シーン 14
少年は名前も告げずに立ち去ってしまった。
さすがに言い過ぎてしまったかと後悔の念が押し寄せてくる。
しかし、下手に期待を持たせるよりは彼の為だろう。
ミーナと顔を見合わせて沈んだ気持ちを入れ替えた。
まずはラテに教えてもらった二人について情報を集めてみようと思う。
「ラテの話が確かなら容疑者は酒場の店員と大工の娘ということになるわけだが…」
「ちょっといいか?一つ気になるんだが、大工の娘っていうのはその子自身が大工ってことでいいのか?」
「ん?そうだな。私もそう思うよ」
他にも大工をやっている家族の娘というも連想できるが、この場合は額面通りで間違いないだろう。
簡単な疑問が晴れたところで再び話を本題に戻した。
「じゃあ、早速捜索をしようと思うんだが、最初は大工の娘から調べてみないか?」
「それは構わないが、どうしてだ?」
「ほら、酒場って夕方から営業だろ?それなら客としてアプローチしたらどうかと思ってさ」
「なるほどね。わかった、そうしよう」
ミーナの了承が得られたところで早速行動を開始した。
ちなみに大工は各町に“大工ギルド”という組合を作っている。
また、この世界の大工は個人で事業をすることはない。
厳密にはそうしても成り立たないというべきか。
理由はいくつかあるらしいが、僕が耳にした限りでは特に信用や信頼が関係しているようだ。
いくらこの世界が自己責任のルールで成り立っているとはいえ、やはり依頼者は信用できる業者にお願いしたいという気持ちは存在する。
そんな欲求を解消するために大工たちは組織を作ることで大きな信頼を勝ち取ることに成功した。
今ではギルドに加入するのが当たり前になり、加入していない者は大工を名乗れないルールまであるほどだ。
ギルドの建物は町の北部にあった。
入口には大工ギルドのシンボルマークである金槌の看板が掲げられている。
このシンボルマークは全国共通なので、覚えておけば一目で大工ギルドだとわかる。
入口の扉を潜るとホテルのような広いエントランスホールになっていた。
「すみません、こちらに黒髪で若い女性の大工がいらっしゃると伺って来たのですが」
僕は受付にいた男性職員に声を掛けた。
ちょうどホテルのフロントマンのような服装で清潔感がある。
「さようでございますか。でしたら、“ネフネ”のことでございましょう」
「その方はどちらに?」
「ただいま次の現場に向かう準備をしております。彼女にどのようなご用件でしょうか?仕事依頼でございましたら私がお話を伺いますが」
「あ、いえ、彼女に仕事を頼みに来たわけじゃないんです。何というか、人捜しをしていまして。協力していただけませんか?」
交渉の途中でチラリと組織の紋章を見せた。
これは組織のメンバーが常に携帯するもので、前の世界でいうところの警察手帳のようなものだ。
これを持っている者は組織の一員として証明すると同時に、提示された相手は捜索に協力しなければならない。
ただし、事情があればその限りではないが、裏を返せば協力を断る者は黒の可能性もあるため注意が必要だ。
「人捜し…ですか。何やら急用なご様子。わかりました。当方としましても可能な限りご協力いたしましょう」
「協力感謝します」
「では、少々お待ちください。急いで彼女をお呼びいたします」
「いや、本人ではなく、彼女に詳しい方を呼んでいただけますか?」
「詳しい者を…ですか?」
男性は困惑気味に答えた。
「えぇ、本人からでは正しい情報が得られるかわかりませんので」
「なるほど、わかりました。では彼女の上司を呼びましょう。お二人は奥へどうぞ」
男性の案内で奥の部屋に移動した。
案内されたのは商談室だ。
広さは一般的な学校の教室と同じくらいだろうか。
仕事柄、大金が動く案件が多いこともあり、部屋は外に音が漏れないよう工夫されている。
これなら誰かに話を聞かれる心配はない。
受付の男性と入れ替わりでネフネの上司がやってきた。
大工というだけあって第一印象は職人気質の気難しい印象だ。
頭に巻いた白色のペイズリー柄のバンダナのためか、一見すれば若そうにも見える。
しかし、実際の年齢は僕の父親と同じくらいだろうか。
「お待たせいたしました。えぇ…ウチのネフネについて聞きたいことがあるとか。あぁ、申し訳ない。私はゼックスと申します」
ゼックスと名乗った大工は礼儀正しく頭を下げた。
僕らもそれに習いそれぞれ名前を名乗り、順に頭を下げていく。
このやり取りだけを見ても最初に受けた気難しい印象とは違うらしい。
本職は大工だが、こうして依頼者や来客と接する機会があるため、それなりのビジネスマナーは心得ているようだ。
ミーナに視線を送り、今回は僕が話を進めることにした。
「いえ、こちらこそ突然押しかけて申し訳ない。早速ですが、ネフネという女性についていろいろと伺いたいのですが」
「えぇ、構いません。ですが、一つよろしいですかな?」
「どうしました?」
「いえ、何故ウチのネフネなのかと思いまして…」
ゼックスの申し訳なさそうにそう告げた。
彼の疑問はもっともだ。
急に押しかけてきて「話を聞かせろ!」では話しにくいところもあるだろう。
「ゼックスさんはこの町で起きている誘拐事件をご存知ですか?」
「えぇ。噂になっていますので恐らく知らぬ者はいないでしょう。まさか、ウチのネフネが疑われているのでしょうか…」
「いえ、まだそうと決まったわけではありません。ただ、事件の目撃者によれば、犯人は若い黒髪の女だったといっています。ですので、黒髪の女性で当日のアリバイがなかった方々のことを調べているんです」
