シーン 10
目的地のヘイムに着いたのは夜の帳が迫った夕刻だった。
馬車を使っていれば昼過ぎには着いていただろうか。
すでに人通りが少なくなったメインストリートを抜け、暗くなる前に何とか今晩の宿を確保することができた。
「…ふぅ、さすがに疲れたな。こんなに歩いたのはいつぶりだろう?」
「普段は馬車の移動がほとんどだからな。とりあえず暗くなる前に宿に入れてよかったよ」
できればこのままベッドに飛び込みたいところだが時間的にも少し早い。
それに、依頼主である町長との顔合わせを今日中に済ませておく必要がある。
「…でも、良かったのか?」
「ん?何がだ?」
「い、いや、だから…その…相部屋…なんだが」
そう、部屋を取れたのはいいが、時間が遅かったたこともあり一室しか残っていなかったのだ。
そして、今居る部屋には立派なダブルベッドが置かれている。
「良かったも何も、この部屋しか残ってなかったんだから仕方ないだろ?」
「ま、まぁ、そうなんだが…」
「何だ、ハッキリしないなぁ。君は野宿がしたかったのか?」
ミーナはそういいながら持ってきた荷物を部屋の角に置きベッドに腰を下ろした。
僕も彼女にならって荷物を置き、ベッドの横にある二人掛けのソファーに座った。
ミーナとは数十センチほどの通路を挟む形になっている。
「別にそういう意味じゃないんだがな…。ただ、その…何だ…緊張する…っていうか…」
「ははぁん…なるほどなるほど。要するに、君はお姉さんのことを意識してくれてるわけだ」
「ち、違ッ!?」
「照れるな照れるな。そうかぁ、いつもクールに振る舞っているくせに、内心ではそんな風に思ってたわけだ。いや~お姉さん気付かなかったよ。困ったな~」
そういってわざとらしくチラチラと視線を送ってきた。
こうなってしまったらもはやミーナのペースだ。
もちろん彼女の誤解なのだが、いまさら何をいっても聞き入れてはくれないだろう。
諦めを込めて大きなため息をついた。
「…はぁ。いいよな、お前はいつもお気楽でさ…」
「おっと、今の言葉は聞き捨てならないな。誰がいつもお気楽だって?」
気分を悪くしたのか少し眉間にシワが寄っている。
両手を腰に当て、身体をくの字にして顔を近づけてきた。
「い、いや、怒らせたなら謝るよ。だけど、お前ってさ、いつも前向きだろ?正直、ずっと羨ましく思ってたんだ」
嘘はいっていない。
それに、これまでミーナが落ち込んだり悩んでいる姿を一度も見たことがなかった。
いつもハツラツとして何事も楽しんで居るように見える。
「なるほどね。君の目にはそう見えてるわけだ…」
「…え?」
「そういうことだろう?だけど、私は君が思うようにいつも心安らかで、悩み事がないわけじゃない。もちろん、人並みに落ち込むし、泣きだい時もある。でも、そんな姿を人に見せたくないんだよ。これは私なりのプライドみたいなものかな。だから、私は君の思っているような人間じゃないよ」
そういわれて気付いたことがある。
それはミーナの持つ人懐っこい性格だ。
裏を返せば寂しがり屋なのだが、思えばハイマンからヘイムまでの旅路も付かず離れずの距離を保っていた。
それは手を伸ばせば届きそうで届かない絶妙な距離だが、僕らの間には確かに安心感にも似た感覚があった。
咄嗟に脳裏をよぎったのは謝罪の言葉だった。
「…すまん」
「別に謝る必要はないさ。だけど参ったな~。今夜は興奮して眠れそうにない。あぁ、そうだ!今夜は風呂で念入りに身体を洗っておかないと。あぁ~忙しい忙しい」
「こらこらこら、クネクネするな、頬を赤らめるな!」
一人で暴走を始めたミーナに冷たい視線を送った。
やはり彼女のペースは簡単には崩せそうにない。
この場合、逆らうのではなく刺激しないよう気を付け、これ以上暴走しないよう制御する方が無難だ。
「ふむ…風呂は必要ないと。君もなかなかマニアックだな」
「元からそんな話してないよ!いいから風呂の話題から離れろ!!」
「わかったわかった。少しからかっただけなんだが、君は変わらず真面目だな」
「まったく…どこまでが冗談なんだよ。で、今日中に依頼主に会うんだろ?漫才してる時間はないぞ」
「そうだな。それと、可能な限り詳しい情報も欲しい」
何とかミーナをクールダウンさせて宿を出た。
依頼主である町長の家は町の中心部にあり、他の建物より堅牢な造りなので見つけるのは簡単だ。
どの町や村でもそうだが、この世界に暮らす首長は他の建物に比べて頑丈な家に住んでいる。
一番の理由はやはり外敵を恐れてのことだ。
首長は村や町のリーダーなので、有事の際は先頭に立って指揮や決断をしなければならない。
そのため、首長の家は僕の居た世界でいうところの役所の機能を持っている。
細かい機能はそれぞれの村や町で異なるが、基本的な用途はそんなところだ。
一応、ヘイムの町にも副町長のような補佐的なポジションもあるようだが、よほどのことがない限り出番はないらしい。
