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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一四章 中継ぎの提督と猛進する第三帝国
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八七 傑作戦闘機の後継機


 「まったく。新年早々、それもこんな朝っぱらからご苦労なことだな」

 大日本帝国が誇る南洋の要衝であるトラック諸島の夏島から、南に七〇海里程いった所の上空で、トラックの防空を担当する帝国海軍第一航空艦隊隷下の第三四三海軍航空隊の第二小隊長を務めている、福山和樹海軍飛行兵曹長は愛機の操縦桿を握りながら、目の前に現れた四発重爆の大軍を目にしてそうつぶやいた。

 時刻は現地時間の一九四三年一月八日、午前八時二三分。

 年が改まって以来、ラバウルに展開する合衆国陸軍航空軍がトラックに来襲するのはこれが初めてだ。

 哨戒中に北上する大編隊を目撃し、第一報を送ってきた零式陸上偵察機曰く、敵はB24約三六〇機とP38一二〇機程度よりなっており、さらに別の零式陸偵からその後方に、B17約一四〇機とP38六〇機程度からなる第二波が続いているとの情報ももたらされている。

 「勝家一番より各機。これより攻撃を開始する。勝家隊は敵重爆向かって左、秀吉隊は敵重爆向かって右、光秀隊は敵戦闘機。光治隊は退避せよ」

 「秀吉一番了解。敵重爆の向かって右を攻撃します」

 「光秀一番了解。光秀隊は勝家隊、藤孝隊は秀吉隊に付き、敵戦闘機を掃討します」

 「光治一番了解。これより退避します」

 対する帝国海軍が繰り出した迎撃戦闘機隊の第一陣は、第三二一、三四三、三五一の三個航空隊。機数は三隊合計で三七一機だ。

 帝国海軍基地航空隊の戦闘機隊は、今から一月程前に定数の変更が行われている。

 具体的には、これまで一個航空隊につき一個戦闘飛行隊九六機だったものが、二個戦闘飛行隊一二八機に増強され、飛行隊を二つに割って分隊、二つに割って中隊、さらに四つに割って小隊、最後に二つに割って区隊、というふうに細かな所で編成換えも行われている。

 またそれに伴って、これまで使用されていた小隊単位で小隊長の名字に番号を付した呼び出し符合が、中隊単位でその航空隊が所属する航空戦隊ごとに特長あるものに変更されている。

 例えば、第一航空艦隊隷下の局地戦闘機部隊を統轄する第二一航空戦隊は、織田信長の有力武将の名を航空隊に振り分け、その下の中隊にはその武将のそのまた有力武将の名を付している。

 すなわち、三四三空が勝家、三二一空が秀吉、三五一空が光秀、であり、三四三空の各中隊は、利家、成政、盛政といった符合を用いている。

 ちなみに光治とは、三個の航空隊の中で三四三空だけがもつ、早期警戒機仕様の天山を装備した偵察中隊の呼び出し符合だ。

 さて、勝家一番こと三四三空の先任飛行隊長にして、この空域にいる全ての日本軍機の指揮を任されている長峰義郎海軍少佐に率いられた一九〇機の紫電の編隊は、綿密な隊形を維持したままトラックを目指して進撃する米軍機の大編隊を右斜め前にのぞみつつ、高度を上げて機体の位置エネルギーを高めていく。

 「光秀一番より光秀隊各機。迎撃手順は乙。繰り返す、迎撃手順は乙。全機突撃せよ!」

 そんななか、B24の大編隊の周囲に張り付いていたP38の内約三〇機ずつの機体が、両斜め前から迫って来る日本機を阻止すべく、巨大な増槽を切り離して機首を上向かせると、間髪入れずに光秀隊こと三五一空の紫電が急降下して相対する。

 光秀一番こと三五一空の先任飛行隊長の牟田弘國海軍少佐が指示した“迎撃手順乙”とは、三二一空と三四三空に立ち向かってくる敵戦闘機に対し、それぞれに付き従っていた飛行隊の内一個分隊が迎撃に向かい、残りのそれぞれ一個分隊がそれまで行動を共にしていた三二一空や三四三空に先んじて突撃し、敵重爆の周りから離れなかった敵戦闘機を無理矢理引き剥がすというものだ。

 「勝家一番より勝家隊各機。全機突撃せよ!」

 「秀吉一番より秀吉隊各機。全機突撃せよ!」

 そして、ほぼトップスピードで米軍の大編隊の左右両脇を急降下ですり抜けた紫電に、一〇数機のP38がつられて機首を下げたことを確認した長峰と三二一空先任飛行隊長の森下清三郎海軍少佐は、部下達の左耳の鼓膜を破らんばかりの大声で命令を発し、機体をバンクさせると、フルスロットルのまま先頭に立って急降下を開始する。

