シーン 13
ミーナとラテはほぼ同時期に組織の一員になったと説明を受けた。
歳も近くお互いに向上心が強かったため、初めはそれぞれがライバルという認識だったらしい。
しかし、直接力比べをしたことは一度もないようだ。
理由までは聞かされなかったが、恐らく本気になればどちらかが命を落とすという自覚があるからだろう。
実際、どちらが強いのか誰にもわからない。
本人たちもそれなりに気にはしているが、どうしてもというわけではなさそうだ。
それに、お互いの優劣がわかったところで組織内の立ち位置が変わるというわけではない。不毛な争いなら避けて当然だ。
ミーナはラテから情報を得るために粘り強く交渉を続けた。
そんな熱意に負けたのか、彼女は渋々といった表情で口を開いた。
それでも、今回の交渉は決して彼女にとって不利なものではない。
むしろ、情報の取り扱い方次第ではより大きな価値がある。
ミーナもどうやってそんな情報を得たのか不思議だが、話の出どころについては口を割ろうとはしなかった。
ただ、嘘は身を滅ぼすという考え方もある。
もちろん、ラテも彼女そんな性格を知っているため、悩んだ末の決断だった。
「…わかったよ。私が知り得た情報がどうしても欲しいんだろ?仕方ない、今回だけは特別だ」
「さすがはラテだ。恩に着る」
「まったく…お前にはかなわないよ」
「ふふッ、頼りにしてるよ」
ラテは一つ大きなため息をついた。
ミーナは気付いているかわからないが、これも彼女なりのパフォーマンスに見えるから不思議だ。
チラリとミーナの顔色をうかがったが、気にしている様子はなかった。
むしろ満足そうな笑みを浮かべている。
「まず、犯人の目星だが、私が知り得た情報によれば怪しいと人物が二人いる。一人は酒場の女性店員、それと大工の娘だ」
「ほぅ…それは町長や目撃者の情報とも符合するな。じゃあ、雑貨屋の新妻が除外されたのは何故だ?」
「私なりに彼女のアリバイを調べてみたんだ。彼女はアリバイが証明できなかった犯行当時、店番をほっぽりだして旦那とよろしくやっていたそうだ。私が旦那を問い詰めたら懺悔室で告白したよ」
「へぇ…」
ミーナは呆れた顔をしている。
まぁ、昼間から店を放り出して夫婦でよろしくやっていたなどと公表すれば店の評判にも影響するだろう。
全力で同意はできないが、隠したくなる気持ちもわからないわけではない。
「じゃあ、残り二人のうちどちらかが犯人というわけか?」
「あぁ、君のいう通りだ。えっと…」
「ユウジだ。それで、ラテはどちらが怪しいと思うんだ?」
「なるほど。彼はせっかちな性格らしい。ミーナも苦労しているんじゃないか?」
ラテはミーナを流し見た。
「いいや、そんなことはないさ。そんなところが彼らしいところでもあるからねぇ。それに、話が早くていいものだぞ」
「なるほどな。昔のミーナとはまるで考え方が変わってしまったという噂を聞いていたが…」
「昔は昔だよ。そうだ、ラテも一課に移動してみるといい。慣れるといいものだぞ」
「遠慮しておく。私はこの立ち位置が好きなんだよ」
「ふふッ、食わず嫌いは相変わらずか」
今の話の中で少し触れられたが、ミーナは以前ラテと同じ三課に所属していた。
そのため、三課の知識も豊富で現役のラテにとっても有益な情報を多く持っている。
今回もその中から選りすぐりのものを提供するらしい。
「俺がせっかちとかそんな話じゃないだろ?で、どっちが怪しいんだよ」
「おっと、悪い悪い。うーん…そうだな。これは私の主観だが、おそらく酒場の店員だろう」
「根拠は?」
「彼女が店員として働き始めた時期。それと、女の勘さ」
「おいおい…その時期ってのはいいとして、女の勘ってなんだよ」
「私の勘はよく当たるんだよ」
「それ、理由になってないからな。お前も笑ってないで何とかいってくれ」
ミーナは僕らのやり取りを笑って眺めている。
一方、ラテは自らの勘に自信があるようだ。
確かに直感が物をいう場合もあるが、冤罪のことを考えるとそればかりをあてにはできない。
やはり実際に調査をして情報を集めた方が良さそうだ。
