第一話 仮初めの日常
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魔術実演棟から歩いて数分。
レセルは、無駄に広い中庭を散策していた。
草原のように生い茂る草花の香りが心地よい。
この草花には、心身を安らぐ効果があると言われても納得できるぐらいだ。
が、レセルは首をせわしなく動かしている。
誰かを探しているのだ。
ある一点でようやく静止させる。
ちょうど中央に位置する、学院のシンボルともいえる大樹の幹に、一人の少年が寝そべっているのが見えた。
(やっと見つけた、ジタンの奴)
目的の人物を見つけ、レセルは苦笑を浮かべながら小走りで駆け寄る。
「サボリ魔発見!」
寝ていた男子生徒の顔を、悪戯っぽく覗き込んだ。
レセルの眼前に見慣れた友人の顔が映りこむ。
銀狼をイメージさせる髪色に、端正な顔立ちながら目つきが鋭い。
刺々しい印象をあたえる男子だが、優しいところがあるのをレセルは知っている。
彼――ジタンはゆっくりと瞼を開け、眠そうに目をこする。
「なんだよ、レセル。この時間にこんな所に居る時点で、お前もサボリだろうが」
「違いますー。俺は先生に頼まれてジタンを呼びにきたんだよ。授業出ろってさ」
今は午前の授業の真っただ中。そのため、いつもは賑わうこの中庭もレセルとジタンの二人だけだ。
「俺は出ないからな」
ジタンは再び、寝そべる。完全にサボる気らしい。
小鳥のさえずりすら騒々しく感じる程に静かで、おまけに陽気も暖かい。
絶好の昼寝日和とは、こういうことをいうのではないか。レセルも寝そべりたい衝動に駆られるのに三秒とかからなかった。
「まぁいいや。俺もさーぼろっと」
もう用件なんかどうでもよかった。
レセルは腰を下ろし、ジタンと同じ体勢になった。
樹の幹はごつごつしているかと思ったが、寝にくいほどではない。
木漏れ日が眩しく、目を細める。
「ここ、気持ちいいな」
隣に寝そべる友人に笑いかけると、ジタンは得意気な表情を作った。
「俺が見つけた、とっておきの場所なんだぜ」
学院のシンボルでもある大樹は、生徒なら周知の場所だ。
なんでも相当古くからあるらしく、色々と伝説がある神聖な存在だと学院の教師陣から言われている。
中庭の中央と、生徒に開放された立地だが、不用意に近づいてはならない決まりだ。
そんな場所で寝ようなんて考えるのは、学院中探してもジタンぐらいだろう。
でもたしかに、オススメというだけはある。
見晴らしもよく、学院の中庭なのに草原のなかに居るようだ。
静かに、ただゆったりと寝そべるというのは、思いのほか気持ちいいものだ。
なら、何故自分は誘わなかったのかと不満がわきあがってきた。
「ったく、サボるんなら俺にも声かけろよ」
「俺は一人のほうが落ちつく」
「ひどっ!」
俺たち友達だろ?と視線を投げかけるも、ジタンは涼しい顔で聞き流すだけだ。
一匹狼気質のあるこの友人を分かってか、レセルはそれ以上何も言うことなく視線を戻した。
通いなれ、見慣れた筈の校舎なのに、こうして視点を変えるだけで新鮮に感じられる。
元々、城を連想させる豪勢な造りなせいか、立派な一枚絵のような景色だ。
東大陸唯一の、魔法を専門的に学ぶ学校。
それが、レセル達の通うファレス魔術学院だ。
ブランクの街の中央付近に位置し、他の街の人に「この街の特徴は何だ」と問われれば誰もが真っ先に名を挙げるだろう。
卒業生の多くが、王都などで国のために貢献したり、一部の王族も通った事があるなど世間的な評判は上々といえる。
その割にお高いわけではなく、庶民も大勢いてアットホームな雰囲気をかもしだしているのが特徴だ。
(この学院に通ってもう一年近くがたつのか……)
一年。それはレセルにとって、他の人より遥かに重みのある時間だ。
全てとも言っていい。
