Welcome to JMHS. 2
―――夢を見ている。
あたり一面に広がる草原、自身は小高い丘の上でその光景を眺める。
風が吹き、緑の海は波打つ。
草木の香りは鼻を刺激し、暖かな光で照らす太陽は緑の海で光を反射させ、この身は一身にこの場を感じている。
あたりを見渡すと果てのない草原、空には幾何学模様が浮かび、それは全て魔術であると漠然と感じ取れる。
太陽を見れば、巨大な一つの輝きと、小さな星のように瞬く光。
この場を満たすのは空気ではなく、魔力。
空の魔術は、その場で主を待ち、その号令を待つ。
―――夢を見ている。
もう一度あたりを見渡せば、わずかにピンク色の煙が見える。
煙は小さな星を目指して昇っていき、巨大な太陽に照らされ消えていく。
じっと見ているとだんだんと消えていく。完全に見えなくなるまで見ていればいつの間にか寝転んでいた。
―――夢を見ている。
そう、これは夢である。そう自覚しても一向に覚めぬ夢。
―――夢を見ている。
空にはありとあらゆる魔術式。その全てを知っている。知らないけれど知っている。
―――夢を見ている。
だって、それはあれからずっとこの目に宿す__の見せるものだから……。
―――夢を見ている。
―――夢を見ている。
―――夢を…………。
慎吾は目を覚ます。
夢を見ていたということは覚えているし、それがどんな感じだったかまではっきりと覚えている。
ここまで明確に夢を覚えているのは初めてではないだろうか?
「あ、起きた」
首を横に傾ければ恵美さんがこちらに歩み寄るのが見える。
―――はて、何で僕はここで寝ていて恵美さんが近くにいるのだろう。
意識して周囲を見渡してみれば明らかに自分の部屋ではない。
天蓋つきのベッドに高そうなじゅうたん。ベッドの近くには化粧台が見える。
「あれ、まさか僕」
「うん、君の部屋がどこにあるか分からなかったからここに運んだの。大丈夫へんなことはしてないから」
起き上がって話そうとするも一切動かない。
「?」
「動けないでしょう。あなたの筋肉がズタズタになってたから治療してたんだ。動かれると困るから首から下は動けないように魔術で拘束してます」
どうやらそこまでひどい状態だったらしい。
「まあ、魅惑の姫君を討伐したわけだからそのぐらいのダメージはしょうがないよ。魅了されてる状態で相手を殺したら魂レベルでの反発があったとしてもおかしくないのに……」
「あいつ、そんなにやばいやつだったのか?」
「だいぶね。まあ、あと二日そこで安静にしてなさい。大丈夫食事も便のほうも私がしっかり世話してあげるから」
そうか、食事に困らないのはうれしい。便の世話もしてくれるってことはつまりオムツか? 恥ずかしいなって……ちょっと待て。
「い、いや、いいよ。大丈夫。魔術解いてくれれば全部一人でするから」
そんな拷問に耐えられる自信が慎吾にはない。
「恥ずかしいのですか?」
「はい」
「そんなにいやですか?」
「はい」
「じゃあ、雫さんを呼びましょう」
「同じじゃないか!」
慎吾は思わず叫ぶ。女性に見られるのがいやなのに雫を呼んだら結局同じじゃないか。
「じゃあ、私がやるか、雫さんがやるか、美紀さんがやるか……誰がいいですか?」
しかし、慎吾は美紀さんについて知らなかった。
「美紀って誰ですか?」
「会長です」
「全部女じゃないか、同じだよ!」
しかし、慎吾がそう叫んでも身振り手振りができないからそこまで意味が無い。
「ここは女子寮ですよ。男子禁制なので男性は呼べませんよ」
「じゃあ何で僕がここにいるんですか! 男子禁制じゃないんですか!?」
つっこみどころが多すぎる。
「大丈夫です。君ならしっかりとやれば女子に見えますから」
「女装しろと! そんなことをしなくても保健室に送ってくれれば誰かにやってもらえますよ!」
慎吾の予想では、まさかこんなことを言い出すと思っていなかった。
「正直な話、私あなたの女装が見てみたくて……やってみたんですが、結構かわいいですよ」
「もう遅かった……。もういいですよ。煮るなり焼くなり好きにしてください」
そのときの姿を見たものがいたらこう語るだろう。『あの時の慎吾の姿はあまりにも哀愁が漂っていた』と。
「―――今日から約一ヶ月、短い間ですがよろしくお願いします」
教壇で挨拶する男子生徒。髪は金髪で、青い目。美男子といった風情でぱっと見魔力も強い。
「彼が今回の留学で2‐Fで学ぶことになったリチャード・ヴィルヘルムさんです。学ぶことも多いと思いますが、こちらからもいろいろなことを教えてあげるようにしましょう」
リチャードというらしいその男はそのまま女子の人気を掻っ攫い、我ら男子の恨みを受けていた。
成績は優秀。魔術も形態が違うが上手いことは言うまでもない。
「君が刈谷慎吾くんかい?」
慎吾の考えとして、声をかけられて答えないのは失礼である。
「そうだけど、何か用か?」
「いや、確認だよ。ああ君が……」
しかし、妙である。リチャードが慎吾に用があるのかないのかはおいておくにしても“確認”というのはおかしい。
「リチャードさん。彼があの写真の……」
「写真?」
しかし、そんなあの写真なんていわれるようなものは慎吾の記憶にない
「あれが彼だって! 驚きだよ。まさかそこまで女装が似合うなんて思いもよらなかった」
「まて、どの写真だ。つうか、どこで出回った」
