シーン 34
サラマンダーには一度勝っているため、特別気負うことはない。
普段通りの実力が出せれば問題はないだろう。
不意に襲ってくる炎にだけ気を付けて太刀を構えた。
サラマンダーの体長は前回の個体とほとんど変わらない。
能力的にも以前と同じ程度だろう。
サラマンダーは口を大きく開けて威嚇をしてきた。
おそらく並みの人間なら恐怖する光景だ。
実際、元の世界でサラマンダーほどの大きさの肉食動物と対峙すれば怖くて足が竦んでしまう。
今でこそ人並み以上の身体能力と心強い武器を手にしているため、それを思えば安心感がまるで違う。
太刀を握り直してゆっくりと間合いを詰めた。
それを見てサラマンダーは得意の炎を吐き出そうと予備動作に入る。
しかし、まだ距離が離れているため、炎が見えてからでも避けるのは難しくない。
炎の軌道を事前に予測して回避行動に入ると、僕が先ほどまで居た場所を炎が通り過ぎた。
頭の中ではすでにどのように倒すのか検討がついている。
前回と同様にひっくり返して動きを封じてやればいい。
得意の炎を避けられたことでサラマンダーに焦りの色が見える。
再び大きく口を開け、そのままこちらに突進してきた。
しかし、この状況は僕にとって好機だ。
サラマンダーの口の中は急所になっている。
これならば無理に身体をひっくり返さなくても倒すことが可能だ。
太刀を後ろに引いて体勢を低くして一気に距離を詰めた。
辺りの風景が目まぐるしく変わり、瞬きをする程度の僅かな時間でサラマンダーを太刀の間合に捉える。
身体は加速した勢いがついており、普段よりも強力な一撃が放てる状態だ。
そのまま太刀を横薙ぎにしてサラマンダーの口角を斬り裂いて息の根を止めた。
途端に周囲から歓声が上がった。
見渡すと物陰に隠れて戦況を見守っていた住民たちが姿を現し、僕に賞賛の声を上げている。
僕は刃に付いた返り血を振り払い鞘に収めた。
「みなさん、ここは危険です。組織の建物に避難してください」
興奮する住民たちに声をかけて避難を促した。
元々、組織の建物は有事の際に避難場所として活用されている。
他の建物より頑丈に造られているため、自宅や店舗に留まるより遥かに安全だ。
僕の指示に従って住民たちが移動を始めた。
これで当面の安全は確保されたことになる。
しかし、サラマンダーの他に数体の魔物が町の中に侵入しているはずだ。
それらを早く見つけて処理しなければならない。
目を閉じて意識を集中すると、この場所から西の方角に人ではない気配を感じた。
猛スピードで移動しているため、町に侵入した魔物だと推測される。
町の地理は頭に入っているため、先回りをして気配の主と接触することにした。
細い路地を抜け、レンガ造りの壁を越えて大通りへと飛び出す。
気配の主も僕の動きを察知して歩みを止めた。
「こいつは…ベアウルフか。珍しいヤツが入り込んだものだな」
思わず独り言が漏れた。
目の前に居るのは名前の通り熊のような巨体を持つ狼だ。
この魔物は大陸の南に広がる森林地帯が生息域になっている。
そのため、大陸の中央部にある平原に現れることは滅多にない。
僕も組織で仕事をしていなければ一生で会うことにない魔物だ。
このベアウルフは平原にいる狼とは違い、巨躯から想像できない俊敏性を発揮する。
しかし、過去に一度戦った経験があるため、対処法については熟知しているつもりだ。
太刀を抜いて迎撃の体勢に入った。
先に動いたのはベアウルフだ。
そして、これは作戦通りでもある。
全速力で突進してくるベアウルフを太刀で受け止めた。
太刀からはズリシという重みを感じるが身体が吹き飛ばされるほどではない。
反対にこちらから力で押し返すとベアウルフの身体が後退した。
この程度の攻撃ならレオが放つ全力の一撃の方が脅威だ。
僕は動きが止まったベアウルフをさらに押し返した。
その衝撃で後ろ足がバランスを崩す。
腰砕けになった状態では得意の俊敏性は発揮できない。
何とかバランスと保っている前足に蹴りを入れると、ベアウルフの身体は“伏せ”の状態になった。
こうなってしまえば赤子の手を捻るようなものだ。
