シーン 4
朝というのは気を抜くと少し憂鬱な気分になる。
許されるなら出来る限り惰眠をむさぼり堕落したいところだ。
しかし、この世界に来てからはそんなことをいっている余裕は爪の先ほどもなくなってしまった。
特に組織に入ってからはそれが顕著だ。
規則というわけではないが暗黙のルールとして認知されている。
まぁ、それを一度くらい破ったところでどうということはないとは思うが。
待っているのはレオのありがたいお説教くらいで、他にペナルティーはないだろう。
もちろん、あえてお説教を受けるつもりもないが、今のところ寝過ごしたことはない。
「おはよう。早速だが仕事の依頼が入っている。みんな、心して聞くように」
今居るのは組織に四部屋ある会議室の一つだ。
ここは僕らのチームがよく利用する部屋で、第二会議室と呼ばれている。
設備は机と椅子と黒板で、学校の教室を思わせる造りだ。
しかし、何故この部屋を優先的に利用しているかは不明だったりする。
以前気になってミーナに質問してみたが、彼女にもわからないらしい。
ただ、理由を知ったところで何か得をすることもないため、今は出来る限り気にしないようにしている。
「あ、リーダー、ちょっといいですか?」
アーヴィンはレオの説明を遮った。
彼がこうした場で自発的に発言するのは珍しい。
それをよく理解しているレオも少し驚いていた。
「どうした?」
「いや、まさかとは思うんですが、今回は俺たちだけですか?」
「そうだ。何か不満か?」
「いや…まぁ、不満はないんですが、いつもみたいに調子が出ないっていうか、むしろ調子が悪いっていうか?」
「お前それ、大丈夫か?」
歯切れの悪いアーヴィンの対応に思わず横槍を入れてしまった。
まぁ、彼の言いたいことはわからないわけではない。
この状況は彼でなくとも疑問に思うだろう。
もちろん僕も初めから違和感を覚えていた。
そう、ムードメーカーのミーナの姿がなかったのだ。
「そうだったな、二人にはまだ説明していなかった。彼女は今朝早く別のチームの増援に行ったんだ。つまり今回は別行動だ」
「…マジ?」
「大マジだ。他には?」
「いや…無いです」
アーヴィンは先ほどまでの勢いを失って大人しくなった。
その表情は少し寂しそうにも見える。
それを見て気付いたことがあった。
普段、ミーナが僕らを引っ張ることで、良い意味でチーム内をかき回している。
これはコミュニケーションをする上で重要な要因になるだけでなく、同時に作戦行動中のギスギスした空気を和らげる効果があった。
しかし、彼女が意識してそう振る舞っているわけではなく、自然体だったため今まで気付きもしなかった。
そういう意味で、チーム内におけるミーナの存在は重要だ。
アーヴィン自身も調子が出ないと不安を感じているため、彼女への精神的依存が伺える。
レオはそんな彼の様子をよそに一つ咳払いをして場の空気をリセットした。
「…続けるぞ?今回の依頼は南西部にあるベルトンの村長からだ。何でも最近、村で管理する農園に大量のクローラーが出没するようになったらしい。今のところ人的被害は報告されていないが、生産している作物に深刻な影響が出始めているそうだ」
レオのいうクローラーは、一言でいえば巨大な芋虫の怪物だ。
個体差はあるが、大きいものは牛ほどもあり雑食性で何でも食べる。
つまり、今は作物の被害だけだが、食べ尽くせば人間を襲う可能性もあり、このまま放置するのは危険だ。
何よりベルトンの穀物は大半が輸出されるため、供給量が落ち込めば食料危機に繋がる恐れもある。
「大量のって、実際にはどれくらいなんです?」
「依頼書に目を通してみたが、正確な数は明記されていない。ただ、ヤツらは繁殖力が旺盛だから、今ごろは相当数になっていると見て間違いだろう」
「じゃあ、俺たちだけで大丈夫なんですか?今回はただでさえ姉御がいないんですよ?」
アーヴィンは不安を隠さず打ち明けた。
確かに今回は有能な戦力を一人欠いている。
