シーン 3
翌朝。
目が覚めると組織が管理する宿舎のベッドに居た。
ここは組織のメンバーたちが寝泊まりするところで、それぞれに個室があてがわれた社員寮のような場所だ。
しかし、昨日はどうやって自室に戻ってきたのか記憶がない。
仕事を終えたあと三人で食事をしたところまでは覚えているが、それ以上詳しいことは思い出せなかった。
一つ確かなのは、ここが僕の部屋ということだ。
四畳一間の狭い部屋に木製のベッドが一台、他に家具と呼べるものはなく、下着や衣類、それに武具の類は部屋の隅に乱雑に積み上げてある。
せめて棚の一つでもあれば部屋を片付けようという気にもなるが、生憎そのような設備は設置されていなかった。
おまけに限られたスペースのため、洗面所やトイレ、それに風呂場は全て共用になっている。
おかげでチーム外のメンバーたちと顔を合わせる機会も多く、名前を知らない者は一人もいない。
「…痛つつ」
二日酔いのため辛い頭痛に襲われた。
昨日は久しぶりに記憶がなくなるまで飲んだため、当然といえば当然だ。
この世界の酒は喉が渇いた時にジュースの感覚で飲まれることが多く、ワインといっても元の世界のものよりアルコール度数がいくらか抑えられている。
おまけに口当たりがよく飲みやすいため、ペースを誤れば飲みすぎてしまうように出来ていた。
「…はぁ」
一つ深いため息をついた。
それは二日酔いになってしまった不甲斐なさと、たまに襲ってくる孤独感によるものだ。
ミーナやアーヴィンのように親しく接してくれる仲間が居るとはいえ、血の繋がった身内が居ないという事実には変わりない。
いや、連れ去られた姉の安否がわからない以上、この世界に身内が居ないと決めつけるのは尚早か。
どちらにしても、生きているのか死んでいるのかわからない以上、希望か絶望の二択しかない。
むしろ、その場で殺さず攫っていったのだから、何らかの利用価値があると見て間違いないだろう。
そうでなければ身の代金目当てとも考えられるが、これまでにそのような情報は入っていなかった。
つまり、その線は限りなくゼロに近いだろうと考えられる。
とはいえ、半年近く前ということを考えれば、仮に生きていたとしても元気な姿でいる保証はない。
「…何やってんだよ、俺は」
右手で顔を覆い天井を見上げた。
不意に目からこぼれ落ちそうになるものを必死でこらえ、悔しくて奥歯を噛み締める。
そう、僕がこの組織に加わったのは、姉を攫った者たちの正体を突き止め助け出すためだ。
しかし、今のところわかっているのは、ダーシェ派の犯行というくらいで、詳しい経緯などは不明のまま。
組織に入ってからというもの、ダーシェ派に関する情報は些細なものから直接関係のありそうなものまで手当たり次第に収集しているが、未だにわからないことだらけだ。
「…ユウジ、起きてるか?」
廊下から僕の名前を呼ぶ声がした。
声の主はアーヴィンだ。
僕は慌てて頬を両手で叩き、ネガティブになった心に喝を入れると彼を迎え入れる準備を整えた。
「あ、あぁ、鍵なら開いてるぞ」
「入るぞ」
ドアノブが回転してゆっくりと扉が開いた。
「どうしたんだよ、こんな朝っぱらから。まさか仕事か?」
時間にすれば午前六時くらいだろうか。
時計がないため正確な時間はわからないが、元よりこの世界の時間感覚は曖昧なことが多い。
そのため、通常の場合は太陽の傾き方でおおよその時間を割り出して共有している。
ただし、曇りの日はこの方法が使えないため注意が必要だ。
また、季節によって日照時間が異なるため、ある程度の慣れも必要になる。
「何だ、思ったより元気そうだな」
顔を見るなり言い放った彼の第一声はこれだった。
思ったよりということは、もう少し酷い顔を想像していたのだろうか。
無意識に頭に手を当ててさすってみたが、寝癖による頭髪の乱れはなかった。
「思ったよりって、心配してくれたのか?」
「まぁ、あれだけのことをしでかしたんだからな。普通だったらタダじゃ済まないぜ?」
「…え?」
思わず疑問の声をあげ、開いた口が塞がらなかった。
それを見てアーヴィンはため息を漏らした。
「覚えてないなら無理に思い出す必要はないさ。まぁ、当分俺たちはあの店には近付かない方がいいとは思うが…」
「それって…あッ…」
不意に抜け落ちていた記憶がぼんやりと蘇ってきた。
しかし、彼の言う通り、忘れたままでいた方がよかっただろうか。
脳裏に浮かんだのは荒れた店内の情景だった。
