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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第二章 満洲帝国と中国国民政府
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九 日満連合軍反撃す


 年が明けて一九四〇年二月八日。

 『国家戦時体制法』が帝国議会の貴族院を通過した。

 史実の『国家総動員法』に似た、戦争に際して政府の権限等を高めたものだが、そのレベルはそれなりに抑えられている。

 しかしヨーロッパで大きな戦争が起き、なおかつ大日本帝国自体が戦争をしているなか、段々と現実味をおびてきた『日米戦争』が勃発した時に総力戦を繰り広げるための布石であることは紛れもない事実である。


 アメリカが虎視眈々と狙っている『中国』という市場を、日本が握っている以上、アメリカが何らかの手段をもって奪いにくることは明らかである。

 無論日本も手放すつもりは毛頭ない。

 つまり最終的に『戦争』になることは否定することの出来ない事実なのである。



 さて本題に戻ろう。

 同じ日、日満連合軍は遂にこれまでの持久作戦を捨て、総力をもって張学良率いる国民党軍を満州国領内から追い出すために錦州を出撃した。

 ところが、まったくの偶然で国民党軍のほうでも今回こそ錦州を突破するべく、進撃を開始していた。

 この偶然の一致は両軍の偵察機によりすぐに明らかとなり、両軍は錦州の西二〇キロの地点で激突した。

 勢いにのる連合軍は重砲の援護を受けながら、最新型の九八式中戦車を先頭に国民党軍の中に切り込んだ。


 この『九八式中戦車』というのは帝国陸軍が初めて対戦車戦闘を意識して開発された中戦車で、高初速の長砲身五七ミリ戦車砲を装備し最大厚四五ミリの装甲板を海軍譲りの溶接技術で取り付けている。

 また史実よりもはるかに優れた技術を持つ自動車業界が共同制作した新型のディーゼルエンジンを搭載し、その最高速度は四八キロである。


 この九八式中戦車と国民党軍の先頭を行くBT−7快速戦車との間で、東洋初の戦車戦が繰り広げられたが、戦いは帝国陸軍航空隊の九七式軽爆撃機の援護を受けた連合軍に有利に進んだ。

 じわじわと連合軍がおしていくなか、今度は国民党軍の航空隊が飛来した。

 連合軍の上空で待機していた九七式戦闘機が迎撃のために向かっていく。

 しかし彼らはいささかおごっていた。

 どこからどう見ても、相手はお馴染みのソ連製戦闘機、I−16である。

 爆撃機をともなっているわけでもなく、ただ連合軍航空隊を追い払いに来たかのように見えた。

 よくもまぁ懲りずにやってくるものだ。九七戦のパイロット達は皆そう思った。

 自身が搭載している機銃が確かに非力で、コックピットを撃たないことには始まらないことを知っている九七戦のパイロット達は、その通りに機首を向けた。

 そして引き金を引こうとした瞬間、I−16は今までにない機動を見せて射線上から消えた。

 何人かの九七戦パイロットは目撃していた。

 操縦しているのが欧米人であるということを。



 「それにしても総統も妙なものを送って来ましたな」

 「まったくです。あの共産嫌いの総統が」

 「背に腹は変えられないという所だろう。とりあえずお互いの利益は一致しているからな」

 「しかしそこまでして満州帝国を潰さなければならないのでしょうか? 司令官、例の書簡の返事は?」

 「それはまだきてない。しかし私も君の意見に賛成だ。日本軍が後ろにいる限り満州を切り取るのは難しい。それに元々異民族の地だ。大中華帝国を創るのは結構だが、まだ華南に共産勢力が居座っている以上、そっちを叩くのが先決だろう」


 国民党軍の幕僚達がこう言うのには訳がある。

 この前日、満州帝国側から講和の打診があったのだ。

 参謀が言った書簡というのはこのことである。

 さてその内容というのが張学良達にとってみれば驚きの内容だった。

 講和条件は満州帝国の承認と日満両国との通商条約の締結、というたいしたことのないものだが、講和成立のあかつきには両国は国民党による中国支配、つまり邪魔な共産勢力の駆逐に協力する用意がある、と言ってきたのだ。