その中で相手の勢力が正確に把握できていないとなれば、不安に思うのも当然のことだ。
しかし、レオは普段と変わらず平然としている。
この落ち着きは自信に裏付けられたものであり、数々の死線をくぐってきた彼ならではだ。
「何、心配するな。所詮は巨大な芋虫だ。その気になれば素人でも数人で取り囲めば倒せるような相手だからな。心配はいらんさ」
「まぁ、それは…」
アーヴィンはまだ納得していなかった。
彼がこれほど慎重なのも珍しい。
やはりミーナの不在が思わぬ形で影響しているのだろう。
しかし、クローラー一体当たりの戦闘力はそれほど脅威ではない。
レオのいう通り、戦闘経験のない素人でも武器を手に数人で取り囲めば何とか仕留められる相手だ。
また、先日相手にしたオークと比べてもその差は歴然で、僕らほどの実力があれば倒すのは造作もない。
問題があるとすれば敵の数くらいで、いくら弱い相手だろうと複数で同時に襲われれば脅威になる。
簡単な相手だが気を抜くのは危険だ。
「アーヴィンの不安もわかる。だから考えもなしに攻めかかるつもりはない。まずは相手の戦力を把握するのが先決だ。場合によっては増援も要請する。これでいいか?」
レオの言葉にアーヴィンも納得したのか、一度だけ大きく頷いた。
さすがはチームの父親的存在だ。
注意事項をまとめ最終確認を終えると早速目的地を目指した。
移動には小型の荷台を引く一頭立ての馬車を利用する。
ある程度荷物も積み込めるため、数日程度の遠征にはもってこいの大きさだ。
また、荷台には雨風をしのげる幌がついているため、よほどの暴風雨でもなければ中で野宿も可能だ。
ハイマンからベルトンまでは単調な道のりが続く。
村自体は街道に直接面していないが、途中から専用の道が整備されているため問題はない。
また、平原の中を走る馬車道は何年にも渡って踏み固められている。
おかげで馬車の揺れは少なく快適だ。
ちなみに、この辺りはゴブリンと呼ばれる怪物と出会うことがある。
ゴブリンは先日戦ったオークの下位種族で、全身が緑色の怪物だ。
また、オークより知能も身体能力も低い代わりに集団行動を好みよく人を襲う。
主な武器は丸太を加工した棍棒だが、中には人間から奪った武具で武装するものもいる。
しかし、意打ちさえなければいつも通り対処すればいい。
「…まさか姉御なしとはなぁ。お前、不安じゃないのか?」
「おいおい、まだへこんでたのか?そりゃ、多少は感じるけど、悩んだって仕方ないだろ。やれることをやるだけさ」
それを聞いたアーヴィンは驚いた顔をした。
僕としては当たり前のことをいったつもりなので、彼の気持ちがよくわからないのだが。
彼は少し間を置いて再び口を開いた。
「…お前、年下なのに俺より落ち着いてるよな」
「いやいや、それほどでも…って、シッカリしろよ!」
思わずお笑い芸人のツッコミを真似てアーヴィンの頭を引っ叩いてしまった。
もちろん力は加減してあるが、不意打ちだったため彼の身体が前のめりに大きく揺らいだ。
「ちょ、お前、何しやがる!?」
「悪い悪い。でもさ、今、いい表情してるぜ?」
「…は?お前まさか…」
「ミーナを真似てみたんだ。気合入っただろ?」
「まったく…お前に励まされるとは思わなかったよ。だけど、そうだな、何か吹っ切れた気分だ」
「それでいいんじゃないか?一人で考えてるとネガティブになるからな」
「それ、経験者みたいな口ぶりだな?」
「経験者っていうか、その通りだからさ。俺だって悩んだりするんだぞ?」
「へぇ~お前がねぇ?」
アーヴィンは疑いの目で見てきた。
思えば自身のことを彼に打ち明けたのは初めてだ。
むしろ、今までは間にミーナが入っていたため、こうした状況も今までに経験がない。
どこか新鮮な気分だが悪い気はしなかった。
一人欠けることで、普段当たり前だったことを大切だと実感できるいい機会になった。
どちらといえば、今回はアーヴィンにとってというべきか。
二人でしばらく談笑していると急に馬車が停車した。
