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Prologue

 少し、愚者の英雄伝と違うところがありますが、これはIFなので気にしないでください。

 5月、ゴールデンウィークはすでに終わり、梅雨前線が徐々に戦線を上げ、もうすぐ本州に上陸し湿気などを振り撒こうとしているなか、雫が風邪を引いた。

 本人曰く、ちょっと熱があるだけだから、気にしなくてもいい。とのことだが、わざわざやつがそんなことをメールしてくると言うことは見舞いに来いと言うことだろう。

 せっかく一人でゆっくりできそうなのに、という気持ちを優先させようとしたのだが、坂本曰く、たまには気遣ってやらないといつか後ろから刺されるぞ。とのことなので誠に不本意だが、行くしかないだろう。

 幸い、坂本もついてくるようなので適当に雫の好きな水まんじゅうでも買っていけばなんとかなる。

「そろそろいかないと、帰れなくなるぞ」

 坂本に呼ばれたので振り向き、荷物を持って教室を後にする。


 雫の家は自宅からそこまで遠くない。

 裏山の中腹にさしかかるところに位置し、自宅から歩いて行き15分、帰り10分のところだ。坂本も自転車でならそれぐらいらしいが、帰れなくなると言うのにはきちんと意味がある。

 曰く、あの山には鬼がすみ、頂上にはもののけの類いが住み着き、祓いやであった藤林家が中腹に住んでそれらを封じている。

 別に信じているわけでは無いが、少なくとも熊や猪が生息しているのはこの目で見たので、早く帰った方が安全だし、9時を過ぎると藤林邸が門を閉ざすので帰れなくなる。

 開けてもらえばいいとか思うかもしれないが、彼方は千年近く続けている習慣、若造一人のために変えたりはしない。


 ……ここで、坂本が慎吾を誘い、慎吾が雫のお見舞いに素直に行ったことで物語は大きく変わった。



 何時来ても驚くほど立派な門構え、武家屋敷というのだろう。

 巨大な門を見上げたら、呼び鈴をならす。

 最初、この家に電気が通っていることに驚いた。正確には、電気は発電しているらしく、誠にエコな家である。

 ちなみに発電方法は太陽光で、屋根のほとんどが太陽光発電のためのパネルでしかし、景観を大事にしてか、小さなパネルがそうとわからないように瓦一枚一枚の上にのっていた。

 呼び鈴を鳴らしてからいくばくかの後、藤林夫人が現れた。

「ようこそおいでくださいました。雫が会いたいそうなので、此方へ」

 まさしく日本美人。大和の国の女といった風情の藤林 陽子さん。僕ら二人を敷地内に招き入れると重々しい扉を閉ざした。

 現在時刻は五時二十分。完全に門が閉じるまであと三時間と四十分。まあ、それだけあれば用件はすませられるだろう。


 趣のある庭を見つつ、雫の部屋に案内されて中に入る。

 障子を閉めるともう陽子さんの気配はなくなる。今日はじめて気にしたが、雫の部屋には何もない。

 見えるものは布団と箪笥、他には書生さんが使っていたかもしれない机があり、その上にはこの部屋に不釣り合いなブックスタンドやシャープペンシルが鎮座している。

 最も見た目として不釣り合いなのはどう考えても雫の枕元にあるケータイだろう。充電器を含めて机上の物より不釣り合いである。

「!?」

 突如、原因不明の悪寒が襲った。

 悪寒のした方向、丁度学校の方向であり、雫の寝ている方向でもあるそち

らを“目”を使って見た。

 これは完全に咄嗟の行動であったし、雫も来たばかりの僕の行動と目を見て驚き、同じ方向を向いて真剣な表情なった。

 坂本一人が取り残された形になり、苦笑いしつつ

「どうした?

