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シーン 18

宿に戻ると安心感から眠気と疲れが襲ってきた。

時間的にもそろそろ日の出の時刻が近付いている。

体力的にはこのまま徹夜でも平気だが、多少パフォーマンスが落ちるのは否めない。

ミーナも疲れているのか眠そうに目をこすり始めた。


今夜はさすがに三人で一つのベッドを使うわけにもいかないため、僕がソファーに移動してベルに寝床を提供した。

女同士なら間違いも起きないだろう。

ソファーといっても慣れてしまえば快適なので、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。


眠ってからどれくらいの時間が経っただろうか。

この世界には時計がないため、こんな時は不便に感じる。

異世界での生活に慣れてきたとはいえ、まだ完全に適応出来たとは言い難い。

それでも、何かと時間に縛られていた元の世界とは違い、多少ルーズに出来るというメリットもある。

窓から朝日が差し込んでいるため、朝になっているのは間違いない。


ちょうどそんな時だった。

腹部に程よい重みを感じることに気が付いた。

ちょうど成猫くらいの重さで、ほのかに暖かく感じる。

そのまま視線を腹部にスライドさせると、そこにはベッドで眠っているはずのベルがうつ伏せの状態で眠っていた。

耳を澄ますと規則正しい寝息が聞こえる。


一体この状況は何なのか。

まだ完全に覚醒していない頭をフルに使って答えを模索したが、結局何も考えつかなかった。

しかし、決して嫌な気持ちではない。

ただ、この状況で気が付いたこともある。

それは安心しきった様子で気持ちよさそうに眠っている寝姿だ。

まるで子どものようだが、実際には僕と歳もそれほど変わらないだろう。


そういえば先日も似たような経験をしたばかりだ。

あの時はミーナに思い切り首を絞められ危うく窒息死するところだったのを良く覚えている。

しかし、今回は息苦しさもなく快適だ。

それでも、身体を起こすとベルが目を覚ましてしまうため、不自由さだけなら前回と同程度だろう。


などと考えているとベッドの方から視線を感じた。

ゆっくり顔を動かして見ると、眉間に深いシワを刻んだミーナが僕を睨みつけている。

一目で機嫌が悪いとわかった。

どうやら何か誤解をしているようだ。

おそらくこの状況を見て何か勘違いしているのだろう。

むしろ、冷静に考えればこの場合、ベルの方に問題がある。

しかし、ミーナそれに気付いていない様子だ。


「へぇ…朝から良いご身分だな?保護した女性と気持ち良さそうに…」


よく見るとミーナの右手が堅く握られ、わなわなと震えている。

これで怒っていることが明らかになった。

それでも、僕としては謂われのない罪を被せられている。

ここに弁護士がいれば全力でミーナの説得を依頼するところだ。

残念なことに、この世界に裁判というシステムはないため、弁護士という職業もないのだが。


「ま、待て!その拳をどうするつもりだ!?」

「問答無用ッ!」


ミーナは制止を振り切ると拳を振りかざし僕の頭を思い切り殴りつけた。

手加減しない一撃は目の中に星が見えたほどだ。

同時に染み渡るような鈍痛の波が襲ってくる。

痛みの感覚から患部に瘤ができるのがわかった。


「痛ッ…!?」

「ふぅ…スッキリした。正義は必ず勝つ!はっはっはー」


ミーナは腰に両手をあてて高笑いをした。

朝だというのにその元気はどこから来るのだろうか。

普段ならここで何か言い返すところだが、今は頭の痛みが気になってそれどころではない。

それでも時間の経過とともに痛みも徐々に和らいでいく。


「お前…状況を見ろって!」

「ん…?あ…あれ?」


ミーナはようやく冷静さを取り戻したらしい。

ようやくどちらに非があるのか理解したようだ。


「えっと…何だ、すまん…」


ミーナは自分の非を認め、頭を下げた。

そんな中、腹の上で寝ていたベルに動きがあった。

どうやら騒がしくしてしまったため目を覚ましたようだ。


「う…うん…アレ?みなさん、おはようございます」

「あ…あぁ、おはよう」


ベルはまだ眠いのか目をこすりながら僕らの顔を見た。

どうやら彼女も状況が理解できていないらしい。

思わず「お前が原因だ」といいたい気持ちが込み上げて来たが、どうにかその感情を腹の底に収めることができた。


「あら、ユウジさん、頭、どうされたんですか?」


ベルは僕が頭をさすっていることに気が付いた。

まだ痛みが引いたわけではない。

それでも、彼女は状況がよくわからないため、適当にはぐらかす方が得策だろう。


「い、いや、ちょっとぶつけちゃって…」

「見せてください!」

「…え?」


するとベルは素早く僕の方に身体を寄せ、頭に手をかざした。

そこはちょうどミーナに殴られた場所だ。


「少しジッとしていてください。すぐ済みます」


そういうと、ベルの手が輝き粉雪のような光の粒子が現れた。

光はふわふわと漂いながら鈍痛が残る部分へと集まっていく。

やがて光の粒子が消えて痛みもなくなった。

ベルを見ると少し俯いて視線を逸らしているのがわかる。


「これは…まさか治癒魔法!?」

「凄い…痛みが嘘のように引いていく。ベル…君は一体何者なんだい?」

「ごめんなさい…名前以外のことは覚えてないんです。でも…ユウジさんとは初対面ではないような気がします」

「え…?」


そういうとベルは僕の顔をジッと見つめてきた。

