シーン 31
夜。
暗闇の中の警備は神経を使う。
一応、気配でおおよその位置を掴むことはできるが、実際に目で見るより精度は低い。
そのため、正確に相手の姿を確認するには、松明の光が十分に届く範囲にまで引きつける必要がある。
下手をすれば発見が遅れて惨事になる場合もあるため油断は禁物だ。
僕は町を囲む高い石の壁に背中を預けて腰を下ろした。
いくら警備だからといって、ずっと立っているのは正直にいって辛いものがある。
すぐに動けるよう気にかけながらの小休止だ。
少し小腹が空いたのでラスクに手を伸ばした。
長期の保存が可能なラスクは野外の活動で非常に重宝する。
二課に買い出しを頼んだので多少の不安はあったが、ちゃんと指定のシナモン味を買ってきてくれた。
口の中でほどよい甘さが広がり少し疲れが取れた気持ちになる。
一つ難点があるとすれば、口の中の水分を根こそぎ奪われることだろうか。
一度にたくさんのラスクを口に詰め込むのは賢い食べ方ではない。
革袋を加工した水筒を取り出して適度に喉を潤した。
「随分と余裕だな。退屈か?」
「そう見えるか?」
「ふふッ、普段通りで何よりだ」
レオはニヤリと笑って隣に座った。
身体が大きいだけに座高も高い。
少し見上げるようにして話を続けた。
「それで、どう思う?」
「何がだ?」
「とぼけるなよ。お前が俺の側に来たということは、何かあるんだろう?」
「相変わらず鋭いな。お前らしいといえばお前らしいが」
「回りくどいことは好きじゃないんでね。襲撃の兆候でも見つけたのか?」
よく見るとレオは暗闇の一点を見つめていることに気が付いた。
視線の先に何があるのかはわからないが、微かに動くものの気配を感じる。
姿は見えないが人間が発する気配でないことがわかった。
「どうやら気付いたようだな。数はわかるか?」
「三つ…いや、四つは確認できる。まだ向こうは気付いていないみたいだな」
「ほう、そこまでわかるのか。では、そろそろ戦闘準備と行こうか」
レオはおもむろに立ち上がり剣を手に取った。
視線は先ほどから気配の方向へと向けられている。
気配の主はまだこちらに気付いた様子はない。
それでも、松明が煌々と光を放っているため、気付かれるのは時間の問題だろう。
僕も太刀を抜いて迎撃の体勢を整えた。
僕らの動きを見て、他の門番たちも状況を理解したらしい。
それぞれが得意の獲物を持って警戒を始めた。
「気配の動きが変わった。気付かれたぞ」
レオが警戒の声を発すると、闇の中で地面を踏みしめる音が聞こえてきた。
その足音が徐々に迫り、松明の光で輪郭が浮かび上がってくる。
次の瞬間、闇の中から鉛色に閃く刃物が飛び出してきた。
それは長さが十センチほどある槍の穂先だ。
槍はそのまま近くにいた門番の一人に襲い掛かった。
しかし、鉄製の胸当てをつけていたため、甲高い金属音が鳴り響き火花が飛び散った。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫です!クソッ、姿が見えない」
攻撃を受けた門番は無事を知らせるとともに焦りの声を漏らした。
先ほど槍の一撃を入れた何者かは再び闇に紛れて姿を隠してしまった。
しかし、周りにはしっかりと四つの気配がある。
僕は松明の中から燃え盛る薪を一つ抜き取り、気配のする方に放り投げた。
すると、炎に照らされて気配の主が姿を現した。
「気を付けろ!リザードマンだ」
レオがいち早く声をあげた。
そう、僕らを襲ったのはリザードマンと呼ばれる亜人種だ。
リザードという名前の通り、トカゲの姿をした人型の怪物でそれなりに発達した知能と二足歩行を可能にする足腰をもっている。
また、自由になった手には人間から奪った武器を持っていることが多く、先ほどの槍もどこかで奪ってきたものだろう。
リザードマンは姿を晒したことで一斉に距離を縮めてきた。
四方からそれぞれ別々の武器を持って襲い掛かってくる。
僕は正面から向かってくる槍を持った個体を相手にすることにした。
チラリと視線を送ると、レオは片手でも扱えるフランキスカと呼ばれる小型の斧を持った個体を相手にするようだ。
他の二対はそれぞれサーベルと棍棒を持っている。
