シーン 23
盗賊団の制圧は想定していたよりも早く終わった。
あとは今回の首謀者であるリーダーの男と魔法使いを組織に連れ帰れば仕事は終了だ。
両名はこれから尋問が待っている。
目的は組織や社会にとって不利益な情報を持っていないか調査するためだ。
ちなみにこの尋問は今回だけ特別に行うわけではない。
捕らえた犯罪者に等しく行われている。
こうすることで犯罪の芽を事前に摘むことができ、被害の拡大や拡散を防ぐのが狙いだ。
こうして集まった情報は組織内で共有され、次の仕事に活かされていく。
実際、以前にもこれで大規模なダーシェ派のテロを未然に防いだ実例もある。
また、この活動で共犯者の有無や事件の動機などがわかるため、本当の事件解決という意味合いが強い。
僕らは両名を担当者に引き渡して会議室に移動した。
これから本日の反省会が行われる。
議長のレオは少しいつもと違った雰囲気で僕らの前に立った。
「では反省会といこうか。というより、今回は特に反省すべき点はないな。強いていえばアーヴィンの挑発の仕方くらいか」
「り、リーダー…俺、そんなマズかったですか?」
「胸に手を当ててよ~く考えて見ろ。あのセリフ、まるで悪役だったぞ?それに、今回はうまく行ったが、場合によっては相手にこちらの意図を勘ぐられることもある。無闇に挑発すればいいというものでもない」
「…す、すみません」
レオの指摘にアーヴィンは肩を落とした。
実際、今回のような相手には悪くない作戦だったように思う。
味方が囮になりその隙に敵を包囲する。
少ない労力で最大限の効果があった。
そもそも、相手方が弱すぎて話にならなかったともいえるが、その点についてはあえて触れないでおく。
反省会はいつも半分くらいの時間で終わった。
ここからは個人の自由な時間だ。
時間はそろそろ夕方だが、夕食時まではまだしばらくある。
このまま部屋に引きこもって休んでもいいが、それでは勿体無いような気がしてならない。
結局、行くあてもなく町へと繰り出した。
見慣れた町の中を歩きながら何か新しいモノはないかと散策をする。
ハイマンは大陸で第三の人口と経済規模を誇る町なので、周辺の町や村とは違い様々な商売が盛んに行われている。
何気なく露天商が広げた商品に目を落とすと、手のひらサイズの小瓶がいくつも並べられていた。
中身に入っているのは香水だ。
この世界の庶民は毎日風呂に入る習慣がない。
そのため、体臭を気にする客商売の商人や娼婦などが好んで買っていく。
匂いの種類も豊富で、自分好みの香水を選べるのも人気の理由だ。
ただ、僕としてはあまり興味がない。
何故なら、組織には職員専用の風呂があるからだ。
とはいえ、日本の風呂のように温かいわけではない。
どちらかといえばプールに近いだろうか。
もちろん泳げるだけの広さはないのだが。
組織に風呂が設けられてはいるのは二つの理由からだ。
一つは返り血を浴びた身体を清めるため。
中には全身を赤黒く染めて帰ってくる者もいる。
そのため、衛生面と近隣住民に不快感を与えないようにという意味合いもある。
もう一つは僕らの仕事が基本的に客商売という理由だ。
特に町や村の有力者などと面談する機会が多いため、組織を代表する者として最低限の身だしなみは整えなければならない。
今でこそ水風呂には慣れたが、組織に入った当初は温かい風呂が恋しかったのを良く覚えている。
「…温かい風呂か」
ポツリと独り言が漏れた。
実はこのハイマンには温泉がある。
元々は地下から自然に湧き出していたらしい。
ただ、思えば今まで一度も利用したことはなかった。
理由は単純に行く機会がなかったから。
温泉そのものは、行く気になればいつでも行ける場所にある。
そもそも、元の世界で温泉や銭湯に一人で入った経験はない。
今まで縁遠かったのはそのためだ。
しかし、今でこそ一人でどんな場所にも出入りしているため、温泉くらい一人でも入れて当たり前だろう。
思い立つと目的地を町の中心部から北西部にある温泉に決めた。
町の北西部は温泉の他にも目立った特徴がある。
それは歓楽街という一面だ。
いわゆるセクシーな衣装を着た客引きのお姉様方が男性を誘惑しているため、用事がなければ近付くことはない。
組織の職員の中には足繁く通う者もいるが、あいにく僕には無用な場所だった。
しかし、温泉に行くとなれば避けては通れない。
などと考えているうちに歓楽街にたどり着いた。
目的の温泉は歓楽街を抜けた先にある。
「…ふぅ」
小さく息を吐いて一歩を踏み出した。
初めての場所はどうしても緊張してしまう。
肝心なのは場の雰囲気に呑まれないことだ。