 そう言っているんだから従えばいいのに……張学良以下書簡を受け取った国民党軍の幕僚達は皆そう思った。

 実戦部隊の長としてあるまじきことだが、張学良は正直これ以上戦争を続けるのは無理だと思っていた。

 毎日のように兵員が脱走し、なおかつ弾薬の補給も満足なものは得られていない。

 対して日満連合軍は日露戦争における弾薬欠乏や旅順攻略の際に多大な犠牲を出したという教訓があった。

 史実よりも見識高い人材に恵まれたこの世界の帝国陸軍は、人員の拡大よりも火力の充実を選んだ。

 そんなわけで、戦意の無い兵隊に大量の機関銃によって守られた連合軍陣地を突破させることは、ほぼ不可能だった。


 しかし蒋介石は『妙なもの』を送ってきた。

 九七戦のパイロット達が遭遇した、『ソ連義勇空軍』と『ソ連義勇陸軍』である。



 さて思わぬ敵の襲来を受けた九七戦部隊はいきなり四機を失い、三機のパイロットが負傷して反転離脱していた。

 やはり開戦以来負け無しの戦いを続けていたため、自己過信状態にあったということは否定出来ない。

 それでも体勢を整えると彼らは、軽爆隊を離脱させるべく戦闘を開始した。


 スターリンが送りこんだ空軍部隊は戦闘機約一二〇機、爆撃機その他一〇〇機というものだった。

 スターリンがわざわざ義勇軍を派遣した理由はこれもまた単純明解で、東の敵、つまり満州帝国と大日本帝国の実力の程をはかっておこうとしたのである。

 他にも自軍の装備の性能チェックや国民党政府に恩を売ろうともしていた。

 『義勇軍』の形をとったのは、本格参戦する理由がどこを探してもないからである。

 この世界の満州帝国は争いを嫌って、史実のノモンハン事件の引き金となった外蒙古のあいまいな国境線を、わざと自国領土が小さくなるところに引いていたのだ。


 そして義勇陸軍部隊は、装備車両こそ国民党軍と似たようなもの……当たり前だが……でも、中にいる乗員の連度は遥かに良い。

 しかし、自分で飛んでこれる航空機と違い車両は鉄道で運ばなければならない。

 乗員や整備員等はすでに輸送機で着いていたが、肝心の戦車はまだ六〇両程度しかなかった。

 それでもスターリンは出撃を命じた。

 義勇軍のくせして、なぜかちゃんと背後には督戦部隊がいるため、戦車部隊司令官は言い訳することも出来ず、指揮下のBT快速戦車を出撃させた。



 「あぁおやじさん。こいつの調子はどうですか?」

 同じ頃、旅順にある帝国海軍の戦闘機用飛行場。

 ここには支那方面艦隊隷下の第一連合航空隊所属の、第三四三海軍航空隊が進出していた。

 「ん? なんだ長峰中尉ですか。こいつのことならご心配なく。何もかも万全の状態ですよ」

 第三中隊長の長峰義郎海軍中尉が同航空隊の大林道彦海軍整備曹長と話している。

 「そいつは良かった。ところでおやじさん。勤続二〇年の整備兵の目から見て、この戦闘機どう思います?」

 「うーん、やっぱり武装がいいですね。一二,七ミリ機銃が四挺というのは中々強力ですし、エンジンも最新型で大活躍間違いなしと見ますね」

 「はは、そいつは安心だな。そういえばこいつに積まれた燃料はちょっと違うらしいね」

 「えぇ、なんでも黒龍河省で見つかった例の大油田の開発にある程度目処がつきそうだとかで、樺太から出た油は航空機に優先的に回すらしいと……まぁそんなことはともかく、オクタン価九九のガソリンが入ってますし、オイルも良いやつをいれてますよ」

