シーン 46
僕は砂を握りしめて自身の無力さを痛感した。
結局、この戦いで僕はほとんど役に立っていない。
むしろ、大怪我を負ってベルの手を煩わせるのだから足手まといもいいところだ。
そんな彼女はファイアードレイクが動かなくなったのを確認すると血相を変えて駆け寄り、すぐさま治癒魔法を使ってくれた。
おかげで自力では動けないほど重傷だった怪我も今ではすっかり良くなっている。
相変わらず彼女の治癒能力には感心せざるを得ない。
「お加減はいかがですか?」
「あ、あぁ、助かったよ。ありがとう。それにしても凄い魔法だったな。俺なんか手も足も出なかったのに…」
「いいえ、ユウジさんとミーナさんが時間を稼いでくれたおかげです。私一人ではどうにもなりませんでした」
ベルは謙遜しながら僕に気を使ってくれた。
そんな優しさがどうしようもないくらい胸に迫りどんな顔をすればいいのかわからない。
むしろ、この場合は役立たずだと罵られた方がいくらかマシに思えた。
それほど僕の気持ちは沈みがちになっている。
「見事なものだな。あれほどの怪我を治してしまうなんて。やはりアラミス様と近しい能力を持っているからこそ成せる業だな」
ミーナは完治した僕を見て感心している。
治癒魔法そのものが希少であることを考えれば、一生の内にそう何度も見られる光景ではない。
彼女は眼福といった様子で一人頷いている。
「今回は処置が早かったので大事には至りませんでした。ただ、今回は特別です。もう少し戦いが長引いていればもしくは…」
「確かに見事な手際だったよ。ファイアードレイクを葬った魔法も尋常ではない威力だった。あれはアラミス様が使う雷の魔法と比べても遜色がないように思うよ」
ミーナはアラミスを引き合いに出してベルを讃えている。
それだけ彼女は有能ということだ。
そして、それを耳にした僕に無力感が込み上げてくるのがわかった。
それこそ、この世界に来てからというもの、何でも一人で無難にこなせると思うところが強く、これまでも危なげなく日々を過ごしてきた。
それなのに、今回ばかりは僕が判断を誤ったことで危険な目に合い、下手をすれば最悪の場合は命を落としていたかもしれない。
おそらく心のどこかで周りから勇者と呼ばれて天狗になっていた部分もあったのだろう。
これまで自覚はなかったが今回のことでそう自覚する部分もあった。
そう考えれば今、落ち込んでいる理由も簡単に説明ができる。
「ユウジさん、どうしました?」
「あ、あぁ、何でもない。それより、あまり時間がない。先を急ごう」
ベルは僕の表情を読み取って心配をしてくれた。
さすがは周囲の顔色を隅々まで注意深く観察しているだけのことはある。
それだけ気遣いができればどこの世界に行っても十分に渡り歩くことができるだろう。
おまけに器量も良いため非の打ちどころがない。
僕らは気を取り直して先へと進んだ。
どうやらこの辺りは先ほど倒したファイアードレイクのテリトリーだったらしく、サンドマンをはじめとした魔物の姿は見当たらない。
姉さんの居るところまでこの状態ならいいのだが、この先にはまだ注意するべき魔物が待ち構えている。
しばらく歩くと道が急激に狭くなる場所にたどり着いた。
どうやらここが馬車で通ることのできない場所らしい。
よく見ると道の大半は巨大な岩や土砂に埋もれていた。
この岩や土砂を退けることができれば馬車が通ることも可能だろう。
ただし、この世界では大型の土木機械は存在しないため、全て人力ということになる。
また、危険な魔物が徘徊する場所ということを考えれば現実的に見ても不可能に近いだろう。
そんなことを考えながら先へと進んだ。
「…邪悪な気配を感じます。これは先ほどのファイアードレイクとよく似ていますが別の個体のようです」
ベルは進行方向から感じた気配に警戒感を露わにした。
僕にはまだ気配を感じ取ることはできていないため、気配の主は相当遠くにいるらしい。
彼女の索敵能力はそれほど高いといえる。