太刀を頭の上から振り下ろして息の根を止めた。
「見事なものだな。私の加勢は必要なかったらしい」
「これくらい出来て当たり前だと。それより、早かったじゃないか。よく場所がわかったな」
一足遅れてレオが僕と合流した。
どうやら一直線に僕のところへ来たらしい。
全力で走ってきたようだが息切れはしていなかった。
「気配でわかるさ。それより、近くに異質な殺気を感じる。場所はわかるか?」
「当たり前だろ。まったく、魔法ってのは何でもありだな」
「気を抜くな。爪に注意しろ」
「わかったよ。お前も遅れを取るなよ?」
「誰に物をいっている」
レオは僅かに口元を緩めて笑みを浮かべた。
そして、二人で殺気の主を睨みつける。
視線の先にはスケルトンと呼ばれる骸骨の兵士の姿があった。
スケルトンは骸骨の姿をした亡霊で、魔法の力により成仏しなかった人間の兵士が素体になっている。
また、能力も生前のものが引き継がれているため、個々の実力はまちまちだ。
スケルトンの強さを見極めるポイントは持っている武器でおおよその実力を判別できる。
「ほぉ、ツーハンデットソードか。こいつは大物だぞ」
「元傭兵か。相手にとって不足なしだ」
スケルトンが持っていたのは両手持ち用の巨大な剣だ。
長さは僕の身長ほどもあり、相応の腕力がなければ扱う事ができない。
つまり、生前はそれなりの実力者だったと予想される。
スケルトンはツーハンデットソードを引きずりながら迫ってきた。
武器その物が重たいため、俊敏性は欠いているようだ。
それでも、ツーハンデットソードの一撃は直撃すれば致命傷になる。
間合に注意しながら二人で攻めかかった。
まずはレオがスケルトンの前に立ちはだかった。
同時にスケルトンの注意が彼に注がれる。
僕はその隙に横を駆け抜けて背後に回り込んだ。
前後からの挟み撃ちにすれば脅威は半減する。
スコルトン越しに目で合図を送り攻撃のタイミングを計った。
ところが、スケルトンは僕らの行動を予測していたのか動じる様子はなかった。
次の瞬間、持っていた剣を振り回し、その場で回転を始めた。
その光景は独楽のようだ。
勢いよく振り回された剣は間合いが広く容易に近付くことができない。
「ユウジ、よく見ておけ!」
レオには何か策があるらしい。
彼は力強く足で地面を蹴り、大量の砂を巻き上げた。
同時に砂は回転を続けるスケルトンに吸い寄せられ完全に視界を遮った。
ちょうど煙幕を張ったような状態だ。
スケルトンは予想外の砂煙に動揺したらしく、勢いよく振り回していた剣を急に止めた。
僕の側からはスケルトンの背中が見えている。
レオは状況を理解できていないスケルトンに対し、砂煙を斬り裂いてサーベルを真横に振り抜いた。
スケルトンは彼の放った強烈な一撃で背骨を破壊され、上半身が地面に落ちた。
しかし、元々死んでいる人間の肉体なので、この程度で死ぬことはない。
完全に息の根を止めるには、頭蓋骨の中にある魔力を吹き込んだ宝石を破壊する必要がある。
彼は手早く頭蓋骨を踏み割り、中に入っていた宝石をサーベルの切っ先で真っ二つにした。
スケルトンは動力源ともいえる宝石を失い、全身の骨がバラバラと崩れ落ちた。
「まさか砂煙で視界を遮るとはな。あんな方法があるのか」
「戦いとは常に状況が異なる。時には機転を利かせることが戦いの中で優位に立つ秘訣だ」
「なるほどな。覚えておくよ。それより、今のスケルトンで最後か?」
「そうだな。周りに敵の気配はない。どうやら町に入り込んだ魔物は殲滅できたようだ」
「それなら入口の援護に行こう。いくらアイツらが頑張ってるとはいえ、長期戦は分が悪いからな」
僕らは急いで入口へと向かった。
入口付近にはまだ無数の敵の気配があり、交戦が続いているようだ。
残っている魔物はゴブリンやオークなど比較的倒しやすい者が多い。
それでも物量戦になれば数が多い魔物側が有利になる。
これ以上被害を拡大させないためにも急いでアーヴィンたちとの合流が必要だ。
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