 長峰が直率する第一中隊の第二小隊を率いる福山は、即座に操縦桿を右に倒し右のフットバーを蹴飛ばして、長峰の小隊にぴたりとくっつきながら、三〇機程のB24からなり進行方向から見て最右翼に位置する梯団に突撃を開始する。

 機首の春嵐一二型エンジンが叩き出す一五〇〇馬力の推進力が機体を下方に引っ張り、蓄えてきた位置エネルギーを運動エネルギーに変換することにより、速度がぐんぐんと上がっていく。

 ところが、狙いを定めた梯団との高度差が五〇〇メートル程になったところで、先頭の長峰機が機首を引き起こして、一撃離脱戦法向きとはあまり言えない緩降下に切り替えてしまった。当然、加速も鈍くなる。

 「勝家一番より勝家隊各機。打ち合わせ通り、迎撃手順は二号案でいくぞ」

 「利家一番より勝家一番。二号案了解です」

 「よし。撃てッ!」

 緩降下しながらも照準器の中に目標の梯団をとらえていた福山は、長峰の号令が飛び込むなり、機銃の発射把柄の隣にある小さなレバーを手前に引いた。

 刹那、彼の紫電の両翼下から四筋の白煙が噴き上がり、この白煙の発生源である小物体がB24に向かって直進していく。

 第四三六戦闘飛行隊、つまり長峰が直率する六四機の紫電の群れは、そろって白煙を噴き上げる小物体を切り離すと、順々に緩やかな水平旋回をかけていったん離脱する。

 福山は小隊の列機を従えて長峰の小隊の後を追いながら、自分達が放った小物体の集団の行方を見つめ続けた。

 やがて、これら二五六個の小物体はB24の梯団の周囲に達したその瞬間、次々に炸裂して真っ赤に焼けた焼夷榴散弾を四方八方に撒き散らした。

 無誘導のロケット弾など、よほど運が悪くない限り当たるものではない。とでも考えていたのか、まるで反応を見せなかったB24の群れは、唐突に花開いたどす黒い花火に叩かれ、また自ら突っ込んでいく。

 B24の搭乗員達はいったい何が起こったのかを悟る以前に、自分達の乗機が火を噴いていることに慌てふためいた。

 そして彼等が対処法を考えつく暇を与えることなく、緩やかな円を描いていた長峰率いる六四機の紫電が止めを刺すべく再び急降下に入る。

 あたかも煙幕を焚いているかのように見える梯団の中から、福山は目ざとく煙を噴いていないB24を見つけると、操縦桿を微かに動かして照準器の中心にその機影をもっていく。

 照準器の中のB24はどんどん大きくなっていくが、弾片を浴びて上面機銃座をやられた機体が多いのか、弾幕射撃の密度はいつになく低い。

 福山はもっけの幸いとばかりに落ち着いて目標に二〇ミリ機銃弾の一連射を加えると、フルスロットルを維持して梯団の脇を通過していく。

 そこから七〇〇メートル程降下した所で、強烈なGに堪えながら機体を引き起こして頭上を見上げ、B24の大編隊を視界に捉えた福山は思わずほくそ笑んだ。

 延べ一二八機もの紫電による攻撃を受けた最右翼の梯団は、もはや梯団の体をなしていない。

 攻撃を受ける前には三〇機程いた機体の内、平然と飛び続けているのは何と二機のみ。残りはすでに消えていたり、南太平洋の蒼い海面へ墜ちつつあったり、黒煙を噴きながら何とか飛んでいるという有り様だ。

 「さすがは奮進弾。威力が違うな」

 福山の言う奮進弾とは、呉海軍工廠が開発に成功した新兵器、二式空対空奮進弾のことだ。

 迎撃戦闘を第一に考えて作られた局地戦闘機であるが故に、元々爆装能力を持たなかった紫電であるが、上層部間の暗黙の了解で常に最新鋭機が配備される三四三空のそれは、この直径一二,七センチの奮進弾を左右の主翼下に二発ずつ懸架出来る紫電二一型と呼ばれる機種であり、従来の一一型と比べて機体の至るところに細かな相違が認められる。