僕ら以外の門番は四人居るので、それぞれを二人一組になって相手をするようだ。
僕は改めて槍を持ったリザードマンを見た。
身体は緑色の鱗に覆われ、口には石器時代の矢尻のような歯が並び、指先から伸びた鋭い爪も見える。
手にした武器の攻撃も厄介だが、牙や爪の攻撃も警戒しなければならない。
まずは牽制にと上段から太刀を振り下ろした。
すると、リザードマンは慌てて後ろに飛び退いて僕の攻撃をやり過ごした。
しかし、僅かにタイミングが遅れ、肩口の辺りを僅かに切り裂いた。
今の一撃が決まっていれば一刀両断できただろう。
決して手を抜いた攻撃ではなかったため少し驚いた。
反応速度はそれなりに高いようだ。
今の一撃を受けてリザードマンは距離を取った。
それなりに高い知能を持っているため、太刀の間合に入らなければ安全と考えたのだろう。
同時にリーチの長い槍での攻撃が有利になる。
リザードマンは槍を引いて攻撃の体勢に入った。
槍の攻撃で最も注意しなければいけないのは、勢いよく槍を突き出した瞬間だ。
これは剣での突きを放つ時と同じだが、リーチが長いだけに避ける時は左右のどちらかに移動しなければならない。
下手に後退すれば穂先の餌食になってしまう。
僕は攻撃が放たれた瞬間に穂先の軌道を見切って重心を左に傾けた。
槍は僕がつい先ほどまで居た場所を通り過ぎて空を切った。
こうなってしまえば次の攻撃を仕掛けるまでに若干のタイムラグが発生する。
つまり、隙が生まれたことになる。
僕は太刀で槍の柄を真ん中から切り落とした。
穂先がなければ脅威は格段に減る。
また、短くなった槍は本来持っているリーチの長さを生かすことができない。
一転して優位に立つことに成功した。
この間、ほんの数秒といったところだろう。
動揺するリザードマンに再び上段から素早く斬り付けた。
今度はしっかりと手応えがあり、硬い鱗を切り裂いた。
続けて太刀を引き、左から右へ思い切り振り抜いた。
全力で放った一撃は、リザードマンの胴体を二つに切り分けた。
足元には脊髄反射で僅かに動く上半身が見える。
このまま放置しても害はないが、万が一ということも考えられる。
太刀の切っ先を足元に転がった頭に付きたて、完全に息の根を止めた。
こちらの戦いが終わり、周りを見渡した。
レオも僕とほぼ同じタイミングで勝負を決め、足元には胸を貫かれたリザードマンが転がっている。
どうやら決定打は心臓への突きだったらしい。
他の二体も絶妙なチームワークでリザードマンを退けた。
さすがに重要な入口を守る門番だけはある。
「みんな、無事か!」
「はい、こちらは何とか。お二人はご無事でしょうか?」
「こちらも問題ない。無事で何よりだった」
レオが最終確認をしてリザードマンの生死を確認した。
辺りを見渡して大きく頷いたところを見ると、制圧は完了したらしい。
不意な襲撃だったが、事前に十分準備をする時間があったため、視界が悪い中でも無傷で勝利を勝ち取ることができた。
それも、レオがいち早く敵の気配に気が付いたからだ。
さすがはチームのリーダーを務めるだけのことはある。
「レオ、このリザードマンたちが襲撃だったのか?」
「どうだろうな。これほど手応えのない連中では、我々が助力しなくとも守りきれただろうな」
「襲撃っていうからもっと激しいものを予想していたんだが」
「確かに、以前倒したミノタウロスと比べたら脅威というにはほど遠いだろう」
レオは突然暗闇の方に視線を向けた。
僕もそちらに注意を向けると、先ほどのリザードマンとは違う別の気配を感じた。
同時にズルズルという重たいものを引きずるような音も聞こえてくる。
「どうやら本命が現れたらしい。今度のヤツはリザードマンとは比べ物にならんぞ」
いつになくレオの表情が強張っている。
こんな表情を見たのはいつぶりだろうか。
普段から険しい顔をすることはあっても、必ずどこかに余裕を持っている。
それが今の彼には見当たらなかった。
そんなただならぬ雰囲気を感じ取り、僕らは改めて武器を取った。
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