続けてレオが警戒の声を発した。
「ゴブリンだ!二人とも、戦闘準備ッ!!」
それを聞いて僕らは荷台の後部から外に飛び出した。
そこには棍棒を持ったゴブリンが二体とサーベルと槍を持った者がそれぞれ一体ずつの計四体が進行方向に立ちふさがっている。
気を付けなければいけないのはサーベルと槍を持った二体で、特に槍はリーチが長いため油断すれば命取りになる。
御者台のレオは馬が怯えないようしっかりと手綱を握っているため、今回の迎撃は不参加だ。
「アーヴィン、俺は槍とサーベルの相手は俺がする。残りの二体は適当に片付けてくれ」
「あいよ。じゃあ、任せるぜ」
最後にアイコンタクトを送って太刀を抜いた。
なるべく戦いを安全に終わらせるには、弱そうな方を先に叩く方がいい。
そのため、リーチの面で不利な槍持ちは後回しになる。
まずはサーベルを持ったゴブリンの殲滅を優先することにした。
幸い二体のゴブリンはお互いに一定の距離を取っている。
そのため、素早くサーベル持ちの間合いに入れば対処は難しくないだろう。
太刀を構えたまま腰を落として体勢を低くしてから、軸足で思い切り地面を蹴って飛び出し、一気に距離を詰めた。
自分でいうのも何だが、目にも止まらぬ速さだっただろう。
一瞬にして景色が流れると、目の前にサーベル持ちのゴブリンが居た。
次の瞬間には跳躍の勢いを乗せた太刀を真横に薙払い、胴を真っ二つにした。
斬られたゴブリンは何が起こったのか理解が出来なかっただろう。
それを証拠に、上半身が地面に落ちてから短い悲鳴をあげるとそのまま息を引き取った。
「ふぅ…」
短い息を吐いてすぐさま槍持ちと対峙した。
槍持ちも一瞬のうちに仲間を殺され少なからず動揺している。
心が揺れていれば虚を突くのは簡単だ。
あとはタイミングを見計らって思い切って懐に飛び込めばいい。
何より、槍の鋭利な穂先にさえ注意していれば、例えそれ以外の部分で殴られても致命傷には至らないのだから。
怖いのは一瞬だけなので、それを乗り切れば勝利は目の前だ。
槍持ちは僕を間合いに入れないよう、槍を左右に振って距離を保っている。
どうやら少しは使える頭がついているらしい。
点ではなく線で対応しているため、敬遠にはもってこいだ。
しかし、動きが単調になっているため、そこには必ず僅かな隙が生じる。
左右に振れるタイミングを見計らい、槍の先端部に思い切り太刀を叩き込んだ。
すると、穂先をいとも容易く切り裂き、槍としての機能を失った。
これではまともに突くことはできない。
ゴブリンは変わり果てた槍を見て完全に動揺している。
表情は驚きを通り越し引きつっているが、逃げ出す素振りはない。
聞くところによると、ゴブリンの本能には逃げるという選択肢がないという。
僕は、槍の間合いに注意して素早く後ろに回り込み、背中から心臓を一突きにして息の根を止めた。
「見事なものだな」
馬車に戻るとレオは満足そうな顔をしていた。
「見事もなにも相手はゴブリンだからな。これくらいは出来て当然だろ?」
「いや、私が驚いているのはそれだけではないさ。無駄のない動きもさることながら、返り血一つ浴びていないのだからな」
「あぁ、そのことか。少し注意すれば難しいことじゃないさ。まぁ、アイツはどうか知らないが…」
残りのゴブリンを倒したアーヴィンが馬車に戻ってきた。
頬と上着には紫色の返り血が僅かに付いている。
「相変わらずいい動きするぜ。ついつい見とれちまったよ」
「横目に見てたが動きが雑じゃなかったか?もう少しスマートにやれただろ」
「まぁまぁ、終わりよければ全て良しってね。おっと、これはお前の受け売りだったか」
アーヴィンはおどけて応えると頬の返り血を服の袖で拭った。
先ほどまでミーナの不在を気にしていたが、今は普段通りに振る舞っている。
さすがに吹っ切れたらしい。
この調子なら今回の遠征も問題なさそうだ。
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