シーン 17 / 登場人物紹介 3
ラテ・メサイア
組織の三課に所属する女性工作員。
主な任務はシスターに変そうしてダーシェ派の情報収集だが、時には一課の補佐も行う。
シスターという姿をしているため、潜入した町の住民からの信頼も厚い。
ミーナとは同期という間柄で、お互いにライバル視していた時期もあった。
また、作中では主人公のことを気に入ったと公言している。
フェスラの身柄はその日のうちにラテへ引き渡した。
時間が時間だけに、ラテは突然訪ねてきた僕らに不快感を示したが、事情を説明すると眠気も吹き飛んだのか上機嫌になった。
ここまでで僕らがオーブから受けた依頼は終了になる。
しかし、気になることもあった。
それは姉さんをさらったダーシェ派とフェスラの繋がりについてだ。
事前にオーブからそれらしい情報は得ているが、今のところそれを裏付けるものはない。
しかし、ミーナはフェスラのような連中のことを良く知っている感じだった。
奥歯の毒を手際よく処理した辺りを見ると、かなり以前から訓練と実践を重ねているように見える。
ミーナはこれから行われる取り調べで全てがわかると付け加えた。
僕らはラテの尋問に付き合う了承をもらい、その様子を観察することにした。
「まずはコイツを起こさなくちゃねぇ。よッ…と」
ラテは桶に汲み置きしてあった井戸水を容赦なく頭から浴びせかけた。
井戸は四季に関係なく一定の温度に保たれているため、よく冷えた水は目覚め効果に打って付けだ。
一見すれば水責めのようだが、これから行われる尋問とは別らしい。
隣で見守るミーナも安心して眺めている。
フェスラは水浸しになってようやく反応を示した。
「うッ…」
「おっと、気が付いたね。さて、そろそろ始めようか」
まだ完全に意識を取り戻していないフェスラをよそに、ラテはいそいそと準備を始めた。
とはいえ、やったことといえば胸元にかけていたペンダントを外し、左手に握ったくらいだ。
他に目新しい行動などはない。
ミーナに視線を送ると納得したように頷いた。
どうやら手順は間違っていないらしい。
勝手がわかるためか、ミーナは少し退屈そうだ。
ラテは準備が整ったのか、いよいよ尋問が始まった。
しかし、まだ完全に覚醒していないフェスラに何を聞くというのだろうか。
口に布が巻かれているため喋ることもできない。
そもそも、守秘義務のため命を投げ出すような連中なので、逃走したり自殺しようとする恐れもある。
「さて…いくよ」
ラテはフェスラの額に右手を当てた。
すると、彼女身体がホタルの光のように輝き、それが瞬いては消えてを繰り返していく。
点滅の間隔は数秒に一度程度だろうか。
そして、十数回ほど点滅を繰り返すと、ラテは満足したように頭から手を離した。
「い、今のは?」
僕は思わず感じた疑問をラテにぶつけた。
事前に情報がなかったため、それはあまりに奇妙な光景に見えた。
「このペンダントを媒介にして記憶を覗いたのさ。おかげでいろいろなことがわかったよ」
「記憶を覗く…?」
「そうだよ。これはそういう魔法が使えるペンダントさ。珍しいだろ?」
ラテは得意げにペンダントを見せてきた。
見た目は半透明な自然石を球体に加工してチェーンを取り付けただけの簡素なものに見える。
半透明な石なので、仮にこれがビー玉だといわれても納得してしまいそうだ。
「一応、三課の連中は誰でも持っているものさ。私も一課に来るまで使っていたから、引き出せる情報の信憑性については保証するよ」
元三課のミーナがいうのだからその通りなのだろう。
それに、この方法ならば直接聞き出すよりも正確な情報が得られて効率的だ。
今まで相手を攻撃するものや瞬時に任意の場所に移動する魔法は見てきたが、こうしたタイプの魔法があるのだと知って妙に感心してしまった。
「ラテ、教えて欲しいんだ。ダーシェ派について知っていることを全部だ」
「へぇ…そんな顔ができるのかい。私としては今までの優男風より今の顔の方がずっと好みさ」
「冗談はいい。それで、教えてはもらえないか?」
思わず前のめりになっていることに気が付いた。
自分では冷静なつもりだが身体は正直のようだ。
右手には力が入り手のひらに爪が食い込み微かに痛みを感じる。
「ユウジ、落ち着け。ラテ、すまないがそういうことだ。三課の機密に抵触しない程度で話してくれないか」
「…アンタら、よほどダーシェ派に恨みでもあるみたいだねぇ。特にそっちの兄さんは今にも飛びかかりそうな迫力さえあるよ」