「シスターとはいえ、なかなか深いところの情報は得られないんだよ」
「わかったよ。じゃあ、候補にあがった二人の周辺から攻めてみるか。ミーナもそれで問題はないだろ?」
「あぁ、構わないよ」
「そうだ。もし、君たちが先に犯人を捕まえても殺さないでくれよ?私の仕事は犯人からある情報を吐かせることだからね」
「保証はできないな。まぁ、できる限り善処するよ」
最後にミーナはラテにとって有益な情報を耳打ちで伝えた。
どうやら僕に聞かれては都合が悪いらしい。
それでも、人には何かしら隠しごとがあるのは事実なので、仕方ないといえばそれまでだ。
しかし、出来ることなら僕の目が届かないところでやってもらいたい。
むしろ、あえて目の前でそうしたのはミーナにとって意味のある行動のように思う。
それを裏付けるようにチラリと僕に視線を送ってきた。
「…と、いうわけだ。満足か?」
「にわかに信じられないな。まぁ、ミーナが掴んだ情報なら確か何だろうが…」
「…おい、二人でコソコソしてるところ悪いが、用事は済んだのか?」
「ん?あぁ、問題ないよ。待たせて悪かったな」
「ミーナだからいっておくけど、それ、気分のいいものじゃないからな?」
「ふふッ、大丈夫だ。あとで手取り足取り教えてあげるよ」
「…で、そろそろ出ないか?考えすぎかもしれないが、俺たちが町長の家を出入りしたことが犯人にも伝わっているかもしれない。用心のためにも早めに仕事を片付けた方がいいだろ」
「そうだな」
最後にラテに礼をいって建物の外に出た。
見送りがなかったのは周りを警戒してのことらしい。
一応、彼女の立ち位置は聖都の教会から派遣されてきたシスターだ。
そのため、赴任して早々に町の者以外と接触しているのが知れれば余計な噂が立ちかねない。
効率的に潜入捜査をするのであれば、少しでも怪しいところを見せいのが常識だ。
もし、変な噂が立つようなら、全てが台無しになる恐れもある。
「…つけられてるな」
「あぁ、君も気付いたか。振り向くなよ?」
建物を出た直後、何者かが僕らに熱い視線を送っていることに気が付いた。
ミーナもその気配に気付いているらしい。
「わかってる。数はわかるか?」
「一人だな。気配がバレバレだ。どうやら素人らしい」
僕らは不自然な様子を見せないよう、普段通りに振る舞って露店街へと移動した。
この辺りはヘイムの中で最も栄えている場所だ。
通りを挟んで行商人たちが露店を構えているため、昼間は買い物客で賑わっている。
ハイマンほどではないが、近隣の村々からも買い物に訪れる客も少なくない。
「どう思う?」
「そうだな…とりあえず犯人ではないだろう。ここまでわかりやすいヤツなら苦労はしないさ」
「じゃあ、犯人と繋がりはあると思うか?」
「どうだろう。直接聞いてみようか?」
「わかった、頼む」
ミーナはニヤリと笑って腰に差した剣の柄に手を当てた。
次の瞬間、ミーナは一瞬にして気配の主の背後に移動した。
こんな時、彼女の魔法はとても重宝する。
彼女が居なくなったのを見計らって振り向くと、気配の主の肩を掴んだミーナの姿があった。
彼女が拘束しているのは事件の目撃者であるシロノと歳が近い少年だ。
よく見ると頭はボサボサでボロボロの服と靴を身に付けている。
背丈は同じ年頃の男の子より身長が低く、目線の高さはミーナのヘソより僅かに上といったところか。
かなり小柄なので拘束する力も少しでいいらしい。
「は、離せ!?どこから沸いた!!」
「はいはい、大人しくしてね。僕ぅ、誰に頼まれたの?」
ミーナは笑みを浮かべながら少年の顔を真上から覗き込んだ。
お互いの身長差が倍近くあるため、端から見れば彼女の行動はかなり威圧的に見える。
少年はそんな彼女の迫力に負け、逃げるのを諦めた様子だ。
「子どもか。見たところ浮浪児みたいだが」
「お、俺は浮浪児なんかじゃない!いいから離せよ!!」
少年は再び暴れてミーナの拘束を振り解こうとした。
しかし、肩をガッチリと掴んでいるため彼の力で逃げ出すことはできない。