 雫も元気そうだし、あとは任せた」

 そう言って慎吾と雫を二人にして帰っていった。

 だが、そんなことを気にする余裕は二人に無かった。

「「………………」」

 双方ともに口を開かない。慎吾は、目で見たものがあまりにも凄まじいものであったことと、雫の前で、人前で“目”を使ってしまった事から口を開けず、雫は目の前の一般人であるはずの慎吾の目と、あの莫大な魔力の流れに魔術師である自分よりも早く気づいた事に対する驚愕からだった。

雫は、起き上がると……。

 ―――刈谷を組伏せた。

「っぐ」

 慎吾の口からは苦悶の声がもれるもそれを完全に無視して顔を互いの息がかかるほど近づけて、

「あなた……何者?」

 そんなことを尋ねた。


 何者?と聞かれたとしても答えようがないのが現実だ。

「強いて言えばこんな変な“目”ができる一般人でーす」なんて言ったらこの雰囲気から考えると下手をしたら殺される。下手をしなくてもひどい目に遭う。これだけは確定したことだ。

 逆に、「実は、こんなことのできる異能者で……」と言ったら問答無用で殺されるか、精神科に連れていかれる。

 実に困る質問だと言えよう。ボケれないじゃないか。この場をボケて無かった事に出来ないじゃないか。

「…………」

 さて、便利な回避方法、沈黙の出番だ。この沈黙は勝手に相手が都合よく解釈してくれるという素晴らしい物で、沈黙は金なりという言葉の通り、この場でやれる一番いい行動は沈黙だと判断していた。

「答えないのは、答えられないから?

 それとも、答えるすべを持たないから?」

 この二つの質問には微妙で大きな違いが見受けられる。

 答えられない。と言うことは答えがあって、答えてはいけないと口止めされている場合もある。

 だが、すべを持たない。という言い方だと答えそのものがない意味を持つ。つまり今回の僕の場合、後者であり、答えるすべを持っていないと言うことだ。

「ああ、答えるすべがない。答えがないからな。こんな変な“目”のできる一般人だと思ってたけど?」

 それが精一杯出来る現状説明。これでダメならもはや何をしても無駄だったということだろう。

「まあ、どうでもいいか……」

 だが、こんな風にどうでもいいなんて言われたら少し傷ついた。これでも一生懸命に考えたのになぁ。ぐらいには。

「とりあえず、目を閉じて、深呼吸して」

 言われるがままに目を閉じてゆっくりと腹式呼吸をし始める。

 何やら暖かいような、冷たいような、不思議な感じが雫の方からしてくる。半ば反射的に“目”に意識が行ったが意識をそこから外すと自然と“目”は使われていったようだ。

「対魔力が予想以上に強い……魔力が一切行き渡ってないなんて、思ってもいなかった。これをこじ開けるのは私の魔力じゃちょっと難しいかなぁ……」

 雫がそう呟くのをほとんど聞かずに、慎吾は己のうちに没頭し続ける。

 完全な闇、道があるのかすら分からない。

「刈谷」

 言われて目を開く。

 それは対応できないほどに素早い行動だった。

 重なる唇、互いの息使いが否応なしに聞こえてきて、雫の手は慎吾の頭を押さえて、混乱してどちらにしても逃げようとしない慎吾をとらえる。

 数秒の後、ようやく現状を把握した慎吾が反射的に何かを言おうとしたところで舌を口の中に入れられて今度はより混乱した。

 その隙をついて雫は慎吾の身体に魔力を送り込み、その身体の魔力の道をこじ開けてその魔力で呼び水のようにして慎吾の身体に魔力を巡らせた。

 それでやらなければならないことは終わったのだが、雫はそのまま唇を合わせ続ける。

 慎吾の混乱が収まり始めたあたりで魔術を使い慎吾の身体を束縛し、動けなくする。

 慎吾は雫の女の子らしい体つきやにおい、感触などを味わって赤面し、いまだ動けない。

 ようやく唇を離したらその間には銀に輝くはしが掛かっていたりしたのだが、そんなことを慎吾は認識するまもなく声をかけられた。

「ねえ、知ってた? 実は今まで我慢してきたの」

 何を、かは言わず、ただ続けて、

「私は魔術師、裏の世界に生きなければならない人間。表の人を引きこんではいけない。

 でも、もう慎吾はこちら側の人間。だから大丈夫……」

 そういってもう一度唇を合わせようとしたところで邪魔なのか、救いなのかは知らないが第三者の介入があった。

「雫、ちょっと来なさい。刈谷さんには一度お帰り願って……」

「大丈夫だよ。お母さん。もう慎吾はこちら側の人間だから」




 慎吾に魔力が宿ってからは早かった。

 いつの間にやら親とか雫の両親とかに囲まれ言われるままにいろいろやっていって、その隙に雫との接吻はなんだかうやむやになり、いつの間にかもう夜である。

 雫曰く、『馬鹿みたいに魔力の浸透率が高い』とのことだ。

 現在的に分かっているのは魔力浸透率が90パーセントを超える。化け物級であることと、対魔力がそれに比例して異様に高いこと、そして、基本六属性に当てはまらないということだけだった。