また、ミーナの顔をチラリと見たが、彼女もまだ気配は感じていないらしい。
「気配が似ているということは、またファイアードレイクか?」
「いいや、気配の質が違うのであればその可能性は低いな。おそらくタラスクスかサンドワームだろう。どちらにしても厄介な相手だ」
ミーナは口を真一文字に結んで複雑な気持ちを表現した。
それだけ厄介な相手ということだろう。
どちらにしても未知の敵なので細心の注意を払う必要がある。
ここからはベルの索敵能力が頼りだ。
彼女によれば気配の主は例によってまだ僕らの存在に気付いていないらしい。
そうなれば、こちらとしても十分に準備をすることができる。
そうはいっても、具体的には心の準備くらいだろうが。
ベルは僕とミーナに極力気配を消すようにアドバイスをくれた。
それには精神を昂らせないよう落ち着く必要がある。
ただ、近々に戦闘が起こると想定される現状では、普段通りに心を落ち着けるのはなかなか難しい。
それに、一度警戒態勢を解いてしまうと、咄嗟の襲撃に反応が遅れてしまうことがある。
「ミーナさん、まだ気配を悟られる距離ではありません。出来る限り心を落ち着けてください」
「あ、あぁ、なるべくそうしたいところなんだがな…。あの戦いの後だ、なかなかそうもいかなくてな…」
「気持ちはわかるよ。俺だって死にかけたんだ、簡単に気持ちを落ち着けることなんてできるわけない。だが、努力はしているがな」
ミーナは組織から精神状態をコントロールする訓練を受けている。
精神状態が乱れていれば瞬時の判断に支障をきたすからだ。
ただ、今回ばかりはそれがうまくいかないようだ。
それだけ先ほどの戦いが印象深いということだろう。
僕としても気持ちはわからないわけではない。
だからといって相手に気配を気取られると不意打ちを食らい不利になる可能性がある。
出来ることならこのまま接触せずに奥に進みたいためできる限りのことはするつもりだ。
「すみません、お二人とも…。どうやらあまり余裕はなさそうです」
ベルは表情を険しくした。
どうやら気配の主に動きがあったらしい。
彼女によれば急に気配が小さくなったのだという。
「気配が小さく?どういうことだ」
「わかりません。ただ、気配が移動しています。私たちから離れているのではないでしょうか」
「気配が移動…か。遠ざかっているのであればそれでいいんだが…」
ミーナはポツリと呟いた。
どうやら彼女には何か思うところがあるらしい。
それに気が付いたベルが彼女に向き直った。
「ミーナさん、何か思うところがあるのであれば教えてください。何かあるんですか?」
「いや、思い過ごしならいいんだがな。サンドワームという魔物は地上だけでなく地中も移動するんだ。だから、一見気配が遠ざかっているように見えて、実は近付いているということもあるんだよ」
「仮に気配の主がタラスクスだったどうなんだ?ねぐらを移動したとか、狩りに出かけたとかそう考えることもできるだろ」
「確かにその線も捨て切れないな。問題は気配がどの程度のスピードで移動をしているかだ。サンドワームが地下に潜って移動をした場合、スピードは並みの人間が全力で走る程度だといわれている」
「えっと、気配は馬車が移動する程度の速さだと思います」
それを聞いてミーナの顔色が曇った。
どうやらどちらの魔物か判断がついたらしい。
「おそらく気配の主はタラスクスだろうな。先ほどのファイアードレイクと同様、かなり手強い相手だ」
「どちらにしても遠ざかっているのであれば気付かれないように進むしかなさそうだ」
僕らは気配の主に気付かれないよう先を急ぐことにした。
ベルは気配の主に細心の注意を払っているため、また動きがあれば報告してくれるだろう。
今のところ彼女しか気配を感じ取れていないため、僕とミーナはそれに従うしかない。
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