シーン 30
翌朝。
身支度と朝食を済ませて宿舎の外に出た。
今日はこれから町の中を散策する予定だ。
町の中を把握することで不意な事態にも対処しやすくなる。
出来れば一人で出かけたいところだが、監視役のレオも一緒に同行することになった。
その気になれば振り切れないこともないが、後々のことを考えると不信な行動は得にはならない。
この際、割り切って受け入れる方が得策だ。
せっかくなので彼には案内役を依頼した。
最初に訪れたのは町の中心にある教会だ。
多くの場合、教会は町のシンボルとして中心部に建てられることが多い。
理由は町のどの場所からでも目に付くようにという配慮からだ。
どこからでも見られる場所に置くことで、人々は心のより所としている。
建物は中世のゴシック様式に似た繊細な造りになっていた。
石を加工して一つ一つ積み上げる技術力の高さは圧巻の一言だ。
地上から塔の先端までの高さは三十メートルほどあり、真下から見上げると首が疲れるほど。
しかし、教会といっても十字架は掲げられていない。
代わりにゼロル神を象徴するレリーフが見えた。
左手に盾を構え右手の剣を天高く掲げた女性の姿が形取られている。
これは創造を司るゼロル神が破壊を司る邪神ダーシェを封印して世界に安定をもたらした図が元になっているようだ。
このレリーフからもわかるように、ダーシェ神は今も世界のどこかで封印されているという。
ダーシェ派はその封印を解こうとして僕の姉さんをさらっていった。
しかし、何故姉さんが必要だったのかという謎が残る。
おそらく異世界から来た使者に何らかの希望を見出したからだろう。
もちろん、元の世界では平凡な姉弟だった僕らにそんな力があるとは思えない。
この世界でも教会は祈りを捧げる場所として重宝されている。
祈りの時間になれば多くの信者が詰めかける一大スポットだ。
建物をよく見ると天を突くように伸びた塔が見える。
この様式は他の教会にも見られる一般的なものだ。
これは天から見守るゼロル神の加護を少しでも近い場所で得ようという狙いがある。
塔は先へ行くほど細くなり、先端は槍のように鋭い。
一般人が登れるのは塔の中腹にある鐘楼までとなっている。
「熱心だな。何か面白い物でも見つけたか?」
教会を黙って見つめていた僕にレオが声をかけてきた。
実際、そこまで熱心に見ているという自覚はなかったが、彼にはそう映ったらしい。
「そうだな。あの鐘楼からだと町が見渡せるんじゃないかと思ってさ」
「なるほど。ただ黙って眺めていたわけではないか。さすがだな」
「さすがも何も、この散策は観光じゃなくて事前調査だろ。少しでも有効に活用できそうなところは重点的にチェックする。基本だろ」
鐘楼があるのは地上から二十メートルほどだ。
この世界では宗教の教えにより、教会よりも高い建物を作ってはいけない規則がある。
また、建築技術の関係で、一般的な大工は三階建てを越える建物が造れないようだ。
それ以上高い建物は倒壊の恐れがあるため、特別な許可がない限り建てることはできない。
つまり、鐘楼のある高さからなら町をぐるりと見渡せるというわけだ。
「実はな、あの場所には組織の者が交代で常駐している。異常があれば鐘を打ち鳴らして危険を知らせる見張り役だ」
「じゃあ、わざわざ登らなくても大丈夫ということか」
「興味があれば一度登ってみるといい。塔の入口にいる番兵に事情を説明すれば通してくれるはずだ」
レオの勧めで鐘楼に登ることになった。
荘厳な雰囲気の教会内部を抜けて中庭に移動する。
塔は建物から独立した構造だ。
槍を構える番兵に事情を説明するとすんなりと通してくれた。
やはり組織の名前は伊達ではないらしい。
一人感心しながら螺旋階段を登って鐘楼に続く扉を開いた。
「すまない、少し見学させてもらうよ」
一応、組織の紋章が見えるようにして見張り番の男性に断りを入れた。
彼も組織の一員なのでレオの顔は知っているはずだ。
紋章を見せなくても顔パスでいけたかもしれない。
「思ったよりも見晴らしがいいな。へぇ、こうなってるのか」
目の前に広がる風景を見て思わず声が漏れた。
高い位置から見渡せば町の詳細が手に取るようにわかる。
気になったのは町の西側に出来た空き地だ。
