シーン 6
翌朝。
昨晩、クローラーに占拠されている農地に火を放ち一掃するという計画が正式に決定した。
今日はいよいよそれを実行に移すことになる。
しかし、焼き払うといっても単純に火を放てば済む話ではない。
村の西側に広がる農地はサッカーのフィールドに換算すると四面程度の広さがあり、最初に見た農地よりもいくらか拾い。
そのため、一点から火をつけた場合では全体に延焼するまでどうしても時間がかかってしまう。
加えて風向きなどの条件によっては均一に燃え広がらない可能性もある。
また、その間に火を恐れて逃げ出すクローラーを計算に入れなければならない。
理想は中心に向かって炎が広がるよう四方から囲むようにする方がいいだろう。
他にも、クローラーの数をできる限り減らすことも必要だ。
数が減ればそれだけ安全性も確保できる。
それでも、僕らだけでは人手が足りないため、村人の協力も必要だ。
とはいえ、戦闘経験のない村人ではクローラーの退治は難しい。
いくら武器を持っていても太刀打ちできない場合や安全面での不安もある。
では、どうすれば良いのか。
それらの細かい対処法を模索する必要があった。
「これを見てくれ。農園の見取り図だ。村長から借りてきた」
アーヴィンは農地の地図をテーブルの上に広げた。
新聞紙ほどの大きな紙に細かく書き込まれている。
まるで真上から眺めて書かれたようだ。
航空写真まで精細とはいかないが、これでも十分に地図の役目は果たしている。
「なるほど、農地はほぼ正方形というわけか。ん?これは何だ?」
「溜め池ですね。それにしては少し大きいようですが」
「これを見る限りだと、近くを流れる川から水路で直接水を引き込んでるんだな。出口がないから大きめに造ってあるのかもしれない」
地図上には農地の南北に大きな溜め池が一つずつ描かれている。
地図を見る限り、それぞれが農地の中心を通るように配されているため、後から人工的に造られたのだろう。
ただし、航空写真のように鮮明に描かれてはいないため、これだけでは現地の状況が詳しくわからない。
それでも、過度に延焼した炎を押さえ込む消化用の水源として利用できそうだ。
「そうか。で、これを見た上で何か妙案はないか?」
レオは僕とアーヴィンの顔を交互に見た。
一応、この中で僕が一番年下だが、チーム内に年功序列のルールはない。
個々がそれぞれ個人を尊重するのは別にして、仕事の際は自由に意見を交わす雰囲気が作られている。
そのため、年下の僕がアーヴィンより先に発言しても何ら問題はなかった。
「こういうのはどうだろう。村人たちを四つのチームに分けてもらい、四方から火を放つ。その間、農地からクローラーが逃げ出さないよう、俺たちが中に入ってヤツらを封じ込めるんだ。もちろん、炎に巻かれたらこっちも危ないから、限界なら無理をせず戦線から離脱する。あと、間違っても村に近付けないよう、クローラーを中心部に追い込んでいけばいい」
「…ほう。だが、我々三人で百近いクローラーを押さえ込めるのか?」
レオの疑問に便乗したアーヴィンは腕を組んで大きく頷いた。
確かに百体が一度に押し寄せれば危険が伴うのは誰が見ても明らかだ。
三人という限られた人員では、一人に掛かる負担は決して少なくない。
二人の心配はそこにあった。
「それはもちろん承知してる。だからお前に頑張ってもらうのさ」
そういってアーヴィンの顔を見た。
実はこの作戦には彼の存在が必要不可欠になる。
レオは僕の意図に気が付いたのか、大きく頷いてなるほどという顔をした。
「が、頑張るって、一体何をだよ?」
「決まってるだろ。アレを使ってくれないか」
「…アレ、か」
どうやら僕の意図が通じたらしい。
しかし、アーヴィンは不満があるのか、少し眉間にシワが寄っている。
ちなみに、僕がいうアレとは、彼の愛用する武器が持つ特殊能力のことだ。
この世界ではそれを魔法と呼んでいる。
「お前の魔法なら広範囲を焼き払える。うってつけの仕事だろ」
「…お前さ、ホント簡単にいってくれるよな?アレを使ったあとの消耗はお前も知ってるだろ?」
「あぁ、わかってるよ。だから、動けなくなったらすぐ助けてやる。これはお前にしかできないんだ。どうだ、やってくれないか?」