油断をすればたちどころに餌食になってしまう。
少し歩くと最初の関門にぶつかった。
いかにも風俗店というセクシーな女性のイラストが描かれた看板の店が見える。
店先には露出度の高いドレスを着た娼婦が色目を使って客引きをしていた。
ドレスは胸元と背中が大きく開き、色白の太ももが大胆に見えるスリットも入っている。
娼婦は僕の姿を見つけると、投げキッスをしてアピールをしてきた。
風俗店を利用する目的でここを訪れる男性なら、今ので誘惑されているだろう。
しかし、僕はこの場所に用があるわけではない。
利用する意思がないという意味を込めて首を横に振った。
そこから少し歩くとさらに別の店が見えてきた。
今度はカップル同士が利用するレジャーホテルだ。
こちらの客引きは女性だけでなく男性の姿もある。
ただ、今回は僕一人なので客引きに会うことはない。
さらに歩くとようやく目的地が見えてきた。
今までの歓楽街とは明らかに雰囲気が違う。
利用者の客層も様々で年齢も幅広い。
服装から判断するに旅行者の姿が多いようだ。
実際、ハイマンへの旅行客の大半はこの温泉を目指してやって来るといっても過言ではない。
それだけ温泉が珍しい施設ということだ。
温泉の印象は想像していたものと少し違っていた。
施設の周りは高い板塀で囲まれているものの天井はない。
そのため、塀の向こう側から立ち上る湯煙がよく見えた。
辺りにはかすかに温泉特有の硫黄臭もしている。
施設を利用するには遊園地のチケット売り場のような建物で係員に料金を支払うシステムだ。
また、料金を払うとタオルを貸してもらえるため、手ぶらでの入浴ができるのもうれしい。
料金を支払い早速中に入った。
脱衣場はちゃんと男女で分かれていた。
この点はよく知る温泉や銭湯と変わらない。
脱衣場には脱いだ衣服を預けるカゴが置いてある。
しかし、貴重品を預けるコインロッカーはない。
その代わりに貴重品を管理する“持ち子”と呼ばれる専門家たちがいる。
彼らに料金を支払えば入浴している間、貴重品を預かってくれる仕組みだ。
また、紛失や窃盗が起きた場合でもまず“持ち子”が疑われる。
“持ち子”たちも自分が犯罪者にはなりたくないため、律儀に職務を全うするのでお互いに信頼関係が生まれるらしい。
彼らも商売なので、下手なことはできないという心理をうまく利用している、
このシステムはどの温泉施設でも一般的に利用されているそうだ。
「これを頼む」
「かしこまりました」
“持ち子”の青年に貴重品と料金を支払った。
中にはチップを渡す者もいるが、それが一般的な規則というわけでもない。
僕としてはチップを支払うのは親しくなってからでも遅くはないように思う。
脱いだ衣服をカゴに入れタオルを肩に掛けた。
とても開放的な気分だが特に恥ずかしいという気持ちはない。
こんな場所では堂々としている方が正解だ。
脱衣場から風呂へと通じる扉に手をかけ、勢いよく開け放った。
しかし、僕はその扉を素早く引き戻し、しばらく思考が停止した。
「何だい兄ちゃん、入らないなら邪魔だ退きな」
不意に背後から他の利用客が不満の声をあげた。
どうやら僕のことをいっているらしい。
慌てて道を空けると、声を掛けてきた男性は意気揚々と入っていった。
ここで僕が躊躇した理由を今一度考え直す必要がある。
そう、目に飛び込んできたのは男性客に交じって女性の姿を見つけたからだ。
湯煙でよく見えなかったが、他にも数名の女性が利用していた。
事前に説明はなかったがこの温泉は混浴だったらしい。
まさか初めて一人で入る温泉が混浴だとは思いもよらなかった。
心の準備ができていなかったため、半ば放心状態になってしまったというわけだ。
しかし、幸いなことに温泉そのものは赤い色がついていた。
どうやら赤湯という種類の温泉らしい。
湯が赤くなるのは温泉の成分に鉄分が多く含まれ、それが酸素と結び付いて赤く染まるからだろう。
おかげで湯船に浸かりさえすればプライベートな部分が見えることはない。
問題はどうやって湯船にたどり着くかだ。
湯船は大きな岩を組み合わせた露天風呂で、源泉は離れた場所にある。
床は薄く平らに加工した石の板がタイルのように張ってあるのが見えた。
こうして考えている間にも僕の脇を何名かの利用客が通り過ぎていった。
彼らは一様に堂々とした姿で、あえてタオルで陰部を隠すようなことはしていない。
反対に僕の方をチラチラと見られた。
我ながら先ほどまでの勢いはどこへ行ったのだろうか。
急に自分の事が情けなく思えてきた。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