色々なことがあった。数でいえば良いことより嫌なことのほうが多かった。
それでも暖かな気持ちでいられるのは、間違いなくジタンの存在があったからだと思う。レセルが灌漑にふけていると隣からぶっきらぼうな声が聞こえた。
「とゆうか、お前までサボっていいのかよ」
「いやー、なんか戻りたくないって思えてきてさ……」
多分ここには、昼寝を誘発する強力な魔法がほどこされているに違いない。
だからけっして、授業に戻りたくないなんてことはないのだ。
レセルは、そう言い訳をして目を閉じる。
このまま眠ってしまえればどれだけいいだろうか。
「……なるほど。ま、理由は俺も同じだけどな」
「そうそう。どうせ授業なんて出たところで意味不明だし」
ファレス魔術学院では、国語や歴史といったどこの学校でも習う一般科目に加え、魔術知識、魔術操作といった専門的なことを習う。
割合的には魔術六割で一般四割といったところだろうか。
今、レセルたちの所属するクラスは魔術構成の授業だ。
魔術とはどう成りたっているか、と魔法の使えないレセルたちには、異界の言語をきかされているに等しい。
「そういや、次の授業は何だっけ?」
レセルの方に顔を向け、ジタンがきいてくる。
「えーと……次はたしか歴史の授業だったかな」
「あー、歴史か……」
「ジタンは嫌?俺は歴史の授業好きだけどな」
魔術の授業と違いちゃんと理解できるし、なにより歴史の授業はおもしろい。
英雄ゼラノスが、襲いくる魔族をやっつけて世界は平和になったという記述が多く、ちょっとした冒険小説を読んでいるみたいでワクワクする。
そんなレセルとは対照的に、ジタンは顔をしかめる。
「あんなのデタラメばっかで、話きいてて気分悪いっての」
「え?」
まるで見てきたかのように語る友人に、レセルは目を丸くする。
「……深い意味はねぇよ。ただ、俺は信じないってだけだ」
「まぁたしかに……千年も昔のことなんで今そんなにわかるんだよって思う部分あるけど……」
それでもやっぱり、レセルは歴史の授業が好きだ。
「…………」
ジタンはなにか言いたげにこちらを見たが、すぐに視線を戻し目を閉じた。
自分はどうしようかと、レセルは悩む。
このまま、無愛想な友人と肩をならべ昼寝するのも実に魅力的な誘いだが、歴史の授業はうけたい。
(ま、授業終わりの鐘がなるまで寝ていよう……)
そう決め、レセルはまどろみへと身をまかせた。
「あ!居た!」
遠くからでもハッキリきこえる大きな声に、レセルの意識が現実へと引き戻される。
声の主はずんずんと大型獣のように近づいてくる。
そして、寝そべる二人の前まできてふんぞり返る。
「授業サボって何やってんのよアンタ達」
「なにって……昼寝だよ」
大型獣改め、真紅の髪の女子生徒に、レセルはあくびまじりに返事をする。
「堂々とこたえるな!」
「うるさいなぁ、リセアは……魔術の授業中なんか寝ててもいいだろ?」
「いいわけないでしょ!ってか、もうすぐ次の授業始まるわよ」
「え?うそ?まだ鐘なってないよな」
「数分前になってたぞ。お前は気づかずぐーすか寝てたけどよ」
そういうジタンは、いつのまにか体をおこし、腰かけるように座っていた。
親友の言葉にレセルは愕然とする。
授業開始や終了時など様々なときになる鐘の音は、敷地の広いファレス魔術学院のどこにいてもきこえるほど大きな音だ。
(あの鐘がなってるのに寝てるとか、俺どんだけ熟睡してたんだよ……)
「鐘の音で目が覚めなくて、私の声で目が覚めたってのはなんかムカつくんだけど」
女子生徒――リセアの鮮やかな紅の髪が風に舞い、真紅の花びらを散らすかのような美しい光景だが、今の彼女は機嫌が悪いせいか、レセルには鬼の怒髪天が揺らめいているようにしか見えない。
せっかくの整った顔立ちが、なんとも残念だ。