レオによれば、前回のミノタウロスの襲撃で建物が壊滅的な被害を受け、取り壊された跡だという。
他にも市街地の真ん中に点々と空き地があることに気が付いた。
「あれも襲撃の影響か?」
「いや、あれは避難場所だ。あそこの地下壕が掘られている」
「ここから見た限り結構広そうだが、どれくらい収容できるんだ?」
「一度に入れるのは百人くらいまでだ。ただ、食べ物や水の備蓄がないから、その場に留まれるのは二日が限度だろう」
「実際、その避難場所を使った事例はあるのか?」
「私が知っているだけで二度ほどだな。以前、ミノタウロスに襲われた時とそれ以前の一回だ」
「なるほどな」
町の中を見渡せばそれらしい避難場所をいくつも見つけることができた。
各地に点々と作られているため、町の住民が手近な地下壕へ逃げやすくなっている。
鐘楼から買い物客で賑わう露店街を見た。
まだ昼前だというのに客足の多さは目を見張るものがある。
さすがは大陸東部で有数の貿易都市だ。
鐘楼から町全体を見渡して地理を頭に叩き込んだ。
もし、敵が襲ってくるとすれば警備が難しい町の南側だろう。
南側には多くの人や物が行き交う門があり、常に開け放たれている。
仮に、多勢で押し寄せてくれば駐在する職員たちでは抑えきれないだろう。
レオに確認したところ、僕が守るのは主に南側の門だと教えられた。
守りが手薄なところへ効率よく戦力を配置する狙いだ。
満足したところで鐘楼を後にした。
これから行くのは町の南にある門だ。
僕らが実際に守る場所でもあるため、直接見ておく必要がある。
南側の門はこの町の主要な出入口で、ちょうど建物の玄関部分だ。
この町に訪れた時にも通り過ぎた場所だが、改めて見ておいて損はないだろう。
「改めて見ると広い間口だな」
「出入が多い町だからな。これくらいは普通だ」
間口の広さは縦が五メートル、横が十メートルほどだ。
これくらいの広さがあれば馬車同士が容易にすれ違うことできる。
同時に、敵が町へ大量に流れ込む可能性もあり、ここをどうやって死守するのかが問題だ。
入口には左右に二人ずつの職員が配置されている。
それぞれ武器を携帯しているが、この人員では少し物足りない印象だ。
「四人で警護か。もう少し人員が欲しいところじゃないか?」
「だから我々もここを守るのだよ。不服か?」
「いや、守れといわれれば俺一人でも守りきる自信はある。まぁ、相手にもよるが、レオが居てくれれば何が襲ってきても問題はないだろうさ」
「その意気込みがあれば問題ないだろう。ただ、慢心は容易に足元を掬う。いつ何時も気を抜くな」
僕らは下見を済ませて宿舎に戻った。
襲撃は今日から数日以内に行われる予定になっている。
出来ることなら今晩から警戒に当たった方がいいだろう。
レオと相談したところ、夕食後から警備につくことになった。
それまでに必要な装備を調達する必要がある。
夜の警備となれば必然的に腹が減るだろう。
夜食の準備も必要だ。
「レオも夜食いるよな?買いに行くけどどうする」
「わざわざ買いに行く必要はないさ。必要なものは二課の者に頼めばいい」
「だからって、アイツら俺の好みわかってないんだよ。この前だって、ジンジャー味のラスク買って来たんだぜ?俺はシナモンが好みだって伝えてあったのに。わざとだろ、絶対」
「一度間違ったくらいで文句をいうな。必要なら私が直接伝えるまでだ」
「…わかったよ。で、他に必要な物は?」
「必要な装備は裏の倉庫にある物を使えばいい」
組織は常に装備を倉庫に備蓄している。
これは戦闘中に欠損した装備を素早く補充するための配慮だ。
僕の武器は代用が利かないものだが、予備の装備を借りておいて損はないだろう。
裏の倉庫に入ると整然と並んだ甲冑に出迎えられた。
奥には剣や槍などの予備が並んでいる。
その中に目当ての物を見つけた。
先端が針のように尖った短剣だ。
これはスティレットと呼ばれる突き刺し用の短剣で、片手で扱えるため初心者から達人まで幅広く使用されている。
長剣と違って小型なので予備の武器として携帯するのに最適だ。
腰のベルトにスティレットの鞘をぶら下げた。
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