玄関のドアをノックするとメイド服の侍女が現れた。
事情を説明すると話が伝わっているのか、疑われることもなくすんなりと応接室に案内され少し待つようにいわれた。
しばらくすると奥の部屋から中年の男性が現れ、律儀に一礼して握手を求めてきた。
「いや~お待ちしておりました。私、町長をしておりますヘインズと申します」
「私たちは組織から派遣されたミーナ。それと、こちらはユウジ。今回はこの二名で事件解決にあたらせてもらいます」
今回は年上のミーナがレオの役目をする。
その姿は堂々としていて凛としている。
まるで長年経験を積んできたベテランのようだ。
しかし、実は彼女がこうして代表を勤めるのはこれが初めてだ。
初対面の相手なら違和感はないだろうが、僕としては普段とは違う頼もしい姿に少し感動を覚えた。
これなら彼女に任せておけば問題ないだろう。
レオの時もそうだが、必要があれば横から助け舟を出せばいい。
「おぉ、そうでしたか。お若く見えますが、かなりの手練れとお見受けします」
「いえ、我々のような若輩で申し訳ない。ですが、必ずや事件を解決してみせますよ」
「それは心強いお言葉、期待しておりますぞ」
ミーナは町長のお世辞にも動揺することなく答えた。
ここでボロが出るようなら町長からの信頼もガタ落ちだっただろう。
社交辞令の挨拶を済ませると早速本題に入った。
「それで、今回の依頼は町に住む女性の失踪事件についてでしたね」
「えぇ、そちらにご依頼した通りの内容でございます」
今回、僕らはオーブの代理人という形になっている。
そのため、町長は僕らが組織から派遣されてきたことを知らない。
町長もわざわざオーブに事件の解決を依頼しているため、僕らが組織の者だと告げない方が何かとやりやすいだろう。
これから麦の一大産地として売り出そうと考えている町長としては、組織を通じて下手な噂が広がるのを警戒と思われる。
その点、オーブは依頼主との約束を必ず守るので、穏便に事件を解決するには適役だ。
「失踪者は若い女性と伺いましたが、今までにどれくらいの被害者が?」
「今のところわかっているだけで七名になります」
「七名…それはかなり深刻ですね。では、最後に失踪者が出たのはいつ頃です?」
「三日前です。確か、これくらいの時間帯だったでしょうか」
「では、被害に遭う時間帯は夜が多いのですか?」
「えぇ、ほとんどが夜だと聞いております。ですが、昼間にも失踪者が出ておりますので、夜と限ったことではないでしょう」
町長の話を整理しながらミーナが話を進めていった。
今のところ被害者の数と被害にあった時間帯はわかったものの、これらは直接犯人に繋がるようなものではない。
もっと具体的な情報が必要だ。
ミーナは少し前のめりになって質問を続けた。
「その他にわかっていることはありますか?」
「私どももなにぶん困っておりましてな。実のところ、それくらいしかわかっていないのです」
「なるほど。では、話を聞いていて気になったことが一つ。目撃者は居ないんですか?」
僕もミーナと同じことを考えていた。
時間帯がわかっているのなら、それを見た者が居ても不思議ではない。
それに、町長の話しぶりでは、彼が直接見たのではなく誰かから聞いた話のようだ。
「実は一人だけ犯人を直接見たという者がおります。ですが、その者がお二人の役に立てるかどうか…」
町長は口を一文字に結び難しい顔をした。
どうやら目撃者に難があるらしい。
「どんな些細な情報でも構いません。それは誰なんです?」
「目撃した者の名はシロノという女児でございます。失踪者の一人でエリーという娘の妹なのですが…」
「女児?それに何の問題があるんです?」
「実は、シロノは偶然現場に居合わせたておりました。その時に犯人の姿も見ております。ですが、犯人に頭部を殴打されそのショックで一時的に言葉を失ってしまったのです…」
「それは何とも酷い…」
「ですのでシロノは事件以来一切口がきけなくなっております。ですが、簡単な質問であれば言葉を使わない形で何とか答えられるまでに回復しております」
つまり、町長の得た情報のほとんどがシロノという女の子からのものだとわかった。
実際に犯人の姿を見たとなれば特徴なども覚えているだろう。
簡単な質問なら答えられるというので、“はい”か“いいえ”の範囲で具体的な情報が得られる可能性がある。
ミーナは町長にシロノとの面会を依頼した。
「でしたら、明日の朝もう一度我が家におこしください。シロノには私から事情説明しておきます」
「わかりました。では、また明日お伺いします」
とりあえず当初よりも犯人に近付けたように思う。
詳しいことは明日の朝にわかるだろう。
今夜は旅の疲れを取ることに専念するにした。
疲れていたためか、夕食もほどほどにとって宿に戻った。
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