シーン 15
ミーナは傭兵たちが溜まり場にしている場所まで案内してくれた。
たどり着いのは町に数件ある酒場の一つだ。
そして、この店はもう一人の容疑者である女性が勤める職場でもある。
本来なら開店時間はもうしばらく先だが、店の扉は半分ほど開いており、中から数名の気配を感じた。
「…ここ、営業してるのか?」
「いや、一般客が利用できるのはもうしばらく先だよ」
「じゃあ、今は傭兵たちの時間ってことか」
「うーん、そのいい方は半分正解で半分不正解だな。実際は夜中を除いてほとんどが傭兵たち利用できる時間だよ」
ミーナによればこの店のマスターが元傭兵という経歴の持ち主で、傭兵仲間たちのために集まる場所を提供しているらしい。
そのため、営業時間外であっても傭兵たちが出入りできるようになっている。
ミーナは三課時代にこのような場所へ頻繁に出入りしていたらしく、今でもある程度の繋がりがあるらしい。
この世界は元居た世界よりも情報を集めるのが難しいため、こうしたチャンネルは非常に有用になる。
そんな彼女は当たり前のように店の中に入っていった。
僕もその後に続き恐る恐る扉をくぐった。
「やぁ、マスター、久しぶり」
「ん?ミーナじゃないか!久しいな~。いつぶりだ?」
ミーナはバーカウンターの向こう側に立っていた店のマスターに声をかけた。
ソムリエを思わせる小綺麗な服装で、整えられたら口髭は如何にも紳士という印象を受ける。
彼女の顔を見てすぐに名前が出たところを見ると親しい間柄のようだ。
「うーん、最後に来たのは半年以上前だったかな?それより、ここは相変わらずガラの悪い連中ばかりじゃないか」
店の中を見渡すと昼間だというのに泥酔した客の姿もあった。
一般的に、傭兵の中にはごろつきやチンピラ紛いの野蛮な輩も少なくない。
そのため、店にいたほとんどの男たちがミーナに冷たい視線を送った。
中には殺気を放つ者までいる。
さすがにいきなり襲ってくることはないが、何かの拍子で…ということも無いわけではない。
それなのに彼女はこの状況を楽しむように笑みを浮かべている。
襲われても返り討ちにする自信があるらしい。
僕としてもここに居る連中が襲ってきても返り討ちにすることは可能だろう。
いざとなれば腰の太刀を抜けばいい。
「おいおい、ウチで面倒を起こすなよ?これでもここに居る連中は俺のかわいい後輩なんだ」
険悪な空気を察したマスターが間に割って入り、ギスギスとした空気はいくらか中和された。
さすがに溜まり場の主の一声というだけあって効果があるらしい。
その姿は不良学生たちを上手にまとめるやり手の生徒指導教諭といったところか。
「すまんすまん。私は別にケンカをしにきたわけじゃないさ。実は人を捜していてね。この町で起きている誘拐事件は聞いているだろう。それで、ある若い女性の大工に容疑が掛けられている。誰かその者について知っている者はいないか?」
それを聞いて店の中が僅かにざわめいた。
しかし、僕が目線を合わせようとしても、誰一人として合わそうとはしなかった。
そんな様子にマスターも困惑した表情を浮かべている。
「ミーナ、悪いが答えられることとそうでないことがある。見ての通り今回は後者のようだ」
「あぁ、見ればわかるさ。一定の組織を持たない傭兵にも掟はあるのは知っているよ。それがクライアントの不利になるようなことなら尚更じゃないか」
傭兵がいくら浪人紛いの地位とはいえ、数少ない仕事のチャンスを得るには実力だけでなく信用が必要になる。
特に、駆け出しから中堅程度の傭兵となれば、少しでも自分を売り込もうと必死だ。
しかし、ミーナは組織の紋章を取り出して店に居た男たちに見えるよう掲げた。
それは、問答無用で捜査に協力せよという強い意志の現れだ。
傭兵たちはミーナの行動に驚き、耐えきれずに顔を背ける者までいる。
