シーン ５７
これまでジャイアントと戦った経験はない。
それでも人型なのでゴブリンやオークを相手にするのと基本的には変わらないだろう。
注意すべきは巨体から繰り出される力強い一撃だろうか。
地面が大きく裂けているところを見ると、あんなものが直撃すれば命の保証はない。
僕らは馬車から飛び出して迎撃の体勢に入った。
戦術としては僕とミーナが前衛を務め、後衛であるベルが魔法で仕留める算段だ。
僕とミーナは左右に展開してジャイアントを挟み撃ちにした。
攻撃のタイミングはそれぞれの間合に入ってから行う。
ジャイアントはまずミーナに襲い掛かった。
手にした巨大な剣を振り上げそれを勢いよく振り下ろす。
その直後、剣圧から生まれる風と共に剣がミーナに襲いかかった。
しかし、彼女は表情を変えず冷静に対処する構えだ。
「甘い！」
次の瞬間、彼女は瞬間移動を使ってジャイアントの懐に飛び込んだ。
そして、手にした剣を横薙ぎにすると、ジャイアントの腹部に痛烈な一撃を入れる。
しかし、斬撃が浅かったのか明確なダメージを与えられていない。
ジャイアントは素早く後ろに飛び退くと僕らから距離を取った。
「ユウジ、気を付けろ！コイツ、戦いに慣れているぞ」
ミーナは一度交錯しただけでこのジャイアントが只者ではないと認識した。
確かにそれは彼女のいう通りで、一旦距離を置いて様子を見るところはゴブリンやオークとはまるで違う。
力任せに勢いだけで攻めかかる知能の低い魔物というわけではない。
ジャイアントは剣を真横に構えた。
先ほど見せた振り下ろしではなく、ミーナの一撃を模しているらしい。
ジャイアントは力強い一歩を踏み出すと、砂煙を巻き上げながら剣を真横に振り抜いた。
一撃そのものは見切れない速さではない。
それに軌道がわかりやすいため、一歩後ろに退けばやり過ごすことができる。
しかし、剣が通り過ぎた直後、砂埃を伴った強風が襲い掛かり視界を奪った。
「ミーナ、避けろ！」
僕がミーナに注意を飛ばした直後、ジャイアントは砂煙を割ってミーナに襲い掛かった。
ジャイアントはここまで計算して横薙ぎの一撃を放ったらしい。
ミーナはジャイアントが目の前に現れた直後に再び瞬間移動をして距離を取った。
彼女はいつでも瞬間移動の魔法が使えるよう準備をしているらしい。
常に精神を集中する状態を維持しなければならないが、咄嗟の状況に対応するにはこれがベストの選択だろう。
ジャイアントは目標を見失ったことで再び距離を取った。
やはりこのジャイアントは状況に応じた戦略を取るようだ。
「面倒な相手だな。ユウジ、アレをやるぞ！」
ミーナは僕に合図を送った。
アレというのは僕とミーナが同時に飛び出して波状攻撃を仕掛ける戦法のことだ。
この攻撃は一方に的を絞らせないため、多くの魔物で有効になる。
このジャイアントは高い知能と戦闘技術を有しているため、狙い通りの効果が出るか未知数な部分は多い。
それでも、一度試してみるに越したことはないだろう。
僕らは左右から同時にジャイアントの間合に入った。
波状攻撃というからには、何度も繰り返し攻撃を仕掛けなければならない。
ジャイアントはまだミーナをターゲットにしているため、まずは僕から動いて死角から攻撃を仕掛けた。
太刀を真横に引いて体勢を低くしながら詰め寄り、太刀を右斜め上に切り上げる。
切っ先はジャイアントの脇腹を捕らえたが、先ほどのミーナと同様に斬撃が浅くなってしまった。
今まで戦った魔物の中で最も巨大な相手なのでいつもの感覚では間合いが足りないようだ。
次はもう少し踏み込んで攻撃を仕掛ける必要がある。
ジャイアントは僕の一撃を受けてミーナから注意を外した。
彼女はその状況に素早く対応し、瞬間移動を交えて距離を詰め右足の脹脛に切っ先を突き立てた。
どうやら足を狙って機動力を奪う作戦らしい。
この作戦は予想よりも効果を上げ、ジャイアントは膝をついた。
そのまま僕らは二人で襲い掛かってそれぞれが剣を深く突き立てた。
「ベルッ！」
ジャイアントが弱ったところで後ろに控えていたベルの名前を呼んだ。
すでに精神の集中が終わり魔法はいつでも放てる状態だった。
そして、彼女は真空の刃を作り出してそれをジャイアントにぶつける。
刃は膝をついて動けないジャインアントの首を刎ねた。
容赦のない一撃は思わず目を背けたくなるが、これが戦いの結末だ。
戦いが終わり緊張を解いた。
全身から力を抜くと脱力感に見舞われる。
思いのほか身体に力が入っていたらしい。
そんな時だった。
肩口に言葉にできない痛みを感じた。
慌てて肩を見ると、粗末な矢が生えているのが見える。
それを認識した瞬間、矢が刺さった傷口が焼けるように熱くなった。
「ユウジさん！？」
ベルが僕の心配する声を挙げ、慌ててこちらに近付いて来るのが見える。
一体誰が僕を撃ったのか、視線を泳がせるとボウガンを構えた犯人の姿を見つけた。
それは今まで馬車の運行を担当し、僕らの世話係をしてくれた御者の男だ。
男は口元を緩めて歪な笑みを浮かべている。
一体何故彼が。
瞬きをする僅かな時間に目まぐるしく思考が展開し、一つの答えに達した。
彼は元々、ダーシェ派の人間だった、ということに。
それを悟った瞬間、追い討ちをかけるように脇腹を今までに味わったことのない痛みが襲った。
視線を落とすと見覚えのある刃が脇腹から生えている。
その持ち主は僕の目の前で冷静に、そして冷徹に僕を見つめていた。
「ミー…ナ…」
それが最後に放った言葉であり、覚えている光景だった。
次の瞬間には視界が暗転し、意識が闇の中へと溶けていく。
これが死ぬということなのだろうか。
まさか信頼していた相手に命を奪われるとは。
言葉にできない絶望に心が埋め尽くされた。
