シーン 9 / 登場人物紹介 2
オーブ
ハイマンで情報屋を営む男。年齢は不詳だが主人公曰く四十前後に見えるらしい。ホスト風の服装で裏の情報に精通する。
カルネル
ハイマンで鍛冶屋を営む男。小麦色の肌と剃りあげた頭に被ったバンダナが特徴。新しい技術に貪欲で、主人公が教えた太刀の作り方には感銘を覚え一目を置いている。
石畳を敷き詰めた街道は聖都を起点に東西南北に延びている。
これは何十年という長い時間をかけて整備され、定期的に補修が行われている。
今も補修工事の真っ最中で、この地域を管轄する職人たちが石材を規格の大きさに加工し、欠損した部分に埋め込んでいる。
その近くにはゴブリンなどの襲撃を警戒した傭兵の姿もあった。
傭兵は組織のメンバーとは違い、基本的には特定の集団に属していない。
そのため、こうした護衛の仕事に就くには自らを売り込む必要がある。
信頼と実力がものをいう世界だが、古くから続くシステムのようだ。
他にも大規模な戦闘が行われる際に広く傭兵の募集があり、そこで生計を立てる者もいる。
空を見上げると太陽はちょうど頭の上に差し掛かろうとしていた。
元の世界ならそろそろ昼食時だが、この世界ではそんな常識が通用しない。
その代わり、小腹が空けば適当に間食をすることはある。
それでも、満腹になるまで食べることはなくおやつ程度だ。
そんなわけで、空腹を満たすためカバンから非常用食のラスクを取り出した。
ラスクは長期の保存が可能なのでとても重宝している。
一つだけ不満があるとすれば味付けだろうか。
作り方は至ってシンプルで、材料となるバゲットを薄く切って乾かし、それをオーブンで焼いただけなので、食べた感じは固くて芳ばしいパンだ。
元の世界でよく知るラスクは、表面にバターを塗り砂糖やシナモンなどをまぶしたものが多かった。
調べてみるとどこの店でもこの形で売ってようだ。
これは後から知ったのだが、この世界では塩や砂糖など調味料は非常に高価な代物で、特に塩は内陸部ほど手に入り難い。
また、コショウなどの香辛料は塩以上の貴重品だったりする。
そのため、店で提供される料理は総じて薄味なことがほとんどだ。
今ではそれが当たり前になってしまったのであまり気にならないが、疲れているときはさすがに味の濃い物が恋しくなる。
ラスクを頬張りながら隣を歩くミーナを見た。
「食べるか?」
「ん?あぁ、私はいいよ」
「そっか。それにしても、ビックリしたよな。今回、俺たちだけで本当に大丈夫なのか?」
「いまさらだな。それに、私は少しも不安を感じてはいないが?」
ミーナはいつものように笑みを浮かべた。
普段から前向きな性格も手伝ってどこか自信に満ち溢れている。
ただし、単純に楽天家というわけではない。
何か裏付けがあってのことだろう。
「随分余裕だな。まぁ、いつも通りか」
「いやいや、よく考えてみればわかるじゃないか。今回の仕事、私たちだけでも十分だろう。それこそ、お釣りがくるくらいじゃないか?」
「それはどうだろうな?まぁ、何事もやってみなきゃわからないけどさ」
そう、今回は珍しくミーナと二人で行動している。
正確には彼女とコンビを組むのはこれが初めてだ。
ちなみに、今回レオとアーヴィンは別行動をしている。
彼らは東の町に現れた牛の怪物“ミノタウロス”の討伐のため、夜明けとともに東部の町“サレホルム”に向かった。
本来なら僕らもそちらに参加するはずだったが、今回はオーブの依頼を優先するためこの形になったというわけだ。
「心配ないさ。今回の仕事は人攫いの正体を暴いて事件を解決することだろ。相手が人間なら気負う必要はないよ」
「相手が人間かどうかは怪しいけどな」
「いいや、私は人間だと確信しているよ。何せ、行方不明者はすべて町の中で被害にあっているんだろう?町の外なら話は別だが、町の中なら相手が人間と見てまず間違いないさ」
ミーナのいうことはもっともだ。
町の中は常に人の目があり、怪物が入り込めばすぐに騒ぎになる。
つまり、人の目を欺くには同じ人でなければならない。
「だとすれば、俺は人間相手の方が気が引けるな。できれば殺したくはないし」
「随分弱気だな。いっておくが、同じ人間でも悪は悪だ。私たちはそんな悪い奴らを懲らしめるいわば正義の味方さ」
「そう…なんだよな。一応、怪物を殺すのに躊躇はないんだが…」
前の世界の常識があるため、どうしても殺人への嫌悪感がある。
しかし、この世界では人殺しをしても罰する法律もルールもない。
そのため、力のある者が常に正しいという考え方が一般的だ。
死人に口なしといったところか。
僕らの所属する組織はそんな弱者を救済する役割を担っている。
もちろん、無償で救済するわけではなく、あくまでも報酬が発生する仕事なのだが。
「だからって勘違いしないでくれよ?私は何も殺しを推奨するわけじゃない。だけど、自分の身が危なかったり、仲間が傷つけられたら報復は必要さ。その過程で殺してしまっても、それは仕方のないことだよ」
「要するに、俺の住んでいた世界とは違うってことだろ。まぁ、正当防衛ってことなら俺も納得できるけどな」
「戦いの中での判断は一瞬さ。それが相手より遅ければ命取りになる。一瞬一瞬で判断する自信がないなら、初めから問答無用で相手を倒すと決めてしまえばいいだけの話だよ」
