?」


 若干空気を読んでいないかもと思ったが、レセルはたまらず質問する。

 根拠は?ときかれると困るが、どうしてもその場所が自分の記憶と関連している気がしてならない。


「一言でいうと迷いの森だ」


 ジタンの簡潔な返答に、リセアが捕捉する。


「一度入れば二度と戻れないと、いわくつきの場所で、すごく不気味な場所なんだって」

「うえ……」


 何故一度入れば二度と戻れない=森を見てきた者はいないのに不気味だとわかるのか気になったが、あまり近寄りたくない場所だというのはわかった。


「そんな場所で試験か……嫌だな」


 試験ときくだけて、やる気なくなるのに場所がそんなところでは、頑張ろうなんて気がおきるわけがない。

 もっとも、レセルとジタンの場合、やる気をだしたところで結果に影響ないのだが。

 ちなみに試験内容はこうだ。

 トレントの森奥地に眠る“聖剣イセベルグ”の元に辿りつくこと。

 主に審査項目は、道中の魔法の使い方とする。

 森の中は暗く、樹木がいりくんでおり足場も悪い。

 それを魔法で、どう対処していくかを審査するということだ。

 成績二位の優等生であるリセアが、不安な顔を見せるのは、初めての実践的な試験内容に戸惑っている部分もあるからだろう。

 ジタンは相変わらず難しい表情だし、周囲の空気がよどんでいる気がする。

 レセルは、なんとか場を明るくできないかと考えるも、思いつかない。

 なにせ、自分は彼らより著しく知識が欠如している。

 そんな自分が吐いた口先の気休めに効果などあるはずもない。


「何暗くなってんの?」


 そんなレセルの気を知ってかのようなタイミングで、小馬鹿にしたような声が聞こえた。

 振り返ると、後ろの席で若草色の髪の少年が、頬杖をついたまま薄い笑みを浮かべていた。


「クロム……」


 リセアが顔をしかめて、ジタンの後ろの席にすわる男子を見やる。

 クロムは筋肉質なジタンと違い、華奢な体型の少年だ。

 繊細で整った顔立ちをしており、美少年という表現が彼ほど似合う男子もいないだろう。

 おまけに成績は不動の一位。

 魔力の扱いは天才的で、クロムほど優秀な生徒は見たことがないと、教師陣は大絶賛だ。


「なんか用なの?」

 

リセアが刺々しい声でいう。

 クロムとリセアは、成績一位と二位ということでリセアは彼をライバル視している。

 とはいえ、接戦なんてことは一度もなく結果は常にクロムの圧勝。

 一位のクロムが大きく独走し、離れて二位、三位……といった状態だ。

 試験の点数は、魔術関連の教科に比重がおかれているため、順位が隣でも極端に点数に差があるのは、この学院では珍しいことではない。


「怖いなぁ。そんなに睨まないでよ」

 

 クロムは、人あたりの良い爽やかな笑顔でおうじる。

 その態度がいらつかせ、リセアはクロムに詰め寄る。

 どう見ても喧嘩を売っているチンピラにしか見えなかったが、口にだしたら怒られるのでレセルは黙っておく。


「今までの試験とだいぶ違うんだから、不安になるのはあたりまえでしょう。しかも、祝勇祭に関わりがあるのよ」

「それがどうしたっていうの?」


 クロムのそっけない言葉に、リセアは眉根をつりあげる。


「あんたね……“聖剣イセベルグ”がないと、今年の祝勇祭は開催できないかもしれないのよ?」

「だろうね」

「そんな大事な物を持ち帰らないといけないんだから、責任感じるでしょ」

「先生の話きいてた?試験は聖剣の場所まで辿りついて帰還するだけだよ。道中の障害を魔法でどう対処するかなんだから、ただの障害物オリエンテーリングじゃん」

「でも聖剣を持ち帰らないと祝勇祭が――」

「なんで僕たちが持ち帰ることになってんの?誰もそんなこといってないよね?」

「……そういえば、たしかに……」


 レセルがぽつりと呟く。リセアもハッとした。

 彼の言うとおり、ネオンは持ち帰れとまでは言ってなかった。


「だから“聖剣イセベルグ”は、ただのゴールの目印と考えたらいいんだよ。君の頭でも理解できた?」

「……ほんっと嫌味な男ね」


 リセアが頬をひきつらせるが、クロムは無視。

「他の街まで巻きこんでの大規模な祭になるんだよ?それの目玉ともいえる大事な物の入手を、学生に任せるわけないだろ?常識考えなよ」

「……なぁ、“聖剣イセベルグ”は本物なんだよな?」


 ずっと黙っていたジタンが、クロムに問いかけた。


「さぁ?模造品が作られたって話はきいたことないし、本物なんじゃない?」

「そうか……」

「どうしたよ、ジタン」


 再び考えこんだ親友が気になり、レセルは声かける。

 しかし、沈黙をつらぬくばかりで返事してくれなかった。

 聖剣についてきいてみたかったが、またの機会にしたほうがいいかもしれない。


「ところでさ、リセア。ペアは誰と組むか決まった?」


 クロムは、他人を小馬鹿にしたような表情から、人あたりの良い笑みを浮かべる。


「え?まだ、だけど」

 

 予想外の問いだったのだろう、リセアはきょとんとしながらこたえる。


「だよね。君はすぐにジタンの席にきたし、誰かと約束する時間なんかなかった。だから……僕と組まない?まだ決まってないんだしいいよね?」

「は?なんでアンタと組まないといけないのよ」


 トレントの森には、野生動物や魔物が生息している。

 魔物を警戒するような人間はいないだろうが、野生動物はなにが生息しているかわからない。

 万が一のときに備え、試験は二人一組のペアで行うのだ。


「別に僕は一人でも十分なんだけど、ルール上仕方ないだろ?みんな頭のレベル低いけど、リセアはその中でもまだマシな部類だし、君と組むのが効率的かなと思って。どうかな?」

「絶対に嫌!だいたい、そんな誘い方でひきうけるわけないでしょ?」

「これでも褒めてるんだけどなぁ」


 クロムは顔がいいのに女子がよりつかないのは、間違いなく性格が原因だろう。


「あ、じゃぁ俺と組まない?」

 しかし、レセルはクロムに声をかけた。

 彼の言葉を借りれば、クロムと組むのが最も効率的なのは間違いない。

 性格に目をつむれば、彼の実力は本物だ。


「なんでこんな性悪男と組みたがるのよ?」

「いや、だってリセア……クロムと組んだら試験の成績よくなるかなぁって思って」


 本当は別に今更、成績なんてどうでもいいのだが、今回の試験は気になる。

 トレントの森、聖剣というキーワードがどうも頭にひっかかるのだ。


「レセルにしては合理的な判断だね。でも僕にとって、君みたいな底辺の人間と組むメリットはないから断るよ」


 爽やかな顔で毒づきながら、クロムは立ちあがって教室から出ていった。


「ほんっと腹のたつ男ね」


 優等生の少年の背を睨みつけ、リセアは自分が言われたわけでもないのに、悔しそうに地団駄をふんでいた。

 これからいかに、クロムがむかつかを語られるかと思えば、


「リセア、学食行こうよ」

「あ、うん。行く行く」


 リセアの友人らしき女子に誘われ、教室をあとにする。

 気がつけば、ほとんどの生徒が教室から居ない。

「ジタン、俺たちも学食行こっか」

 レセルも、思案顔の友人に声をかけ、教室を出た。

 


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