 最初は高角砲弾に搭載したものの、静止状態から瞬間的に音速の二倍以上に速力を跳ね上げる発射の際の強烈な衝撃に、内部の真空管が耐えられないという問題から開発が停滞していた近接信管を、砲弾に比較すれば遥かに加速の緩やかな奮進弾に搭載することにより誕生したこの新兵器は、航続距離が短いという欠点を補って余りある高性能な戦闘機と熟練の搭乗員に恵まれたことによって、航空戦の序盤から大きな戦果を上げたのだ。

 「勝家一番より勝家隊各機。目標の梯団を変更する。全機俺に続け!」

 利家一番こと唐丘寿浩海軍大尉が率いる第五一七戦闘飛行隊の六三機の紫電が、別の梯団に対して同じように奮進弾の一斉射撃の後に一撃離脱をかけて合流してくると、最先任指揮官機であることを示す二本の黄色の帯を胴体に巻いた長峰機が、三四三空の列機を米軍大編隊の右後方の上空へと誘導する。

 やがて目標を見定めた長峰が機体をバンクさせ、機体を左に横転させ再び急降下に入る。

 福山も操縦桿を左に倒して機体を左側に九〇度傾け、すぐさま操縦桿を定位置に戻すと、機体は重たい機首を自然に下げて急降下に入る。

 速度計と高度計の針がそれぞれ勢い良く逆向きに回っていくなか、福山は新たなB24に狙いを定める。

 奮進弾はもう撃ち尽くしているから、今度は従来通り激しい弾幕射撃の中に突っ込んでいくことになるため、運悪く面前に弾幕を張られた紫電が粉微塵になり、主翼を射抜かれた紫電は炎を噴き上げ空中をのたうち回る。

 だが、帝国海軍中を見渡して見ても三四三空の搭乗員達程、臆すること無く弾幕射撃に突っ込んでいくことに慣れている者達はいない。

 弾幕射撃をかわした紫電が立て続けに二〇ミリ機銃弾を放ち、着実にB24を痛め付けていく。

 「成政一三番より各機。敵機が上昇を始めました!」

 「お約束通りか……」

 空冷エンジン機に共通する欠点ではあるが、紫電がその性能を存分に発揮出来る高さは、よほど調子の良い時で高度七〇〇〇メートルがせいぜいだ。

 米軍の指揮官はいつもの事とは言え、日本軍の熾烈な迎撃を避けるため爆撃精度の低下と引き換えに、高高度に避退するように部下達に命令を出したのであろう。

 「勝家一番より各機。これより後は中隊ごとに迎撃に努めよ」

 そして長峰の指示をいつもと同じだ。

 もはや敵機の上空を占位して一斉に急降下するなどという戦術は使えないため、戦闘単位を中隊まで引き下げ個別に食い下がっていく戦術に切り換えて、トラックの手前で一機でも多くの爆撃機を落とすのだ。

 しかし、B24の数はあまりにも多く、後ろには無傷のB17の編隊が控えている。

 P38の掃討をしている三五一空に応援を頼むわけにはいかないし、二〇ミリ弾も一挺あたり一五〇発も撃てばそれで終わりだ。

 「応援はまだなのか!?」

 高度計の針が七五〇〇メートルを指し、動きが完全に鈍った愛機の操縦桿を必死に引いてB24の後を追いながら、福山はもどかしそうにそう呻いた。

 「光治一番より各機。まもなく信忠隊が戦場に到着します!」

 そうこうする間に、光治一番こと三四三空の偵察中隊中隊長である、伊藤暁子海軍大尉の甲高い声に続いて待望の応援が現れた。

 「吉晴五番より各機。敵先頭梯団に向けて新たな奮進弾飛翔中! あっ、その後ろから友軍機編隊が接近中です!」

 そして、新たに出現した奮進弾の群れは一直線に上昇中のB24の先頭梯団に飛び込み、例によって一斉に炸裂して真っ赤な弾片を撒き散らした。

 期せずして三二一空と三四三空の搭乗員達の間に歓声が沸き起こり、被弾したB24が墜落していくなか各々の左耳に懐かしい声が不意に響いた。

 「信忠一番より勝家一番。信忠隊、ただいま戦場到着!」

 不意に響いたこの声の主は、信忠一番こと第二五一海軍航空隊の先任飛行隊長の中島正海軍少佐であり、二五一空は機種変更のために赴いていた本土からトラックに戻ってきたばかりの部隊だ。

 そしてそれはまさに、三菱重工業が開発した帝国海軍の最新鋭艦上戦闘機である“烈風”が、零戦譲りのスマートな姿を、初めて戦場に現した瞬間だった。



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