「え、先輩が結構まわして……」
がっくりとうなだれる慎吾。
「それにしても驚きだよ。君はあの写真じゃまさしく眠り姫だったからね」
―――しばらくしてから例の写真をみたが、確かに自分で自分を男と思えなかった。あれはきっと恵美さんが上手いのだろう。そう慎吾は自分自身に言い聞かせた。
こう授業をともにするとリチャードの優秀さがよく分かる。
すばやく正確な魔術行使、的確な状況判断に卓越した細剣技。
「さすがはリチャード様!」
もうすでにファンクラブができているほどだが、本人はそれになにやら不満そうである。
―――これは根拠のない勘であるが、どうにも認めてもらいたい相手が違うようであるし、どうにも僕のことを敵視している。上手く隠してはいるが……。どうにも本気を出さない僕に怒りを抱いているような気がする。
「始め!」
だからといって、慎吾は本気は見せない。見せるのはあくまでも身体強化と剣技と魔術だけ。
魔術からその国の軍事力を検討付けられる。つまり、一番いいのは奥の手を隠していることをさらしつつ、奥の手を隠し続けることだ。
この際、キャーキャー言ってる女子連中がそれに気付いているかはおいておく。隠さなければならないほどの奥の手があるかどうかもおいておく。
「始め!」
ようやく慎吾の順番である。相手は……リチャードだ。
「君は何で本気を出さないんだい?」
「本気? まさか、いつも本気だよ」
そう、慎吾はいつも本気で―――全力がばれないように―――やっている。
「嘘はついていないけど、本当のことも話していない。全部話さずに一部だけ話すとはなかなかに識別魔法対策ができてるじゃないか」
識別魔法、そのものの真偽を確かめる。とてつもなくコントロールが難しく、本来は物の真偽を確かめるものだが、達人になると台詞の真偽が確かめられるというものだ。前に一度資料集で読んだ。
「僕は正直者なので」
「じゃあ、全力を出しなよ」
「だから(雫に止められたものを使わないようにして)出してるって」
―――だって使うなって言われたもん。そういうの一切無視していいなら禁術使うよ。
そうこうしているうちに間合いはしっかりとしている。雫に固有魔法も限定的にしか使用を許可されていない。
その状態でやりあう本気ならまず間違いなくやられる自信がある。
「っは!」
一息で5連突するすばやさに冷や汗をかき、大きく距離をとりあえず離す。
「っや!」
二刀を走らせ、細剣を横から打ち、それと反対から挟むようにして打ち、はさみのように細剣を折る。
それを避けるためリチャードも大きく間合いを離すも先端がかすかに曲がる。
「っち」
「いきなり武器破壊に来る君もなかなか心得ているね」
これで細剣のスピードは多少落ちる。身体強化をある程度増してリチャードの動きを見切ろうと動きに注視する。
「このまま剣術で競い合うのも一興だけど、私たちは魔術師だ。剣術だけが全てじゃない」
―――悪かったな。
「燃え盛れ、紅蓮の炎……。
―――エクスプロージョン―――」
巨大な火球が頭上に発生し、重力に任せて落下してくる。
「っち。
水流よ、風とともに荒れよ……。
―――ウォータハリケーン―――」
その下に突如発生した水流に火球は押し上げられ、消えていき、その水流はそのままの勢いでリチャードを襲う。
「さすがだね。
大いなる大地の怒りよ……。
―――ロックウォール―――」
大地の壁が水流を防ぎ、その裏で。
「っは!!」
巨大なクレイモアを構えたリチャードが大地の壁を叩き壊し、その崩れた破片が猛スピードでこちらに迫る。
「このっ!」
両手の剣を錬金術で太く長くし、両手の剣で土塊を叩き落としていく。
「っ!」
背後からの殺気に気づき、とっさに剣を振るう。
「っは!」
背後からはリチャードがクレイモアを振り下ろしており、その先端が自分の胴に当たるのと、こちらの剣がリチャードの首に当たるのは同時であり、お互いにそこで剣を止めた。
まったくの同時、その剣が互いの身体に止めずに当たっていればお互いに致命傷であり、それはどのような言い訳も入る余地のない引き分けだった。
「まさか単純な戦闘能力で引き分けるなんてね」
もちろん、お互いに奥の手を隠しての戦闘。だが、これで目測がつく。
―――次は勝てる。
―――次は勝てる。
お互いのそう思いあって、リチャードと慎吾の最初の戦闘は終わった。
日本国魔術学園二年最低ランククラスについての報告
一部生徒は才能があり能力もあるが、戦闘経験、判断などが総じて低い。
最も目を引く生徒、刈谷慎吾においてはリチャード・ヴィルヘルムと戦闘自体は互角。授業中の実践において相打ちという結果に終わった。互いに奥の手を隠しての戦闘であったが、その戦闘能力の高さはライセンスならⅡからⅢ程度。状況判断、気配察知などの能力を考慮するとⅡになると思われる。
奥の手を隠していると思われるものは三名。順に市村彩香、刈谷慎吾、坂野仁の三名。
その他は奥の手自体を持っていない模様。
危険度としては市村彩香はB、固定砲台のような火力の高さが特徴、ただし接近戦は穴である。また、魔力制御が苦手である模様。
刈谷慎吾はS、近中遠距離を全て上手くこなし、まだ発展途上であり、さらに奥の手が強力であるような印象を受ける。
坂野仁はC、総じて能力が低くない程度。ただし、奥の手がある可能盛大。