シーン 19
町長の家を出て組織への帰路についた。
久しぶりのハイマンは昼間ということもあり活気に満ち溢れている。
買い物客で賑わう露店街を抜け、組織にたどり着いた。
出来ればこのまま宿舎に引っ込んで休みたいところだが、まずは今回の成果を上司であるレオに報告する必要がある。
ミーナはベルのことを交えながらレオに報告をした。
「…ふむ、三課のラテも一緒だったのか。それで帰りが早かったわけだ」
「あぁ、かなり助かったよ。それに、俺にもそれなりに収穫はあったからな」
今回のことでようやくダーシェ派に一歩近付けたように思う。
それでも確証に繋がる情報は乏しい。
もう少し具体的なものが手に入れば状況は今よりも好転するだろう。
ちなみに、捕らえたフェスラは先ほどラテと共に組織へ到着した。
これから尋問のプロがより有益な情報がないか再調査をするようだ。
ミーナによれば本部で行われる尋問はラテが行ったものとは別物らしい。
どちらかといえば、ラテの魔法は簡易的なもので、記憶の表層部を覗くもののようだ。
そのため、より具体的な情報を引き出すには、もっと深いところにある記憶に触れる必要がある。
組織にはそれを専門に行う者が居るようだ。
「ダーシェ派に関係している情報といえば、犯人の記憶の中に東の町を魔物が襲撃するというものがあったな」
「何?またサレホルムが襲われるというのか」
「ラテからの情報だから信憑性は私が保証するよ」
ミーナはそう付け加えた。
「ふむ…」
「それでさ、襲撃が行われるより早く東の町に行って、敵を迎え撃つ方がいいと思うんだ。どうだろう?」
「つまり、先手を打たれる前に対処しろということか」
「あぁ、その方が被害も少なく出来るんじゃないか?」
「まぁ、その通りだがな。問題は情報元の信憑性だ。捕まるのを前提に嘘の情報を教えられていた可能性もある。安易な行動は足元を掬われるぞ」
レオはこれまでに似たような経験をしたことがあるようだ。
それが確かなら、ダーシェ派には頭がキレる策士が居るということになる。
彼のいう通り安易な行動は避けるべきか。
それでも、結論はなるべく早い方がいい。
それにはフェスラの尋問の結果も参考にするべきだろう。
「だが、悪くない考えだ。そうだな、マスターに相談してみよう。先手を打つかの最終判断はそのあとだ」
「あと、彼女のことなんだが…」
「あ、あの…」
僕の言葉を遮ったのはベルだった。
その彼女は僕の左腕にしっかり抱き付いている。
「確か、シーベルといったかな?私はレオパルド。二人からはレオと呼ばれている」
「私はベルと呼ばれています。以後お見知り置きを」
「うむ。それと、事件に巻き込まれて記憶喪失になったとか。大変でしたな」
「はい…事件前のことは覚えておりません。それで、レオさん…お願いがあるんです」
二人は簡単な自己紹介を済ませると、ベルは本題に入った。
彼女は何か決意に満ちた表情でレオを見ている。
彼もそれに気付いたのか首を縦にゆっくりと振って応えた。
「私…こちらでお世話になってはダメでしょうか?」
「ちょ!?」
僕は思わず声が漏れた。
事前に何の相談もなかったため、虚を突かれた形だ。
しかし、ミーナは平然としているのに気が付いた。
おそらくこのことを事前に予測していたのだろう。
彼女は一体どれだけ先まで見通しているのだろうか。
「…見たところ、ユウジのことを信頼している様子ですね。一体何故です?」
「信頼…というのとは少し違うかもしれません。ですが、ユウジさんとは他人とは思えないんです。何というか、懐かしい感じがして…」
「ふむ…懐かしい…ですか。ミーナはどう思う?」
レオはミーナに意見を求めた。
「私は問題ないと思うよ。それに、気になることもあるんでね」
「気になること?」
「あぁ、彼女、治癒魔法が使えるんだ。実際にこの目で見たから間違いない」
「治癒魔法だと?信じられんな…。まさか…いや、そんなことがあるのか?」
「今のところ五分といったところかな。治癒魔法だけで判断するのは難しいよ。だから、その経過を見るためにも、組織に置いてもいいと思うんだ」