この世界では、魔法を使うために魔石と呼ばれる鉱物が用いられる。
魔石は一節によればこの世界を作り出した神の遺物だといわれているが、実際のところ詳しいことはわかっていない。
しかし、魔石と魔法の関係については研究が盛んで、今では常識として浸透している。
「…リーダー、まさかとは思いますが、これも命令なんていわないですよね?」
アーヴィンは僕らのやり取りを傍観していたレオに声をかけた。
しかし、彼はどのような反応が返ってくるのか予想がついているらしい。
半ば諦めた顔をしている。
そんな気持ちを知っている、レオは何もいわないで大きく頷いた。
これが最後通告となり、アーヴィンは覚悟を決めた。
「よし、期待してるぞ!」
「まったくよ…気楽にいってくれるぜ。嫌なんだよなぁ。魔法を使った後の倦怠感っていうか虚無感が。あの感覚は何回やっても慣れそうにない」
「確か、魔石は使用者の精神力を食うんだっけか?」
「あぁ…だから、大きな力を使えば使うほどネガティブになるんだよ。酷いときは生きるのが嫌になるくらい追い込まれるからな…」
僕には魔石を扱う素質が備わっていないため魔法を使うことができない。
そのため、アーヴィンのように魔法を使った後の倦怠感を経験することはない。
元々、魔法はこの世界の人間にしか扱えないらしく、仕方ないといえばそれまでだ。
それでも、どこか寂しい気持ちは偽れない。
昔からファンタジーの世界に憧れていたこともあり、いつかは空を飛んだり、手のひらから炎を出したりと妄想していた。
しかし、世間的にはオタクなんてと敬遠してきてため、このことを周りの家族や友人が聞いたら驚くかもしれない。
それにしても、この世界には魔法が存在するので、それを有効に使わない手はない。
アーヴィンの負担は心配だが、これが現状で考え得る最善策だろうと信じている。
作戦の概要が決まったところで改めて村長に協力を求めた。
この作戦は僕らが独自に企画したため、快諾を得られるか不安が募る。
しかし、話をしてみると村の危機ということもあり、嫌な顔は見せず承諾してもらうことができた。
村人の準備にはしばらく時間がかかるため、それまでに現地を直接見ることにした。
「へぇ、立派なもんだな。さすが大陸有数の産地だ」
「やっぱり地図で見るのと実際に見るのでは違うな。作戦開始の前に見ておいて正解だった」
鐘楼から見た農地はかなり漠然としたイメージしか残っていない。
しかし、実際に間近で見るとその広さを実感する。
そして、被害の大きさも把握することができた。
「…これは酷い」
「あぁ、これでは今年の収穫は無理だ。やはり焼くしかない」
「よく見ると、いくらか助けられそうなところもあるみたいだけど、卵が産みつけられている可能性もあるからな。同情はするが全て焼くしかない」
クローラーの大半は中心部に近い場所で群れを作っている。
元々、個々の能力が低いため、集団を作ることで外敵から身を守っているようだ。
しかし、こうした習性は他の魔物にも見られるため、クローラーだけの特性というわけではない。
また、群れの中には必ずリーダーが存在する。
クローラーの場合はクイーンと呼ばれる個体だ。
逆をいえば、これ以上に目立つ習性はなく、僕らのように戦闘に慣れてさえいれば恐れる相手ではない。
「二人とも、わかっていると思うがクイーンには注意しろ」
「あぁ、わかってるよ」
「ですね」
「それならならいい。だが、心の片隅には置いておけ」
レオはあえて念を押した。
クイーンは群れの秩序を守っている。
そのため、クイーンを失った群れは統率を失い制御が利かなくなってしまう。
つまり、セオリーとしてはクイーンを最後まで残すのが好ましい。
偵察を終えて村に戻ると村人たちが広場に集まっていた。
手には思い思いの武器を手にしている。
しかし、そのほとんどが鍬やシャベルなどの農具だ。
元々、彼らは農民なので仕方ないことだが、可能性な限りで協力を依頼した。
「…では、皆の者、くれぐれも無理はせぬようにな」
最後に村長が村人に声をかけ現地に移動を開始した。
「はぁ、どうしてこんなことに…」
