シーン 39
日中、教皇が控えているのは大聖堂の一番奥にある祭壇だ。
そこでゼロル神と心を交わし、新たな啓示を受けるため祈りを捧げる。
その中で得られた知識や考え方は各神官や修道士たちに伝わり広く一般に浸透していく。
ただ、僕としては教皇のことをあまりよく思っていない。
特に神と心を交わして啓示を受けるという方法にはどこか詐欺めいた印象がある。
そもそも、この世界に神が居ると信じているわけではない。
僕はなるべくこの目で見たものだけしか信じないようにしているため、実際に確かめるまでは彼らの考えといつまでも平行線になる。
これも元の世界の経験だが、この手の宗教家は何かしら黒い部分があって信用できない。
そうでなければ教皇は近寄りがたい電波な人といったところだろう。
いくつか長い廊下を抜けて拝殿の前までやってきた。
目の前には白い重厚な扉があり二名の門番が槍を持って不審者に目を光らせている。
普通なら彼らに事情を説明しなければならない。
ところが、やはりここでもアラミスは目配せ一つで門番たちに扉を開けさせた。
おそらく分厚い鉄板に白の塗料で染色された扉はゆっくりと開いていく。
大人二人掛かりでようやく開いた扉の先に教皇の姿を見つけた。
アラミスよりも老齢な印象と胸まで伸ばした白い髭が特徴的だ。
教皇の頭の上には金色に輝く王冠が載っている。
確かに誰が見ても威厳があるように見えてしまう。
教皇は僕らの気配に気付いて振り向くとそのまま近寄ってきた。
「ほう、これはユウジ殿、お久しい。元気でしたかな?」
「えぇ、教皇様も変わりないようで何よりです」
「いやいや、これもゼロル様のお導きだ。して、今日は何用かな?」
「近況を報告に参りました。まぁ、あれからハイマンを拠点に経験を積みましたが、ダーシェ派に関する情報はほとんど何も。ただ、大神官から竜の谷に姉さんが捕らえられているという情報を聞いています」
僕は簡単に経緯を説明すると教皇も納得したように一つ頷いた。
彼の耳にも竜の谷のことは入っているらしい。
チラリとアラミスに視線をやるとこちらも同じように納得した様子だ。
「竜の谷といえばあの赤い竜が棲むという恐ろしい場所だな。だが、本当にダーシェ派の者が潜伏しているのか、その真意は定かではない。ユウジ殿もそこまで聞いておるのだろう?」
「えぇ、それはもちろんです。ですが、少しでも可能性があるのなら例え一人でも行ってみようと思っています」
「なるほど。決意は固いようだ。わかった、私も極力ユウジ殿に協力をするとしよう。必要な物があれば何なりと申すがいい」
「そうですね。必要な装備は物資に関してはあとで考えておきます。何分始めて行く場所なので」
「そうじゃな。わかった。竜の谷に詳しい者に話を聞くといい。名前はオテーという。竜の谷に入って戻ってきた数少ない精鋭じゃ」
「オテーさんですね、わかりました。ちなみにその方はどちらに?」
「この聖堂にある東塔じゃ」
「東塔ですね、わかりました」
この後、他愛もない世間話に花が咲いた。
正確には一方的にという方が正しい。
僕としては早くこの場を離れたかったのだが、教皇が身の上話を根掘り葉掘り聞いたため退出するチャンスを逃してしまった。
たまにベルの話を交えて会話が進んだため、余計に長引いたのはいうまでもない。
「…ふぅ、何かドッと疲れたな」
「そうですか?私は楽しかったですよ」
「そりゃ、ベルは始めてだからそうだろうさ。俺はこれで四度目だがあの手の人物と話すのは気が滅入る」
僕らはアラミスが用意した客間で一息ついている。
ずっと立ちっぱなしで話を聞いていたため余計に疲れてしまった。
身体を預けるソファーに浅く腰をかけ、足を投げ出すように身体の力を抜く。
一見するとだらしのない格好だが、案外この体勢が楽だったりするので気にしてはいない。
ちなみに、話し相手のベルは普段通り背筋を伸ばして座っている。
彼女はどこでもこの体勢なのでこれが普通だ。
幼少期をどのように過ごしてきたかはわからないが、どこに出しても恥ずかしくない娘といったところか。
「そういえば、オテーという方に会わないんですか?」
「そのつもりだよ。確か、東塔だったな」
「えぇ、何でも優秀は兵士だとか」
「そういってたな。竜の谷から帰ってきた数少ない人物って話だけど、一体どんなヤツなんだろうか」
かなり危険な場所から生還したとなれば、相当に屈強な人物だと想像される。
頭の中にはボディービルダーのような筋肉隆々な男の姿が思い浮かんだ。
「アラミス様も一緒に来てくださればよかったのに」
「仕方ないだろ。あの人はアレで結構忙しいんだよ」
「そうですか…」
ベルは少し寂しそうに肩を落とした。
当の本人は用事があるということで席を外している。
一体どこで何をしているのか不明だが、余計な詮索は無用だ。
何かあれば自分から伝えてくるタイプなので、そうしないところ見るとあまり都合のいい話ではないらしい。
むしろ、家庭の事情であれば他人が口出しするだけ野暮というものだ。
休憩を終えて東塔へと移動した。
大聖堂の面積は野球場の三つ分に相当する。
そのため、僕らが居る西塔の客間から東塔へは同じ敷地内とはいえかなりの移動距離となる。
階段を降りて一度外に出てから、建物を迂回して西塔へ向かわなければならない。
今日は雲ひとつない快晴なので問題はないが、これが雨天なら相当に煩わしく思うはずだ。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に目的の東塔が見えてきた。
この塔には大聖堂に使える従者や兵士たちの宿舎が集められている。
つまり、僕らが先ほどまで居た西塔は来客用の建物になる。
東塔に入るとすぐに受付があった。
外来者はここで入室許可を取らなければならない。
雰囲気としては病院の受付カウンターといったところか。
受付には僕と同じくらいの若い女性が座っていた。
彼女に事情を説明すれいいらしい。
「すみません、こちらにオテーという方がいると伺ってきたのですが」
「はい。こちらにオテーはおります。どのようなご用件でしょう?」
「教皇様から彼に話を聞くようにと伺っています」
「それでしたらお話はすでに伺っております。このまま真っ直ぐ進んでいただきますと階段がございます。オテーは塔の三階におりますのでそちらをお尋ねください」
女性に礼をいうと指示通りに奥へと進んだ。
この世界の建物はほぼ全て石でできているため、塔の中は洞窟のようにひんやりしている。
夏は快適だが寒さの厳しい冬は少々辛い。
それでも、石を使えば防火性に優れ、外敵からの襲撃にも強いため少しくらいの不便は承知の上だ。
足早に階段を駆け上がりオテーのいる三階を目指した。
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