 「いままで乗っていた九六艦戦はオクタン価九二のガソリンを入れていたからな。こいつは楽しみだ」

 「そうですね。……あれ? 福山二飛曹じゃないですか。どうしたんです?」


 二人が話している隣に駐機している機体のもとに、一人のひょろながい青年、福山和樹海軍二等兵曹が歩みよった。

 紛れもない戦闘機パイロットだが、大学の研究室にでもいそうな顔つきで、飛行服を着ていない限りおよそ戦闘機乗りには見えない。

 そのせいかは分からないが長峰はこの部下のことを人一倍気にかけていた。

 「長峰隊長に大林さん。いえ別にどうしたというわけでは……」

 「ははあ、緊張しているわけですか」

 「いや、ただちょっと飛行機が気になって」

 「そういうのが緊張しているというんだよ。お前大村航空隊から転属したばかりだからな。まぁ無理もないか」

 「いや、まぁ、その……」

 「福山、この新型戦闘機で何をすれば勝てると思う?」

 「それは、この比類ない運動性を生かしての格闘戦に持ち込めば良いかと」

 「残念ながら違うな。一番の理想は格闘戦になる前に、相手を仕留めることだ。それから仕留めたらすぐに後ろを見ること。これだけは徹底してやれ」

 「はっ、つまり……」

 その時、基地にサイレンが響き渡った。

 「戦闘機部隊出撃用意! 搭乗員は指揮所前庭に集合せよッ! 繰り返す……」

 「いよいよですね。長峰中尉」

 「えぇ。行くぞ福山!」



 所変わって再び場面は錦州の西四〇キロ。

 両軍が激突してから一日で、日満連合軍は距離にして二〇キロばかり前進していた。

 先頭を行く帝国陸軍第一、三機甲師団は優先配備された九八式中戦車を縦横無尽に走らせて、国民党軍を翻弄していた。

 そして戦車が開けた隙間から、自動車化された歩兵部隊が手持ちの装甲車や歩兵直協用戦車である九五式軽戦車や八九式中戦車、九七式中戦車を駆使しながら浸透していく。


 さながらドイツ陸空軍の得意技である『電撃戦』のようだが、ひとつ違うところがある。

 それはなにかと言えば、空中戦である。

 実は『妙な補給』にはオマケがついていて、『引き込み脚』装備のP−36がそれである。

 しかも搭乗員はアメリカ人である。

 ソ連のように大集団ではないが、それでも三〇機程が戦っている。

 無論、こちらもあくまで義勇軍ではあるが、その後ろにはやはり日満連合軍の様子が知りたい合衆国陸軍航空隊の影がある。

 帝国陸軍第二、三航空師団の九七戦は必死にこれらの義勇空軍を食い止めていた。

 しかしいくら九七戦の運動性が抜群でも、その武装は七,七ミリ機銃が二挺と幼稚なものだ。

 そう簡単にはやられないが、反対にそう簡単に相手を撃ち落とすことは出来ない。

 制空権を確実に取らないうちは地上攻撃機など当然出せない。



 一方、陸上部隊のほうにも災いが降ってきていた。

 不運に見舞われたのは、自動車化され日満連合軍の最右翼を進んでいた帝国陸軍第三師団である。

 どんな災いかと言えば、突然、目の前にソ連義勇陸軍が現れたのである。

 いくら自動車化されて装甲車両に守られていても、戦車の前には無力でしかない。

 ささやかに配備されている戦車も、対戦車戦闘にはとても使えたものではない八九式中戦車や九五式軽戦車というもので、これではお話にならない。

 一応機械化された歩兵師団というだけあって、自動車牽引の速射砲、つまり対戦車砲をそれなりに装備してはいるが、BT戦車は持ち味の高速を発揮しながら巧みに動き回り、照準ですらままならなかった。

 ロケット砲等の近接火器があれば何とかなるだろうが、まだ試作段階である。

 

 結局、以前鹵獲したBT戦車を研究して、効果があるのではないか、とされた火炎瓶攻撃が実は一番効果的であった、という何とも皮肉な結果が得られた。

 ちなみにこの世界の帝国陸軍は肉弾攻撃とかいう、とんでもない攻撃方法はとらない。

 なぜなら史実と違ってジュネーブ条約に批准しているからで、将兵にはきちんと捕虜になったときの対応の仕方や逆に捕虜の扱い方を、徹底的に教え込み命の重要さも教えていた。

 しかし同時に銃剣突撃の精神も教えていた。

 矛盾しているようだが、この教育のおかげで、張学良が急遽送りこんできた二万もの国民党軍を、半分にも満たない七〇〇〇の兵力で撃ち破ることに成功したのだ。

 厄介なBT戦車も、慌てて飛んで来た最新型の九九式軽爆撃機が六〇キロ爆弾による攻撃……激しい制空権争いもここでは行われていない……にさらされ、壊滅的被害を受けて退却を始めた。


 今回の戦闘でも、帝国陸軍は九〇〇人の戦死者と引き替えに多くの教訓を得た。

 ただし、この教訓がどう生かされるかはまだわからない。



 その頃、三四三空第三中隊第二小隊の二番機に搭乗している福山は、高度五〇〇〇の雲の中を僚機と共に北西に飛んでいた。

 そうしていると無線機が『突撃体型作れ』を意味する『トツレ』の音を受信し、続けて『突撃せよ』を意味するト連送を受信した。

 機体に日の丸を描いた戦闘機の群れは、隊形をを整えると次々に機体を躍らせて急降下を開始した。

 福山も周囲に合わせて雲を抜け、そのまま一機のI−16を照準器の環の中に捉え、左手で発射把柄を握ると、両翼に取り付けられた四挺の一二,七ミリ機銃から火箭が流れた。

 周りでも、まるで花火のように火箭が流れ、次々とI−16に突き刺さっていった。


 そしてこれが『零式艦上戦闘機』のお目見えであった。



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