それほど紋章の拘束力は強いということだ。
彼女もそれがわかっているだけに、物怖じする様子は感じられなかった。
「う~ん、自発的に答える該当者なしか。まぁ、あくまでも聞き取り調査だし、知っている者がいるとは限らないが…」
ミーナは一人一人の顔を順に眺めていった。
その中で最も挙動不審な者を見つけると、ズカズカと歩み寄り顔を覗き込んだ。
目を付けられた傭兵は三十歳前後の男性だが、明らかに年下のミーナを怖がっている。
「アンタ、若い女性の大工を知らないかい?」
ミーナは腰をくの字に曲げて男性の顔を見つめている。
それはまるで女性教師が授業中に不真面目な生徒を叱る姿のようだ。
彼女の身長は平均的な女性よりも高いため、傍から見えれば威圧的にも見える。
問われた男性はゆっくり首を左右に振って否定をした。
しかし、視線が泳いでおり落ち着かない様子だ。
「…ふむ。ユウジ、君はどう思う?」
「いや…どうもこうもないだろ。とりあえず穏便に話を聞いてやってくれ」
ミーナに目を付けられた男性が不憫に見えた。
彼が困っているところを見ると彼女の早とちりということもある。
「で、アンタ、心当たりはないか?」
ミーナは再び男性に迫った。
どう見ても不憫なのだが、何故か付け入る隙がない。
マスターも成り行きを黙って見守っている。
「…あ、あぁ。知ってはいるが…」
「おッ?やっぱり思った通りだ」
「だ、だが俺は彼女を手助けしたりしてない」
「おやおや、おかしなことをいうじゃないか。私はただ、彼女のことを知っているか聞いただけなんだがねぇ」
ミーナは悪い顔になって男性の肩に腕を回した。
当の本人はバツの悪そうな顔をしている。
自分から尻尾を出してしまったのはこの場に居た誰が見ても明らかだ。
「ち、違う!」
「はいはい、今さら何をいっても遅いって。ふーん…じゃあ、あっちでお姉さんとお話をしようか」
ミーナはそのまま男性を部屋の隅に連れて行き椅子に座らせて尋問を始めた。
少し距離が離れているためヒソヒソ声だけが聞こえる。
この位置からわかるのは二人の表情と口の動きくらいだが、残念ながら読唇術の心得はない。
黙って成り行きを見守っていると、男性の表情に笑顔が見えた。
そして、最後にミーナは男性に何かを渡した。
「さて、と。ユウジ、用件は済んだから帰ろうか」
「えッ、もういいのか?」
「あぁ、いいんだ」
ミーナは満足した様子で店を出て行った。
マスターも困惑気味だが、嵐が去ったことで安堵している。
僕はわけもわからず一人残されたため、マスターに頭を下げ彼女の背中を追った。
「ちょっと待てよ!待てって!!」
店からどんどん離れていくミーナの背中を呼び止めた。
それを聞いて彼女はようやく足を止め、いつもの笑みを浮かべて振り向いた。
「大きな声を出さなくても聞こえているよ。それより、早く店を離れた方がいい」
「な、何でだよ?」
「君は物陰の気配を感じなかったのか?店に入る前からずっと見られていたんだぞ」
「え…」
「やっぱりか…まぁいい。とりあえず宿に戻って作戦の練り直しだ」
ミーナは笑みを浮かべているものの、言葉には緊張感が感じられる。
いわれて意識を集中してみると、背後から微かに視線を感じた。
距離は離れているが確かに誰かが僕らのことを見張っている感じだ。
「…俺もようやく視線を感じた。早くこの場所を離れよう」
「賢明だな」
僕らは動揺を表に出さないよう振る舞って宿に戻った。
しかし、角を曲がったところで気配の主は諦めたのか、それから宿に戻るまで視線を感じることはなかった。
「ふぅ…息が詰まったな」
「まったくだよ。私は君がすでに気付いていると思っていたけどねぇ」
「すまん…まったく意識していなかったから…。でも、一体誰がそんなことを?」
「決まっているだろ?犯人だよ」
「じゃあ…ネフネが?」
ミーナはポツリと呟いた僕に冷ややかな視線を送ってきた。