「まぁまぁ、たまたまだって」
なだめるレセルを、リセアは呆れたように見おろしてくる。
「ったく、サボった奴を呼びにいって、一緒になってサボるってどういうことよ」
「いや、リセア。この地には強力な催眠魔法がかけられているんだ」
「そんなわけあるか!」
ジタンはため息交じりに口をひらく。
「レセルはいいだろ。それで、リセア。お前は何故俺たちを探してたんだ?」
「決まってるでしょ。次の授業はサボらせないよう連れ戻しにきてあげたのよ」
「よけいなお世話だ。歴史の授業なんか一番出る価値ねぇだろ」
「……あんたたちね、ただでさえ浮いてるんだから授業ぐらいみんなと同じよううけなさいよ」
「……んなこと言われても魔術使えないし」
ふてくされたようにレセルは呟く。
実際、リセアのいうとおりレセルとジタン(特にジタン)は、授業をサボり教室にいないことがままあった。
出席しても居眠りしたりと、やはり授業態度が悪い。
多くの生徒は、そんな二人を厄介者扱いし遠ざけているが、リセアは分け隔てなく接してくれる希少な存在だ。
もしかして俺に惚れてんのかな、とレセルは最初のうちは調子にのっていたが、単に世話焼きな性分なのだと接しているうちにわかった。
学年二位という優等生な彼女としては、問題児の二人を放っておけない部分もあるかもしれない。
「次の三刻目は歴史だから魔法関係ないわよ」
「うん。歴史はうけようかなと思う。他はともかく」
「他も大事よ。特に今日の四刻目はね」
「四刻目……なんの授業だっけ?」
レセルが問うと、リセアは大きくため息をこぼした。
「あのね……今朝ネオン先生が言ってたでしょうが。大事な話があるから四刻目は絶対参加しなさいって」
そういえば、担任であるネオン先生がそんなことを言っていた気がする。
わざわざそんな言い方をしたのは、問題児のレセルとジタンにむけてだろう。
「ネオン先生の話ってなにかな?」
レセルは疑問を口にする。一刻まるまる使ってする話なんて想像もつかなかった。
「だいたい予想つくけどね」
「あぁ……そういう時期だもんな」
「何とまで言われなくても時期的に十中八九アレでしょうね」
リセアとジタンはなにやら二人だけで納得している。
「な、なんだよアレって」
一人会話についていけないレセルは口を尖らせる。
「え?わかるでしょ?」
「ほら、レセルは記憶が……」
「あぁ……そういやそうだったわね」
リセアは気遣わしげな視線をむけてくる。
自分の記憶についてだとわかったレセルは、少々気分が悪い。
(別に俺は気にしてないのに……)
自分が記憶喪失だということを、意識しないようしているのにそういう態度をとられると、なんだか嫌だった。
「で、なんなんだよ」
ぶすっとしてレセルが言うと、ジタンがめんどくさげに頭をかく。
「……祝勇祭だよ。毎年開催されてるろくでもない祭だ」
祭という単語をきいて、レセルは目を輝かせる。
実際に体験した記憶はないが、楽しいものだという知識はある。
「ろくでもないってことはないだろ!どんな感じなんだ?」
「えーと、にぎやかで、楽し――」
「全然楽しくねぇ」
リセアの言葉を遮るように、ジタンは強く言った。
憎しみすら感じられる強い口調に、レセルだけでなくリセアも驚く。
「……アンタ、毎年そんなこと言って参加してないわよね。何をそんなに嫌ってるのよ?」
「……関係ないだろ」
話は終わりだとばかりに、ジタンは立ち上がり歩き出す。
「ジタン?」
急に機嫌悪くなった親友が気になったが、それ以上に祝勇祭というものに興味が湧いた。
「とにかく、もうすぐ三刻目の時間よ。レセルも早く教室に向かうわよ」
「あ、あぁ」
もう少し詳細を、という気持ちだが彼女の言う通り時間がない。
それにネオン先生から話があるだろう、そう思いレセルは二人のクラスメイトと共に教室に向かった。