「…なるほど、そういうことでしたか。確かに、事件の直後に町長がギルドへ直接確認に来たと聞いております。恐らく当日のネフネの行動を聞きに来たのだと思います」
「では、やはり彼女にはアリバイがないと?」
「えぇ、町長にはそう伝わっているはずです。ですが…」
ここでゼックスは口を噤んだ。
何か思い当たることがあるらしい。
視線が泳いでおり落ち着かない様子が伝わってくる。
「どうしました?」
「え、えぇ…確かに彼女の当日の行動を直接証明できる者はおりません。ですが、私は彼女が犯人ではないと思います」
「何故そう思うんですか?」
「彼女は事件があった数日前に休みを申請しております。休みを取る理由は、亡くなった母親の墓参りへ行くのだと。母親思いの優しい娘ですので、命日には必ず墓参りをしております」
「じゃあ、彼女が本当に墓参りをしていればアリバイが成立すると?」
「私はそう考えます。何より、ともに仕事をする仲間ですので、そう信じております」
「わかりました。では他にも二、三聞きたいことがあるのでもう少しお付き合いください」
僕とミーナは交互に質問をしてゼックスからの聞き取りを終えた。
彼の話が確かなら彼女が当日墓参りに行ったことが証明できればアリバイは成立しそうだ。
ちなみに、そう考える理由は墓地の場所にある。
そして、彼女が最後に目撃された大工ギルドの宿舎から犯行現場と墓地は反対方向にあり、時間的に見ても両立するのは物理的に不可能という結論が導き出されるというわけだ。
まだ犯人である可能性が消えたわけではないが、話を聞く前と比べれば今は白に近いグレーといったところか。
彼女の無実を証明するためにも、一度その墓地まで歩いてみると何かがわかるかもしれない。
僕らは大工ギルドを出て町の外にある共同墓地に向かった。
大工ギルドからの所要時間は徒歩で二十分といったところか。
つまり、大工ギルドから墓地の往復に必要な時間は約一時間程度ということになる。
気分だけは名探偵になったつもりで彼女の当日の足取りを追った。
「ユウジはどう思う?」
ミーナは町の外にある墓地の中で疑問を口にした。
しかし、漠然とした疑問なので何かに限定して答えるのは難しい。
僕は墓地をぐるりと見渡して思ったことを口にした。
「うーん…見たところ普通の墓地だが、気になるといえば周囲の柵だ。あの程度の柵なら簡単に乗り越えられるだろうな」
墓地の周囲は鉄製の割くに囲まれている。
しかし、高さが一メートル程度しかないため、中型までの野生動物にしか効果はないだろう。
実際に亜人や魔物であれば簡単に乗り越えられそうだ。
「そうだな。私も同じことを考えていた。そうなると、あのくらいの柵では外敵の侵入は防げないはずだ」
「だな。見ての通り人影もない。つまりだ、彼女が一人でここに来るのは危険過ぎるとは思わないか?」
「…では、当日彼女はここへ来なかったということか?」
不意にミーナの表情が険しくなった。
どうやらネフネへの疑惑を深めたらしい。
しかし、僕は彼女とは別のことを考えていた。
「いいや、俺は彼女がここに来た証拠を見つけたんだ。ほら、ここを見てみろ。まだ枯れてない」
目線の先には墓石に供えられたら花が見える。
名前はわからないが菊に似た青白い花だ。
よく見ると、花弁はもちろん茎から伸びた葉もまだ瑞々しい。
つまり、この花は供えられてからまだ日が浅いということになる。
ネフネが毎年命日にだけ墓参りをするのであれば、一年前に供えられたら花でないことは明らかだ。
「…ふむ。では、彼女は危険を冒してまでここまで来たのか?」
「問題はそこだよな。そこで俺は思い出したんだよ。ほら、ヘイムへの道中で大工たちが工事をしていただろ。その時に傭兵がいたじゃないか」
「…なるほど、そういうことか。だが変じゃないか?傭兵と一緒に居たならその者に証言してもらえばいいんじゃないか」
ミーナの疑問も一理ある。
しかし、その疑問は大工特有の理由で解消する事ができた。
「俺はこう考えてる。彼女が傭兵を使えなかったといえない事情があったんじゃないか、と」
「ほぅ…では、その事情とは?」
「例えば、大工は個人的に傭兵を利用できない…とかな」
それを聞いてミーナはあることに気が付いた。
それこそがネフネの疑いを晴らす答えでもある。
「大工が傭兵を利用するには必ずギルドを通じて行わなければならない…そういう暗黙のルールがあると聞いたことがある」
「あぁ、俺もレオから聞いたことがあるんだ。まぁ、実際のところは彼女に聞いてみないとわからないけどさ」
「いや、それなら彼女を護衛したという傭兵を探した方がいいだろう。ネフネは単独で墓参りに行ったとギルドに伝えたはずだから、私たちにも本当のことをいう保証はないからな」
「わかった」
次の行き先は傭兵たちの溜まり場に決まった。
傭兵は特定の集団に属してはいない。
しかし、彼らは仕事の情報を共有するために自然と集まる習性がある。
集まる場所は町によって異なるが、ミーナはヘイムでの溜まり場を知っているらしい。
町へ帰る途中、群れからはぐれたオークの姿を見つけた。
やはりこの辺りにも魔物が徘徊しているらしい。
僕とミーナは武器を取り素早くオークを斬り捨てた。
オークはほとんど動く事ができず、断末魔の声だけをあげて膝から崩れ落ちていった。
しかし、簡単に倒せたからといって安心はできない。
今の叫び声を聞いて近くにいた仲間が集ってくる可能性もある。
念のために周囲の気配を探ったがどうやら危険はなそうだ。
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