 基本六属性とは雫の説明によると『火水風地四属性と光闇の二属性を加えた属性で、これらにほとんどの魔術師は当てはまる。これに当てはまらない魔術師は基本的に名家とかの関係者のことが多いけど、たまにそういうのをまったく無視した異常な属性持ちがいる。あなたの家はそういうのには当てはまらないはずでここまでは予想通りなんだけど……』といって口を閉ざしている。

 魔力について聞いたときの返答としては『基本的に物体を通せばなんにでもなりえるもの』と、心強い返答をもらっている。

 暗くなってしまったため今は藤林邸で一夜を過ごすことになりそうだ。

 むろん、不満はない。不満はないが、それでもいやな感じがした。


 ―――己のうちに没頭し、内側の魔力に意識を移す。

 “目”が自然に開かれ、さまざまな魔術式が頭に流れ込んでくる。

 雫曰く『魔術は詠唱か魔法陣を使わないと使えない。詠唱するという動作が魔術を使うために必要だから。でも、詠唱しなくても頭の中でそれを理解していれば詠唱しなくても魔術は使える』とのことだった。


 ―――違う、そんな詠唱はいらない。

 “目”で見て理解した。この理論は間違っている。詠唱はなんともめんどくさい方法だ。覚えてそれを理解すれば使えるというのが何よりの証拠。そもそも詠唱という形は真理を理解していない人が魔術を使うのに必要な動作であってそれを理解できていれば詠唱なんてものは必要ない。

“目”によっていろいろと情報が頭の中で整理されていく。魔力をわずかに消費しているようだがそんなことは気にならない。

 頭の中で整理されるべき情報がある。今気になっていることは少しではない……。


 ―――まだまだ夜は始まったばかりだった。




「なぜ、お前がここにいる」

「夜もぐりこんだから」

「なぜもぐりこんだ」

「寒かったから」

「布団をかぶろうとは思わなかったのか」

「出すのが面倒だった」

「ここまで結構歩かなくてはならないと思うんだが」

「トイレの帰りだったから」

「そうか、だがこっちにあるのは男用のやつだけだぞ」

「よく覚えたね、今日で3回目ぐらいなのに」

「話をそらすな」

「―――そんなに見つめなくてもいいじゃない。照れる」

「見つめているんじゃなくて、にらめつけているといってほしいな」

「そうそう慎吾、父さんが結果が朝にでも分かるから来いってさ」

「ああ、もう分かったよ。お前には何を言っても無駄だということが……」



 朝食を済ませ、雫にいわれたとおり藤林家頭首の元へいく。

「よくきた。まあ、座れ」

 言われたとおりすわり、言葉を待つ。

「まず、慎吾、お前の属性は知識だ。特異属性の中でも聞いたことのない部類のものだが、まあ、そういうのはおいおい調べていけ。

 次に、昨日君と雫の通っている学校で起きた異変についてだが、他世界からの干渉であることで話は落ち着いた。他世界からの召喚魔術によって起きたようで一時的に周囲では異変が起きたりしたが……まあ、その辺りはいいだろう。

 だが、その関係で学校は閉鎖、残された生徒はいろいろな学校に移されることになったのだが、君は普通の学校で私たち…というと語弊があるな、雫に魔術を教えてもらう道か、魔術学園にて魔術を学ぶかの二つの選択肢がある。

 あらかじめ言っておくと、魔術を学ばず、普段の生活に戻ることはできない。

 君の両親もこちら側の人間だし、現在、魔術師の数が少ないから魔術が使えるとあればこれは強制だ。

 本来ならば強制的に魔術学園に入れるのだが……君の特異の魔術属性を考えると学園に行ってもそれほど大きな成長は見込めないだろう。

 ―――さて、それで君はどうしたい?」


 長い説明を終えて一息ついたところでの回答は、

「―――学園に行きます。まだ魔術ひとつ使ったとこのない若造なので」

 そういうものだった。


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