いや、この表情は呆れている時のものだ。
「君はバカなのか?」
「い、いや、至って真面目だが」
「断っておくが、ネフネは黒じゃない。さっきの男がすべて白状したよ。あの男は当日、規則を破ってネフネを護衛していた。だから彼女は白だ。おかげで彼女から直接話を聞かなくて済んだよ」
「じゃあ…犯人っていうのはやっぱり…」
「あぁ、最後に残った一人、あの店で働く黒髪の女性さ。確か、名前はフェスラだったかな。出身地や前職の経歴はすべて不明の謎の女だよ」
ミーナは自信を持ってそう答えた。
それを裏付けているのは、先ほどの男性から聞き出した内緒の話からだろう。
一見不自然に見えた行動にも何か意味がありそうだ。
「じゃあ、さっき部屋の隅に移動して話をしたのにも意味があるんだろう?」
「もちろんさ。ちょうど犯人の居た位置から死角になっていてね、あぁするしかなかったんだよ」
それからミーナはあの僅かな時間に男性から情報を聞き出した方法を教えてくれた。
実際にあのやり取りを見ていたため、おおよその方法は想像がついている。
それはシンプルにチップを渡す方法だ。
しかし、渡した金額に彼女の性格である思い切りの良さが出ている。
金額を聞いてみると渡したのは一枚の金貨だった。
金貨といえば貧しい農村部なら、夫婦が数ヶ月間生活できる金額に相当する。
つまり、傭兵のお小遣いとしては十分過ぎる金額だ。
「結局金かよッ!」
思わずツッコミをしてしまった。
しかし、ミーナは当たり前という表情のままだ。
「あぁ、金だよ。だけど金は時に人の命よりも重いことがある。特にあそこの連中にはうってつけの方法さ」
「まぁ…あの嬉しそうな顔を見ればわかる気がするけどな」
チップを貰った男性は確かに嬉しそうな顔をしていた。
美人と話をしてお金まで貰えたのだから無理もないのだが。
「そこで本題だ。これで犯人を割り出すことができたわけだが、これからどうするかだな」
「どうするも何も、乗り込んで調査する気はないんだろ?だったらわざわざ戻って来た意味がないからな」
「まぁ、そうなんだが…実際は簡単な相手じゃないことは今のでわかっただろう?」
「あぁ、少なくともただの女性店員じゃないよな。そもそも、一般人があんなに上手く気配を隠せるわけがない。あれは…プロだな」
「そうなるな」
気配の主は明らかに特別な訓練を受けていることがわかるほどで、ただ者ではない。
油断をすれば足元をすくわれる可能性もあるため、適切な対処が求められる。
しかし、相手がどの程度の実力を持っているかわからないため、安易に動くのは危険だ。
ミーナもそれがわかっているだけに、次の一手について非常に悩んでいる様子だった。
僕としては出来る限り事を穏便に済ませたいと思っている。
その方法としては、犯人が油断をした隙に逮捕という手順を取り、そのままラテに引き渡す方法だ。
頭で思い描いた方法をそのまま彼女に伝えると、渋い顔をして眉間にシワを寄せた。
「油断した隙にって…よく簡単にいえたものだな」
「そうか?ミーナの魔法を使えば簡単だと思うが。ほら、あの少年を捕まえたみたいに」
「バカをいえ。例え魔法で背後を取っても一瞬にして気配を気取られる可能性だってあるんだ。相手の実力がわかるまで下手なことはできないさ。ちなみに、フェスラは酒場の二階で寝泊りをしているから、用事がない限り建物の外に出る事はないそうだ」
「用事っていうと…やっぱり人攫いの時だよな」
「そういうことだな」
今までの犯行が夜間に行われていたため、次回も同じ時間を狙う可能性がある。
そもそも、犯人の特定ができたため、あとは捕まえるだけだ。
そのためにも、犯人について詳しく調べる必要がある。
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。