「え…あ、すまない。ただ、俺に残されている時間は有限じゃないんだ。そのタイムリミットもいつ終わるのかわからない。だから、どんな手段を使ってもヤツらの情報が必要なんだ」
「…ふむ、兄さんは確か異世界からの召喚者だったね。ゼロルの加護を受けた救世主…か。わかった、出来る限り協力するよ。ゼロル様に恩も売れそうだ」
ラテはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
これを見る限り、彼女とミーナは似た者同士といったところか。
ちなみに、僕の存在は組織の中で有名らしく、中には彼女のように救世主と呼ぶ者もいる。
ただ、僕にそんな資格があるのかは不明だ。
元々、わけもわからずこの世界にやってきて、詳しい事情は一切聞かされていない。
僕らが召喚される日時を知っていた預言者でさえ、どういった経緯で召喚されたのか知らなかった。
しかし、預言者やその側近たちは、僕らが世界を平和に導く救世主だと祭り上げ、国賓級の手厚い歓迎を受けたのは記憶に新しい。
「俺はさ、出会ったヤツらに必ずいってるんだ。俺は救世主じゃないって。だから、世界を救うとかそんな大それた期待を持たれても困るんだよ」
これが僕の本心だ。
出来る限りのことは協力したいと考えているが、過大な期待に応えるだけの資格はないと考えている。
それを聞いてラテは笑みを浮かべた。
「なるほどね。ますます気に入ったよ。私は自信過剰のバカが大嫌いでね。兄さんくらいの謙虚なタイプは共感が持てるよ」
「そうか。それで、ダーシェ派についての繋がりなんだが、詳しいことを聞かせてくれないか?」
「わかった。まずはコイツとダーシェ派の繋がりについてだが、兄さんが思っている通り黒だよ。ただ、組織の中ではかなり末端の兵隊でねぇ…肝心なことは知らないみたいだ」
「じゃあ、俺の姉さんが捕まっている場所はわからないわけか…」
「そう気を落とさないでくれ。ただ、こんなこともわかったよ。近々、ダーシェ派の連中は東の町で何か面倒なことを計画しているらしい」
ラテのいう東の町はレオとアーヴィンがミノタウロスの討伐に向かった場所だ。
彼女によればミノタウロスの襲撃はダーシェ派によって企てられたということもわかった。
「まさか、ダーシェ派の連中は魔物を使役できるのか?」
「兄さんはダーシェ派について何も知らないのかい?いいよ、この際だからいろいろ教えてあげようじゃないか。ミーナも少し付き合ってくれ」
ラテはダーシェ派について知っていることを教えてくれた。
まず、ダーシェ派は魔法を用いて魔物を使役することが知られている。
そのため、魔物が町や村を襲った際はダーシェ派の関与を強く疑うそうだ。
また、ダーシェ派の聖地と呼ばれる場所は未だにわかっていないらしい。
一説によれば、拠点となる聖地を決めておらず、各地を転々としているという噂もある。
そもそも彼らは社会に対して反抗的な態度を示し、ゼロル派を根絶やしにするという目的以外詳しいことはわかっていない。
ラテは最後にフェスラによってさらわれた人たちの居場所を教えてくれた。
さらわれた人たちは後日やって来る馬車に押し込められ、どこかに運ばれるらしい。
彼女の情報が曖昧なのは、フェスラにそれ以上の詳しいことが知らされていないからだ。
幽閉されている場所を聞くと、町の北部にある倉庫街だということがわかった。
その場所は、各地から運ばれてくる食料や工芸品を一手に備蓄する倉庫群で、建物の管理は町が一括して行っている。
また、町から生産品を輸出際の備蓄倉庫としても使われ、行商人や馬車の出入りも多いようだ。
「じゃあ、そこを探せばさらわれた人たちを助けられるわけか」
「あぁ、そういうことさ。とりあえず、今回わかったことはこれくらいだね」
「わかった、ありがとう。助かったよ」
「何、私は兄さんが気に入ったから協力したまでさ。それより、ミーナは面白いことに首を突っ込んだみたいだねぇ」
ラテの視線がミーナに注がれた。
対する彼女はいつもの不敵な笑みを浮かべている。
それを見てラテも納得した様子だった。
二人の間には言葉を必要としないコミュニケーションも成立するほどの親しい仲のようだ。
「さて、と。ラテ、世話をかけたな。助かったよ」
「いやいや、救世主なんて呼ばれている兄さんをこの目で見れたんだ、私としても眼福だったよ」
「ふふッ、お前も物好きだな」
「いやいや、ミーナには負けるよ」
最後にお互いが息のあった掛け合いが行われ、申し合わせたような笑顔で締めくくられた。
