シーン 1
この作品には一部残酷な描写が含まれますのでご注意ください。
また、物語における重要キャラクターの詳細は、キャラクターが登場した次の投稿の前書きで補足していきます。
規則正しい足音を立てながら石畳の街道を駆けた。
背後には敵の集団から離れた追手が鬼の形相で僕を追いかけている。
しかし、追手といっても相手は人間ではない。
全身が青色の体色で、人間離れした肉体を持つオークと呼ばれる怪物だ。
腕周りは丸太のように太く、少し力を入れただけで人間の頭をひねり潰す握力がある。
万が一掴まれれば命はないだろう。
しかし、幸いなことに足は遅く持久力もないため、全速力で逃げれば捕まることはない。
肩越しに後ろを見ると、オークとの距離は十メートル近く離れていた。
「…さて、と。そろそろか」
オークはすでに持久力を失い、本来の実力の半分ほどしか発揮できなくなっている。
こうなってしまえば赤子の手をひねるようなものだ。
僕は駆け足を止め、腰に差していた太刀を手に取った。
手にはズシリと心地よい太刀の重さが伝わってくる。
黒光りする刀身を構えタイミングを伺った。
次の瞬間、オークの真横を全力で駆け抜けながら、太刀でわき腹を思い切り斬り裂いた。
「ぐぉぉぉッ!」
オークはうなり声とも悲鳴とも取れる声を上げた。
よく見るとわき腹から紫色の体液が流れている。
相手が人間なら今の一撃で胴が二つになっていただろう。
しかし相手は全身が分厚い筋肉に覆われた怪物だ。
「…タフだな。だけど、次は無いぜ?」
思わず笑みが漏れた。
我ながら戦闘中だというのに何ともお気楽な話だ。
しかし、そんな気持ちなるのも無理はない。
今のところ、この戦闘は僕が想定した通りに運んでいる。
それに、元々、オークが僕を追い掛けてきた時点で結果はきまっていたといっても過言ではなかった。
オークは斬られたわき腹に手を当て、何とか止血しようとしている。
こんな行動を取るのは、オークが人間に近い知性を持っているという証拠でもある。
それでも、手で抑えた程度で何とかなる傷ではない。
まだ内蔵こそ飛び出していないが、激しく動けばそうなる可能性もあった。
自分がやったことではあるが、あまりに惨い仕打ちだ。
いくら相手が人を襲う怪物とはいえ、苦しみを与えながら殺すのは僕の望むところではない。
「ぐッ…」
オークは痛みでうなり声を上げた。
もはや立っているだけで精一杯といった様子だ。
僕はそんな隙を見逃さず、間合いに踏み込んで思いきり太刀を振り下ろした。
刃は左の肩口から右下へと抜け、引き締まった筋肉の塊を切り裂いた。
オークは耳の奥を突くような断末魔の悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちてそのまま事切れた。
これが戦いの決着だった。
「ふぅ…」
このようなやり取りは日常茶飯事だ。
生きるか死ぬか、世の中はとても単純な仕組みの上に成り立っている。
「よう、やったじゃないか」
「アーヴィンか。お前、見てたなら加勢しろよな?」
岩陰から現れたのは銀色の長髪が特徴的な青年だった。
彼の名前はアーヴィン・クオリス。
同じ組織に属している仲間だ。
年齢は僕より一つ上だが、時より見せる子どもっぽさがあり、年上とは思えない一面もある。
「甘ったれるなよ。それに、お前ならこんな回りくどいやり方をしなくたって倒せただろ?悪い癖だぜ」
「まぁ、気にするなって。そんなことより、お前がここにいるってことは、前線の二人はどうした?」
「あらかた片付いた。あとは仕上げをしてこの仕事は終いだよ」
「そうか。案外呆気なかったな」
「敵さんが俺たちの力を見誤ったんだよ。敵方の司令官は無能らしい」
アーヴィンは呆れ顔でそう言ってのけた。
彼自身、この作戦において大きく貢献している。
いち早く敵の勢力を把握し、戦力を分析から作戦の立案まで一人でやってのけたのだから。
「それにしてもさ、いつ見ても面白い武器だよな。太刀って言ったっけ?」
彼にいわれて鞘に戻した太刀の柄に手を当てた。
愛用しているのは信頼している刀工に制作を依頼して作らせた特注品だ。
素材は鉄よりも硬く軽量なダマスカス鋼と呼ばれるレアメタルで、闇を思わせる黒色をしている。
刀身に飾り気はなく、柄は特別に取り寄せた鮫の皮が巻かれている。
そもそも、この世界に太刀は存在しなかった。
そのため、太刀を知らないのはアーヴィンだけではない。
太刀というのは、一般に普及しているサーベルなどの直剣とは違い、刀身には反りと呼ばれるカーブがある。
この反りは突くよりも斬ることに特化しているため、先ほどオークを倒したような戦い方に向いている。
「確か、お前の故郷はえっと…ニホン…だったか?」
「あぁ。前にも話しただろ?俺はこの世界の生まれじゃないんだよ」
「ふむ…未だに信じられないな。まぁ、そうは言ってもユウジはユウジだ。俺たちの仲間には違いないさ」
アーヴィンに説明した通り、僕はこの世界の住民ではない。
そもそも、僕はこの世界に召喚されてやって来たのだから。
「おーい、お前たち無事か!」
「おッ、リーダーだ。はーい、この通り~」
アーヴィンは声の主に手を振った。
視線の先には、フルプレートと呼ばれる超重量級の鎧を着た中年男性の姿が見える。
