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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一三章 帝国海軍、ハワイへ
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八四 塚原長官の仇を討て


 「信濃一番機より報告。『敵砲台の誘爆を確認。ただし、規模は小』以上です」

 「予備射撃指揮所より報告。七番高角砲被弾! 第三主砲塔にも命中弾!」

 「電測より砲術及び艦橋。対水上電探に感。右六〇度から八〇度、距離八〇〇〇から九〇〇〇にかけて高速移動物体多数! 魚雷艇の可能性大!」

 「何だって!?」

 真珠湾口の米軍要塞砲との撃ち合いの指揮を、事実上とっている戦艦『信濃』砲術長の佐久間肇海軍中佐は、相次ぐ報告に思わず声を上げた。

 真珠湾工廠に対する砲撃を行なっているさなか、『信濃』以下の艦艇が見せた一瞬の隙をつくような形で突如反撃の火蓋を切ってきた要塞砲群は、破壊されつつある工廠の恨みを晴らすかのように、砲戦の序盤から正確な射弾を『信濃』や僚艦の『三河』に向けて放ってきた。

 『信濃』や『三河』も、相手が静止目標である上に、厳重な灯火管制が敷かれていた工廠施設と違って、発射炎を発することにより自らの位置を暴露しているため、比較的早い段階で命中弾を得たようだが、観測機曰く本命ではないらしい。

 その証拠に、間を開けること無く飛来する小口径弾が噴き上げる水柱が本当に小さく見えるような水柱が時折噴き上がり、小口径弾が命中したときよりも遥かに強い衝撃が二回ばかり艦体を揺るがしている。

 被害報告を聞く限り、真珠湾口に最低二門あるという四〇,六センチ砲の弾丸は、主要防御区画の装甲板が跳ね返しているようだが、いつ何時脆弱な部分に当たるか分かったものではない。

 そこへきて、魚雷艇までが戦場に姿を現したのだ。

 本来、ただのモーターボート、下手すれば漁船に機関銃と魚雷を積んだだけと言っても過言ではない魚雷艇は、主として奇襲攻撃や待ち伏せ攻撃を得意としており、その反面防御力などこれっぽっちもない。

 要するに、いかに夜間とは言えこうも堂々と使ってくる兵器ではないのだが、米軍もなりふりかまっている暇は無いのだろう。

 もっとも『信濃』から見ても、要塞との戦いに忙殺されている主砲を向けるには勇気ある決断が必要であるし、かといって小口径弾が降りしきるなか、いつ爆砕されるか分からない高角砲を使うわけにもいかない。

 防ごうと思えば簡単に防げる相手にも関わらず、今の『信濃』は有効な反撃手段を持たないのである。

 「砲術より艦橋。本艦に接近中の魚雷艇の対処法の指示を願います!」

 佐久間はたまらず、艦長の矢野英雄海軍少将にある意味助けを求めた。

 だが、艦内電話の受話器に、半ば怒鳴り込むように言った佐久間に対し、矢野の返答はいたって冷静なものだった。

 「敵魚雷艇は『足柄』と一八駆が対応する。よって、本艦は一秒でも早く要塞を潰すよう全力を上げる」

 「……了解しました」

 てっきり、四つある砲塔の内、二つの目標を変えるぐらいのことはするかと思っていた佐久間にとって、矢野の指示は意外中の意外だった。

 「『足柄』撃ち方始めました! 続けて一八駆各艦撃ち方始めました!」

 しかし佐久間は『信濃』の砲術長だ。そして、本艦は、と言っても実際に目に見える形で戦っているのは、佐久間率いる砲術科の者達だ。

 一方で、これまで気配すら消していた『足柄』が、搭載する一〇門の二〇,三センチ主砲や、右舷側の六門の一二,七センチ高角砲から連続して二式通常弾を魚雷艇目がけて撃ち出し、後続する三隻の陽炎型駆逐艦も六門の一二,七センチ高角砲から間段無く発射炎をほとばしらせ、『信濃』や『三河』を援護してくれている。

 彼等の援護に応えるためにも、何があろうと要塞を潰す。

 と、佐久間が一人決意を固めていると、真珠湾口に弾薬が誘爆したと思われる新たな火炎が噴き上がった。

 やったか! と佐久間は身を乗り出したが、それから約数一〇秒して、艦橋前部の第二主砲塔の天蓋に火花が散り、耳障りな音と衝撃が『信濃』の艦内に走り、佐久間は舌打ちを打ちながら自身の足を殴った。