拘束しているミーナにも余裕があるのか慌てる素振りはなかった。
「悪いようにはしない。ただ、君のことが知りたいだけだよ。ちゃんと話してくれたら手を離そう」
ミーナがそういうと、少年は生唾を飲み込んだ。
緊張しているのか、手が小刻みに震えている。
別に僕らは彼を誘拐しようとしているわけではない。
多少手荒なマネをしているのは事実だが、これも尾行の謎をうやむやにしないためだ。
「…わかった、話すよ。だから信じて欲しいんだ」
「信じる、信じないは話を聞いてからだ。ほら、怖くないから喋ってごらん」
ミーナはシロノに見せた優しい口調で少年を促した。
しかし、肩をガッチリと掴んでいるため、言葉で優しく接しても彼の警戒心は一向に解かれることはない。
それを見て僕にも似たような経験があるのを思い出した。
それは、小学校の頃に同級生の女の子を泣かせてしまい、たくましい身体の体育教師に説教を受けた記憶だ。
当時は特に体罰を受けた記憶はないが、とにかく怖かった覚えがある。
当時の教訓としては、例え相手が無害だとわかっていても威圧的な態度には身体が強張ってしまうということだ。
この少年も似たような心境なのか、すっかりさっきまでの勢いがなくなってしまった。
そして、観念したのかゆっくりと口を開いた。
「…姉ちゃんを助けて欲しいんだ」
「姉ちゃん?助けるってまさか、君のお姉さんも誘拐されたのかい?」
ミーナの問い掛けに少年は頷いて応えた。
「ふーん…では、どうして俺たちにそれを頼むんだ?」
「…噂になってるから。二人は凄腕のハンターだって」
『え?』
思わず僕とミーナは顔を合わせて声が漏れた。
彼の言葉が確かならあまり雲行きは良くなさそうだ。
「噂って、一体どこから?」
「俺は知り合いの商人のおじさんから聞いたよ。あの二人は賞金を狙って来たんだろうって」
「ちょっと待て、じゃあ何か?俺たちを賞金稼ぎだと思ってあとをつけてきたのか?」
「…違うの?」
少年はミーナの顔を見上げた。
彼女もどう対処していいのかわからないらしい。
それでも、一つ確かなことは僕らがハンターではないということだ。
まずはその誤解から解かなければならない。
「ハッキリいって違う。まぁ、俺たちがその犯人を追ってるのは間違いじゃないがな」
「じゃあ…」
「おっと、詳しい話はここまでだ。それで、君のお姉さんも誘拐されたというのは本当か?」
「う、うん…居なくなってもう十日以上経つよ」
「ちなみにお姉さんの名前は?」
「エメリアだよ」
「ふむ…ミーナ、そろそろ離してやれ。ここまで話せば逃げることもないだろ」
少年もコクコクと首を縦に振って応えている。
ミーナは両手を離して彼を解放した。
「それで、君のお姉さんが居なくなったのが誘拐だと何故そう思う?」
「…わからないよ。でも、あんなに優しかった姉ちゃんが何もいわないで家を出て行くはずはないだ。そりゃ、ウチは貧乏だけど、病気の母ちゃんを置いて出て行くなんて変だよ」
少年は今まで溜め込んでいた感情を発露させた。
同時に堪えきれなくなったのか、頬を光るものが伝っていった。
「私たちは君のお姉さんがどんな人物なのかはわからない。だけど、これだけ立て続けに誘拐事件が起きているんだ。まず巻き込まれたと見て間違いないだろうさ」
「じゃあ…」
「ただ、これだけは勘違いしないで欲しい。私たちは犯人を見つけるために来たんだ。だから、君のお姉さんや他の人質を救出するのが目的じゃない。それだけはわかってくれ」
ミーナは決して突然現れたこの少年を疎ましく思ってそういったわけではない。
僕らの任務はあくまでも犯人の捜索だ。
そのため、人質の安否は二の次ということになる。
もちろん、人命が関わっているため細心の注意は払うが、その際に犠牲が出たとしても仕方のないことだと割り切るほかはない。
彼女が伝えたかったのはその部分についてだった。
僕らは決して慈善活動でこの町に来たわけではないのだから。
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