「まったくだ…。これじゃあ、何のためにゼロル様をお慕いしていることやら…」
「ば、バカ!なんて罰当たりなことを…」
「だ、だってよ…我が子のように育てた麦を焼くなんて…」
一部の村人たちはこれから行う作戦に不満があるようだ。
しかし、こうしなければ村に未来はない。
それを理解しているだけに、やりきれない思いを信仰の対象であるゼロル神に向ける者もいた。
彼らの気持ちは痛いほどわかるつもりだ。
「…いよいよじゃ。皆の者、準備はよいか?」
現地に着くと、村長は村人たちに問いかけた。
村人たちには松明が配られている。
それぞれのチームが持ち場に着き次第作戦開始だ。
最終確認を済ませそれぞれが散り散りになった。
「…二人とも、準備はいいか?」
「俺はいつでも」
「…ふぅ、緊張してきた」
レオの問いかけに対し、僕とアーヴィンは正反対の心持ちだった。
確かに、彼が緊張する気持ちも理解できる。
ミスをすれば作戦そのものが失敗する可能性もあるのだから。
しかし、ここは心を鬼にして彼の背中を叩いた。
「しっかりしろ。期待してるぜ」
「フッ…お前にそういわれたら頑張らないわけにはいかないな。わかった、任せておけ!その代わり、背中は預けたぜ」
「当たり前だろ。俺を信じろ」
アーヴィンの決意が固まったところでレオは武器を手に取った。
それを合図に僕らも戦闘の準備に入る。
「行くぞぉぉぉお!」
レオの雄叫びが合図になり作戦が開始された。
それと同時に僕らは駆け出し、四方から火が放たれた。
「手はず通りだ。二人とも、しくじるなよ!」
「あぁ、レオも気張りすぎるなよ」
僕らは三方に展開して陣形を整えた。
まず、それぞれが手始めに手近にいたクローラーを斬り捨てる。
これがクローラーの警戒心に火をつけた。
散らばっていたクローラーは身を守るため、そして、群れを統率するクイーンを守るために、農地の中心に向かって移動を開始した。
期せずして願い通りの行動を示したことで、作戦がやりやすくなった。
それでも、中には群れから離れるものもいる。
「レオ、行ったぞ!」
「任せておけ!」
お互いに声を出して確認しながらクローラーを追い詰めていく。
そんな中、背後には四方から炎が迫っていた。
このままでは僕らも炎に巻かれてしまう。
あまり時間は残されていなかった。
そろそろアーヴィンの出番だ。
チラリと見ると、彼はすでに精神集中を始めていた。
普段、片手で扱うサーベルを両手で持ち、目を閉じて神経を研ぎ澄ましている。
通常、魔法を放つには少し時間がかかる。
それが大きな力であればあるほど、精神統一の時間は長くなっていく。
その間、彼に向かってくるクローラーを退けてやらなければならない。
彼に向かって全力で突進してくるクローラーを太刀で一閃した。
「脆いな。所詮は芋虫か」
「…ユウジ、そろそろアレをやる。巻き込まれるなよ」
「あぁ、全力でやってくれ」
「行くぜ…燃えろぉぉぉおッ!」
アーヴィンは目を見開き、手にしたサーベルを天高く掲げた。
次の瞬間、彼を中心に周囲の空気が集まり、刀身から巨大な火柱が出現した。
火柱は上昇気流をつくり、周りの麦が風に吹かれて大きく揺れている。
彼の周りはさながら竜巻のようになっていた。
火柱は限界まで達すると、そのままサーベルを振り下ろして火柱を解放した。
炎は大地を一直線に走り、麦を焼きながらクイーンとその取り巻きのクローラーを一瞬で焼き払った。
そして、クイーンを焼き払った瞬間、炎は農地の中央付近で四方八方へと広がった。
ちょうど打ち上げ花火が夜空に大輪の花を咲かせるよう、巨大な半円球のドームを形成して、残っていたクローラーも包み込んでいった。
「すげぇ!やっぱ、魔法ってすげぇな!!」
「へ、へへッ…どうだ、やって…やった…ぜ…」
僕の感動をよそに、アーヴァインは力尽きてその場に倒れこんでしまった。
よほど精神力を使い果たしてしまったのだろう。
もはや自力で立ち上がることさえできない。
僕は急いで彼の背中に担ぎ、レオに退却の合図を送って背後に迫っていた炎の壁を破って外へ出た。
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