具体的には、僕らが囲んでいたテーブル周りが酷く乱れている。
辺りには食器が散乱し、厚さ二十センチ近くある木製のテーブルが真っ二つになっていた。
「…どうやら思い出しちまったみたいだな。なら仕方ない。店の弁償代、リーダーが立て替えてくれたよ。一応、お前にはお咎め無しって話だ。あと、ここまで運んだのはリーダーだからな。あとでよく謝っておけよ?」
「あ…あぁ、すまない。迷惑かけたな」
「迷惑ってほどじゃないが、姉御はビックリしてたぞ?」
「そっか…悪かったな」
「その言葉は二人にかけてやれ。俺は気にしてないから」
それだけいうと、アーヴィンは去っていった。
一応、これも彼なりの気遣いなのだろう。
彼の気持ちに感謝しつつ、着替えて部屋の外に出た。
思えば僕はこの世界の住民と根本的に違う部分がある。
それは身体能力についてだ。
具体的にはこの世界の住民に比べて数倍近い能力がある。
詳しいことはわからないが、考えられるのはおそらくこの星の環境によるものだろう。
まるで月面にいるような感覚で、身体の内から自然と力が湧き出してくるようだ。
もちろん、月には実際に行ったことがないため空想の範囲を出ないが、そんな感じだった。
おかげで少し力を入れれば、テレビで見るようなマジシャンのように、鉄製のスプーンをつまんだだけで曲げることも可能だ。
そのため、意識していなければ手当たり次第に周りの物を壊してしまうことがある。
それを考えれば、酔って自制が利かない状態ならテーブルの一枚や二枚割っても不思議ではない。
我ながら恐ろしい話ではあるが、事実なのでこれ以上考えても仕方がなかった。
廊下を歩いているとミーナの背中を見つけた。
どうやら朝食に向かう途中らしい。
昨日は彼女も相当量の酒を飲んでいたが、二日酔いのようには見えなかった。
さすがミーナというべきか。
「おはよう。昨日は悪かったな」
「おッ、ユウジか。おはよう。何、少し驚いたがどうということはないよ。まぁ、店のことは残念だったが」
「…すまん」
話のタネにと足を運んだ店だったが、悪い意味で忘れられない思い出になってしまった。
「気にするな。ウチにはもっと酷い暴れ方をしたバカも居るからな。あれくらいはギリギリ許容範囲さ。といっても、もう少し暴れていたら除名処分だったかもしれないがね」
「ギリギリって…」
ミーナはいつものように不敵な笑みを浮かべた。
どうやら思っていたほど気にしていなかったらしい。
普段と変わらない彼女の姿を見て安堵した。
「あと、レオにも詫びないとな…」
「それなら心配ない。ほら、ちょうど君の後ろにいる」
「…え?」
振り向こうとした瞬間、両肩をガッチリと掴まれてしまった。
熊のように大きな手の感触から、それがレオのものだとすぐにわかった。
「ふっふっふ、気にするな。お前は前だけを向いていろ。出来る限りの尻拭いをするのはリーダーの務めだからな」
「い、いや、だからって物理的に振り向けないようにする必要はないだろ?」
無理やり首と身体をひねってようやくレオの姿を見ることができた。
「ふむ、やはりお前の力強さは異質だな。さすがは異界人といったところか」
「レオの力だってシャレにならないぞ?俺くらいの体格なら動きを完全に封じられるんだからな」
レオは肩幅が広いため、プロレスラーやラグビー選手のような体つきをしている。
二メートル近い身長も相まって、大男と呼ぶに相応しい姿だ。
むしろ、毛深くないゴリラという方が正しいだろうか。
全身を丹念に鍛え上げられた筋肉で覆われ、服の上からでもよくわかるほどだ。
彼が愛用するフルプレートの鎧も、このくらいの肉体でなければ十二分に活かすことはできない代物だろう。
「ウチでレオと同等に力比べができるヤツはほんの一握りだからな。君が特別なんだよ」
「だよな…」
ミーナも呆れ顔だった。
このあと、三人で朝食を食べてそれぞれ食堂をあとにした。
この後の予定は特に決まっていない。
今のところ招集要請がないため、引き続きオフということになる。
しかし、休みといっても引き続き絶賛二日酔い中のため、どこかへ出かける気力はなかった。
このまま部屋に引きこもって可能な限り身体を休めたい気分だ。
その気になれば今すぐにでも眠れるだろう。
心が決まると普段よる重い身体を引きずって自室のベッドに飛び込んだ。
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