 衝撃の大きさからして、命中したのは相当な大口径弾、つまり四〇,六センチ砲弾であろう。

 『信濃』と『三河』は少しずつ敵要塞を潰しつつあるが、最も危険な砲は未だに健在なのだ。

 両艦共、もはや照準は完全にさだまっているため、一〇秒ごとの交互撃ち方によって一分間に合わせて四八発の口径四一センチの一式徹甲弾……ウェーク島沖海戦や比島沖海戦において、合衆国海軍や英国海軍の新鋭戦艦の装甲板をも貫通した砲弾を、要塞の防御壁に叩き付け続けている。

 ひるがえって、一万五〇〇〇メートルの砲戦距離がある以上、対四六センチ砲弾用の装甲板が射抜かれることはまずない。

 つまり、敵が要塞砲だけなのなら焦る必要は無いのだが、現実はそうではない。

 迫り来る敵魚雷艇の周囲で、次々と花開く死の花火は、確実に魚雷艇を葬っているのだが、『足柄』の観測機が投下する吊光弾の真下には、まだ多数の魚雷艇が確認出来るのだ。

 彼等が魚雷の射程内に飛び込んでくるまで、残された時間はじわじわと減っていく。

 佐久間が固唾を呑んで戦況を見守っていると、突如前甲板に閃光が走り、ウェーク島沖海戦で聞いたものとほぼ同じ砲弾の炸裂音が彼の耳を貫いた。

 「前部居住区被弾! 応援を求む!」

 ついに敵の砲弾は、『信濃』の脆弱な部分を捕らえた。

 射撃指揮所にも届いた報告から考えるに、敵弾は主要防御区画に比べれば紙のように薄い艦首部分の装甲板を容易く抜き、居住区に達したところで炸裂したのだ。

 自らの居住区を私物もろとも破壊された乗員の精神面はともかく、戦闘や航行にはまったく影響は無いが、多数が命中すれば話は別だ。

 「ダイヤモンド・ヘッド中腹に火災確認。相当な規模です!」

 「砲術! まだなのか!?」

 すると、ダイヤモンド・ヘッドの要塞と撃ち合っていた第三戦隊の信濃型戦艦の上げた戦果を聞いた矢野が、先程とはうって変わって焦りに満ちた声色で佐久間に催促をしてきた。

 だが佐久間はこの矢野の問い合わせをあえて無視した。

 『信濃』は見当違いな所を撃っているのではない。よって、全ては時間の問題なのだ。『信濃』か『三河』の主砲弾が要塞の防護壁を貫通するのが早いか、魚雷艇がその射程内に入り魚雷が『信濃』に到達するのが早いか。もう腹をくくるしかない、と。

 「砲術……」

 そして、返事が無いことをいぶかしんだ矢野の声が再び催促してきたとき、佐久間はその声を完全に無視した。と言うより、気が付かなかった。

 彼の全神経は突然オアフ島に噴き上がった、今まで見たこともないような大爆発に向けられ、次いで砲撃戦に勝ったという喜びと達成感に占められていたのだ。

 しばらくして我に返った佐久間は、誘爆のおさまらない敵要塞から視線を外し、「砲撃止め」を下令した。

 「艦橋より砲術! 聞こえるか!?」

 「こ、こちら砲術。失礼しました。直ちに目標を魚雷艇に変更します」

 落ち着いたことにより、艦長の問い合わせを無視していたことに今更ながら気付いた佐久間は、大慌てで受話器をとって早口に喋った。

 「何だ、まだ何も言っておらんのだがなぁ。まぁ良い。もう余裕が無いからうまくやってくれ。私からはそれだけだ」

 「了解です!」

 早とちりした自分に対して苦笑いを浮かべながら、それでも信じてくれている艦長の期待に応えるべく、佐久間は威勢良く返事をしそして新たな命令を発した。

 「主砲及び高角砲目標、敵魚雷艇群!」

 「了解。測的始めます!」

 「二分隊長より報告。先の砲撃戦で新たに三基をやられましたので、右舷側に指向可能な高角砲は四基八門です。直ちに準備にかかります!」

 「目標、敵魚雷艇群。測的良し!」

 「方位盤良し!」

 「主砲、射撃準備良し!」

 「高角砲、射撃準備良し!」

 「撃ち方始め!」

 きびきびとした報告を受けた佐久間がそう力強く言うと、いつの間にか砲身を倒した主砲が唸りを上げ、魚雷艇を粉砕すべく四発の一式徹甲弾を弾き出す。さらに一呼吸置いて、右舷側の生き延びた高角砲が矢継ぎ早に射弾を放っていく。