「なるほどな。わかった、この件もマスターと相談することにしよう。とりあえず彼女の身柄はユウジ、お前が守ってやれ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?ず、ずっとなのか?」
「いや、マスターの判断が下るまでの暫定的な処置だ。詳しいことは追って連絡する。以上だ」
レオはそれだけいうと、部屋を出て行った。
残された僕らはこれからの対応を考えなければいけない。
まずはミーナに助けを求めるのが妥当だろう。
「えっと…ミーナ、これからどうしようか?」
「それを決めるのは君の役目じゃないのかい?」
「私はユウジさんにお任せします」
「任せるって…簡単にいってくれるよな?」
「ふふッ、お姉さんはもう少し見ていたいんだがね。生憎この後用事があるんだ。あとは二人に任せるよ。じゃあね」
ミーナはそういうと僕らの目の前から消えた。
「ま、魔法で逃げるなんてズルいぞ!クソ、ホントに行っちまいやがった」
「凄いです。ミーナさんは瞬間移動が使えるんですね」
ベルは僕とは対照的に感心しながら驚いていた。
そういえば彼女がミーナの魔法を見たのはこれが初めてだ。
アーヴィンが使う攻撃系の魔法とは違い、日常的に使えるミーナの魔法は傍から見ても便利そうだと思う。
「マジかよ…困ったな」
「すみません…ご迷惑…ですよね」
「いや…そうじゃないんだけどさ。何ていうか、こういうのは初めてだから」
「そう…ですね。早く私の記憶が戻ればいいのですが…」
ベルは肩を落とした。
彼女にしてみれば頼る相手は僕しかいないと考えているようだ。
僕自身、出来る限り彼女の助けになりたいとは思うが、具体的にどうすればいいのかはわからない。
同時にもどかしい気持ちがこみ上げてきた。
「…ベルは悪くないよ。ごめんな、俺がしっかりしなきゃいけないのに」
「いいえ、そんなことはないです。無理をいっているのは私ですから…」
「そんなことないよ。うん、とりあえず組織の中を案内するよ」
僕らは組織の中を散策しながら一つ一つ説明していった。
そして、最後にたどり着いたのは僕が寝泊まりする宿舎だ。
僕には特に珍しい場所でもないが、ベルには新鮮に見えるらしい。
目を輝かせながら部屋の扉を眺めている。
「ここが宿舎だよ。一応、男女で部屋は分かれているからプライバシーは保たれているんだ」
「お部屋がたくさんありますね。ユウジさんのお部屋はどちらですか?」
「この先だよ。でも、散らかってるから案内するのは遠慮しておくけどね」
「そうですか。良ければ私も片付けを手伝いますよ?」
「い、いや、いいって。それより、お腹空かないか?良かったらご馳走するよ」
「よろしいのですか?」
「あぁ。じゃあ、そうしようか」
時間的に見てもそろそろ夕食時だ。
この後の予定は食事をしながら次の予定を考えてみようと思う。
今晩の酒場はいつも贔屓にしているパブロの店だ。
町の中でも歴史が古い店で僕のような常連客も多い。
バーカウンターの奥にいたパブロに声をかけ、空いていた席に着いた。
「あら、お兄さん、今日はデート?」
声をかけてきたのはパブロの娘だ。
名前はリンデという。
店を何度も利用しているためしっかりと顔を覚えられている。
「違うよ、ウチでしばらく預かることなったシーベルだ」
「あぁ、お客さん。勘違いしてごめんなさい。えっと、注文を伺うわね」
リンデは気を取り直しいつもの調子で接客を始めた。
歳は僕よりもいくつか下だが、ウエートレスのとしての経験値はなかなかのものだ。
記憶力もいいため、「いつもの」といっただけで大抵の注文が可能だったりする。
「このお店にはよく来るんですか?」
「うーん、週に三、四回かな。まぁ、仕事の予定次第だけどさ」
「親しんだ場所があるのは羨ましいです。私にもあるといいのですが…」
「大丈夫だよ。そのうち思い出せるから。今は楽しめるだけ楽しめばいいさ」
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