シーン 43
ベルが機転を利かせ魔物を遠ざけたおかげもあって無事に目的地にたどり着いた。
とはいえ、ここからが本番だ。
ここで負傷や命を落とすようなことになれば全て水の泡になる。
竜の谷はオテーから話を聞いた通り巨大な渓谷だった。
しかし、想像していたよりも遥かに広大で、ところどころにゴツゴツとした岩が転がっている。
岩の多くは鉄分を含んだものが多く、全体的に赤いという印象を受けた。
谷の底を流れる川はオテーが話していた通り血の様に赤く見える。
また、草木はほとんど生えておらず、荒涼とした風景が広がっていた。
事前に得た情報によれば姉さんは谷の最深部にいる。
ただし、進路の途中で道が極端に細くなるため馬車で移動することができない。
そのため、御者と馬車には谷の入口で待ってもらう必要がある。
「アンタをここに置いていくのは心苦しいが後を頼む」
「いえ、このまま奥へ進む方が危険というもの。心配ございません、私にはアラミス様から頂いた魔除けの石がございますので」
そういって首飾りにしていた石を取り出した。
石の大きさはピンポン球ほど大きさでサファイアのような色をしている。
一見すれば青いガラス玉にしかみえない。
この石にはアラミスが込めた魔力が宿り、所持者の周囲三メートルに特殊な結界が展開する。
これにより所持者が敵と判断した者は彼に触れることができなくなるようだ。
ただし、この効果が永続的に続くわけではなく、ある程度の時間が経過すると効力は失われてしまう。
今回、アラミスは丸三日保つように魔力を込めている。
つまり、昨日一日分を消費したため、残りは今日と明日というわけだ。
そして、事前に御者と僕らの間にはある約束が取り交わされている。
それは、谷の入口で待つタイムリミットが半日という約束だ。
あまり考えたくないことだが、僕らが半日で戻らない場合、御者は約束の時間を過ぎると聖都へ戻ってしまう。
御者としてもそれだけの時間があれば聖都へ戻ることは可能だ。
この約束が今回の旅に同行する条件だった。
「タイムリミットは残り六時間弱だ。俺たちも死ぬつもりはない。だから、計画通りにやるだけさ」
「いやはや、いくら安全とはいえ、一人で待つには心細い。お早い帰りを期待しています」
御者は不安を口にしつつも僕らを待っていると激励してくれた。
彼も彼でこれから不安との戦いが待っている。
お互いに戦う相手は違うがそれぞれが不安に打ち勝って無事に帰ることが目的だ。
僕としても、このような未知の星で一人死ぬのは、考えただけで気持ちが沈みがちになる。
それでも、姉さんが生きているという希望は捨てきれない。
例え今回のことで成果が得られなくとも行動すること意味はあるのではないか。
少なくとも何もしないよりはマシだろう。
御者と別れて早速姉さんを探すことにした。
僕らはあまり離れないようにしながら周囲への警戒を強め、慎重かつ大胆に行動を開始する。
僕は先頭を歩き、次にベル、殿をミーナという形にした。
この形にした理由は周囲への索敵能力の高さを基準にしている。
ちなみに、この中で一番索敵能力に長けているのはミーナでその次がベルだ。
僕のポジションである先頭は気配だけでなく目視での確認もできるため、気配の関知能力に左右されることはない。
裏を返せば誰でも務まるポジションだ。
「そういえば、砂地には注意するんだったな。ということはアレか…」
独り言を呟きながら前方に見える不自然な砂地を見つけた。
そこには赤錆びた岩が風化して出来た砂地が広がっている。
ただし、目線の先以外の場所には砂地はなく、そこだけが不自然に見えた。
「居るな…数は二体か」
ミーナは目を細めて敵の数を告げた。
僕も砂地に潜む二つの歪な気配を感じ取ることができた。
姿は見えなくとも獲物を狩ろうとする殺気が漏れ出ている。
「見ろ、僅かだが二つの砂山ができている。おそらくあの下に隠れて獲物を待っているんだろう」
「いわれて見れば不自然だな。確かにあの砂山から気配を感じる。確かサンドマンといったか?」