 やがて海面に着弾した四一センチ砲弾は、高々とした水柱を噴き上げて、死に物狂いになって突っ込んで来る魚雷艇をまとめて撥ね飛ばし、衝撃波で消し飛ばす。

 着弾する一歩手前で炸裂する一二,七センチ砲弾は、真っ赤に焼けた弾片を叩き付けて、魚雷艇を同じく真っ赤に染める。

 真珠湾工廠を守る最後の盾は、帝国海軍が誇る巨艦を前になす術も無く消え去っていった。



 現地時間における一九四二年一二月一五日の夜明けを、帝国海軍第二艦隊及び第六艦隊の艦艇群は、オアフ島の北西二七〇海里の海上で迎えていた。

 両艦隊に所属する空母の飛行甲板では攻撃隊の出撃準備が慌ただしくなされ、その他の艦艇は万が一に備えて四方八方に電波を飛ばし、海中の音の変化を聞き漏らすことのないよう神経を研ぎ澄ませている。

 「通信より艦橋。一から五の各航空戦隊司令部より、出撃準備完了の報告が入電しました」

 「よし。各航空戦隊司令部に命令。攻撃隊は直ちに出撃せよ」

 そんななか、第二艦隊司令部が全滅してしまったことに伴い、ハワイ諸島近海に展開している部隊の内、第四艦隊の管轄である潜水艦を除く全ての部隊の指揮をとることになった、第六艦隊司令長官の小澤治三郎海軍中将は、旗艦『酒匂』の羅針艦橋でそう簡潔に命令を発した。

 命令を受信した空母群は、一斉に艦首を風上に向けて次々と艦載機を発艦させていく。

 そして三〇分程の時間をかけて編隊を組み上げた攻撃隊は、艦隊上空をぐるりと一周してから、南東の方角、ハワイ諸島に向かって進撃を開始した。

 参加機数及び目標は、第一航空戦隊と第三航空戦隊、すなわち第六〇一海軍航空隊と第六八一海軍航空隊よりの零戦六八、彗星三六、爆装の九六艦攻三六の合計一四〇機がマウイ島。

 第四航空戦隊、すなわち第六五一海軍航空隊よりの零戦四二、彗星二七、爆装の九六艦攻二七の合計九六機がハワイ島。

 最後に第二航空戦隊と第五航空戦隊、すなわち第六四一海軍航空隊と第六二一海軍航空隊よりの零戦七〇、彗星四五、爆装の九六艦攻三六の合計一五一機がオアフ島である。

 一時に三八七機という、帝国海軍始まって以来最大規模となる攻撃隊は、耳を覆いたくなるような轟音を辺りに撒き散らしていたが、やがてその機影と共に、ハワイの空へ溶け込むように消えていった。

 その様子をじっと見つめていた小澤は、振り返って羅針艦橋の中央に置かれた戦況図に視線を向けた。

 作戦室に置かれているものとだいたい同じ構成のその地図には、昨日までは無かった小旗がいくつか刺されており、ハワイ諸島を巡る戦況が刻々と変化していることを示していた。

 すると時を同じくして、羅針艦橋の中に第六艦隊の情報参謀中島親孝海軍中佐と、通信参謀関野英夫海軍少佐が電文の綴りと小さな木の箱を手に入ってきた。

 二人は小澤と傍らに立っている参謀長の山田定義海軍少将に会釈すると、関野が広げる電文を覗き込みながら、中島が戦況図に小旗を新たに差し込んでいく。

 「まぁ、概ね予定通りだな」

 「えぇ、少なくとも現状ではそうですね」

 使用不能を意味する旗が至る所に刺さっているのを見てとった山田がそう言うと、中島が軽く釘を刺しながら答える。

 「ふむ。飛行場に工廠、さらに要塞を粗方潰した以上、残る目標は陸軍車両や挺身隊の艦砲射撃で潰し切れなかった海軍施設だな。まったく、ここまでくると米軍が気の毒に思えてきますな」

 航空参謀の南郷茂章海軍中佐がそう言うと、小澤がその表情を変えること無く口を開いた。

 「元はと言えば、この戦争はアメリカが始めたものだ。何でも大統領が率先して渋る軍部を動かして、我が国の陸軍がオアフ島の飛行場の襲撃を指揮したとかいう、つまらん言いがかりまで用意した上でな。その報いは受けてもらって当然だ」

 小澤はここで言葉を切ると、少し考えてから付け加えた。

 「戦場において感情的になることは禁物だが、今回は例外を認めよう。塚原長官以下第二艦隊司令部の仇を討つためにも、弾薬が残っている限り、我々は引かん」



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