距離にして十数センチのところに彼女の顔がある。

女性に見詰められるのはミーナで慣れていたつもりだが、相手が変わればそれもリセットされるらしい。

耐えられなくなって思わず視線が泳いでしまった。


「何というか…懐かしい感じがします。でも変ですよね。そんなはずないのに…」

「ユウジ、どういうことか説明してもらおうか?」


ミーナは腕を組み仁王立ちをして僕を見下ろしている。

どうやらまた機嫌を損ねたらしい。

相変わらず怒りの沸点が低いような気もするが、余計なことをいえば再び鉄拳制裁が待っている。

言葉選びは慎重に行わなければならない。


「お、落ち着けよ。俺だって身に覚えがないんだ。それに、組織に入ってからのことはお前もよく知っているだろ?」


組織に入って以来、必ず誰かと共に行動をしていたため、ミーナもそれを理解しているはずだ。

もちろん、オフの日は一人で行動をしているが、実は組織が密かに尾行を付けているのには気付いている。

ミーナもそのことは知っているため、彼女が知らない情報はほとんど無いといっても過言ではない。

むしろ、僕らの間で尾行は周知の事実なので、大っぴらにことを起こせばすぐに情報が広がってしまう。

そもそも、ミーナもその尾行役の一人だったりする。

本人は僕にバレていないつもりだが、決してそんなことはない。


「た、確かにそうだ…しかし、これは一体どういうことだ?」

「だから俺だって聞きたいよ」

「…すみません。私、お二人に迷惑を…」


僕らのやり取りを聞いてベルは肩を落とした。


「違うよ、君は悪くない。うーん…そうだな、例えば俺が君の知っている誰かに似てるとか。だからそんな感じがするんじゃないかな?」

「知っている誰か…すみません、やっぱり思い出せそうにないです」

「いや、謝ることじゃないし焦る必要もないよ。うーん…でも、記憶が無いっていうのは何かと不便だよね。どうしたものか…」


一時的に記憶を失ったのであれば、時間が経つことで自然に回復することもある。

問題はその他の方法を知らないことだ。

記憶が戻るまである程度我慢が必要になるだろう


「ユウジ、とりあえず町長のところに行かないか?一応、それで今回の仕事は全て終わりだからな」

「そうだな。あと、ベルのことも相談した方がいいだろう」


僕らは支度を済ませて町長の家に向かった。

この場所に来るのはこれで三度目だ。

玄関先でメイド服姿の侍女に挨拶をして室内に案内された。

ベルは初めてなので少し緊張した面持ちだ。

しばらくすると廊下から足音が聞こえ、町長がやってきた。


「これはこれはお二方、話には聞いております。事件を解決していただき誠にありがとうございました。町の者を代表してお礼いたします」


町長は深々と頭を下げて感謝の意を示した。

今回もミーナが代表して町長とやり取りをする。


「いえ、こちらとしても無事に解決できて安堵しております」

「私としても正直これほど早く解決していただけるとは思いませんでした。本当にありがとうございます」

「いえいえ。それと、犯人はダーシェ派との繋がりが強く疑われるため、組織に身柄を引き渡すことになりました。よろしいですか?」

「えぇ、それは構いません。しかし、ダーシェ派との繋がりがある者が犯人だったとは…」


町長は噛み締めるように呟いた。

世間的に見てダーシェ派は悪とされているため、町長も嫌悪感を抱いているようだ。

しかし、この反応はダーシェ派を嫌う者なら当たり前の反応でもある。

ミーナはここに来たもう一つの話題にも触れた。


「それで、ご相談なのですが、しばらく彼女の身柄を預かってもらえませんか?実は事件のショックで一時的に記憶を失っているんです」

「記憶を?見たところ、町の者ではないようですが…」

「えぇ、旅の最中に襲われて記憶を失ったそうなんです。どうでしょう、ご迷惑でなければお願いできませんか?」

「そうですな。お二方には感謝しきれないほどの感謝をしております。しばらくの間なら問題ないでしょう。では侍女を…」


町長が先ほどの侍女を呼ぼうとした時だった。

今まで黙っていたベルが立ち上がり口を開いた。

緊張をしているのか、手足が微かに震えているのがわかる。


「わ、私は…ユウジさんたちと一緒に居てはいけないでしょうか?」


突然の言葉に僕は元より町長も驚きを隠せなかった。

さすがに僕もこの言葉は予想が出来ず、開いた口が塞がらない。


「な、何をいってるんだい?」

「い、一緒に居れば何かを思い出せる気がするんです。ダメ…でしょうか?」

「だ、ダメとかそういうんじゃなくて…ミーナ、お前からも何とかいってくれないか?」


思わずミーナに助け舟を求めた。

しかし、ミーナは僕ほど驚いていないようだった。

それに、僕が助けを求めることも想定済みだったのだろう。

ゆっくりと頷いて続けた。


「私は…そうだな、問題ないだろう。いいよ、一緒に行こう」

「ほ、本当ですか!ありがとうございます」

「み、ミーナ、大丈夫なのか?」

「問題ない。それに、彼女が使った治癒魔法のことも気になるからな。レオたちが聞いたら驚くと思うよ」

「どうやら話がまとまったようですな」

「そう…みたいですね」


思わず町長の問いかけに他人事のように返してしまった。

まぁ、今回はミーナがリーダーなので指示に従う他はない。

ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。

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