シーン 12
昨晩はミーナのありがたい説教のおかげでほとんど眠ることができなかった。
おかげで久しぶりに徹夜明けの気だるい気分を味わっている。
できれば気の済むまで身体を休めたいところだが、そんなことをいっている時間はなかった。
今日は事件の唯一の目撃者である少女と面会することになっている。
段取りは町長が行ってくれるため、時間的にもそろそろ準備が整っている頃だろう。
宿のモーニングサービスで朝食を済ませ、二人揃って町長の家に向かった。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
昨日顔合わせをしておいたおかげで、玄関先では文字通りの顔パスでリビングに通された。
二人掛けのソファーに腰を下ろし、町長の到着を待っていると廊下の方で足音が聞こえた。
足音は二つで一つは町長のものだが、もう一つは聞き覚えのない音だった。
「いや~大変お待たせいたしました。昨晩はぐっすり眠れましたかな?」
「え、えぇ、何とか」
ミーナは町長の問いかけに少し動揺しながら答えた。
まだ先ほどの説教の記憶が鮮明に残っているため、当然といえば当然だろう。
よく見ると町長の陰に少女が隠れていた。
どうやらこの少女が事件の目撃者らしい。
見た目は小学校の低学年くらいだろうか。
ただし、この世界には義務教育の制度がないため、そんな風に表現する習慣はない。
緊張しているのか警戒して顔だけ覗かせている。
町長の話では事件のショックで一時的な失語症のような状態らしい。
言葉でのコミュニケーションが困難なため、正確な情報を得るには二択で答えられる簡単な質問を心がける必要がある。
「おっと、ご紹介がまだでしたな。この子が昨日お話しましたシロノでございます」
「君がシロノかい。私はミーナ。それで、こっちはユウジ。思い出すのは辛いとは思うけど、事件のことについて教えてくれるかい?」
ミーナはシロノを怖がらせないよう、目線を同じ高さにして話を始めた。
心なしか普段よりゆっくりとした話し方になっている。
彼女なりの気配りが感じられる。
どうやらそんな思いが伝わったらしく、シロノは町長の陰から出てペコリと頭を下げ、行儀のいい挨拶をした。
聞き取りをするにあたり、まずは順を追って話を進める必要がある。
ミーナはシロノが見たという犯人について二者択一の形式で質問を始めた。
「えっと、ではまず最初の質問だよ。君は当時現場に居ただよね。その時犯人の顔は見たかい?」
するとシロノは頷いて答えた。
やはり顔を見ているらしい。
町長の情報通りだ。
「では次の質問だけど、犯人の性別はわかるかな?男なら首を縦に、女なら横に振ってくれるかい?」
するとシロノは首を横に振った。
それを見て僕とミーナな顔を見合わせ、お互いに目を丸くした。
僕らの予想では犯人は男だと勝手に想像していたため意表を突かれた形だ。
ここからは犯人を女性と限定して質問を組み立てていかなければならない。
ミーナは一つ咳払いをして質問を続けた。
そして、いくつか質問を重ね最後の質問が終わると、ミーナは大きく頷いて満足そうな笑みを浮かべた。
どうやら協力してくれたことへの感謝の気持ちらしい。
シロノも役に立てたことを喜んでいるのか、満面の笑みで応えている。
シロノから得られたら情報を整理すると次のような犯人像が浮かんできた。
まず、犯人は女性であるということ。
また、年格好は二十代前後で黒髪のショートヘアーだったという。
顔はどこにでも居そうな感じらしいが、目は切れ長で鼻は少し高いようだ。
身長は僕よりも少し低い程度なので、この世界の女性としては大柄な部類になる。
名前まではわからないが、最近この町に越してきたこともわかった。
「なるほど…黒髪か」
ミーナは噛み締めるように呟いた。
この世界では黒い髪の色は珍しく、見られる地域も大陸東部の地域に偏っている。
つまり、この町が大陸の西部に位置していることを考えると、黒い髪の色は極端に少ないということだ。
「黒髪…いや、まさか、そんなはずは…
「ん?何か気になることでも?」
町長は何か心当たりがあるらしい。