こうして見ていると、容姿は違うものの双子のように見えてくるから不思議だ。
ひとしきり仲の良いところを見せつけられ、ふと姉さんのことを思い出した。
今もどこかで僕の助けを待っていると思うと胸が締め付けられそうになる。
この世界でたった一人の肉親は今どこにいるのだろうか。
思わず天井を見てこみ上げてくる不甲斐なさを押し殺した。
ラテの情報が確かならさらわれた人たち倉庫街のある場所に幽閉されている。
聞いた情報を頼りに向かうと、確かにその場所はあった。
一見すれば、町の外から輸入されてきた酒を貯蔵する建物だ。
フェスラは酒場に勤めていたため、この場所に出入りをしていても不思議に思う者はいないだろう。
「ここか。で、どうやって中に乗り込むつもりだ?」
ミーナは鍵の掛かった扉を前に指示を求めてきた。
鍵穴を見るとこの世界では珍しいピッキング防止の機構になっている。
これでは針金や特殊な工具を使っても開錠は難しい。
この場合、フェスラの部屋に戻って鍵を取ってくる方法が常套手段だろう。
しかし、少しでも早くさらわれた人たちを開放するには、その時間さえも惜しまれた。
「任せろ。これくらい余裕だ」
僕は太刀を抜いて鍵の部分に切っ先を思い切り突き立て破壊した。
通常、鉄製の刃なら先端が欠けてしまうような使い方だが、ダマスカス鋼は刃こぼれ一つ起こす事はない。
「力技ね。君らしいよ」
「シンプルでわかりやすいだろ?」
ミーナは笑みだけ浮かべて扉を開け放った。
中はほとんど明かりがない真っ暗闇だ。
天井に開いた僅かな窓から月明かりが差し込む以外に光源はない。
ミーナは持ってきたランタンを掲げて室内を見渡した。
部屋の中は僅かにワインの匂いが漂っている。
よく見ると、貯蔵用の樽がいくつも積み上げられていた。
しかし、この場所に幽閉された人たちの姿はない。
僕らはラテに教えられた通り、地下室に通じる床の蓋を探した。
よく見ると、蓋の上には空の酒樽が積み上げられ、バリケードのようになっているのを見つけた。
僕らは協力して樽を移動させると、地下室に入っていった。
「狭いな…」
「足元に気をつけるんだよ?」
地下室へと続く階段を進んでいくと、鋼鉄製の扉が現れた。
こちらは南京錠が掛けられ、内側から開かないようになっている。
扉は分厚くつくられているため、中から助けを呼んでも外には聞こえないようになっていた。
僕はもう一度太刀を取り出して鍵を破壊し、重厚な扉を開け放った。
ミーナは僕の後からランタンを差し出すと、部屋の隅に固まって怯える人たちの姿を見つけた。
「安心してください。助けに来ました。早くここを出ましょう!」
それを聞いてどよめきが起きた。
どうやら僕らが敵ではないことが伝わったらしい。
その中からリーダーと思われる女性が声を上げた。
「わ、私ら助かるのかい?」
「はい、あなた方をここに押し込めた犯人は先ほど逮捕しました。もう安全です」
「よ…良かった…」
女性はそう応えると座り込んでしまった。
どうやら腰が抜けてしまったらしい。
近くに居た別の女性が肩を貸す姿が見えた。
「ご家族も心配しているでしょう。今日のところは皆さん家に帰ってください。明日、町長に事件解決の報告をします」
「は、はい!さぁみんな、家に帰るよ」
リーダーの女性は嬉々として他の面々に声をかけた。
入口でさらわれた人たちの数を数えながら顔と名前を確認していく。
その中で、リストにない女性を見つけた。
リーダーの女性に話を聞くと、どうやら彼女はこの町の住民ではないらしい。
また、事件のショックで一時的に記憶を無くしていることもわかった。
「えっと…アナタ、名前は?」
「私はシーベル。できればベルとお呼びください」
シーベルと名乗った女性は律儀に頭を下げてきた。
記憶を失っているようだが名前は覚えているらしい。
「えっと…ベルさん、今日、帰る場所はありますか?」
「いえ…私はどうしたらよいのでしょう…」
「心配しないでください。明日、町長さんに相談してみます。それまで、僕らが泊まっている宿へ来ませんか?」
「よろしいのですか?」
「えぇ。ミーナも問題ないよな?」
「あぁ、仕方ないな」
無事に幽閉されていた人たちを解放することができた。
問題は記憶を失っているというシーベルのことだろう。
一時的に失われているとはいえ、記憶がないのは不便なことも多い。
これから彼女をどうするか、そんなことを考えながら宿に戻った。
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