一見するとミーナ独自の考え方のようだが、実際はほとんどの者がこう考えている。
考え方としては原始的で野蛮だが、自分の身は自分で護るのが当たり前なので、そうやって割り切らなければ自身や周りの者を守れない。
「…善処する。で、今回の仕事だが、あまり楽観視しない方がいいと思うぞ。今のところわかっているのは人攫いの被害があるってだけでそれ以上詳しいことはわかってないんだからさ」
「まぁ、それはそうだが、犯人は若い女だけを狙うようなヤツだ。見つけ次第容赦なく捻り潰せばいい」
ミーナの目が怪しく光った。
「だからって殺すなよ?攫われ人たちの安否を吐かせるのが先だ」
「わかってるさ。だけど、半殺しくらいは許されるだろ?」
「…まぁ、その判断はお前に任せるよ。問題は現地での情報収集だな。今のところ犯人に繋がるような情報はなさそうだし、しらみ潰しに足で稼ぐしかなさそうだ」
「うーん…そのことなんだが、一ついい方法があるんだ。犯人は若い女だけを狙うって聞いてるから、私がわざと捕まって一網打尽にしてやろうと思うんだ。どう思う?」
「…は?」
思わず開いた口がふさがらなくなった。
毎度のことながらミーナは唐突に大胆なことをいう傾向がある。
しかし、今回は自信があるのか、その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
実際、彼女の実力は組織の中でもかなりのものだ。
腕力こそレオや僕には及ばないが、持ち前の俊敏さと所持している魔石の能力がそれを裏付けている。
「君も私の実力は知ってるだろ?」
「まぁな。だけど、慢心は身を滅ぼすぞ?」
「別にそんなつもりはないさ。それに、狙われるとわかっていれば対処もできるだろう?」
「だからって、俺は賛成できないなよ。仲間を危険にさらしたくはないからな」
「おや~私のことを心配してくれるのかな?」
ミーナは少しからかうような言い回しで僕の顔を覗き込んだ。
彼女の顔は美しく整っており見つめられると気恥ずかしくなる。
気付くと無意識のうちに視線を反らしていた。
「べ、別にミーナに限ったことじゃない。あくまでも一般論だ」
「…そうか」
ミーナはそう呟いて寂しそうに俯いてしまった。
それを見て傷つけてしまったことに気付きすぐにフォローをいれた。
「わ、悪かったよ。だけど、危険な目にあって欲しくないのは事実だ。だから、極力無理はしないで欲しい」
「おや?いつになく気恥ずかしくなるようなセリフを口にするじゃないか。いいよ、そんなに気にしてないからね。ふふッ、だけど君の優しさは額面通り受け取っておくよ」
「…好きにしてくれ」
気が付けばミーナのペースだった。
こうしたやり取りは日常茶飯事だが、二人きりではどうしても調子が出ない。
普段、僕らの間に入るアーヴィンもおらず、チームの絶対的なまとめ役であるレオがいないのだから仕方がないのだが。
しばらく歩いていると前方にオークの姿を見つけた。
よく見ると一体だけで単独行動をしているらしい。
オークという種族はゴブリンよりも単独行動をする傾向があるが、それでも姿が見えないだけで周りに仲間がいる可能性もある。
どちらにしても、目の前のオークを何とかしなければ安全に目的地にたどり着くことができない。
「おやおや、何かと思えばはぐれオークじゃないか。ちょうど退屈していたところだ。ここは私が相手をしよう」
「大丈夫か?無理するなよ」
「心配ないよ。あれくらい倒せなくてこんな仕事をしていないさ」
ミーナは腰に差していた剣を抜いた。
彼女の剣はエストックと呼ばれる突き刺し用の武器だ。
一応、刃がついているため斬ることもできる。
ミーナはエストックを軽く持ち、一瞬目を閉じて意識を集中した。
すると、彼女の身体が視界から消え、気が付くとオークの背後に立っていた。
オークはまだ彼女の存在に気付いていない。
ミーナは音もなく剣を構えると、背中に剣を突きたて、心臓を串刺しにした。
オークは刃が貫通したことでようやく自身が攻撃されたことに気が付いた。
しかし、正確無比に心臓を貫いたため、誰が見ても絶命は必死だ。
オークは断末魔の奇声を上げたが、身体から力が抜けたのか、そのまま膝から崩れ落ちていった。
「相変わらず見事なもんだぜ。まったく見えなかった」
顔色一つ変えないで戻ってきたミーナを労った。
彼女にしてみればこれくらい朝飯前といったところか。
「見えなくて当然さ。瞬間移動なんだから」
「確か、“ジャンプ”って能力だったか?」
「そうさ。魔石の効果が及ぶ範囲内なら頭に思い浮かべた任意の場所まで瞬時に移動できる。オーク程度の相手なら気付いた頃には手遅れさ」
これがミーナの魔石が持つ能力だ。
能力の名前は“ジャンプ”だが、テレポーテーションといった方が正しいだろう。
彼女が説明した通り、能力が及ぶ範囲内であれば瞬時に移動することができる。
そのため、うまく使いこなせば先ほどのような不意打ちが可能だ。
また、集中する時間を長くすればより遠くまで移動できるらしい。
しかし、それに比例して精神的負担が大きくなる。
とはいえ、アーヴィンのように直接空間に影響を与えるタイプの魔法ではないため、多用さえしなければ精神的負荷もいくらか抑えられるようだ。
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