しかし、確証がないのか腕を組んで考え込んでいる。
「え、えぇ。ですが、あの者が犯人とは到底思えません。私の勘違いでしょう」
「いえ、万が一ということもあります。是非お聞かせください」
「では、年寄りの戯言としてお聞きください。今から二ヶ月ほど前になりますか。聖都の中央教会からこの町に派遣されてきたシスターなのですが、確か黒髪だったと思います。ですが、幼い頃に病で右目を失明したらしく、普段から眼帯をつけて生活しておりますので、シロノのいう人物とは違うのではないかと思います」
「眼帯のシスターですか?そのシスター、まさか彼より少し身長が低いくらいですか?」
「えぇ、確かそちらの方より少し背が低かったと記憶しております」
「…なるほど」
ミーナは何かを考えているらしい。
僕もそのシスターのことは気になるが、シロノから得た情報と異なるところがあり、犯人と断定するにはいささか強引だ。
「黒髪でしたら他にも居りますが、そちらもお話いたしましょうか?」
「えぇ、是非とも」
町長は町に住む黒髪の女性について詳しく記憶していた。
そもそも、黒髪の女性は町にそう数は多くないため、覚えるのはそれほど難しくない。
その中で特に気になったのは、雑貨屋の新妻と酒場の女性店員、それと大工の娘だ。
この三人を怪しいと思ったのは、当時のアリバイがなかったからだ。
「…そうですか。まだ現時点では何ともいえませんが、かなり犯人に近づけたと思います」
ミーナは力強く頷いて見せた。
その表情には自信の色が浮かんでいる。
彼女なりに犯人の目星がついたということか。
情報収集が終わり町長の家を出た。
これからは実際に足で調査することになる。
気分は刑事か探偵だが、努力に見合った結果が出るとは限らない。
泥臭い仕事だがこれも事件解決には必要なので、割り切って行動を開始した。
少し早歩きになりながら、半歩後ろを歩くミーナの顔を見た。
先ほどから何かを考えているのか、どこか上の空のように見える。
「何か気になることでもあるのか?」
「ん?あぁ、さっき話にあったシスターのことさ。私の勘が確かなら恐らく…」
「恐らく?」
「いや、実際に確かめた方が早い。話を聞きに行ってみよう」
少し歯切れが悪い様子が気になったが、ミーナはそれ以上口にしなかった。
この町の教会は町の西部にある。
中世のゴシック建築を思わせる先端の尖った塔が目印だ。
「ユウジ、ここは私に任せておけ」
今居るのはちょうど建物の裏側で、関係者しか出入りできない通用口の前だ。
扉は厚さ十数センチもある一枚板で、飾り気はないがかなり頑丈に造られている。
ミーナは呼び鈴代わりの金具を打ち鳴らし、中からの応答を待った。
「…用件は?」
不意に扉の向こうから老婆のような声が聞こえた。
少しささくれ立った声質だ。
相手の姿が見えないため不気味に感じる。
「町長の紹介で“ラテ”というシスターに会いに来た」
「…入んな」
「…ん?そんな名前聞いたか??」
「ふふッ、これでいいんだよ」
扉はギシッという重々しい音を立ててゆっくりと開いた。
その向こうには声の主が立ちこちらを見ている。
しかし、僕はそれを見て驚きが隠せなかった。
何せそこに居たのは、ミーナと年齢が変わらないくらいの若い女性だったのだから。
建物の中を覗いてみたが、想像していた老婆の姿はどこにもなかった。
「相変わらずだな、ラテ」
「フンッ…誰かと思えばミーナじゃないか。声色を変えて損したよ」
ラテと呼ばれた女性は若々しい声を発した。
声に張りがあるとでもいうべきか。
彼女が先ほどの老婆に似せた声を出していたとは到底思えなかった。
それだけ声にギャップがある。
「私は一声聞いてすぐにピンと来たよ。まぁ、町長から話を聞いた時点で大方の予想はついていたけどね」
「なるほどねぇ。まぁ、中に入りな。こんなところで人目につくと私としては少々具合が悪い」
そういってラテは建物の内部に僕らを招き入れた。
建物自体は重厚な石材を幾重にも積み重ねて造られている。
頭上には明かり取りの小さな窓があり、室内の明るさは月明かりほどだ。
そのため、洞窟の中のように空気がひんやりとしている。