「あぁ、我々のよく知るゴブリンの近縁種だ。まあ、砂に潜って獲物に奇襲をかける以外では基本的な能力は同等といっていい」
「ゴブリン並みか。確かに、不意打ちをくらわなければ造作もない相手だな」
僕とミーナが話をしているとベルが一歩前に出た。
いつにも増して横顔は凛々しい印象を受ける。
視線はサンドマンが隠れている砂地に向けられ、瞬きをほとんどしないほど集中していた。
「お二人とも気をつけてください。あの砂地に隠れている二体は囮です。本命はもう少し後方、あの岩陰に潜んでいます」
そういってベルは砂地の奥にある大きな岩を指差した。
岩の大きさは高さが四メートル近くあり、横幅も三メートルほどある。
確かに姿を隠すにはうってつけの場所だ。
いわれてそちらへ意識を集中すると、僅かに複数の気配を感じた。
しかし、こちらの気配にはほとんど殺気が含まれて居ない。
注意していなければ小動物の気配と勘違いしてしまいそうなほどだ。
彼女はその小さな気配をサンドマンだと断言した。
よほどの自信があるのだろうか、横顔に一切の迷いは感じられなかった。
「本当だ。確かにサンドマンらしき気配を感じる。ベルのいった通りのようだ。しかし良く気付いたな」
「手前に隠れている気配はあまりにもわかりやすいものでした。ただ本当に隠れるだけならあれほどの殺気を放てば素人でもわかるというもの。そう考えれば、どこかに本命がいるのではと考え、怪しいを重点的に探したんですよ」
「重点的にって…ほとんど一瞬だったじゃないか。良くわかったな?」
「感覚的に…といいますか、自分だったらどこに隠れた方がいいのか照らし合わせてみたんですよ。そうしたら案の定…」
「なるほどな。確かに、いわれてみれば俺もあそこに隠れた方が効率的だと思うよ。なるほど、サンドマンはそれなりに使える頭を持っているということか」
いくらゴブリンの近縁種で身体能力も同程度だとはいえ、知能まで同じということはない。
むしろ、あえて危険な竜の谷を棲みかにし、獲物を待ち構えるという方法を取るにはそれなりの知能が高くなければ出来ないことだ。
それに、囮を使って相手を油断させるという作戦も、単純に粗暴で頭の悪いゴブリンとは別物と見ていいだろう。
「それで、アイツらどうする?まさか正面から行こうっていうんじゃないだろうな」
「心配ないよ。私の魔法があれば造作もないことさ。一瞬で終わらせるよ」
ミーナは先陣を切って飛び出そうとしたが、ベルがそれを冷静に制止した。
「いいえ、ミーナさんの魔法には回数制限があるはず。不用意に多様しない方が良いでしょう。この場は私にお任せください」
「おいおい、ベルの魔法だってダタで使い放題ってわけじゃないんだろ。この場合、魔法が使えない俺が出るのが適当だ」
「…わかった、この場は君に任せるよ」
「わかりました。お願いします、ユウジさん」
二人の了承が得られたところで太刀を抜いた。
ギラリと光る刃はいつ見ても惚れ惚れとする。
僕はそのままゆっくりと砂地に向かって歩き、サンドマンが飛び出して来るのを待った。
次の瞬間、二つの砂山から黄土色の物体が飛び出してきた。
全身が緑色の体色であるゴブリンとは違い、サンドマンは砂地の色に似せた体色をしているらしい。
ゴブリンと同じ緑色では隠れていても何かと都合が悪いのだろう。
サンドマンは二手に分かれて襲いかかってきた。
主な攻撃手段は鋭く尖った両手の爪だ。
一本一本の長さは大したことはないが、ナイフのように尖っているため首など急所を切り裂かれれば致命傷になる。
ただし、冷静に対処すれば恐れることはない。
何より事前に襲ってくることがわかっているため、僕が攻撃を受ける可能性は万に一つもないといってもいいだろう。
それぞれの攻撃を紙一重で交わし、体勢が崩れたところに太刀を浴びせた。
肩から斜め下に切り裂くと、サンドマンは断末魔の声をあげて動かなくなった。
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