彼の名前はレオパルト・ウィーバー。
組織の中では斬り込み隊長として活躍する主力メンバーの一人だ。
アーヴィンは敬意を込めてリーダーと呼んでいるが、僕を含めた一部のメンバーは“レオ”と呼んでいる。
外見は強面だが根は優しい親分肌だ。
「レオ、無事だったか」
「当たり前だ。オークなんぞに後れを取るはずがないだろう」
そういうとレオは顔をしわくちゃにして豪快に笑った。
「あれ?そういえば、リーダーって姉御と行動してなかったっけ?」
「それなら、ほれ、お前さんたちの後ろに居るだろう」
『…え?』
アーヴィンと声を揃えて驚くと、同時に肩を叩かれた。
振り向くと不敵な笑みを浮かべるミーナの姿があった。
「君たち~甘いぞ?私が敵だったら今ので死んでいたな」
そういって、ミーナは僕の耳に吐息を吹きかけた。
背筋に何ともいえない不快感が走ったが、彼女には何故か抵抗ができない雰囲気がある。
僕よりも二つ年上のお姉さんなのだが、時より見せる有無を言わせない強引さと、一度言い出したら聞かない強情さを兼ね備えているのが原因だった。
加えて僕よりも少しだけ身長が高く、文字通り上から目線なところもある。
体型はファッションショーのスーパーモデルのようで、男性なら誰もが息を呑むほどのプロポーションだ。
また、栗色の髪は腰まで伸び、一本に束ねられたらポニーテールも彼女の魅力に一役買っている。
顔も整っていて非の打ち所がない。
ちなみに、アーヴィンは彼女のことを“姉御”と呼んでいる。
「相変わらず姉御は神出鬼没だな…。まったく気が付かなかった」
「ふふッ、君たちの驚く顔が見えるならこれくらいの努力は惜しまないさ」
「コラ、お前たち、じゃれ合うのは帰ってからにしろ。仕事の仕上げが先だ」
レオが一喝するとさすがのミーナも悪ふざけを止めた。
彼女もレオにはかなり信頼を寄せているため、彼の言葉に素直に従っている。
むしろ、年長者の彼が居るからこそこの四人が一つに纏まっていられるといっても過言ではない。
仕事の仕上げはオークが所持している星を象ったアクセサリーの回収だ。
これはオークが一人前になった証として持ち歩くもので、これがオーク討伐の証になる。
集めてみるとアクセサリーの数は十個を超えていた。
つまり、それだけの数のオークを倒したということになる。
仕事を終えて組織があるハイマンの町に戻った。
ハイマンは大陸のほぼ中央に位置している。
また、交通の要所としても知られ、人口は大陸全土で第三位という大きな町だ。
街道筋に面していることから、特に行商人の行き来が盛んなため、町には露天商のテントが並ぶ通りがある。
買い物客で賑わう露店街を抜け、組織の施設がある町の中心部を目指した。
町の中を注意して見ると、通りに面して並ぶ建物は素焼きのレンガやブロック状に切り分けられた石材が組まれて造られている。
これは元の世界とは大きく違う点の一つだ。
日本では木材をふんだんに使った日本家屋が有名だが、こちらの世界では木造の建物はほとんど見かけることがない。
木造建築が一般的でない理由は、木材の調達と耐久性に問題があるようだ。
そして、元を辿れば両者とも同じ原因が関係していることに気が付く。
木材の調達先である森は、先ほど戦ったオークのような亜人や怪物たちの住処になっていることが多い。
そのため、安定して木材を供給することが難しく、どうしてもレンガや石材を使った建物よりコストが高くなってしまう傾向にある。
また、木造の建物は外敵からの攻撃に弱く、火災が発生すれば瞬く間に炎に包まれるという危険性も孕んでいる。
つまり、レンガや石材を使った建物が多いのは、オークを始めとした外敵から身を守ることを優先した結果だった。
しかし、幸いなことに、今のところハイマンの町が外敵に襲われる事案は発生していない。
それを可能にしているのは、僕らの組織が今回のように脅威の芽を摘んでいるからだ。
普段と変わらない活気の露店街を横目に、ようやく組織の施設に戻ることができた。
あとはレオが上役に報告をすれば仕事は完了だ。
ちなみに、組織の建物は町の中でも特に頑丈に作られており、有事の際は避難場所としても利用される。
また、地下には非常食と飲み水用の井戸が掘られているため、長期間の篭城も可能だ。
「…ふぅ、終わった終わった。リーダー、今日は解散でいいッスか?」
「うむ、みんな、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれよ」
レオの一声で本日は解散となった。
このあと、レオには報告書の作成が待っている。
これもリーダーの務めだ。
その代わり責任が思い分、組織から支払われる報酬も僕らより遥かに多い。
もちろん、報酬については組織への貢献度や勤続年数によっても上下する仕組みだ。
この仕組みは元の世界でも一部の企業や職種で使われていた。
つまり、稼ぎたければそれなりの責任がつきまとうということだ。
昨年の同時期に連載した作品は、毎日投稿という形でしたが、今回はムリのないペースで更新しようと考えています。
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