夏は快適だが冬は底冷えが厳しそうな印象だ。
薄明かりの中を手探りで進みながら奥の部屋に移動した。
案内されたのは六畳ほどの部屋だ。
机と数脚の椅子が置いてあるため、打ち合わせ用の部屋として使っているのだろう。
ラテの指示で手近にあった椅子に座った。
「…で、アンタら一体何の用だい」
「犯人探しだよ。まぁ、詳しく説明しなくても察しはつくだろう?」
「そうか…つまり、アンタらと私は同じヤツを追ってるわけだな」
「ふふッ、やはり思った通りか。おかしいと思ったんだよ。お前がこの町に居るということは何かあると考えるのが普通だからね」
「それはお互い様だろう?」
状況が一切理解できない僕をよそ目に二人は通じ合っているようだ。
一人蚊帳の外にいる気分で気持ちが落ち着かない。
勝手に話を進めようとするミーナに視線を送った。
「…ん?あぁ、すまんすまん。彼女はラテ。一応組織の一員だよ。まぁ、私たちとは所属が違うんだけどね。それで、こっちはユウジ。同じチームの一員さ」
「へぇ、知らない顔だな。新入りか?」
「そんなところだ。まぁ俺のことはいいとして、えっと…ラテはここで何をしてるだ?さっき同じヤツを追ってるっていってたが」
ラテの姿は一見すれば修道女だ。
右目につけた眼帯と言葉使いは気になるが、普通にしていれば清楚な女性に見える。
それでも、組織の一員というなら荒事にも精通しているのだろう。
彼女はそれを聞いてニヤリと笑った。
どうやらミーナと同じ人種らしい。
「シスターには見えないかい?」
「見えないわけじゃないさ。その眼帯と喋り方さえ気にしなければな」
「ふふッ、いうじゃないか。まぁ、私は嫌いじゃないがね。うーん…同僚だから教えてやりたいところだけど、今回ばかりはクライアントとの約束でね。詳しく答えられないんだ」
ラテは残念そうにそう答えた。
しかし、視線を僅かに泳がせているところを見ると、本心としては真実を語りたがっているようにも見える。
まだ彼女のことを知って間もないが、経験嬢このようなタイプは“お喋り”な性格であることが多い。
「ラテは“三課”の所属だよ。だから秘密厳守なんだ」
「三課…ってことはアサシン部隊か」
「まぁ、そういうことだねぇ」
組織には大きく分けて三つの部隊がある。
一つは僕らが所属する“一課”で、主に怪物の討伐から指名手配犯の検挙まで行う荒事の専門家集団だ。
二つ目は主に雑事を担当する“二課”で、彼らは一課の補佐的な役割を担っている。
そして、最後はラテが所属する“三課”のアサシン部隊だ。
この三課という部隊はアサシンという名の通り、暗殺や諜報活動を行っている。
「ふーん…三課のヤツと会うのはこれが初めてだ。三課ってアレだろ?普段から単独行動なんだよな」
「そうだな。一課とは違う。私としては大して気にしていないがね」
「それぞれにやり方があるってことか。で、組織の人間がシスターやってるってことは、やっぱり何か意味があるんだろう?」
「どう捉えてもらっても構わないよ。だけど、私の口から説明することはできない。すまないな」
聞いても答えないというスタンスは貫いているようだ。
その辺りはちゃんとプロ意識を持っているからだろう。
僕としても簡単に情報を提供するような相手は信用ならない。
「それで、私の顔を見に来ただけではないんだろう?」
「察しの通りだ。回りくどい話は嫌いだろう?端的にいう。知ってる情報を教えろ。その代わりこちらの情報も提供する」
「おいおい、いくら何でもそれじゃあ割に合わないだろう。それに、お前たちがこの町にやってきたのは昨日だろ?」
「知っていたか。まぁ、隠す必要もない。その通りだよ」
教会は情報を集めるのにうってつけの場所だ。
人の出入りが多いことも理由の一つだが、司祭や修道士は信徒からの信頼が厚く、毎日のように相談や懺悔の告白を受けている。
そのため、あまり表には出ない情報なども多い。
ラテがここにいるのもそうした理由が大きく関係しているらしい。
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